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第八話 『コロッセウム――開幕――』

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 「『氷柱飛礫クールビレット』!!」

 メルクリエが初級魔法を、乱射する。

 迫りくる前衛。
 ゼナマ、ローリエ、フェルマータ、ヒューベリオンをけん制するために。

 
 

 それこそ、雨あられのように。

 フェルマータはそれを盾で防ぎ。

 ヒューベリオンは跳んで躱し。

 ローリエは。

 それを打ち払うために。
 黒曜石の双剣を作り出す。

 そして左右の剣を振るおうとした時。


 ローリエに迫っていた全ての氷刃が、一瞬で砕け散る。

 カチリと刀を納める音がして。

「たしか、名はローリエだったか……?」 
 
「え?」
 
 目の前で砕けた魔法と、そのセリフに。
 ローリエは二つの意味で驚いた。


 無論。
 その声の主は、ローリエの横に居る老人のもので。

 遅れて。

「あ、はい」

 名前は、ローリエであっていると、返事をする。

「そうか。月桂樹ローリエとは……。なかなか趣深い名を付けたな」

「え?」

 そんな話の合間にも。

 新たに放たれる氷の刃、十数本。
   
 それを、剣を抜き、納めるたった一呼吸の間に。
 すべてを砕き切る。

 しかもそれはスキルではなく。
 ただの素早いだけの通常攻撃で。

 そんな剣聖はローリエに言うのだ。

「では、ローリエよ。ワシの事は気にせず、今まで通りお主の好きに戦うがいい。ワシがお主に合わせよう。防御も考えなくてよい。恐らくその方が、早かろう」

「えっ!?」

「お主に降りかかる火の粉は、ワシが打ち払うと言っておるのだ。――元々この戦いの主役はお主だろう? ならば、お主が自身でけじめをつけよ」
 

「……」

 ――ローリエが少し戸惑う中。
 今度は、後衛を狙う魔法を、フェルマータが大盾で防ぎながら。

「……後ろも気にしなくていいわ。私が食い止める!」

  
 つまり攻撃に専念せよ。
 そう理解したローリエは、大きく頷いて。
 
「解りました! 行きますっ!」

 ローリエは、地を蹴って、メルクリエに飛び掛かる。
 
 いつものように。

 ローリエは。
 双剣による連撃と、土と重による魔法のコンビネーション。
 
 決して、無属性魔法を詠唱する隙を作らせない。
 間断ない攻撃で、メルクリエを攻め立てる。

 対するメルクリエは。

 その攻撃を躱そうにも。

 動こうとした先には既に、ゼナマが放った『練気マスタリスキル』【気衝烈波プラーナウェーブ】が置かれていて、避ける道が塞がれており。

「くっ!」

 格闘マスタリの【ブロッキング】で防御するしか手立てが無く。

 ローリエの隙に、反撃をしようにも。

 そのタイミングで後方に回り込んでいるゼナマが、斬り付けるぞ、という素振りを見せることで。

 結果的に気を取られたメルクリエは、ローリエに攻撃する機会を見失う。

「こいつ……!」

 多勢に無勢もうっとうしい。
 でも、たった一人で、戦闘を掻きまわす老人も、メルクリエにとっては同じくらいうっとうしかった。
 

 そして。

 竜爪によるヒューベリオンの一撃で吹き飛び。

 距離が離れた所に、ローリエが放った魔法。
 
 【石片の散弾ストーン・ベネリ】。


 それに。

 ゼナマは鞘に納めた日本刀を抜き放ち。
 目にもとまらぬ速度で、スキルを放つ――。

 それは、【斬撃スラッシュ】という剣マスタリの初級スキルで。

 ローリエの魔法と合成され、変貌する。

「――『大地刃アース・ブレイド』!!」

「うく!?」

 弱点属性を帯びた斬撃が、メルクリエを切り裂いた。

 だが。
 
 それは決して、強力な魔法戦技コーディネートではない。
 初級魔法に、初級スキルを合わせた、とても初歩的なものだ。

 なのに。


「……この剣士……!」

 その一撃は、ものすごい威力を叩き出す。

 
 さらに、そのコーディネートを起点に、後方から魔法や銃撃や、光の魔法が降り注ぐわけだ。



 その技術、強さ。
 ローリエとメルクリエから見れば、特異な戦い方。
 
 

 そんな。

 この老人の戦い方は。

 常に鞘に剣を納め。

 隙を突いて、瞬きの間に剣撃を放つという。
 『居合い』というモノで。

 その所作。
 その剣裁き。
 立ち居振る舞いの基本はそこからきている。 


 そして、この老人の所有しているアクティブスキルは。

 遠距離攻撃用の錬気スキル――地を這う波のような戦気【気衝烈波プラーナウェーブ】と、三日月状の戦気を叩きつける【閃気ひらめき】の2種類。
 
 それに加えて。

 斬、打、突を網羅するための、超基本スキル、【斬撃スラッシュ】、【刺突スラスト】、【みねうち】くらいしか無い。

 厳密にはもう少しあるが、メインとして使用するのはこの5つだけだ。
 

 その他のスキルは全て、パッシブスキルで構成されている。

 だが。
 剣系列6種類のマスタリレベルを10まで上げてある事。
 パッシブスキルで攻撃力の底上げがしてある事。

 これにより、この老人の『ただの通常攻撃』は、普通の一撃の数倍の威力を有している。

 それを。
 高DEXと剣速を上昇させるパッシブで。

 一回の抜刀で、瞬く間に、数度斬りつけてくるのである。


 通常攻撃一発の威力にしても、現時点でユナの1.5倍近くであり。
 それほどの威力を、連続で叩きつけるこの老人は、時間単位で見るならば、相当な火力なのだ。


 二人技ディオコーディネート

「……『重束刃グラヴィティ・ブレイド』!!」

 
 今度はウィスタリアの魔法榴弾に、ゼナマが合わせ。

 またメルクリエは、無防備なところに攻撃を浴びせられる。

 正直、手詰まりだった。


 何もすることができない。
 何もさせて貰えない。

 メルクリエはまるで、剣の牢獄に居るかのように。

 すべての行動を制限される。
 
 
 あまりのうっとうしさに、メルクリエの注意がゼナマに向いてしまう。
 だが、それも計算ずくなのだ、この老人は。


 だからこそ。

 ローリエの動きに対する注意が疎かになる。
 そこを、逃すことなく、エルフの軽戦士は確実に、強力な一撃を放ってくる。

 そして、一度攻撃がかみ合えば。

 ヒューベリオンの攻撃や。

 後衛から強力な魔法と機銃掃射が追撃してくる。

 
「冗談じゃない! 私が、こんな!」

 メルクリエのHPは既に20%を切り。
 重傷の動きとテクスチャに変わっている。


 そこに、立て直し終わった29名の精鋭が、追撃を開始する。
 
 
 いつもならば、大魔法で一網打尽だが。
 今、そんな隙などありはしないのだ。


 あらゆる攻撃にさらされ始め。

 メルクリエは、滅多打ちになっていく。

 四方八方からの物理、魔法。

 様々な攻撃が、襲い掛かる。

「この!」

 メルクリエは、辛うじて詠唱の必要ない―魔法戦技コーディネート蒼河泉洪陣そうがせんこうじん】の水属性範囲スキルを放つが。


 それでも、討伐部隊の何割かが、倒れただけで。
 『ミミズクと猫』のメンバーは巧みに切り抜ける。


「……くぅ!」

 どう計算しても、メルクリエが勝てる見込みはもうなかった。


 そうこうしている間に、HPも残り5%。


 ――……ここまでか。

 とメルクリエは思う。


 そしてメルクリエはご立腹だった。
 まぁずっとご立腹のままなのだが。  

 ローリエの双剣を浴びながら、メルクリエは見る。

 布陣する、大盾の戦士、和風の剣士、真っ黒な魔法使い、キツネ耳の銃使い、竜の骸、そして、エルフの軽戦士。

 その後方では、再び少しづつ立て直っていく29名の討伐部隊も見え隠れする。

 その状況を、視界に映しながら。

 メルクリエはつぶやく。

「……まったく。……中々私の『望む戦い』というものは得られないモノね。ボスとして作られた以上、致し方のないことなんでしょうけど……」

 そうして。

 戦意を無くしたメルクリエは、棒立ちになり。

 そのまま。

 残りのHPを散らしていった。

「ま、でも、いつもよりは、少しだけ楽しかったかな――?」

 メルクリエとひと時、一対一で戦った、エルフの戦士に敬意を表し。
 その顔を眺めながら。

「――覚えておくわよ、あなたの名前――。月桂樹ローリエ……!」
 
 
 ついに、メルクリエは討伐された。


 それに気づいた、皆の手が止まる。

 静まり返る。

 
 一呼吸おいて。

 
「やりました! 大精霊、メルクリエ、討伐成功です!」

 実況が木霊し。

 コロッセウムに残っていた観客が、大喝采で祝福し。


「やった!」

 フェルマータが歓喜し。

 マナが茫然と佇み。

 ローリエが息を切らし。

 ゼナマは、微笑んで。
「……これで、あの黒い騎士に、怒られずに済みそうだな」
 
 ウィスタリアは言う。
「マスタ―。仇、取りましたよ」

 


 そして。

 
 HPが0になった大精霊、レイドボスが。

 
 褒章モードに移行する。

 つまり。

 メルクリエは消えるわけじゃない。

 
 ドロップ品、MVP褒章などを決定し、受け渡す状態に移行するという事だ。


 戦闘領域の皆。

 会場に残っている観客が、大精霊に注目する。



 新たに再生を果たし現れた、大精霊、メルクリエは褒めたたえる。

  

「――世界樹、グランディマナ様が残された、人族の末裔たちよ。よくぞ、この大精霊、『蒼海冷姫メルクリエ』を倒した。まずは、祝福しよう、おめでとう、皆の者」


 メルクリエは、どこからともなく。

 氷で作られた豪奢なデザインの宝箱のようなものを、足元に出現させる。


 「そして……」と、メルクリエは、ローリエの顔を見て。


「……私が選定するこの戦いの功労者は、この者とする。――あんたが、この戦いのMVPよ。ローリエ。おめでとう」


「おめでとう!」

 皆から、ローリエに祝福の声が降り注ぐ。

 

「さぁ、あんたの望みを言いなさい。お金? アイテム? それとも、この大精霊に何か頼みたい務めがある?」 


 戸惑いながら。
 ローリエは答える。


「――私でなく、マナさんに、その権利を移せますか?」


 これは元々、マナの計画だ。

 そして、ローリエの願いは、もう叶っている。

 だって、ローリエは、パーティで遊びたい、ってずっと思っていたのだから。

 それはもう、嫌と言うほど叶っているのだ。

 フェルマータの一言から始まった奇跡であるが。
  
 その大本は、マナだから。

 大精霊を倒す。
 その目標の一つが適った今。

 ローリエは、何のためらいも、何の苦心も無く。

「構わないけど、それでいいわけ? あんたがMVPなのよ?」

 その念押しの問いかけに。

「はい!」

 と、素直に、口にした。

「解ったわ。じゃあ、マナ、前に」


 それに、ありがとう、ロリ、感謝するわ。
 と、黒い魔法使いが前に出てくる。


「さぁ、あなたの願いは?」


「私の願い、それは、あなたの召喚の権限よ」


 その言葉に、それを聞いた皆は、驚いた。




 ◆ ◆ ◆ ◆



 そして。

 アシュバフのギルドマスターは忘れられたまま。
 戦場の真ん中にポツンと倒れたままだった。

 おい、誰か起こしてくれよ。

 そんな言葉は、会場の大歓声でどこにも届かないまま。


 
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