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〈娘side・1〉
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ー親友の美咲が、死んだ。ー
犯人は美咲〈ミサキ〉の母親だった。
愛菜〈アイナ〉は、いつか。
こんな事になるのでは、と。
幼いながらにも感じていたのだ。
9歳の誕生日を前にして、美咲はその命を奪われた。
彼女の最愛の人に…。
二人はフリースクールで出会った。
愛奈は小学校ではなく、フリースクールに通っていた。
どうして初めからそうだったのかはわからない。
きっと、父の配慮だったのだろう。
母がいなくて、働き詰めの父。
学校行事にあまり参加できない事で、自分に寂しい思いをさせたくなかったのではないか。
愛奈はそう考えていた。
父はそういう人だ。
幼い頃に両親を失い、ずっと一人で生きてきたからか。
自分に目一杯の深い愛を与えてくれる。
だから、どんなに父が忙しくても寂しくなかった。
寝る間も惜しんで向き合ってくれる父が何よりも大好きだ。
フリースクールは楽しい。
愛奈は小学校を知らないが、今の生活で十分満足している。
友達だって沢山できた。
みんな、学校よりもここが良いと言っている。
先生も優しい。
きっと、母がいたら。
こんな感じだったのかもしれない。
美咲がスクールにやって来たのは7歳の夏。
初めて会った時の彼女は全身が傷だらけだった。
美咲の母が言う。
「学校で酷いイジメにあっていて…。全て、お友達にやられたんです。」
先生たちは真剣な顔付きで話を聞いていた。
こっそり大人たちの話を聞いていた愛奈は、美咲に尋ねる。
「小学校って、そんなに怖いところなの?」
美咲はただ黙って、小さく笑った。
その笑顔は悲しげで、愛奈はずっと忘れられない。
それから二人は仲良くなり、いつも一緒にいた。
先生たちからは、まるで双子ちゃんね。と言われるほどに、何をするのも一緒だった。
「お父さんがね、今度お家においでって。」
愛菜がそう言うたびに、美咲は眩しいほどの笑顔で、本当にいいの?と問いかける。
しかし、その後は決まって暗い顔になるのだ。
「行きたいけど、きっとお母さんが駄目って言うかな。」
「そんなの。変なの。」
「だよね。でも、しょうがないよ。」
残酷な疑問だったと思う。
愛奈は母を知らない。
だからこそ、あまり深くは捉えていなかった。
そんなものか。
そう思っていた。
しかし、どうしても気になることがひとつ。
美咲は学校に行っていないはずなのに。
どうして相変わらず怪我をしているのだろうか。
ある日。
お風呂から出て、いつものように髪を乾かしてもらっている時何気なく父に話をしてみた。
「美咲、ずっと怪我してるの。お家にまで悪いお友達が来てるのかなぁ…。」
すると、優しく髪を撫でていた手が止まる。
父の顔を見上げると、何かを考えているような表情。
「少し気になる話だね。美咲ちゃんの家族は仲良しなの?」
「うーん?多分。いつも大好きなパパとママって言ってるよ。」
「…そっか。何か変だなと思ったら、いつでも言っておいで。」
そう言って、仕上げだ!と冷たくした強風を顔に吹き付ける。
わっと声を上げると父が笑いながら髪をワシャワシャとする。
愛奈はこの時間がたまらなく好きだ。
それからも美咲はいつも必ずどこかしらを怪我していた。
ここ最近では新しい洋服を見ることもなく、お弁当がない日も続いた。
そういう日は、先生が近くの弁当屋でご飯を買ってくる。
大人たちがザワザワしているのを肌で感じる。
父もスクールに来ると美咲を気にかけた。
美咲の両親は初めて来た時以来、見ていない。
その頃には美咲は愛奈に、家の事をよく話すようになっていた。
「絶対に誰にも言わないでね。」
美咲はいつもこう前置きをしてから話し始める。
だから愛奈は思うのだ。
(絶対に誰にも言っちゃいけない。もし言ったら何か悪いことが起こるのかもしれない。)
昨日もご飯食べてない。
ママが全然帰ってこない日がある。
パパもたまにいなくなっちゃうんだ。
洋服も着れるものがないの。
良い子にしてないと叩かれちゃうから。
子どもでもわかるほどに、美咲の家は『異常』であったのに。
愛奈は父にも話せなかった。
中でも怪我の原因を知った時はショックだった。
友達がやった。
美咲のお母さんはそう言っていたのに。
嘘だったのだ。
他の大人に知られると、もっと酷いことをされる。
美咲がそう言うから、愛奈は必死に隠した。
このままでは美咲がいなくなってしまうんじゃないか。
そう思うと、怖くて怖くて仕方なかった。
愛奈は日に日に痩せていく。
先生たちも何か気付いている。
何度か大人の会話を耳にしたが、どうやら美咲の家のことのようだった。
(美咲が何も言わなくても、もうみんな、何かおかしいと思ってるんだ。)
助けて欲しかった。
だって、美咲は。
お母さんのことも。お父さんのことも…。
どんなに酷いことをされても、どんな目にあっていても。
それでも大好きだったから…。
ママは昔は優しかった。
今は少し、心の病気なだけだと。
美咲は口癖のように言っていた。
「私はママとパパが大好きだから。また、みんなで仲良く暮らせるように。いつも神様にお願いしてるんだ。」
それから何日も、美咲がスクールに来なくなった。
そして…。
ある日、遺体となって発見されたのだ。
何度もニュースで流れた。
神様なんか、いないじゃないか…。
無機質な事実だけが世間に発信される。
美咲の家に何があったのか、本人たちじゃなければわからないはずなのに。
テレビでは好き勝手言われていた。
愛奈は美咲の親を許せない。
それでも。
逮捕された時に流した涙と、美咲を失った後悔だけは、なぜか嘘には見えなかった。
あれから3年。
愛奈は12歳になっていた。
今でも忘れられない。
美咲の花が咲いたかの様な明るい笑顔を。
あの時の、悲しい願いを…。
犯人は美咲〈ミサキ〉の母親だった。
愛菜〈アイナ〉は、いつか。
こんな事になるのでは、と。
幼いながらにも感じていたのだ。
9歳の誕生日を前にして、美咲はその命を奪われた。
彼女の最愛の人に…。
二人はフリースクールで出会った。
愛奈は小学校ではなく、フリースクールに通っていた。
どうして初めからそうだったのかはわからない。
きっと、父の配慮だったのだろう。
母がいなくて、働き詰めの父。
学校行事にあまり参加できない事で、自分に寂しい思いをさせたくなかったのではないか。
愛奈はそう考えていた。
父はそういう人だ。
幼い頃に両親を失い、ずっと一人で生きてきたからか。
自分に目一杯の深い愛を与えてくれる。
だから、どんなに父が忙しくても寂しくなかった。
寝る間も惜しんで向き合ってくれる父が何よりも大好きだ。
フリースクールは楽しい。
愛奈は小学校を知らないが、今の生活で十分満足している。
友達だって沢山できた。
みんな、学校よりもここが良いと言っている。
先生も優しい。
きっと、母がいたら。
こんな感じだったのかもしれない。
美咲がスクールにやって来たのは7歳の夏。
初めて会った時の彼女は全身が傷だらけだった。
美咲の母が言う。
「学校で酷いイジメにあっていて…。全て、お友達にやられたんです。」
先生たちは真剣な顔付きで話を聞いていた。
こっそり大人たちの話を聞いていた愛奈は、美咲に尋ねる。
「小学校って、そんなに怖いところなの?」
美咲はただ黙って、小さく笑った。
その笑顔は悲しげで、愛奈はずっと忘れられない。
それから二人は仲良くなり、いつも一緒にいた。
先生たちからは、まるで双子ちゃんね。と言われるほどに、何をするのも一緒だった。
「お父さんがね、今度お家においでって。」
愛菜がそう言うたびに、美咲は眩しいほどの笑顔で、本当にいいの?と問いかける。
しかし、その後は決まって暗い顔になるのだ。
「行きたいけど、きっとお母さんが駄目って言うかな。」
「そんなの。変なの。」
「だよね。でも、しょうがないよ。」
残酷な疑問だったと思う。
愛奈は母を知らない。
だからこそ、あまり深くは捉えていなかった。
そんなものか。
そう思っていた。
しかし、どうしても気になることがひとつ。
美咲は学校に行っていないはずなのに。
どうして相変わらず怪我をしているのだろうか。
ある日。
お風呂から出て、いつものように髪を乾かしてもらっている時何気なく父に話をしてみた。
「美咲、ずっと怪我してるの。お家にまで悪いお友達が来てるのかなぁ…。」
すると、優しく髪を撫でていた手が止まる。
父の顔を見上げると、何かを考えているような表情。
「少し気になる話だね。美咲ちゃんの家族は仲良しなの?」
「うーん?多分。いつも大好きなパパとママって言ってるよ。」
「…そっか。何か変だなと思ったら、いつでも言っておいで。」
そう言って、仕上げだ!と冷たくした強風を顔に吹き付ける。
わっと声を上げると父が笑いながら髪をワシャワシャとする。
愛奈はこの時間がたまらなく好きだ。
それからも美咲はいつも必ずどこかしらを怪我していた。
ここ最近では新しい洋服を見ることもなく、お弁当がない日も続いた。
そういう日は、先生が近くの弁当屋でご飯を買ってくる。
大人たちがザワザワしているのを肌で感じる。
父もスクールに来ると美咲を気にかけた。
美咲の両親は初めて来た時以来、見ていない。
その頃には美咲は愛奈に、家の事をよく話すようになっていた。
「絶対に誰にも言わないでね。」
美咲はいつもこう前置きをしてから話し始める。
だから愛奈は思うのだ。
(絶対に誰にも言っちゃいけない。もし言ったら何か悪いことが起こるのかもしれない。)
昨日もご飯食べてない。
ママが全然帰ってこない日がある。
パパもたまにいなくなっちゃうんだ。
洋服も着れるものがないの。
良い子にしてないと叩かれちゃうから。
子どもでもわかるほどに、美咲の家は『異常』であったのに。
愛奈は父にも話せなかった。
中でも怪我の原因を知った時はショックだった。
友達がやった。
美咲のお母さんはそう言っていたのに。
嘘だったのだ。
他の大人に知られると、もっと酷いことをされる。
美咲がそう言うから、愛奈は必死に隠した。
このままでは美咲がいなくなってしまうんじゃないか。
そう思うと、怖くて怖くて仕方なかった。
愛奈は日に日に痩せていく。
先生たちも何か気付いている。
何度か大人の会話を耳にしたが、どうやら美咲の家のことのようだった。
(美咲が何も言わなくても、もうみんな、何かおかしいと思ってるんだ。)
助けて欲しかった。
だって、美咲は。
お母さんのことも。お父さんのことも…。
どんなに酷いことをされても、どんな目にあっていても。
それでも大好きだったから…。
ママは昔は優しかった。
今は少し、心の病気なだけだと。
美咲は口癖のように言っていた。
「私はママとパパが大好きだから。また、みんなで仲良く暮らせるように。いつも神様にお願いしてるんだ。」
それから何日も、美咲がスクールに来なくなった。
そして…。
ある日、遺体となって発見されたのだ。
何度もニュースで流れた。
神様なんか、いないじゃないか…。
無機質な事実だけが世間に発信される。
美咲の家に何があったのか、本人たちじゃなければわからないはずなのに。
テレビでは好き勝手言われていた。
愛奈は美咲の親を許せない。
それでも。
逮捕された時に流した涙と、美咲を失った後悔だけは、なぜか嘘には見えなかった。
あれから3年。
愛奈は12歳になっていた。
今でも忘れられない。
美咲の花が咲いたかの様な明るい笑顔を。
あの時の、悲しい願いを…。
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