【完結】親

MIA

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〈父side・1〉

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ー救えなかった。ー

美咲が亡くなったと、知らせを受けて聡は後悔していた。
テレビでも話題は持ちきりだ。

おかしい、そう確信していたはずなのに。
何も出来なかった。
そして、あの子は殺されてしまったんだ。
本来なら守るべき立場の相手に…。



聡は虐待を受けて育った。

親が子を虐げる。
そんなことは本当に良くある事だと思っている。
聡は施設でも、そんな子を嫌というほど見てきたのだ。

生まれてから一度も『愛されている』と感じたことがない。
それもそのはず。
気づいたときには父はもういなかったし、母も家にいることが少なかった。

抱きしめてもらったことはおろか、手料理すらも食べたことがない。
いや。
食事があればまだ良い。
聡は生きるためにゴミを漁って空腹を凌ぐ生活をしていた。

母はたまに帰ってきてはコンビニのパンをひとつ、投げ渡す。
その時、母は必ずのように言う。

「あぁ。あんたなんか産まなきゃ良かった。」

自分に自由がないのはお前のせいだ、と殴られる。
顔を見ているだけで吐き気がする、と蹴られる。
今すぐ死ねよ、と物を投げつけられる。

否定、暴力、育児放棄。
そして母が吐く毒で、聡の心は壊されていく。

これは嵐だ。
母が暴れると常に思った。
だから、そういう時は歯を食いしばって耐える。
ただ、黙って。
それが過ぎるのを待った。

そして暫くすると、また何日も帰ってこなくなる。

どちらが良いのだろう。

側にいてパンの一つでも与えてもらえるが、心も体もボロボロにされるのと。
誰もいない部屋で、世界に一人しかいないんじゃないかという恐怖を抱えてゴミを漁るのと。

いっそ殺して欲しい。
当時まだ5歳だった少年が、切実に願っていた望み。
それは悲しいほどに現実の苦しさを物語っていた。

聡が9歳の冬。
ようやく救いの手が差し伸べられる。

あの日は凍えるほど寒かった。

聡は穴だらけで酷く臭い洋服を何枚も着込み、例の如く食べ物を探していた。

(もう。食べれそうなものはないや。)

母が出て行って何日たったのか、それすらもわからなくなっていた。
いつもだったら数えられる程度で一度は帰ってくるのに。

聡はいよいよ死ぬんだなぁ。と思った。
でも、それで良い。
こんなに苦しくて、辛い毎日から解放されるなら、そっちの方がきっと幸せだ。

寒さと空腹で意識が朦朧としだす。
その時。

「もう、大丈夫よ。」

優しい声と、温かい手が聡を包む。
それは母ではない。
しかし、聡が生まれて始めて人の温もりを知った瞬間だった。



聡の施設での暮らしが始まる。
ようやく安住の地が得られたかと思ったが、ここでも聡は大人たちの理不尽な暴力にさらされることになる。

園長が優しかったのは最初だけ。
外面の良い彼は、役所の人間の前だと態度が変わった。
聡が慣れてくると、彼は豹変した。

施設の中ではポイントという制度があり、このポイントを稼ぐ事で自分たちの待遇が変わる。
手伝いをしたり、大人の機嫌を取ればポイントは上がる。
反対に機嫌を損ねると下がる。

これが最下位の者には夕飯は与えられず、更にはペナルティーとして力仕事が待っていた。
上にいくほどに夕飯は豪華になるし、何もせずとも良い。

子どもたちは必死だった。
大人たちの前では良い子の仮面をかぶり、子ども同士では足の引っ張り合い。
告げ口、捏造。
あの手この手とポイントを稼ぐ。

ここにいる子たちは、やっと手に入れた安定を守りたかっただけだ。
聡もそうだった。
あんなにも死んでも良いと思っていたのに。
一度でも温もりに触れてしまっただけで、生きたい。そう強く思った。

ポイントさえ稼げば満足な食事に優しい扱いが与えられる。
誰を蹴落としてでも、それが欲しいと願うことは果たして罪なのだろうか。
そうして子どもたちは、他者を踏み台にして育っていった。



高校生になると、聡は施設を出て一人暮らしを始めた。
生きていく術なら子どもの時に嫌というほど学んできている。
働いてお金を稼げる力を持った今ならなんの苦労もない。

しかし、人とまともなコミニュケーションを取れずに育った聡に人間関係を構築する能力はなかった。
小さい頃から愛情を知らず、施設の中でも打算にまみれた生活をしていたのだ。
人を、愛せるわけがなかった。
他人をいたわり、思いやる。
それが何なのか、どうすれば良いのか。
聡にはわからなかった。

生きるために必要なのは金だと。
必死に働いた。
自分を守るのは自分だと。
必死に勉強した。
友達なんか出来なかった。

そして高校を卒業。
自ら働いて貯めたお金で大学へと進学する。
それでも尚、働き学び続けた。

ある日、聡の隣の部屋に子連れの家族が入居してきた。
子どもはまだ赤ん坊だろうか。
顔を合わせることも無かったため、どんな人たちなのかは全くわからなかった。

アパートの壁は薄い。
聡は何日もせず、その家族が異常だと気付く。

壁を隔てた隣りにいる子どもは。
自分だった…。

聞こえてくるのは明るい、幸せに満ちた笑い声なんかではない。

子どもの泣き叫ぶ声。
そして、泣けば泣くほどに大きくなっていく大人の怒鳴り声。

思い出す地獄の毎日。
施設はそれでもまだ良かった。
他人を生贄にすれば自分だけは助かる。

でも家はどうだったか。
誰かを身代わりにできない。
自分だけの空間。

誰が守ってくれる?
誰が助けてくれる?

そしてあの日。
あの呪いの言葉。
聡が言われ続け、その心を徐々に壊していった言葉。

ー産まなきゃ良かった。ー

何も考えられなかった。
ただ、助けなきゃいけないと。
それだけの想いで。

聡は罪を犯す。

誘拐という、大きな罪を…。

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