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第八話 『コロッセウム――開幕――』
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しおりを挟む負けないけれど。
勝つこともない。
これは終わりの見えない戦いだ。
いや、むしろ。
ただ一生懸命耐えているだけで。
本当は負けが決まっている。
永遠に戦えるNPCと。
疲労が溜まるプレイヤー。
その勝敗は明らかで。
ローリエの脳裏に、『諦め』の2文字がチラつきだす。
心身の疲労により。
一挙手一投足が怪しくなる。
肉体はVRの中だが。
心は現実だ。
そして。
心が削がれれば、あらゆる精度が堕落する。
ローリエは、迫る幾つもの氷の刃を、双剣ですべて打ち払う。
その最中に。
「あっ……ぐ……」
無属性魔法の【魔光線】にローリエは貫かれた。
撃ち出された氷刃は囮だったのに。
それにすら気が付かなかった。
それだけではない。
形状がレーザー系の魔法は持続時間が長く。
回避が出来ないのなら。
打ち払うよりも、防御するか、逸らす方が被害を少なくできる。
いつものローリエなら、迷わず回避を選択していたのに。
間違えて打ち払った結果、短剣が砕け散り。
払いきれなかった余剰時間分の威力を浴びたわけだ。
そんな失敗を見逃さないメルクリエは、すかさず【ニュートラライズ】で【重力域】を打ち消し。無防備になったところに、残りの氷刃を何本も食らってしまう。
【信仰力/魔法攻撃力減少】のデバフで減少しているとはいえ、メルクリエの魔力は膨大で。
加えて頭と身体の装備が、ネームドオプションの影響で弱性能で固定されているから。
ローリエの物理防御と魔法防御は、紙と言えるほど貧弱だ。
リズムを崩したローリエはそれで一気にHPを減らし、瀕死になる。
パッシブスキルでHPを800近くまで増やしていなかったら、既に倒れていたことだろう。
そして、中の人――皇愛海の集中力も、疲労で切れてきている。
負ったダメージに合わせて、傷だらけのテクスチャで表現されるローリエは。
息が荒い。
それは、今だけは、表現上だけのモノでは無かった。
「あら、もう限界? ――」
「……!」
ローリエは、気力を振り絞って、メルクリエを睨むように見る。
しかし、変わらぬ満身創痍。
身も心も疲弊している。
それに既にコロッセウムの天井は閉まっており、【光合成】による自己再生は機能していない。
「――それとも、もう少し私と踊ってくれる?」
瀕死のままのローリエを狙う【魔幻弾】。
無属性魔力の散弾が。
メルクリエから放たれる。
回避か、防御か、パリイングか。
今、メルクリエの魔法を浴びれば速攻で沈む。
そのことは解っているのに。
判断能力の鈍ったローリエは、迷った。
迷った結果、動くともなく――。
棒立ちのエルフにその散弾は迫りくる。
「はっ……!?」
倒れる!
そんな一瞬に。
ローリエと、メルクリエの間に、小さな人影が割って入る。
【大盾防御】
【身代わり】
カイトシールドで魔弾に容易く耐え。
衝撃に舞う。
チェリーピンクのツーサイドアップと。
甲冑に纏ったロングマント。
その小柄な背中に、ローリエは見覚えがある。
あの時。
あの雨の中。
立ち去ろうとした背中だ。
「またせたわね、ロリちゃん……こいつは、『パーティ』で倒すわよ!」
ローリエは驚き。
「フェルマータさん……?」
疲労や、メルクリエとの戦いに集中し過ぎていて。
周囲の状況の把握が遅れていた。
急に現れたようなその背中を唖然と見つめながら。
「それにみなさん……?」
ローリエは、周囲の存在感を感じ取った。
地底の小人の守護聖騎士
人工精霊の魔法使い
真人族の死竜騎士
吸血鬼の格闘家
狐獣人の魔工技士
駆け付けた様々なビルドの面々に。
後ろを気にするローリエと。
鬱陶しそうなメルクリエ。
その色白で整った顔立ちが、嫌そうに歪められる。
「……なぁに? ゾロゾロと。まさか邪魔しようってわけ? 私は、今そいつと遊んでるんだけど?」
そんな言葉を無視するかのように。
「あんた、疲れたやろう? 暫く後ろで休んどきない」
フェルマータに並び、ローリエに振り返のは。
両眼を真っ赤に光らせた、金髪の吸血鬼伯爵だ。
「ジルシスさん……」
その本気の姿にローリエは会場から日差しが消えていることに気づき。
空を見上げれば。
「夜……?」
メルクリエもそれに倣って空を見る。
「……この昼間に、満月……?」
「そ。――今のあたしなら、そこの緑色より、あんたと遊んであげられるで。次のダンスの相手は、あたしで決まりや――しゃーうぃだんす……?」
そして、獣人姿に変化しているウィスタリアと、
「マスター、援護します」
ジルシスにMPの補充を終え、マナポーションの空瓶を投げ捨てるマナが、
前衛の後ろにポジショニングし。
一番後ろに、インファントドラゴンゾンビに跨ったユナが控える。
メルクリエは目を伏せ、嘆息する。
「なるほど? 本気で私を倒そうというわけ? ……でも所詮は有象無象。烏合の衆。――果たしてあんたたちにこの私と戦うだけの資格があるのかどうか……」
メルクリエの周囲が、震撼しだす。
冷属性の現象核が激しく騒めいて。
大量の魔素が、メルクリエに収束し始める。
そして詠唱――。
「――儚き強さを得て愛は疎遠、孤独の御霊は、全てを屠る――凍てつけ、絶対零度より冷酷な無心の黙殺にて、その果てなき希望を抱いて永久に眠れ――」
――果たしてこの私と戦うだけの資格があるのかどうか……。
『……確かめてあげる!』と。
そう言葉にするよりも確実な不言実行が。
その両目を開いた大精霊により展開される。
「 ―― 『絶 対 無 法 の 零 限 下』 ! ! ! ! 」
冷属性の大魔術式。
超広範囲の冷凍魔法であり。
高ダメ―ジと共に、あらゆるものを氷結させる、極寒よりも極寒の冷気の波が、メルクリエを中心に波紋のように広がって――。
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