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第八話 『コロッセウム――開幕――』
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しおりを挟むこの闘技イベントの魔物は。
キャラクター側の1チーム総SP160Kという値に合わせて、選ばれている。
例えば。
初戦、4ナイトが戦った組み合わせ。
フォレストエンシャントクラブ=93K
天使型の魔物=51K
合計=144K
ジルシスとユナの組み合わせ。
キングダシュプ=30K(ネームド)
ブラックダシュプ=115K(ネームド)
合計145K
フェルマータとマナの組み合わせ。
20K×8匹=合計160K
単に適正値だけで選んでいるため、挑戦するパーティとの相性が多分に関係するが。
スポンサーからの強力な支給品などを使って差を縮めたり、相性の良い相手を引ければ、勝機は見いだせる。
そして、ローリエが引き当てたソイツ。
ゆらり、と宙を舞う。
大きなシーラカンスのような見た目の『精霊』は。
適正SPでいうなら130Kという、プレイヤーの限界を超える値を誇る難敵だ。
そして
フェルマータとマナが良く知っている魔物で。
メルクリエ湖底神殿の最奥において。
何度も戦ったことのあるヤツだった。
だから解る。
そいつの最初の行動は決まっているのだ。
戦闘態勢に入った後の一番初めの行動だけは、100%同じであり。
それによって、マナがいつも戦闘不能になり、フェルマータがいつも復活させていたから。
フェルマータがつぶやく。
「……まずは洗礼が来るわよ」
しかしウィスタリアは、その魔物を見て属性を察した瞬間に、既に行動を開始していた。
その様子が、大型のディスプレイに映しだされている。
慣れた所作で。
魔工短機杖を肩に提げ。
代わりに手にしたランチャー型のマシジックウェポン。
その中折れ式の構造を開き、筒状のチャンバーに、大型の弾頭を装填する。
がしゃりと、構造を戻し、装填を終えたウィスタリアだが。
今、その表情に、余裕は無い。
無論。他人の心配をする余裕もない。
なぜなら。
精霊とは、その存在自体が現象核そのもので。
その分、他の種族とは比べ物にならない速度で、所持属性の術式を完成させられる。
たとえそれが、大魔法クラスであろうとも、精霊はものの数秒で結果を作る。
そして案の定。
たった5秒ほどで、ウィスタリアがその作業を終えた。
その瞬間。
巨大な精霊は、水の魔法を解き放つ――。
その術式名は。
水属性の上級範囲攻撃魔法――。
【大 海 の 倉 皇】
戦闘領域に、海は無い。
湖は、コロッセウムから離れている。
ここまで水は届かない。
しかし、そんな周囲の環境とは無関係に。
大量の水が召喚される。
魔法とは、自然現象の再現だ。
魔力で描かれた風景画のようなモノ。
戦闘領域の端からせりあがる、数十メートルクラスの海原の絶壁が。
ウィスタリアと。
未だ棒立ちのローリエに襲い掛かる。
まともに食らっては、即死しかねない大威力大範囲魔法だ。
だが。
ウィスタリアには、一か八かの用意がある!
キツネ耳メイドは、小盾を構えたまま、防御態勢を取る。
さらに。
盾マスタリの武芸から、
【盾防御】を使用した。
【盾防御】は最大レベルが1で、SPたった5で習得でき、盾を構えている間あらゆるダメージを半分にしてくれる盾スキルの代名詞のようなものだ。
そして。
迫りくる大津波の壁が目前に迫る刹那――。
ウィスタリアは、ランチャーから榴弾のようなものを撃ち放つ。
そうして、それが着弾したところから、封じ込められた魔法が発動する。
それは、土属性の中級範囲攻撃魔法。
「『石柱衝角・効果範囲増幅』!!」
本来は石だが。
術をこめた者の性能が引き継がれ。
水晶と化した巨大な柱が、幾重も、何本も、何回も。
地中からものすごい速度で聳え、突出し。
周囲一帯を攻撃する。
水属性は、土属性に弱い。
じゃんけんの
チョキに対する、グーのように。
たとえ、いかなる強大な水の力であろうとも。
土の力には、絶対に打ち勝てない。
それがこの第二世界のルールだ。
だから。
水晶の柱に、津波が触れた時。
その魔法は効力も、威力も、勢いも、喪失する。
つまり。せき止められたという形になる。
無論、【大海の倉皇】の範囲に比べれば、【石柱衝角】の効果範囲の方がはるかに小さい。
しかし、それで十分だ。
子狐を襲おうとしていた分さえ阻めれば、それでよかった。
ただ、石柱の効果時間の方が短かった故。
少しばかりの威力を被ったけれど。
【盾防御】によって微々たるダメージに抑え込めていた。
大津波が過ぎ去って。
ウィスタリアの無事な姿がディスプレイに映しだされる。
ベンチのフェルマータも、マナも。
そしてジルシスも。
その姿に安堵し、歓喜していた。
ウィスタリアは胸をなでおろす。
助かった、かすり傷で済んだ。
これは、ローリエのお陰だ。
ジルシスとユナが戦っている間に。
役に立ちそうな『土』『重』『木』『風』の範囲魔法を、籠めてもらっておいたから。
そのお陰で、死なずにやり過ごせた。
普段は頼りないけど。
今ばかりは感謝しなければ――。
ウィスタリアは、ローリエが立っている所を流し見。
「ありがとう、ロリお姉ちゃんのお陰で助かっ……」
アレ?
ローリエの姿が無い。
どこ……へ!?
首をまわし、後方を見やるウィスタリアが気付いたのと。
N氏の実況は同時で。
「いやぁ、あいさつ代わりの水属性の上級魔法でしたが。ウィスタリア選手、巧みに切り抜けました。これはお見事! ですが……」
そしてザマァ氏。
「ローリエ選手は、直撃してしまったようです。大量の津波に押し流され……今どこにいるかと申しますと……」
カメラが、そこにズームイン。
そこには、壁際で、うつ伏せで、ずぶぬれで。
ガニマタでカッコ悪く倒れている緑色のエルフの姿が。
うわぁ。
とウィスタリアはちょっと恥ずかしい気分になった。
「……やっぱり情けない」
ウィスタリアは、溜息を零し。
最初からローリエしか見ていないユナは、とても心配顔だった。
◆ ◆ ◆ ◆
その時。
つまり、『精霊』が現れた時。
ローリエは、仮想現実の中でさえ、現実逃避を決め込んでいた。
楽しい妄想の中に逃げ込んでいたのだ。
眼は既に閉ざされていたのだから。
次に閉ざすところは、心しか無くて。
そんな時。
突然。
とてつもない水流がやってきて。
その勢いに押し流された。
水の魔法だろう。
目隠しで真っ黒な視界の中。
ものすごい衝撃を受け。
壁に叩きつけられた。
どさり、と小さな体が崩れ落ちて。
でも。
ローリエは。
否――皇愛海は。
――その衝撃で思い出す。
そうだ――。
私は――、勝たなければ――!
自分が、このパーティに居るために。
必要とされるために。
現実で独りなのは良い。
もう諦めた。
でも、ゲームの中では違う。
もう、私には仲間が…………。
……仲間だと思い合いたい人たちがいる。
フェルマータさんも。
マナさんも。
ジルシスさんも。
ウィスタリアさんも。
ハンスさんも。
ヒューベリオンちゃんも。
ユナちゃんも。
だから。
失望だけはされたくない。
私は、もう――、独りには戻らない!!
そ の た め に !!!
――敵を倒す!
◆ ◆ ◆ ◆
手を地面につき。
脚で地面を踏みしめ。
ゆらり、と、エルフの姿が立ち上がる。
はらり、と、目隠しが落ち。
ぱたり、と、日傘が手からこぼれ……。
そして。
伏せていた顔を上げて。
幼い姿のエルフは、真っ直ぐに大地に立つ。
その幼く作られた色白の顔。
その琥珀色の瞳にはもう、目の前の『敵しか』見えていなかった――。
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