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第九話 『闇の領域』

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 ローリエの道具屋が閉店時間を迎えてから。

 暫くの後。

 ようやく店内に入ることができたローリエを。

「おかえりなさいませ、マスター」
 語尾が♪まみれになりそうな甘い声で。
 NPCの女性店員一号、通称イチゴちゃんが丁寧な一礼で出迎える。

 ローリエのお店は、『ミミズクと猫・亭』正面扉入ってすぐ、右側の一画を借りているので。
 正面から入ると自動的に、すぐNPCがいるわけで。
 裏口を使わない限り、ローリエは必ずお出迎えを受けることになるのだけど。

 その度に、ローリエは少し恥ずかしい気分になり。
 裏口から入ろうかちょっと悩んでいた。
 

 そして。
 このNPCは、当然ながらローリエ作である。
 
 というのも、このゲームでは、プレイヤーに従属するNPCの作成は。
 デザインや服装、性格などの全ての設定を自分で行う必要がある。

 これは良い意味では、『自由にNPCが作れて楽しい』、となるが。
 悪い意味では、『事細かな設定が必要で、めんどくさい』、となる。

 ローリエはほぼ後者なので。 

 イチゴの顔は、ローリエのキャラクリと同様ランダム作成を繰り返し、一番美人に仕上がった物を選択し。
 髪なんてなんでもいいじゃん、と思ったものの。
 全くひねりが無いのもどうかなぁ、ということで、かなりひねりを加えてスパイラルさせてある。
 つまり髪の両サイドは縦ロールのロングで、後ろは太い三つ編み二束にまとめた感じだ。
 髪色もどうでもいいや、ということで、ランダムで決まったくすんだ真鍮のような色となっている。光沢のあるミルクティー色と言った方が伝わるだろうか。
 また服は、フェルマータにもらったカフェメイドスタイルの制服アバターを着せてある。

 そしてイチゴちゃんは、ランダム作成の割にはなかなか良いバランスで、背が高くお胸も大きい。

 印象としては、お姉さんな感じで。
 性格設定も、甘々にしてあるので、

「ローリエ様、お疲れですよね? どうぞ椅子におかけになってください。それとも、乗り物をご用意いたしますか?」

「の、乗り物?」

「はい、先日お客様が当店でお売りになられた品ですが」

 ここはお店なので。
 販売も出来るけれど。
 購買も出来る。
 資金に沢山余裕があるローリエは、それを使って、要らない物をNPC価格25%ほど高めで買い取っていたりするのだが。

 その中に乗り物を売り払ったヤツがいるらしい。

「どれですか?」

「こちらです」



 えっ!?



 ――……と、とらいせこぉ!?




 と、心で突っ込まざるを得ない見た目の乗り物が出てきた。
 三輪車である。

 
 それを見たとたん。
 ローリエの後ろで、気配を殺していた剣聖の老人ゼナマが、ぶっ、っはっは、と噴きだした。

「これまた、お主に似合いそうな品じゃなぁ」
  
「ええっ!?」
 ばっ、馬鹿にしていますかァ!?
 しかも、結局人力なのだから、お疲れの労いにすらなりはしないのです。
 
 ローリエは困惑顔で、ゼナマはご機嫌で。

「乗ってみたらどうだ、意外と楽出来るかもしれぬぞ」 
 
「の、乗りませんよぉ! 恥ずかしい、しかも店内ですよ、ここ」

「申し訳ありません。こちらはお気に召しませんか。では、私がおぶりましょうか? それとも抱っこでしょうか?」


 そんな感じで。
 イチゴお姉さんは、ローリエの事を気遣ってくれるのだが。
 出来立てほやほやのNPCなので、まだちょっと、発想がトンチンカンアホなのだ。
 
 
 そしてふと、依頼所の方を見ると。

 ロングスカートのクラシカルなメイド服姿で、書類を手に。
 突っ立っているウィスタリアの姿がローリエの目に飛び込んでくる。

 ウィスタリアは、よく冒険者の宿に色々な依頼書クエストを提出しているので。
 今回もそうかもしれないけど。

 それを見つめるローリエの背後から、老人の声が言う。 

「あやつも、この前の参加者に居なかったかね? 名は何だったか?」

「ウィスタリアさんです」

「ほぉ? 月桂樹の次は、藤とはな。覚えやすくて良い」
  
 フジ?
 疑問符を浮かべるローリエに、ゼナマは言う。

「それより。どうした、あやつはお主の友達なのだろう? 声をかけに行かんのか? 何か深刻そうな様子じゃぞ?」

 た、確かに何か悩んでいる様子だ。
 
 けど、声をかけて一体どうしようというのか?

 ローリエはそろりと後ろを振り返り、ゼナマの顔を見上げる。

 話しかけないのか? と言いますけれど。
 コミュ力がノーマル以上のお方には簡単なことでも。
 コミュ力がハードなお方はそうは行かないのだ。

 
「お主が行かんのなら、ワシが行こう。それでよいのか?」

 ローリエは少し考え。
 理由は思いつかないけど。
 あまりよくはない気がして、一歩踏み出した。

 そして、自信なさげな足取りのまま、ウィスタリアの傍に来る。

 すると、そのキツネ耳メイドっ娘は、手にした依頼書から視線を離し、顔を上げて。

「あ、ロリお姉ちゃん? ……」

 さらに真顔を曇らせると、ローリエの背後の老体に気づく。
 フードをかぶったままのその顔を覗き見るようにして。

「……と、その人誰?」

「えっと……、この人は、この前の闘技場で――」

「ああ、ユナの代わりにちょっとだけ入ったお爺ちゃん?」

 それに、ゼナマは愉快そうな声で。

「いかにも、ワシは、ゼナマ・クラインと言う、剣士の真似事をしておる者だ。あの時は世話になった。……にしても、お爺ちゃんか、はっはっは」

 ウィスタリアは言う。
「そういえばそんな名前だったっけ? でもどうしてここに?」

「何、簡単な話だ。ワシは今日から、このローリエ殿の配下になったのでな。付き従っておるだけよ」

 それに、ローリエは、へっ?、と声を上げてすごい勢いで後ろを振り返った。
 だって、預かる云々の話は聞いたが、配下がどうと言う話はしていない。

 その間にウィスタリアは、そうなんだ、と普通に流していたが。
 かんたんに流していい話ではない。

 ローリエがゼナマに問う。
「ど、どういうことですか?」

「どうもこうも、そう話したではないか。ワシの面倒を見てくれるんじゃろ?」

「あ、預かるとは言いましたけど……」
 そして、一応、ゼナマ自身がアシュバフ失態の補償だという話もローリエは聞いた。
 突拍子もない話過ぎて、本当か冗談かよく解っていないだけで。

 しかし、ゼナマの態度は本当のようだ。

 でもさすがに配下だなんてそこは冗談だよね。
 とローリエが思っていると。

「ところで、そなたは何を悩んでおったのだ?」

 ゼナマがウィスタリアに尋ねた。

「ああ、最近また、うちの領地にアンデッドが良く入り込むようになって。でも討伐依頼受けてくれる人も少ないから、いっそ、うちの衛兵達をだれかに鍛えてもらおうかなって思って」

「それがその書類か?」

「うん。……でも、お姉ちゃんもこの前強かったし、剣も魔法も出来るし、お姉ちゃんに頼んだ方が早いかなぁ、って思ってたとこ」

「ほぉ、兵士の鍛錬か。面白そうじゃな? 確か『ブラッドフォート』といえば、兵士も吸血鬼か? ニンゲンに教えるのとはまた違うのだろうな?」

 ゼナマは興味津々だが、ローリエはそうではない。

 剣も弓も魔法も半端だと思っているというのもあるし。
 他人にモノを教えたこともないし。
 相手がNPCの兵士なら多少、話しやすいだろうけれども。
 やっぱり大勢に注目されたりするのは、まだ慣れないわけで。

「お主なら出来るだろう? やってやらんのかね?」

 ローリエはまた少し考える。
 やるかやらないか。
 踏ん切りがつかずに迷う。
 すると、ウィスタリアは諦めたように。

「ま、確かに。お姉ちゃんは誰かに何かを教えるの苦手そうだもんね」

 依頼書受付のカウンターに向かって歩き出した。

 だが。

「ま、って!」 

 ゼナマが待て、と、言うよりも少し早く。
 ローリエが、ウィスタリアを呼び止める。

 それは直感的て、反射的な事だった。

 思わず、呼び止めたのだ。

 でも。

 ローリエは少し考える。

 ウィスタリアは少なくとも、ローリエの知り合いだ。
 一緒に、コロッセウムで戦った仲だ。

 友達とはいかなくとも。

 きっと仲間だとは言える筈だ。
 
 だから、ここで放っておくなんて選択肢をしたら。

 あとできっと後悔して、苦悩の海に溺れることになる。

 ――そんなことは、嫌だから。

 ローリエは言う。

「解りました、やってみます」

 それを見て、ゼナマとウィスタリアは。
 ちょっと勇気を出したであろうローリエに、微笑を浮かべるのだった。

 

 そして3人でお店を出た時。

 上からヒューベリオンが舞い降り。

 ちょうど、黒い甲冑姿のユナが目の前に立っていた。


「……あれ? 先輩……とウィスタリアさん? どこか行くんですか? それにその人は……?」


 向かう場所はもちろん、『ブラッドフォート』領の、カイディスブルム城だ。

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