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第八話 『コロッセウム――開幕――』

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 会場も。誰も。
 アシュバフの宝具クラスでなければ、ローリエのステータスは把握できない。

 だから、倒れた状態では、無事かどうかは解らないのだ。

 それが再起したことで、コロッセウムは様々な声に包まれる。

「ロリお姉ちゃん……?」

 しかしながら、その全て。

 無論、ウィスタリアの呟きをも。

 既にその声は、ローリエの意識の中には届かず。

 その意識の中。
 今、考えうることは、『散っている精霊の敵意ヘイトを、ローリエこちらに集中させたい』ということだけ。――そうしないと、ウィスタリアが苦労することになるから。


 だから――。 


 まずは、持ちうる基本強化を全体化モードで使用する。


 【身軽さ上昇アジリティ・オブ・ウィンド】――パーティの敏捷性を50%アップ

 【自己治癒力上昇リジェネレーション・オブ・ウッド】――パーティにHP自動回復付与

 【生命力上昇タフ・オブ・ソイル】――パーティの最大HPを50%アップ

 【物理防御力上昇エンデュアランス・オブ・グラヴィティ】――パーティの物理防御力50%アップ


 強化の魔法はそれなりに、敵意ヘイトを稼ぐ。
 全体化させればなおさらだ。

 幸い、この巨大な精霊は、『人格』を持たない魔物だ。
 今後のアップデートでどうなるかは解らないが、今の所。
 魔物の行動は全て、精霊ならば精霊のシークエンスに基づいている。


 つまり、水の精霊は、魔法を主に使用し。
 その全ては今、ローリエに殺到するという事だ。
  

 宙にうく、巨大魚のような身体が蠢き、その身体に魔素マナが集まる感覚。

 あっというまに詠唱を終えたその魔法が、ローリエを起点に放たれたのを見て。
 

 ローリエは、水の精霊に向かって、歩み始める。

 
 一歩一歩。

 
 順にさらなる強化バフを施しながら――。

 
 【風流防壁アキュラシーズジャマー

   ――それは、風の力によって、あらゆるものを逸らす、風の守り。

   たとえ、精霊が放つ弾丸のような【水針の豪雨ストロングスコール】であろうとも。
   それは空気の流れによって逸らされ、その半分ほどはただのシャワーと化す。

 【重力領域展開ゾーングラヴィティ

   ――それは、重力域によって、術者の中心一定距離の速度を遅延させる重力の守り。

   たとえ、精霊が放つツララの猛襲、【氷柱飛礫クールビレット】であろうとも。
   それは重力域に囚われ、遅延され、その間に風の障壁が効果を逸らす。
 
 【自動紅玉盾オート・ルビンガード

   ――それは、術者の危険を察知して、自動で防御行動をとる、ルビーの盾。

   たとえ、精霊が放つ水を細長く束ねて投げられた【水撃の槍トライデントスウィール】であろうとも。
   それは割って入った紅玉の盾に阻まれて、術者にたどり着くことはできず。

 【不動仁王立ちルーツスタビリティ

   ――それは、ノックバックに高い耐性をもたらし、壁張り付きを可能にする、木と重の複合強化。

   たとえ、精霊が放つとてつもない大きさの氷塊、【氷山落としアイスバーグ】であろうとも。
   その超重量に、小さな体は、吹き飛ばされることも無く。

 【花弁の舞踊フラワリーステップ
   
   ――それは、動作感度、回避、AGIを上昇させ。

   そもそも、その【氷山落としアイスバーグ】は容易く回避されていて。
   元居た場所には、花弁の残像が残るのみ。

 【樹皮装甲バークメイル

   ――それは、樹皮で作られた装甲甲冑であり。

   たとえ、数々の防御を突破し、生身に命中しようとも、その装甲に阻まれ。
   ローリエのHPが減る前に、まず追加された装甲の耐久値HPが減少する。
   
   この時点で、既に防御に傾倒したスキル構成だが。
  
   さらに。


 【無音移動サイレントウォーク】―― 動作の音を無くし。

 【空中機動追加スカイドライヴ】―― 空中ダッシュを可能にし。

 【空中自立歩行可ノンディレクショナルスタンド】――空中を踏みしめることを可能にし。

 【転倒耐性/回避弱化無効バランス】 ――転倒耐性、回避力、AGIに対するデバフを無効化する。




 
 その全てを施す間。

 ローリエはここまで堂々と歩いてきた。 

 大きな魚のような精霊の間近まで。

 ほとんど、回避動作を行わずにだ。

 なぜならば。


 そもそも。


 迫りくる、【水流の円環刃カーレントエッジ】を避ける必要など無いのだ。


 だって、ローリエは。

 土属性マスタリLV10であり。

 水属性の攻撃は『無効-100%

 加えて。

 重属性マスタリLV5であり。

 冷属性の攻撃も『半減-50%

 
 すなわち、水属性の相手は、ローリエが最も得意とする相性の一つ。


 水気と冷気しか操れぬ精霊ならば。

 警戒するところは、冷属性のみであり。

 
 「『黒曜石剣オブシダンソード』――『重魔力放出グラビティ・オーラ』!!」

    
 両の手に作り出した宝石の短剣に、ドグルスキルによる重属性魔力を纏わせ。
 
 その片方で、氷の魔法【氷の槍アイスジャベリン】を【切り払うパリイング】。


 冷属性は重力属性に打ち勝てない。

 だから、その魔法は成す術なく消えていく。


 
 既に。
 
 ローリエに対し。 

 水の精霊は、どのような攻撃を試みようとも。

 それが属性を帯びたものである限り。

 打つ手はない。

 

 そして、AGIを極限まで鍛えているローリエは。
 その速さと、防御性能を活かし。

 ウィスタリアを狙う魔法すらも、その身体を盾にして、守ることもできる。


 だがその前に。


「不屈の闘志は秘奥の腕ひおうのかいな、骸をほどきてすべてを紡ぐ――不遜なる者どもよ、ひれ伏せ――」


 詠唱完了――!


「『 失 墜 す る 翼 フォールンダウン』!!」


 重力属性の初級魔法。
 浮遊、飛行状態の敵にのみ効果を持ち。
 強制的に叩き落とすとともに。
 落下ダメージを負わせる効果をもたらす。

 さらに、この時の落下ダメージはスキルレベルによって倍率がかかり。
 その上で重力属性を帯びる。

 つまり。スキルレベル10の『失墜する翼フォールンダウン』の落下ダメージ倍率は5倍であり。
 水と冷に長けた精霊の弱点である重力属性だ。

 そして弱点属性からの攻撃はクリティカル確率がハネ上がる。 
 故に。

 ずどん、と叩き落とされたその巨体は。
 
 通常の落下ダメージの衝撃エフェクトよりも、目立つ強いエフェクトとSEに見舞われる。

 それは。
 魔法クリティカルを受けたという事であり。
 ローリエの信仰値による、魔法クリティカル威力の増強をも受け。

 5.0×2.0×(1.5+0.7)=22.0
 ※スキル倍率×属性耐性補正値×(クリティカル威力+信仰値補正)=ダメージ倍率※

 つまり。

 実に、22倍近い落下ダメージを受けることになったということだ。


 
 そして。

 飛行、浮遊の敵は、空に居るという点で常にアドバンテージを得ている分。
 落下している間は完全な無防備になる。

 
 それを、【重力領域展開ゾーングラヴィティ】の効果で、再浮遊しようとする様子を遅延させ。
 疑似的に踏み付けているような状態に置きながら。


 ローリエは、近くで、少し唖然としているウィスタリアに言う。

 あっけらかん、と。


「さぁ、一緒に●●●倒します●●●●よ。ウィスタリアちゃん」


 その言葉と、様子に。

 ウィスタリアは、さらに唖然としてしまい。思う。

 さっきまでの情けない姿はなんだったのか、と。

 今、目の前にいるエルフは、歴戦の戦士の様相であり。

 打って変わって、自信に満ち溢れていた。

 いつもの、おどおどした様子は微塵もない。


 少しの間をおいて、
 ……ウィスタリアは、力強く頷いた。

「了解――ロリお姉ちゃん」


「……ロリお姉ちゃん?」

 はっ!?

 そこでウィスタリアは気づいた。
 いつの間にか、お姉ちゃん呼びになっていたことに。
 うぐぐ。
 と、やにわに、恥ずかしがる素振りのウィスタリアだが。

 さらに気づく。

「そっちも、今、ウィスタリアちゃん、って!」

「えっ!?」

 はっ!?


 しばし、両者とも赤面してしまい。


 場から、一時、緊張感が失われるのだった――。
 

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