上 下
112 / 119
第九話 『闇の領域』

112

しおりを挟む
 
 
 
 待機している多数の魔物ムシ
 ギルドマスターのギムダ。
 見知らぬ少女イルルカ
 
 そして、見覚えのある少女ユナを順番に見渡し。

 途中参戦の暗殺者ナハトは、面白そうに言う。 

「なぁ、るほどォ? なんだか知らねぇが、これから一戦おっぱじめようってわけだ?」

 それにギムダは小声で答える。

「え、ええ……ちょっとなりゆきなんです……」

「なりゆき、ねェ?」
 
 そうして、ナハトは洞窟であった時とは武器も防具も見違えているユナを改めて見る。
 今のユナは、初心者服でもなければ、初期装備の可愛げのないパンツでもない。

 ナハトは特にそのCカップ的なお胸(甲冑に隠されている)に、注目しながら。

「――ちったぁ、成長してるみてぇだが……」
 
 当然、お胸がおっきくなったりはしていない。
 『強さ』の話だ。

 ナハトは再びあちこちに視線をやり。

「……今日は一人か……。じゃ、暫くお手並み拝見、ってぇ、とこかネェ」

 そう言いつつ。
 姿を現したまま。
 その場にうんこ座りするナハトは、ユナと一戦交える気はあまりないように見える。

 とはいえ。
 ユナにとって、当然ながら今の状況は芳しくない。
 ギムダもナハトも、今は違っていても、気が変われば襲ってくる可能性がある。
 
 そんな闇の住人3人に囲われている状況で。


 その上。

 周囲には、多数の魔物の群れ。
 それも、1匹1匹が、小型車両程の大きさの昆虫の魔物だ。
 一気に襲われたら、防御の心もとないユナでは耐えられない可能性が高い。

 キャラクターに冷や汗こそ滲まないモノの。
 中の人は、必死で。
 どう切り抜けようかと思案を巡らせる。


 チラリ、と周囲を流し見るユナの視線。

 そうして、ぎゅっと目をつむる。

 なぜなら。

 周囲に布陣する魔物は、いわばデカイ虫だ。 
 虫はただでさえ気色悪いというのに。

 それを超ドアップで見せられているようなもので。

 もうチラリとさえ見たくもなくなったユナは。

 ハルバードを握り直し、正面だけを見据る。
 そこには、武器を構えた少女。
 スズメバチの甲殻人種インセクティア――イルルカが佇んでいる。

 そのイルルカの手には、大型の棘……スズメバチの針を模した武器が握られていた。
 
「ねえ、あなたの名前は?」

 ユナはおもむろにイルルカに話しかける。
 時間を稼ぐため。

 そして――。

「え? イ・ル・ル・カ、だけど? それが何か?」

「あなたの総獲得SPは?」

「ろくまんごせんよ」

 つまり65K。37Kのユナよりずいぶん強い。
 ユナはさらに、自分を弱く言う。
 看破持ちである可能性を考えて、少しだけ――。

「なるほど、私は32000くらいなんですけど……」 

「さんまんにせん? ……何が言いたいわけ?」

「いえ、別に。……ただ、この『レベル』差で、この多勢に無勢で、私に負けたりしたら、癪ですよね?」

「はぁ……?」
 ユナの物言いに、当然イルルカはイラっとした様子を見せる。

 そしてユナは、作戦の成功を感じ取った。

 なぜなら。

 これは、ユナの意図的な挑発だからだ。

 自分よりも絶対的に強い者に対しての。
 
 別に全滅させてしまっても構わないのでしょう?

 そういう類の。


「……良い度胸してる。良いわ、あんたの相手は私だけでしてあげる」

「ああ、気を使わなくても良いんですよ? それでは私に時間を稼がせるだけですからね」

「ホントいい度胸してるわ。一瞬で叩きのめすって言ってんのよ!」

 それが開戦ののろしだった。
 イルルカのヘルムバイザーが閉じ。
 顔を覆い隠し。
 まさに、スズメバチのようなフェイスになる。

 それが、戦闘形態という事だ。

「『細剣特化フェンシング』!! 『磨き上げバーニッシュ』!! 『蜂毒ヴェスパポイズン』!! 『毒効果加速アナフェラキシィ』!!」


 強化を施しながら。
 背の翅を使い。
 イルルカは、細長い剣を手に。
 まるでロケットのような瞬発力で、ユナに向けて飛び掛かる。

 昆虫種族だけあって体重が軽く。
 その突撃は弾丸のようだった。

 けど。
 ユナは、それに迷いなく打って出る。 

「『会心力瞬間強化クリティカルスタンス』!! 『研ぎ澄ましポーリッシュ』!! 『範囲拡大ワイドニング』!!」
 
 
 スキルで割増したポールウェポンのリーチを最大限に活かし。

 ユナの振るうハルバード。
 その鎌状の刃が、半弧を描く。

 目前を通り過ぎる白刃に、イルルカの突撃は出鼻をくじかれた。
 
「くうっ!?」
 
 砕け散る外骨格がエフェクトとして描かれる。

 イルルカは驚く。
 ユナはリソースの全てを攻撃に振った単発高火力特化のビルドであり、クリティカル率も強化されている一撃は、掠っただけでかなりの外骨格の耐久力を削り取る。
 しかもイルルカはスズメバチだ。カブトムシのヴィルトールとは違い、外骨格のHPがそんなに高くない。

 攻撃は最大の防御。

 そんな言葉があるが。

 総SP30台の一撃とは思えない。
 予想をはるかに上回る威力。
 ユナのその一撃は、イルルカに警戒心を植え付けるのにかなりの効果を持った。

 そして。
 ……リーチを活かして近づけさせない。
 ユナはその教えを、忠実に守る。

 
 しかし、長大で大振りだということは、隙も大きいという事だ。
 
 だから、イルルカはうかつに突撃せず。
 攻撃を誘って、その隙を突くかのように。
 地上や空中から。
 その突進力とすばしっこさを活かす戦いに切り替える。
 
「……速い……!」

 ユナは必死になる。
 火力の代わりに耐久力は無いも同然。
 当たればただでは済まないことは良く解っている。

 そんなイルルカの動きは。
 まさに蝶のように舞い、蜂のように刺す戦いだ。

「……でも!」
 
 けれど。
 それでも。

 その速さも、脅威も。
 見えた時には死んでいる、という剣聖ゼナマの剣速と、攻撃の重さには遠く及ばない。

 ギリギリではあるが。

 ユナはなんとか、一手一手、槍の攻撃や防御を間に合わせる。
 
 そして武器に防がれている状態では、スズメバチの毒も届かず。
 
 レベル差的にも、毒の威力的にも。
 一発刺されば終わりだと思っているイルルカはイラついた。

「……この! 『千針万化ミリオンニードル』!!」

 突撃と同時にくりだされる、超高速連続の『突き』攻撃の乱舞。
 一発で終わりなら、命中すれば終わりだ。
 ならばこそ、数で攻め立てる。

 そんな武芸アーツスキルがユナを強襲する。

 
 これに防御を選択すれば、そのまま削り殺されるだろうことは明白。
 だから、ユナもスキルで迎撃に出る。

 
 それは、ハルバードだからこそできる、線と点の制圧技。
 すなわち『斬』『突』乱れ打ち――。

「『百花斉放ひゃっかせいほう!!』」

 高速の連続攻撃。
 ユナの手から。
 無数の斬撃と無数の刺突が、水面に打ち付ける豪雨のようにくりだされる。

 それに、イルルカの幾千もの刺突が激突し。

 ぶつかり合い

 相殺し合う。  
 
 しかしながら、所詮は千と百。
 リーチの差によるアドバンテージを考慮したとしても。

 身体に届かぬはずの細剣は。

 斬と突の密度をかいくぐり。

 ユナの『腕部』をいくつも傷つける。

「くっ!」

 だが。
 手甲ガントレットや、腕当ヴァンプレイスに守られているから。

 そのひとつひとつは浅い傷だ。
 
 無論、キャラクターのHPは各部位HPの総計で。
 腕を傷つけられたところで。
 量で言うならばかすり傷といったところだった。
 しかもDOTの無い毒だから、時間経過でHPも減りはしない。


 けれど。
 イルルカの毒の脅威はそこじゃない。

 イルルカの手にする武器は、イルルカ自身から生み出したスズメバチの針だ。
 そこに籠められているのは強力な神経毒。

 そして神経毒は、最悪即死。そうでなくとも、受けたものの動き――即ち動作速度を鈍くさせる。

 
 となれば。
 もはやユナは攻撃を間に合わせることなどできなくなる。

 そして四方八方から間断なく攻め立てるイルルカは。
 解毒剤もHP回復薬も使用する隙を与えない。


 ユナに出来ることは。
 【装備武器防御《ウェポンディフェンス》】を使って、亀のように防御を固めることだけだ。
 それは、ユナの長所を奪い去り、欠点を浮き彫りにする状態だ。

 ユナの防御スキルは、フェルマータのように堅牢な防御じゃない。
 両手武器マスタリの中にある、ある程度のダメージを軽減するというスキルで。
 スキルレベルMAXまで上げ、その先のアドバンススキルも取得していても。
 イルルカの攻撃を無効にすることは難しく。


 どんどん、ユナのHPは削られていく。
 

 イルルカは勝ち誇った。

「残念。あなたはこのまま、私を倒すどころか、何もできずにそのまま倒れるわ。助けも来る気配ないし、このまま大人しく交渉材料ひとじちになりなさい!」
 

 それに対し。

 ガシリ、と――。

「嫌、です……!!」
 
 ――ユナは、咄嗟にレイピアの先端を片手でつかんだ。
 毒で弱った筋力を、最大限絞り出し、その状態を固定する。


 レイピアはいくら頑張ってもびくともしない。 


「なっ……このっ!?」

 筋力特化のユナだ。
 その細い武器を、奪い返すことは、イルルカには出来ず。

 ユナは間近で言い放つ。

「……大人しくはしませんし、先輩も必ず来ます! 私は諦めない!」

 血だらけの満身創痍。
 ボロボロになった甲冑も、ダメージエフェクトも。
 テクスチャではあるけれど。

 ほぼ動かなくなった身体で。

 なお、ユナの片腕はイルルカのレイピアを強固に離さない。
 しかもその細剣は握りつぶされ、ビキビキと、耐久限界が近づき、ひび割れてくる。

 もう使い物になりはしない。


 だから。

「ふん!」

 イルルカは何の未練もなく。
 苛立ちと共にその武器をアッサリ手放した。

 そして距離を置く。
 そんなイルルカはユナに呆れて。
 
「あなたバカね」

 だって。
 その武器はイルルカが生み出した針の一つ。

 スズメバチの腹部。
 その黄色と黒のボーダーの、タヌキの尻尾のような部位から。

 いくらでも取り出せる武器なのだから。



 イルルカは新しい細剣ヴェスパインスティングをユナに向け。

「……そもそも、ブラッドフォートからここまで、どれだけ距離があると思ってるのよ。そう簡単に来れるわけ……」


 ――その時。

 イルルカは気が付いた。

 自分のフレンドリストの、ヴィルトールの名前に位置表示がされていることに。
 そしてその位置は、自分のギルド『ミウラケ』領地の拠点の場所だった。

 つまり。

 ヴィルトールは死に戻っているのだ……既に。


 ならば――。





 はるか上空から。


 一本の矢が、正確無比な命中精度でもって飛来する。



 風を切り。

 重力を味方につけ。

 超長距離を滑空する、『矢』が。


「カハッ……ッ!?」
  
  
 イルルカの胸部を貫いた。


 
 それは……。



 ――――魔法戦技コーディネート――【死毒の棘アキューリアス


 

 ユナが良く知るエルフが放った、魔法の矢だ。
 
 
 

しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

最後にひとついいかな?

恋愛 / 完結 24h.ポイント:4,352pt お気に入り:8

良いものは全部ヒトのもの

恋愛 / 完結 24h.ポイント:28pt お気に入り:842

追放王子の異世界開拓!~魔法と魔道具で、辺境領地でシコシコ内政します

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:340pt お気に入り:4,033

転生少女は異世界でお店を始めたい

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:3,351pt お気に入り:1,719

前世の因縁は断ち切ります~二度目の人生は幸せに~

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:113,283pt お気に入り:5,404

処理中です...