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第八話 『コロッセウム――開幕――』

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 スフェリカにおいて。


 ダシュプというモンスターは、姿も形も、ウサギに似ていて。
 首都最寄りの草原にたくさん生息していて。
 ゲーム内での知名度はトップを誇る。
 
 むしろ。
 ゲームを始める時。
 
 最初に降り立つ街として選択できる大都市が、幾つかあるが。
 その大都市の周辺に必ずいる最弱筆頭のモンスターでもある。

 しかも、可愛い。
 お目目はくりくりで、もっふもふ。

 戦闘エフェクトや死亡表現の『残虐性』をMAXにしているとすごく可哀そうなことになる。
 そんなスフェリカ関連のファンアートへの登場率は、魔物の中でもトップだろう。


 そして、その生息地のうち首都の草原のみに、1匹だけ現れる大きなダシュプ。

 それが、ネームドモンスターである『キングダシュプ』だ。
 他のダシュプ系と同じく、通常はノンアクティブで、自ら初心者に襲い掛かるようなことはないのだが。
 
 魔物スクロールから召喚された魔物は、全てがアクティブ化する。
 
 無理やり閉じ込められ。
 ご機嫌が横転してしまった魔物たちは、狂暴性がMAXになる仕様で。
 
 だからこそ、魔物スクロールは、闘技などで魔物討伐ガチャによく使われる。
 

 その戦意は、満身創痍の身体になっても消えることは無く。 

 きゅぃぃん!

 普段は聞かないような、怒りの鳴き声をあげ。
 
 キングダシュプは持ち前の瞬足と。
 巨体からくる重量を活かして、猛然と体当たり攻撃を仕掛けてくる。


 その脚が向かう先は、漆黒のナイト。

 騎士ユナは、手綱を持たず。
 両足のみでしかと、騎竜ウマに身体を固定し。

 その手に持つ2メートルを超えるポールウェポンごと、態勢を整える。 

 そして。

 「『防御集中ディフェンスシフト』『装備武器防御ウェポン・ディフェンス』!!」


 ヒューベリオンに騎乗するユナは、ハルバードを盾に、キングダシュプのタックルを防ぐ。
 同時にヒューベリオンも、翼を使った【拡翼防御ウィングガード】で防御態勢を取りその威力を減少させた。

 騎士は、微動だにしない。

 キングダシュプのその巨体の突進にすら。
 ユナとヒューベリオンは吹き飛ばされることも無く。
 どっしりと、堅牢に耐え抜いた。
 
 サイズ差にして、1/6ドールヘッドと1/3ドールヘッドくらいの差はあるというのに。 

 
 そんなユナのスキルは、以前よりも充実してきている。

 
 スキルレベルが最大になり、派生して出現した【装備武器防御ウェポン・ディフェンス強化】も習得したユナの【装備武器防御ウェポン・ディフェンス】は、ダメージの軽減率が大幅に上がっていて、魔法も防げるようになっているし。
 騎乗スキルにも手を出し始めたことで。
 騎獣のガードスキルの影響が、信頼度によって確率で騎手にも効果を発揮するようになっている。


 ネームドモンスターは、通常の魔物の強化版という位置づけであり。

 初心者であれば、あっという間に蹴散らされるだろうけれど。

 いまのユナがきちんと防御を行えば、ダメージは一桁台にまで減少する。 
 
 
 もはや、今のユナにとっては脅威たりえない存在だ。
 
 
 防御に成功し、隙を見せるその巨体に。
 ヒューベリオンは鋭利な竜爪で殴りかかり。 
 ユナはハルバードを振り払う。
 
 爪と斬撃を浴びる、キングダシュプ。 
 さらに、ヒューベリオンが身体をぶん回し、長い尾による【テイルスイング】で殴りつける。

 たまらず距離を離すキングダシュプ。

 戦意こそ衰えない物の。
 キングダシュプの動きが、瀕死時を物語るモノに変化している。
  

「あと一息……?」


 それならば、と。

 攻撃態勢を切り替え、
 斬撃主体の構えから、刺突主体の態勢にハルバードを構える。



 ユナは、この35Kという総獲得SPになるまでに、自分のビルドに一つの方向性を見出した。


 習い事の合間。

 ゲームはできないが。
 調べ物はできる。
 その時間をフルに使って。

 有志がネット上にアップロードしているスキルシュミレータを駆使した。


 その結果。
 100,000SPになるまでの、育成プランを作り上げた。 
 


 それは――。

 両手武器マスタリ、槍マスタリ、両手槍マスタリ、騎乗マスタリ、刺突マスタリ、斬撃マスタリ。
 各マスタリから、自分に合う共通するモノだけを選んで習得するということ。
 すべてのマスタリを最大のレベル10に上げることはできず。
 
 SP限界の100,000に達したとしても。

 高いレベルの強力なスキルを取れるのは、ほんの少し。

 しかし。

 できうる限り。
  
 瞬間的に、威力を上げられるスキルだけを選んで取る。

 次の攻撃1回にのみ有効。
 効果時間10秒。
 突撃中のみ効果を発揮。


 そんな限定的で。
 そのかわりに、効果が高い。

 つまり。
 
 ユナが選択した、ビルドは。

 物理瞬間火力特化、というスタイルだ――。


 ユナは、持ちうる強化バフを一気に使用する。

攻撃集中アタックシフト
会心力瞬間強化クリティカルスタンス
磨き上げバーニッシュ
突進力瞬間強化ランジフォース・ブースト
騎獣能力瞬間強化エキスパートドライヴ
突撃準備ゲットセット


 そして。

「ヒューベリオン!!」

 ユナの合図で、竜が大きく後方へ跳ぶバックステップ

 ……したかと思えば、強靭な脚力で地を蹴り、一気に前に出る。

 子供の竜は、誰かを乗せた状態で空を飛ぶことはまだできない。
 けれど、翼を広げ、加速を助け。
 ほんの一瞬で、文字通り飛ぶような速さを得る。


 その速度のままに――。


「『限界突破マキシマイズド筋力全開フルパワー突撃チャージ!!――」


 キングダシュプの巨体が、ヒューベリオンのするどい角を使った、体当たりで吹き飛ばされる。

「うきゅッ」

 苦悶の鳴き声を上げ。 

 その威力に、戦闘領域の壁に激突し、そのまま跳ね返って戻ってきた。


 そこへ――。

「――からのッアンド――」

 ユナがハルバードを突き出す。


「――騎乗高位ハイト長柄突きポールアームスラスト』!!!」


 
 その一撃で、キングダシュプは再び吹き飛び。
 壁に激突して、動かなくなる。


 そのまま、静かに姿を消していった。

 
 試合に集中していたユナの聴覚に、会場の湧き上がる声が届く。

「竜騎士ユナ、キングダシュプを倒しました!」

「見事な壁コンでしたね。それにしても今、いったい、幾つスキル使ったんでしょうか」


 ベンチでは。

「ユナちゃん強くなってきたわね」

「ええ。ベリオンとの息もあってきてるわ」

 そんなフェルマータとマナと。

 目隠しを少しだけずらして。
 視覚で、ユナを観戦していたローリエは言う。

「アレ、たぶんまだ全部のスキルレベル上げ切ってないと思います」

「解るの?」
 とウィスタリア。

「なんとなく、ですけどね」

「じゃあ、上げ切ったらもっと火力出るんだ……」

「はい。【長柄突きポールアームスラスト】が両手武器マスタリのレベル2か3のスキルですから、もっと高レベルのスキルを覚えたら、倍率跳ね上がるんじゃないでしょうか」 

 
 ユナはまだたくさん伸びしろがある。
 まだまだ強く成れる。

 将来有望だ。
 先行きは、明るい。 


 だが。
 一方。

 ウィスタリアの表情が陰る。

「……マスターの方は、きついかも。たぶんそろそろ……」

 

 戦闘領域では。
 
 ユナがキングダシュプの相手をしている間。

 別サイドで、ジルシスがブラックダシュプを抑え込んでいた。


 全ての基本ステータスが、80を超えるジルシスは。
 俊敏な黒ウサギを見失うことも、後れを取ることも無く。

 相手の動きの隙を見つけて。 

 やみ属性のブラックダシュプの弱点であるひかり属性を付与した単発高威力の、大口径弾サボスラッグを。

 その小さい体躯に、着実に叩き込んでいた。

 その度に、軽量級のブラックは、大きく吹き飛ばされる。

 決して軽くはない威力の攻撃を、何度も浴びているのに。


 でも。

 何発叩き込んでも、ブラックの動きは変わらない。
 
 それどころか。
 
 やみ属性の基本弱化デバフで、視力を奪おうとしたり。

 【生命力吸収ヴィガードレイン】や、【安らかなる月光ムーンライト】でHPの回復を図り。
 【裏切りの自影シャドウトレーター】や【月刃クレセントソーサー】という やみ属性魔法で攻撃を仕掛けてくる。

 
 それに、【前歯】や、【月夜の餅つき】などという物理スキルも強力で、昼間で自己再生が機能しないジルシスは、HPがそれなりに削られていた。

 種族柄、やみ属性耐性の高いジルシスに同属性の魔法は殆ど通用しないが。

 物理攻撃で傷を負っていく。
 特に、【月夜の餅つき】という攻撃は、中範囲の打撃を、6連発してくるという高火力技であり。
 AGIに着ぐるみのペナルティを受けていることも災いし。

 無傷でいなし切ることが出来ずにいた。

 本当なら。 
 ここが、ローリエが作ったアイテムの使い時なのだが。
 アンデッドであるジルシスに、回復効果があるアイテムは限られている。
 残念ながら、ローリエのアイテムは効果が無い。

 だから、
 
 「『安らかなる月光ムーンライト』」

 ジルシスはやみ属性の魔法でHPを回復する。

 ただ、どちらにせよ、MPが尽きれば終わりだ。


 そしてHPが回復しても。


「くっ、そろそろきつなってきてしもうた」

 ジルシスの中の人の限界が来ていた。
 いくら、VR技術が進歩して、神経パルスと脳波だけで動けるとは言っても。
 生身の身体が疲れない、という話ではない。
 
 
「でもま、せやろね……」

 ジルシスは気づいていた。
 このブラックダシュプという魔物が、実はとてつもなく強い魔物で。
 ジルシスと同じく、昼間にはステータスダウンがおこっているのだという事に。

 種族特性、属性マスタリによる耐性、装備による耐性。

 それらで5%にまでカットされているブラックダシュプの魔法ですら、SP88Kのジルシスは多少の傷を負う。
 おそらくユナが、ブラックダシュプの魔法を受ければ、まず助からないだろう。


 そんなことを考えていたタイミングで。


月狂いルナティック・ゲイン

 ブラックダシュプは、ジルシスも知らない魔法を繰り出した。
 


 ◆ ◆ ◆ ◆


 やった。

 倒すことが出来た。

 前は追いかけられていただけだったのに。

 ひととき満足感と達成感を覚えるユナ。
 
 わたしのかつやくもわすれるなよ

 そんなヒューベリオンの、声なき嘶きに。


「そうだね、ヒューベリオンも頑張った」

 ユナは、その背骨を。
 馬具越しに撫でる――。



 そうして。

「ジルシスさんに加勢に行こ」


 そう言って、向かおうとした時。

 ゆらり、とユナの後方で怪しい光が点り。


 振り返ると。

「えっ!?」

 キングダシュプが、復活していた。


「そんな――!?」 


 

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