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第九話 『闇の領域』

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 マナの手から、
魔力瞬間増幅ブーステッドマジック】の籠められた、6枚の【魔投刃エニグマティック・スライサー】が射出され、前後左右、六方向から、宙を飛ぶアゲハを襲撃する。

 周囲に布陣している昆虫兵を切り刻み、貫通し。
 高速回転で飛翔する無属性魔法の円月輪。

 しかし、やはり周囲に展開されている鱗粉の効力で、魔力を散り散りにされ、減衰され、消失させられる。
 さらに、アゲハの周囲に布陣する幾つもの『小さな光の蝶』に、6枚のうち、1枚が接触すると――。

 マナは思わず声を荒げる。

「やっかいね……!」と。
 
 続いてマナは冷静に考察をつぶやく。
「あれは……反射リフレクション?……それとも複製コピーかしら?」 

 その驚きの通り。
 アゲハの『光の蝶』はマナの魔法――【魔投刃エニグマティック・スライサー】1枚を、そのまま術者マナに対して撃ち返してきた。

 そしてさらに。
 アゲハに収束する多種の現象核オリジン。 

「諦めなさい魔法使い。無駄だと言ったはずです!」

 そうして、空のアゲハが、色とりどりのレーザーを撃ち放つ。

 それは、無属性の【魔光線ファンタズムレーザー】だけでなく。
 熱属性の光線サーミック・レイ
 雷属性の光線ホリゾナルライトニング
 冷属性の光線チル・ブラスト
 日属性の光線パーティクルレーザー
 月属性の光線ルナライト・レイ

 という、各属性の魔法形状が光線レーザーだけを選出して習得したものたちで。

 しかも四方八方に放たれたレーザーは、数々の『光の蝶』によって反射され、急角度に方向を変更され。
 疑似的な誘導兵器、および多角攻撃となって。

 頭上、前方、後方から。

 シールドスキルでカバーしきれない方向から。
 
 地上の、フェルマータ達に向かって雨のように降り注ぐ。


「……多属性攻撃ですって!? あいつ……」


身代わりカバーリング
魔法防御瞬間強化マナプロテクション
【物理倍増/魔法半減《マジカルブロッキング》】 
全体化アドバンスド・状態異常治癒+耐性付与リカバリーオール
 
 マナに跳ね返ってきた魔法の刃。

 そして数々の魔法レーザーを、フェルマータはスキルで耐えながら――。

 フェルマータが庇いきれなかった分の威力を、マナも浴びながら。
 
 フェルマータは苦悶の表情で言う。
 
「なかなか、カッコイイスキルビルドしてるじゃない……!」

 言葉とは裏腹に、語尾に、クソ、と付きそうなほどの濁った声色。

 フェルマータとマナを攻め立てた七色のレーザーたちは、見た目も美しいが。
 そのやっかいさは最悪で。
 冷気に凍らされ、熱に焼かれ、雷に焦され、月に抉られ。
 
 特に、フェルマータにとって月属性の魔法だけは弱点属性なので捨て置けず。
 多種の付属効果で甲冑を焙られながら。

 氷結、火傷、麻痺、盲目。
 そしてその状態異常の全てをリカバリーの付属効果で、辛うじて無効にしながら。

 それでも軽くないダメージを受けたフェルマータとマナ。
 そして、マナを守り切ることが出来ていないことに、フェルマータは苛立ちつつ。

 魔法ダメージで少しボロくなっているマナを見る。

「あの鱗粉、解呪ディスペルできない? 先生?」

「いえ。ダメよ、それは既に試したわ。あれは魔法じゃない、種族スキル――もしくは種族スキルと何かで実行されている魔法戦技コーディネートなのだわ」 

 フェルマータは再び、上空のアゲハを見やる。
 その周囲に浮かぶ、光る蝶も視界に納め。

「まさか、魔法を分解するし、撃ち返すなんてね」


「しかも、あの撃ち返しは、たぶん自動だわ」
 
「まったく、面倒なことこの上無いわね」

 そうして、フェルマータは『赤の眼鏡』を装着する。

「フェルの方は? 何か詳細見える?」

「――総SP72K、HP338、外骨格のHPが360……。鱗粉は先生が言う通り種族スキルね。そんで、あの虹色に光る可愛らしい蝶々は、見ての通り、魔法の方向を変更できる魔法製のドローンみたい」


 フェルマータが、ありったけの守護スキルで亀のように、自分とマナを防衛しつつ。

 幾多も降り注ぐ、色とりどりの光線に耐え忍ぶ中。

 マナが、ローリエ産の範囲HP回復薬を使用し。
 二人のHPを治療しつつ。

 フェルマータに倣って宙の敵を見る。
 近接攻撃の届かない空中。

 遠距離攻撃ができるのは、マナだけだ。 
 
 しかし、その頼みの綱の魔法が効果を発揮できないのでは、この戦いに勝ち目はない。


 陰鬱としそうな気分の中。
 フェルマータがおどけて言う。

「あぁ~あ、こんな時にロリちゃんがいれば、矢で撃ち落としてくれそうなんだけど……」

 それにマナは嘆息し。

「無い物ねだりをしても始まらないわよ」   


 とはいえ、『このままでは私がこの戦場に居る意味がない』。とマナは自責に駆られる。
 これは、いずれ魔法を極め、最高の魔法使いになる、と夢見ているマナの心をくじく強敵だ。


「……どうしようかしらね」

 そんな弱音を吐きながら。
 マナは考えを巡らせる。

 そのホムンクルスの少女は。
 ゆるふわでくるくるの巻き毛の銀髪で。

 ニーハイに、フリル満載のドレス。
 その上に纏ったケープ付きのローブに。 
 ピエロのような魔法帽子。

 そのすべてが真っ黒な。

 魔女然とした佇まい。

 それもすべて、数々のスキル群から、魔法だけを選出するつもりだったからで。

 その名も。

 魔素の名を借りた、生粋で。

 ゲームを始める時から、魔法を極めようと決意して始めた……。
 そんな自称、魔法使い――。


 それが、マナというキャラクターだ。



 そして。
 そもそも魔法使いとは。
 魔法を、活用できる使えるからこその、魔法使い。

 故に。
 活躍させる場を奪われてしまったら、特化型の魔法使いの出る幕はない。 

 けど。
 きっとどこかに打開策はある。

 多種多様な効果を網羅するこの世界の魔法で。
 出来ないことはそんなにない。――とマナは思っている。

 そして。
 魔法使いとは。
 魔法の、魔力の巡る『法則』と、それを辿る『術』を網羅してこその、魔法使い。
 
 
 だからどこかに、打開する術があるはずだ。


 プライドにかけても。
 このまま引き下がることはできない。

 そんなマナに。
 今しがたフェルマータが言った一言が閃きを呼ぶ。

(あぁ~あ、こんな時にロリちゃんがいれば、矢で撃ち落としてくれそうなんだけど……)

 その言葉の中。 


 『矢』

 つまり、物理攻撃だ。

 アゲハは言っていた。
 私の鱗粉は『魔法』を弾く、と。


 そして、スフェリカで魔法といえば考えられることは二種類ある。

 問題は、アゲハが言った『魔法』が二種のうちどちらを指しているのかだ。
 すなわち。

 魔素を利用する属性スキルまほう全般が通用しないと言っているのか。
 物理攻撃に対する魔法攻撃……現象魔法まほうが通用しないと言っているのか。



「フェル!」

「何、先生? その顔は、何か良い事思いついた?」

「ええ、シールドブーメラン使ってみてくれる?」

「シールドブーメラン? そんなんじゃ倒すのは絶対無理よ?」

「良いのよ。試すだけだから」

「了解! そんじゃ先生を信じて、試してみようじゃない!」

 そうして、フェルマータは、自身の盾をアゲハに向かってぶん投げる。

 しかし、アゲハに容易く回避されてしまい。
 空を切り、用を成さなかった盾は、速やかにフェルマータの左手に戻ってきた。

 アゲハが、悪戯に笑う。

「なぁに? そんなもので撃ち落とそうとでも? たとえそれが私に命中するとしても、その程度の攻撃では私を倒すころには日が暮れるでしょう。その前に、あなたたちの城は陥落してしまいますよ?」

 確かにその通り。
 チンタラしている時間はない。

 でも。

「ありがとう、フェル。今ので分かったわ……」

 アゲハは、回避を選択した。
 そして、シールドは鱗粉の干渉を全く受けていなかった。

 つまり――。




 マナは、唱える――。


「我が契約の元に、――出でよ、『メルクリエ』!」


 漆黒の魔法使い。

 その傍らに、拳大の正八面体が現れた。
 
 真っ青に輝く、太陽に満ちた海面のような美しさで――。


 
「先生……!?」


 フェルマータは、召喚した結晶が、マナにどれだけのMPを要求するのかを知っている。
 プレゼントしたMPの持続回復のついた指輪をもってしても。
 長く維持することは困難な筈だ。

 それを圧してまで召喚するなんて。

 そして。

「『氷柱飛礫クールビレット』!!」

 マナの手から、鋭利な氷の剣が、一本、アゲハに向かって放たれた。


 冷属性には。
 冷気――つまり魔法攻撃力を参照する魔法ダメージ、『現象魔法』と。
 氷――つまり、魔法攻撃力を参照する物理ダメージ、『物質魔法』。

 その二種が完備されている。

 マナから放たれた『物質魔法』は、鱗粉に邪魔されず。
 光の蝶にも撃ち返されることも無く。


「……!!」

 アゲハの雷属性の光線ホリゾナルライトニングで撃ち落とされた。

 
 迎撃したのだ。

 そのままでは命中するから。


「やっぱりね……魔法は防げても、物理は防げない……! 現象魔法は防げても、物質魔法は防げないんだわ……!」


「なるほど、そうと分かれば、さっさとやりましょう、先生」

 フェルマータは、いつになく真剣で。
 怖い程の真顔と、真っ直ぐな眼で言った。

 なぜなら。

 そうしないと、まず。
 先生マナの身体が持たないから――。



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