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第八話 『コロッセウム――開幕――』

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 ユナが、胸キュンしている間に。

 試合の準備は整っていた。


 闘技イベント初戦となる。  

 第一試合の一組目。

 戦闘領域の中央にアシュバフのギルドメンバーが一人居て。
 そこに、参加メンバーが集まっている。

 そのタイミングで、実況がパーティの紹介を始めた。

「パーティ名は『フォーナイト』、スポンサーはエスペクンダの武器店『武才ブサイ』というお店のようです」

 解説も続く。

「ええ、でも巷ではムサイという名で通ってるそうです」 
「確かに。そうとも読めますね」
「ええ、それもあるんですが、店主がムサ苦しいで、有名なんで」
「嗚呼……なるほど」

 そんな実況で、会場の空気が賑わった頃。
 
 パーティ紹介が終わった、と判断された戦闘領域では、状況が進む。  

 召喚役ギルドスタッフの合図で一組につき一人づつ、合計3名の代表者が一歩前に出た。

 召喚役ギルドスタッフの手には、数枚のカードをが握られていて。

 裏面を向けたそれを代表者3名にさし出しているのが大きなディスプレイに映る。

「なにかしらあれ?」
 とフェルマータ。
「あれはたぶん、モンスタースクロールね」
「なにそれ」

 すると。
 マナが説明する前に。

 実況のNと解説のザマァが告げる。

「今、中央でカードがさしだされましたね。ザマさん? アレはスクロールでしょうか?」
「ですね。でも、指の隙間から見えるカードの文様。あとこの大会のルールから察するとモンスタースクロールじゃないかと思います」
「モンスタースクロールですか?」
「ええ、私も初めて見ますが、魔物を封じ込めておけるスクロールです、って攻略サイトに載ってました」
「あはは、ああ、なるほど。つまり、召喚する魔物を選べ、と言っているわけですね」
「そうですね。カードを選ぶのはパーティですから。何が出ても文句は言えませんよ」

 客席から歓声が沸き。
 そしてNはさらに実況する。

「さぁ、代表3名が、カードを引き終わりました。第一試合の一組目が残り、あと二組はベンチに戻ります」

「なにが出るのやら」

 戦闘領域に残った参加者は、4名。
 つまり、平均では40Kのキャラクターということになる。
 取り出す武具や戦闘準備態勢を見るに、前衛2、後衛2の構成だ。 

 そうして、召喚役ギルドスタッフがカードを使用し、魔物が解き放たれる。

 
 出てきたのは、巨大なカニ型のモンスター1匹と、天使型モンスター1匹だ。
 ちなみに天使型とはいうものの、可愛い人型ではなくて。
 使徒型とでも言おうか。ちょっとエグイ見た目系の天使である。
 
「2匹も出るんですか?」
 漆黒の甲冑姿である、ユナが驚き。

「えっとぉ?」
 うさみみドワーフのフェルマータが、『赤の眼鏡』を取り出し魔物の情報を得ようとする。

 それはヤクザ熊のジルシスも同じで。
 看破スキルを使用したジルシスが先に言う。
「あれはエンシャントフォレストクラブやね……それと」 
  
「ネフィリムアークプリースト」 
 だって、とフェルマータ。

 
「エンシャント……!? コモリガニですか?」
 それに。
 目隠しをしたままのローリエは、懐かしくも孤独感が再燃する聞き覚えのある名前に冷や汗を垂らす。
 そして、拳をぎゅっと握り、あわわ、と情けない声で話す脳裏には、お鍋に入ったタラバガニが煮込まれていた。
  
「うぐぐ……私あいつのせいで、今、カニ見るのイヤなんです。良かった目隠ししてて」

「なんで?」
 とウィスタリア。
「それは……」
 目隠しのせいで、他人の目や顔を見なくてよくなり。
 若干流暢にしゃべれるようになったローリエが答える。

「た、たとえば! 例えばですね、ウィスタリアさん。カニの漁師さんが、カニ食べるの好きだと思います? むしろ好んでカニ食べると思います?」

「え? 普通に好きで食べるんじゃない?」
「あれ? そうなんですか!?」

 例えは大失敗だが。
 
 言いたいことはつまり食傷気味だという事だ。 

 そりゃそうだ。
 ビルド的に一番簡単殺せる適正の魔物だからって、ひたすら殺していたのだから。
 特にコモリガニの適正は93Kで設定されているため。
 SP98Kともなると、獲得SPは0.05程度。
 さらにローリエはほぼ産まれた時から装備のせいで獲得SPも40%減っているわけで。
 実質1匹0.03程度になる。
 狩っても狩っても中々SPが上がっていかなくて、1000SP稼ぐためには3万匹以上狩らねばならなかった。
 適正近辺のモンスターを秒殺するのは難しく。1匹づつ攻防のやり取りが発生するので。
 1匹倒すのにかかる時間も割と必要で、そのタイムも通常はムラが出る。
 だからこそローリエは毒に頼っていた。
 毒なら少なくとも絶対に同じ時間で倒せるという希望がある。
 堅牢な装甲の隙間をレイピアでひと刺しして特化させた毒に侵し、後は防御に集中する。
 これが、ローリエがコモリガニに使っていた戦い方だ。
 ローリエは90Kになる前からずっと狩っていたので。
 どれだけの数戦ったことか――。
 
「……嗚呼、やっぱり暗いせいで脳裏に戦いの記憶が次々と……」

 走馬灯にうなされ始めたローリエをしり目に。

 アリーナでは。
 コモリガニの振るったハサミが、前衛一人に直撃していた。

 実況が、木霊する。

「おっとぉ、早くも前衛が一人吹き飛ばされましたね……」
「私のキャラであるザマァはまだ、50レベルくらいなんで、あの魔物は私も実は知らないんですけど。たぶんあの感じだと、重装備判定でしょうか? 今、剣が弾かれてましたからね。刺突系か打撃系で攻めるべきなんでしょうか」

 実況のNがさらにいう。
「天使型の魔物は、前には出ません。後衛に徹する気です。巨大なカニの背後で、なにやら魔法を使おうとしています」

 コモリガニが、エフェクトに包まれる。

「バフですねえ。あ、あとデバフもかけたな?」

 カニにはバフを、パーティ全体にはデバフを。
 
 その魔法が何かフェルマータには解る。
 フェルマータが得意とする、命属性魔法だからだ。

「『防御的逆境付与サヴァイヴ・オブ・ライフ』と『被回復量減少/与回復量減少ペイン・オブ・ライフ』だわ」

 【防御的逆境付与サヴァイヴ・オブ・ライフ】は、HPの減少に比例して、物理防御力と魔法防御力が大きく上昇していくバフ。 
被回復量減少/与回復量減少ペイン・オブ・ライフ】は、パッシヴも含めた回復量が、受け側、与える側共に激減するデバフだ。


 93Kのコモリガニは水属性だ。
 勝つためには、土属性を使うか、刺突武器で装甲の隙間を狙う必要がある。
 特に40Kのメンバーならば、なおさら弱点を使わないと太刀打ちは出来ず。
 土属性、重属性は見かけるで驚かれるくらい稀有な存在だ。

 そして、『フォーナイト』の魔法使いは、雷属性がメインの術師ビルド。
 
 故に。

 アリーナは完全にコモリガニが無双状態だった。
 後方の天使型の魔物は、ヒーラー役で、ちょっとでもコモリガニのHPが減ると、ヒールしてくるのでさらに手におえない。
 スポンサーから得ている強力な武器も、活躍する隙が無い様子だった。
 
 前衛二人は、蹴散らされ。
 後衛魔法使いの魔法も焼け石に水。
 回復も、デバフが効いていて間に合っていない。

 もはや勝利は絶望的、と思われるパーティを観戦するフェルマータはこぼす。
「――けっこう、厳しいのね。私達も気を引き締めていかないとダメだわ」

 マナも言う。
「相性も悪かったんじゃないかしら? 前衛は二人とも斬撃に寄った構成みたいだし。真っ先にヒーラーを叩けなかったのも痛いわね。せめてもう少しコーディネートアタックを狙っていけたらダメージ効率も上がったんじゃないかしら……?」 


 かんかんかん! 

 そして。
 ゴングが鳴る。

「試合終了です。第一戦、『フォーナイト』、黒星スタートです」



 
 ◆◆◆◆◆




 そんな感じで、お昼には昼食休憩を挟みつつ、『猫ミミ』のメンバーは出番になるまで。
 観戦を続けるのだった。

 そして、リアル時間14時が迫るころ。

「では、時間前になりましたので、『ミミズクと猫』のメンバーの方は、こちらに』

 全員がスタッフに呼ばれ。

 案内された控室内で、スタッフが確認のために、登録メンバーを読み上げる。

「確認いたしますね。登録メンバーは――」


【一組目】--------------------

    88,727ポイント = ジルシス 
    35,498ポイント = ユナ
    30,095ポイント = ヒューベリオン
合計=154,320ポイント 


【二組目】--------------------

    76,832ポイント = フェルマータ
    69,482ポイント = マナ
合計=146,314ポイント


【三組目】--------------------

    99,012ポイント = ローリエ
 (※110,000ポイント)運営裁定値

    45,329ポイント = ウィスタリア

合計=144,341ポイント
 (※155,329ポイント)運営裁定値

-------------------------



 紆余曲折や、主張を経て。
 猫ミミの登録は、このように決めてある。

 

「さぁ、次は今大会、注目株パーティ、『ミミズクと猫』の登場です!」

 有名アナウンサーであるN氏の声により。

 わぁぁ、と。
 湧き上がる会場の大歓声が聞こえてくる。

 ローリエは、目隠しをしていながらも。
 ちょっと、ドキドキしてくるのを感じていた。

 
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