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〈父side・3〉
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月日は流れ。
気が付けば愛奈は推定5歳となっていた。
(小学校か…。どうしよう。)
聡は問題に直面する。
今まではシッターで何とかなっていた。
しかし、これからはそういうわけにもいかない。
聡自身、施設に行くまでは小学校というものの存在を知らなかった。
それもそうだ。
母はほとんど家にいなかったし、外の情報を知る術などなかったのだ。
外界から完全に遮断された生活。
その弊害は嫌というほど理解している。
だからこそ、愛奈に同じ思いをさせたくなかった。
それでも住民票すらない自分たちに。
名前すらも偽りで塗り固められた彼女に、市が介入する学校にどう入るというのか。
そんな矢先、ママ達からフリースクールというものがあることを聞いた。
理由があって、学校に通えなくなった子どもたちの居場所。
学校だけが学びの場ではないんだ。
調べてみると、そんなに数が多いわけではないが、近所にもあることがわかった。
自然学習をベースとして、学校で習う学習にも力を入れているらしい。
ここなら、愛奈が外に交わっていくことができる。
足りない分は自分がフォローすれば良い。
こうして愛奈はフリースクールに通うことになった。
「今日はね、お外でみんなとお花を探したんだよ!」
愛奈はスクールであった事を、とても楽しそうに毎日教えてくれる。
最初は言葉が遅く心配もしていたが、今では何も心配いらないほどに饒舌だ。
「お友達と仲良くしてるようだね。」
「うん。あ…。今日ケンカしちゃったんだ。」
少しバツが悪そうな顔。
こういう時は決まって愛奈にも非がある時だ。
「何かしちゃった?」
「うーん。悪い事、言っちゃった。ばぁかって。」
聡は子どもらしいケンカのやり取りに思わず笑いそうになるが堪える。
本人にしてみれば、きっと笑い事ではないだろう。
気を引き締めて向き合い直す。
「なんで言っちゃったの?理由もなく言わないでしょう?」
愛奈は、うぅ。と唸って答える。
「だって。ケンちゃん。愛奈のことブースって。摘んでたお花も取っちゃうし、また意地悪してくるんだもん。」
ケンちゃんとは愛奈と同い年の男の子だ。
時々酷いヒステリーを起こしてしまうため、小学校に通えずスクールにやってきた。
初めて来た日に愛奈が話しかけてくれたことが、きっと嬉しかったのだろう。
それ以来、何かとちょっかいを出してくるらしい。
「ケンちゃんはさ、愛奈と仲良くしたいんだね。」
愛奈は顔を上げる。
「本当?」
「きっとね。それに、愛奈はちゃんと可愛いから大丈夫だよ。」
「…愛奈。かわいい?」
先程までの困り顔はどこへやら。
今ではニヤけそうな顔を必死に隠してる。
本当に可愛い悩みじゃないか。
きっと、年頃。らしいのだろう。
「かわいい、かわいい!」
そう言って頭をグシャグシャっとする。
「赤ちゃん扱いしないでー!」
笑う愛奈。
「いつまでも、お父さんにしてみれば赤ちゃんのままだよ。」
愛奈が飛びついてくる。
「愛奈がちょっとでも、悪かったなあって思うなら。明日ケンちゃんに謝りなさい。」
愛奈はしばらく考えると、満面の笑みで頷く。
聡はこうやって、愛奈の話を聞き、愛奈がじゃれ付いてくるこの時間に癒やされる。
文字通り、疲れが吹っ飛ぶ。
心が満ちていく。
これが、幸福感。というやつなのだろうか。
わからないが、何と心地良いのか。
それは初めての感覚だった。
愛奈は沢山の事を学んでいく。
聡も父親としての成長をしていった。
美咲の事は、二人にとって初めて迎えた悲しい事件。
人が支え合いながら生きることの意味を教えてくれた。
そして、命の尊さも。
日に日に大きくなっていく愛奈。
小さくて、今にも死んでしまいそうなほどにか細かった子。
愛を、親を求めて、泣き叫び続けた赤ん坊の頃。
生まれてきて良かった。
そう思って欲しい。
生きていて良かった。
そう感じて欲しい。
それだけの思いで、今日まで育ててきた。
だが。
自分は犯罪者だ。
それを忘れた事は一度たりともない。
どんな理由があろうとも。
この罪は決して消えない。
愛奈の人生を奪ってしまった、これが事実。
この先も…。
聡は必死に金を貯めた。
高校からは何でも一人でできるように。
この先も、何にも困らず、しっかり暮らしていけるように。
ちゃんと進学が出来るように、塾にも通わせた。
家事も少しづつ教えていった。
まだまだ親に甘えて良いはずの年頃の子に、しなくちゃいけない苦労を背負わせる。
傷付けない、そう誓った言葉を破ってしまう時がくる。
これが、何よりも大きな罪だ。
犯罪を犯してしまった、それは絶対に償う。
このままにしておきはしない。
聡は、愛奈が中学を卒業したら自首するつもりだった。
それまでは。
愛奈がまともに生活していける準備を。
自分がいなくなっても大丈夫なようにしておかなくてはならない。
気が付けばあっという間に小学校を卒業する年になっていた。
大変じゃなかった、といえば嘘になるだろう。
慣れない育児に戸惑うことは多かった。
それでも、愛奈を捨てたい。
そう思った事はない。
今日。
愛奈は卒業式を迎える。
いつまでも小さかった宝物が、ひとつ大人へと近付く。
残された時間はあとわずか。
迫る、別れへのカウントダウン。
自分勝手で申し訳ない。
それでも、まだ。
側にいさせて欲しい。
この罪を、もう少しだけ背負わせて欲しい。
卒業式が始まり、流れ出す子どもたちの将来の夢。
それから両親へのメッセージ。
愛奈は当日のお楽しみ。と言って教えてくれなかった。
叶って欲しい。
そう切実に思う。
すると、名前を呼ばれた愛奈が元気良く返事をした。
流れてくる愛奈の夢。
『私の夢は、大人になったら素敵なお嫁さんになって、お父さんと一緒にバージンロードを歩くことです。だから、お父さん。長生きしてね。いつもありがとう。これからもよろしくね。』
…息が止まるかと思った。
聡が叶って欲しいと、そう願った夢は…。
決して叶わない。
叶えてやれない。
聡はこれまで、どんな時にも耐えてきた。
辛くても、苦しくても、歯を食いしばって生き抜いてきた。
それでも。
今、涙が溢れて止まらないのは。
声を押し殺しても、漏れ出して抑えきれないのは。
今まで生きてきて、初めて知ったこの感情のせいなのか。
自分がしてしまった事への後悔の気持ちなのか。
それとも、愛奈がこれから待っている運命を嘆いているのか。
そして。
離れたくないという思い。
願わくば、側であの子の成長を見守りたいという欲。
必死に押し込めようとしても、次から次へと零れ落ちる。
この涙は、聡の心の叫びだった。
(ごめん…。ごめん…。)
笑って祝ってやりたいのに。
心とは裏腹にただ。
謝ることしか、できなかった。
気が付けば愛奈は推定5歳となっていた。
(小学校か…。どうしよう。)
聡は問題に直面する。
今まではシッターで何とかなっていた。
しかし、これからはそういうわけにもいかない。
聡自身、施設に行くまでは小学校というものの存在を知らなかった。
それもそうだ。
母はほとんど家にいなかったし、外の情報を知る術などなかったのだ。
外界から完全に遮断された生活。
その弊害は嫌というほど理解している。
だからこそ、愛奈に同じ思いをさせたくなかった。
それでも住民票すらない自分たちに。
名前すらも偽りで塗り固められた彼女に、市が介入する学校にどう入るというのか。
そんな矢先、ママ達からフリースクールというものがあることを聞いた。
理由があって、学校に通えなくなった子どもたちの居場所。
学校だけが学びの場ではないんだ。
調べてみると、そんなに数が多いわけではないが、近所にもあることがわかった。
自然学習をベースとして、学校で習う学習にも力を入れているらしい。
ここなら、愛奈が外に交わっていくことができる。
足りない分は自分がフォローすれば良い。
こうして愛奈はフリースクールに通うことになった。
「今日はね、お外でみんなとお花を探したんだよ!」
愛奈はスクールであった事を、とても楽しそうに毎日教えてくれる。
最初は言葉が遅く心配もしていたが、今では何も心配いらないほどに饒舌だ。
「お友達と仲良くしてるようだね。」
「うん。あ…。今日ケンカしちゃったんだ。」
少しバツが悪そうな顔。
こういう時は決まって愛奈にも非がある時だ。
「何かしちゃった?」
「うーん。悪い事、言っちゃった。ばぁかって。」
聡は子どもらしいケンカのやり取りに思わず笑いそうになるが堪える。
本人にしてみれば、きっと笑い事ではないだろう。
気を引き締めて向き合い直す。
「なんで言っちゃったの?理由もなく言わないでしょう?」
愛奈は、うぅ。と唸って答える。
「だって。ケンちゃん。愛奈のことブースって。摘んでたお花も取っちゃうし、また意地悪してくるんだもん。」
ケンちゃんとは愛奈と同い年の男の子だ。
時々酷いヒステリーを起こしてしまうため、小学校に通えずスクールにやってきた。
初めて来た日に愛奈が話しかけてくれたことが、きっと嬉しかったのだろう。
それ以来、何かとちょっかいを出してくるらしい。
「ケンちゃんはさ、愛奈と仲良くしたいんだね。」
愛奈は顔を上げる。
「本当?」
「きっとね。それに、愛奈はちゃんと可愛いから大丈夫だよ。」
「…愛奈。かわいい?」
先程までの困り顔はどこへやら。
今ではニヤけそうな顔を必死に隠してる。
本当に可愛い悩みじゃないか。
きっと、年頃。らしいのだろう。
「かわいい、かわいい!」
そう言って頭をグシャグシャっとする。
「赤ちゃん扱いしないでー!」
笑う愛奈。
「いつまでも、お父さんにしてみれば赤ちゃんのままだよ。」
愛奈が飛びついてくる。
「愛奈がちょっとでも、悪かったなあって思うなら。明日ケンちゃんに謝りなさい。」
愛奈はしばらく考えると、満面の笑みで頷く。
聡はこうやって、愛奈の話を聞き、愛奈がじゃれ付いてくるこの時間に癒やされる。
文字通り、疲れが吹っ飛ぶ。
心が満ちていく。
これが、幸福感。というやつなのだろうか。
わからないが、何と心地良いのか。
それは初めての感覚だった。
愛奈は沢山の事を学んでいく。
聡も父親としての成長をしていった。
美咲の事は、二人にとって初めて迎えた悲しい事件。
人が支え合いながら生きることの意味を教えてくれた。
そして、命の尊さも。
日に日に大きくなっていく愛奈。
小さくて、今にも死んでしまいそうなほどにか細かった子。
愛を、親を求めて、泣き叫び続けた赤ん坊の頃。
生まれてきて良かった。
そう思って欲しい。
生きていて良かった。
そう感じて欲しい。
それだけの思いで、今日まで育ててきた。
だが。
自分は犯罪者だ。
それを忘れた事は一度たりともない。
どんな理由があろうとも。
この罪は決して消えない。
愛奈の人生を奪ってしまった、これが事実。
この先も…。
聡は必死に金を貯めた。
高校からは何でも一人でできるように。
この先も、何にも困らず、しっかり暮らしていけるように。
ちゃんと進学が出来るように、塾にも通わせた。
家事も少しづつ教えていった。
まだまだ親に甘えて良いはずの年頃の子に、しなくちゃいけない苦労を背負わせる。
傷付けない、そう誓った言葉を破ってしまう時がくる。
これが、何よりも大きな罪だ。
犯罪を犯してしまった、それは絶対に償う。
このままにしておきはしない。
聡は、愛奈が中学を卒業したら自首するつもりだった。
それまでは。
愛奈がまともに生活していける準備を。
自分がいなくなっても大丈夫なようにしておかなくてはならない。
気が付けばあっという間に小学校を卒業する年になっていた。
大変じゃなかった、といえば嘘になるだろう。
慣れない育児に戸惑うことは多かった。
それでも、愛奈を捨てたい。
そう思った事はない。
今日。
愛奈は卒業式を迎える。
いつまでも小さかった宝物が、ひとつ大人へと近付く。
残された時間はあとわずか。
迫る、別れへのカウントダウン。
自分勝手で申し訳ない。
それでも、まだ。
側にいさせて欲しい。
この罪を、もう少しだけ背負わせて欲しい。
卒業式が始まり、流れ出す子どもたちの将来の夢。
それから両親へのメッセージ。
愛奈は当日のお楽しみ。と言って教えてくれなかった。
叶って欲しい。
そう切実に思う。
すると、名前を呼ばれた愛奈が元気良く返事をした。
流れてくる愛奈の夢。
『私の夢は、大人になったら素敵なお嫁さんになって、お父さんと一緒にバージンロードを歩くことです。だから、お父さん。長生きしてね。いつもありがとう。これからもよろしくね。』
…息が止まるかと思った。
聡が叶って欲しいと、そう願った夢は…。
決して叶わない。
叶えてやれない。
聡はこれまで、どんな時にも耐えてきた。
辛くても、苦しくても、歯を食いしばって生き抜いてきた。
それでも。
今、涙が溢れて止まらないのは。
声を押し殺しても、漏れ出して抑えきれないのは。
今まで生きてきて、初めて知ったこの感情のせいなのか。
自分がしてしまった事への後悔の気持ちなのか。
それとも、愛奈がこれから待っている運命を嘆いているのか。
そして。
離れたくないという思い。
願わくば、側であの子の成長を見守りたいという欲。
必死に押し込めようとしても、次から次へと零れ落ちる。
この涙は、聡の心の叫びだった。
(ごめん…。ごめん…。)
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心とは裏腹にただ。
謝ることしか、できなかった。
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