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第七話 『コロッセウム』

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 エスペクンダに借りた宿の一室。
 そこの開いた窓から、身を乗り出して見る風景はどこかの映画のようで。

 快晴の空は雲一つない青空で。

 遠くからは水鳥の声が。

 時計塔の鐘の音が。

 宿の真下に添えられた広大な噴水から上がる水柱の音が。

 黒いジェスター帽子と漆黒の魔導士服に身を包んだ、魔法使いの少女の。
 その耳を、騒がせる。

 
 そして街並みは、白を基調とした古典的な建物で彩られ。
 建物の合間、その奥には、この地方の特徴ともいえる、海のように広い湖が見て取れる。
 遠く水平線が、湖の青と空の青で交じり合う景観は、『水の都』や『湖の都』と言われるだけあって。
 とても美しい。

 視線を、ずらせば、真っ白な主城のシルエットも見え。
 それらの幻想的な風景に『ああ、今私ファンタジーの世界に居るわ』と誰もが思う事だろう。

 
 
 今は、フェルマータとハンスは別々に行動していて。
 マナも、単独行動タイムを終えて、この宿にチェックインしたばかりだった。

 半端ない透明度の水が、運河となって貼り巡るこの都市は。

 色彩的に、白、青、ときどき緑。という感じで。
 マナにとってはいささか眩いくらいの清らかさを醸し出している。

 だから。

 ひと時、景色を楽しんだマナは、その窓をパタリと閉じた。

 この美しさだから、ここに拠点や住居を構えるプレイヤーも多いのだが。
 マナは、溜息混じりだ。
 
「……やっぱり、この街は私には不似合いだわ」

 それに。
 溜息の理由はそれだけではない。
 そして、闘技イベントの事でもない。

 実は、このエスペクンダの街に滞在するのは二度目の事だった。

 その時のことを思い出し、マナは少し憂鬱になる。


 そうして。
 備え付けのベッドに腰かけると。
 マナは、インベントリから手を使わずに物を取り出す【アポート】の魔法を使って、正八面体の透明な入れ物を出現させる。
 
 手を離すと、ふわりと浮遊するその物体は、『空の封界』と名付けている、マナが作り出した魔道具の一つだ。


 こぶし大の大きさで。
 特殊な精霊石と魔石を混合した合石で作られている。
 それは。
 【精霊研究】と【魔石研究】、そして【魔法学マジックマスタリ】などの賜物だ。

 マナは無属性マスタリの他に、魔法というものの根本を深く追求したビルドを行っている。
 これらの研究カテゴリは、ステータスには直接寄与しない部分も多いが。
 例えば、魔素マナ現象核オリジンの流れをもっと視覚的に感知出来たり。
 霊的な存在への会話の成立や、属性による弱点を突いた時のダメージ量を上げるパッシブなど。
 RPGのクラス感でいうなら、魔法使いというよりは、賢者的な要素が多いところになる。

 大精霊を倒したい、という目的も、ここの研究課程の一つであり。

 自由過ぎて何していいか解らない。

 そういう病を発症しやすいこのゲームの中で。

 大精霊討伐はマナが見つけた『やりたいこと』の一つという事になる。

 そういうふうに。 
 何か目的を持つというのは、意外と大事なことだ。

  
 現にフェルマータにも、『自由過ぎて何していいか解らない病』にかかった時期があり。
 ちょっとやる気を失くしていたフェルマータに。
 いっそ手伝ってほしいと申し出たのが、はじまりで。
 今はこのパーティの目的となっている。
 
 
 そんなマナの現在の総獲得SPは69,482ポイント。
 そのうち、30,000ポイントほどを未使用のままおいてある。

 それも全部、研究のためだ。

 その研究が実を結ぶのかどうか。
 全ては、パーティの行く末にかかっている。
 
 マナの計算では。
 ユナとヒューベリオンが、もう少し強くなれれば。
 一つくらいは倒せるのではないか、と思っている。
 
 でも、ユナは初心者だ。
 家庭の事情などもあるし。
 急いで強くなるだけがこのゲームの楽しみ方ではない。

 だから、マナは待つ。 

 大精霊は逃げない。
 いつでも挑戦することができる。
 結果を、焦るつもりも急ぐつもりもないマナだが。 

 それでも。
「やっぱりこの街は苦手ね。……ここに来ると、心がざわつくもの」


 八面体を仕舞い。

 マナはもう一度、ベッドに座ったまま。

 遠く、窓越しに、見える湖を見つめる。

 水平線の中に、ポツンと見える小さな何か。

 それは、湖面に突き出た建物であり。
 『水の神殿』なる聖域であり、その地下にはダンジョンが広がっている。
 
 かつて、マナが挑戦したダンジョン――『メルクリエの湖底神殿』が広がっているのだ。
 

 マナは、瞼を閉じる。
 その景観が目に入らぬように。 

 そんなタイミングで。
 部屋の扉が開き、


「なに黄昏てんの?」

 フェルマータが戻ってきた。


「別に」

 そう答えるマナに。
 フェルマータは苦笑しつつ。

「気になるんでしょ? ……イベントが終わったら、ついでにもう1回チャレンジして行く? 今だったら、前よりマシに戦えるかもよ?」

「そうかしら?」

「そりゃそうでしょ。今なら、ユナちゃんも、ウイスちゃんも居るし、もしかしたらジルシスさんも手伝ってくれるかもしれないわ?」 
 
「ユナとウイスは、耐えれると思えないけど」

「あの二人で無理なら、先生はもっと無理でしょ」

「そうね。違いない」

 微笑むマナ。
 そこでマナは窓の外を見るのをやめて、振り返ると、フェルマータを見る。


「ところで、ロリの名前が無かったけど……? 戦力外通告?」

 フェルマータは、両手を腰に当てる仕草で。
 嘆息する。
 
「そんなわけないでしょ。ロリちゃんは、きっと私よりも生き残るわよ」

「どうしてそう思うの?」

「この前、いつものお店で、先生、『ロリちゃんは私より強いかも』って言ってたでしょ? あれマジだったわ」

ったの?」

「まぁね」

「それで?」

「勝てなかった。むしろHPを1ミリも減らせなかったわ」

 リア友である、フェルマータのビルドはマナも良く知っている。
 
 普段は、防御特化ビルドの堅牢さで敵の攻撃を引き付け、パーティを守り。
 時には、命属性の回復魔法で治癒も引き受ける。
 そんなフェルマータは。

 防御力を参照する攻撃スキルや、戦槌と白系魔法による『魔法戦技コーディネート』なども使用できる。

 決して、火力が無いわけではないのだ。
 
 それが1ミリもHPを減らせないなんてことがあろうか?

 もしも、それに理由があるとするなら――。

「当てれなかったわけ?」

「さっすが、先生。そう、ロリちゃんは私とは違うタイプの防御型の『前衛』よ。防御で受ける前衛じゃなくて、回避で受け流すタイプのね」

「前衛……。やっぱりそうなのね。ということは……」

「と、いうことは?」

「……ロリの総SPが気になるわ。私は、魔法使いの時点で60Kくらいじゃないかって思っていたのよ。でもそれが仮の姿だとするなら――」

「それは明日解るんじゃない? 明日、闘技場で参加者のSPチェックがあるらしいから」

「SPチェック? 本当に?」

「ほんとよ。さっき、コロッセウムの下見に行ったときに、デカデカと張り出してあったわ。アシュバフギルド所有の宝具に、看破に特化したモノがあって、それで審査するって。不正防止のチェックだと思うけど」

「宝具……。それなら、さすがにロリの看破阻害も貫通するわね」

「そ。楽しみでしょ?」



 明日は、イベント開始一日前。

 コロッセウムで、スポンサー側の受付を終え、ハンスは首都に戻る。
 その代わりに、今店番をしているウィスタリアとローリエが、エスペクンダにやってくる。

 そして、参加者全員に、能力査定が行われるのだ。
 総獲得SP160までのチームを3組作り、それぞれが用意された魔物と戦い、競い合う。
 
 だから。
 不正を防止するため。
 計算を明確にするために。

 審査が必要というわけだ。
 

 このことは、まだローリエは知らない。
 きっと、フェルマータは直前まで黙っているだろう。
 マナも、それに倣うつもりで。
  
「……ええ、そうね。楽しみ」

 マナは、うっすらと笑みを浮かべた。
 それは、ローリエがどんな反応をするのかも含めた。
 少し意地悪な笑みだった。


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