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第八話 『コロッセウム――開幕――』

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 コロッセウムの外側は、現実にある本当のコロッセウムに近い外観をしているが。
 一度中に入ると、そこは現代のドーム球場やアリーナのような、やや現代的なつくりをしている。

 無論、世界の設定背景が中世に近いため。
 構成する建材は石作りであり、大きな白色の長方形を、レンガのように積み重ねたような壁面をしている。

 何が現代的なのかと言えば。

 ショップの配置であったり、エントランスであったり。

 そうして――。

 アリーナへ続く扉をあけ。 

 参加者専用の席に向かえばわかる。

 本当の球場のような広さの戦闘領域を、円形に囲う観客席。

 豆粒ほどにしか見えない闘技者の様子は。 

 電気でなく、魔法ではあるが。

 大きなディスプレイで観戦できるようになっている。


 ――当日のコロッセウムは、前日の比でないくらいの賑わいだった。
 参加者である『猫ミミ』のメンバーは、専用通路から入場することになり。
 出会う人々は、スタッフばかりではあったが。

 それでも、コロッセウムを包み込む雰囲気は、まさにお祭り騒ぎだった。


 
「だ、大丈夫ですか、先輩?」

 参加者席に座るローリエの顔は、昨日に引き続き青ざめている。 
 それを、ユナが背中をさすりさすりしている。

「あ、りがとう、ユナさん。だいじょう、うッ……」

 眼を閉じていれば大丈夫だが。
 眼を開くと、ごまんと満ちた客席にひしめくヒトが嫌悪感を刺激して、気分が滅入る。
 だから、ユナの顔を一目見たローリエは、再び目を閉じた。 

「もう、相変わらずね、ロリちゃんは?」
 
「出番は今日の2時だから、あと5時間あるわ。それまでログアウトしてても良いのよ?」

 フェルマータもマナも、心配しているし。

「別にわざわざ開会式に来なくても良かったのでは?」

「そやね? ウイスも別にロリエと宿に残っててよかったんやで?」

「そんな訳に行きますか! マスターが行く、って言うのに、ウィスタリアが付き添わないとか、ありえません」

 そんなわけで。
 ただ一人宿に残る方が、疎外感を感じてしまうので、ローリエはついてきたのだ。
 
 この有様だが。


 やがて。
 会場のライトが一斉に消え。
 ひと時薄暗くなったコロッセウムの。
 その中央に、人物が現れる。
 再びライトアップされたそいつは。

「マッチョな大男だって聞いてたけど、初めて見たわ」

 そう。
 フェルマータが言う通り。
 身長190、筋骨隆々の炎の大斧使いデストロイヤー的なビルドで有名な。
 このイベントの主催。
 
 そして――。 
「ええ、フェル。あれがアシュバフのギルドマスターね」

 
 そいつが、【拡声】のスクロールを使って、コロッセウム中に言葉を響かせる。

「ようこそ。お集りの皆さま方。本日はお忙しい中……って――リアルなら、ここは色々面倒な話を挟んで客を退屈させるところなんだろうけど、オレはそういうのは性に合わん。だからもう始めちまおうぜ! それでかまわねえか、てめえら!?」

 その言葉に、客席が沸く。  
 いいぞ、いいぞ。
 もうはじめちまえ、と。

 こんなイベントに参加するやつらだ。
 喧嘩っ早いヤツや、戦闘狂が多いに混じっている。

 そんなに待てない奴らだ。

 願ったり叶ったりで、客席は盛り上がった。

「――いいだろう。では、『第4回、アシュバフ闘技イベント、対魔戦ポイントマッチ』 はじめていこうぜ!」

 主催が、開催を宣言し。
 再び会場は拍手と歓声に包まれる。


 そうして。

「さぁ、始まりましたね。毎年恒例のアシュバフ闘技イベント。今回は対魔物戦ということですが。簡単にルールを説明しますと、各パーティで総合スキルポイント160までで、チームを3組作り、それぞれが主催側で用意した魔物と戦い、勝敗の数と、タイムを競うという事です」

 流暢で、話し慣れた感じのイケボが会場に響く。
 さらに。
 別のイケボも――。

「そうですね。あと、アシュバフ闘技イベントの特徴として忘れてならないのが、各参加者がお店や、団体からの支援を受け、そのスポンサーのアピールも行う、っていう特殊ルールです」

「ありがとうございます、ザマさん。――というわけで、実況は某テレビ局アナウンサーのKH・Nキーホルダー・エヌ、略してNと、解説の――」

「――普段、このスフェリカの実況動画やライブ配信をしております、『ダシュプに負けた雑魚』です。よろしくお願いします」

「ダシュプに負けた雑魚、というのはそのキャラの名前ですか?」

「ええ。最初はそうだったんですけど、いつもなんて呼んだらいいんですかって言われてたので、今はザマァ、というキャラ名でやっております。動画は、雑魚の方の名前で上げてますんで、良かったらそっちもよろしくお願いします。もちろん、ゲーム内で、ザマァにあった時も、気軽に声かけて下さいね」


 アリーナではスタッフが行き交っている。
 そして、参加者席から数名が立ち上がり出て行った。

 闘技の準備が進んでいるのだ。

 その間。
 実況と解説は場を繋ぐ。

「なるほど。では、早速ですが、ザマさんは、今回特に注目しているパーティは居ますか?」

「そうですね。なんか、昨日からちょくちょく聞くんですが、『ミミズクと猫』というパーティがなんかすごそうだ、と。なんでも会場まで、ドラゴンゾンビで乗り付けたそうですよ」

「ドラゴンゾンビですか? すごいですね」

「あとは、狂暴なクマの着ぐるみが居るだとか、レベル……ああ、すいませんクセでレベルって言っちゃうんですけど、レベルカンスト間近の人も混じってて、その装備オプションが運営をざわつかせたくらい、やべえ、とか、何かそんな話題が上がってたんで、気になりますね」

「それが、『ミミズクと猫』ということですね」

「そのようです。一応手元の参加者資料では、パーティ名と同じ名前の。『ミミズクと猫・亭』という宿がスポンサーのようですね。首都にある宿だそうです。登録アイテムの種別は、『道具』ということですが、何を出してくるのやら、そこも注目したいところですね」




 そんな声が流れる中。

「すごいわ、めっちゃ宣伝してくれてるじゃない」
 フェルマータは感激していた。

 マナも頷き。
「これで、お店の客も増えると良いわね」

 

「でもちょっと、尾ひれついてる」

「すごいなぁ、有名アナウンサーの『野島』と、有名じっきょう者の『ダシュ負』やんか。そないなヒト呼べるんやね。ぎるどますたぁ、て凄いなぁ」

「マスターもマスターですが? マスター?」
 
 ウィスタリアとジルシスもそれぞれの感想を口にする。
 しかし、ケモ耳メイドの真横に座るのが、ヤクザ顔の着ぐるみのクマというのは中々にシュールで。
 
 あそこにいるやつじゃない?

 と、凶暴なクマの着ぐるみ、と実況に称された本人を見つけるのは割と簡単だ。
 目立っているので。


 それにしても。

「……ほんにロリエは他人に弱いんやねえ」
 
 調子が悪そうなローリエをジルシスは心配する。
 
「すいません」
 私も、こんな性格自分でもイヤなんですけど――。
 ぼそり、とローリエそう言いつつ。
 さらにいう。

「私も着ぐるみに入りたいくらいです」

「あらぁ? そう? ほな、一緒に入る? ちょっとぎゅうぎゅうになってしまうけど、それでも良いならかまへんよ?」

「えっ!?」
 それに、ウィスタリアとユナがハモる。

「なに言ってるんですか!」
「そうですマスター、いくらこのエルフが小さくて薄いからって、一緒には無理と思うけど?」
 
 ち、ちいさくてうすい。
 中の人も割とそうなので、ローリエの心にちょっと刺さる。
 
「そう? あたしはグラマラスやと思うけどなぁ?」

「確かに先輩の脚はぱっつんぱっつんですが……」

 ランダム作成のツケなので勘弁して、とローリエは思いつつ。


「まぁ、この着ぐるみは一人用やから、どのみち無理なんよ。堪忍して、からこうてしもて」

 ――もともと着ぐるみに入りたいというのもただの願望なので。
 ローリエは気にしないが。

 そこにフェルマータが口を挟む。

「ロリちゃん、エルフだから視力補正高いもんね? だから余計人が見えちゃうんじゃない?」
「視力を減少させる魔法か何か、かけれるといいのかしらね?」

「あ、じゃあ先輩――」 
 マナの言葉に、ユナは何かを思いついたかのように、カバンをまさぐり始めた。

「――こういうのはどうですか? アンデッドが落としたモノなんですけど」

 そう言っておもむろに、ユナが取り出したのはボロボロの布切れだった。
 ユナはそれを、受け渡すと同時に、装着代行で使用する。
【心鍛の目隠し】という顔につける装飾装備品だった。

 つまり、名の通り目隠しだ。

 ローリエの視界が、暗闇に包まれる。

 それはいわば、あの石邪王遺跡に落ちた時と同じ状況で。
 視界は無いが。
 ローリエならば数々のパッシブで、状況は把握することができる。

「どうですか? これなら見えませんよね?」
「あ……!」
 ユナの言葉に。
 ローリエは少し感動したかのように声を漏らす。

「すごいです。暗くて、何も見えなくて落ち着きます! どうして今までこうしなかったんだろう」

「良かった!」

「ありがとう、ユナちゃん!」


「……良い……のかな? これで? ほんとに……?」

 そんなウィスタリアの胡乱な呟きは。
 第一試合の開始のために、出てきたパーティに対する大歓声で。

 かき消されていた。
 
 そして、思わずユナちゃん、と呼んだローリエの事を。
 ユナは聞き逃さなかった。

「ちゃん……!?」
 


 
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