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第七話 『コロッセウム』
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しおりを挟むイベントの開催まで、あと一週間。
猫ミミの面々は、それぞれ準備を始めていた。
例えば。
ユナは暇を見つけては、SP稼ぎのために。
ヒューベリオンと共にジルシスの領地でアンデッド討伐に明け暮れているし。
フェルマータとマナは、ハンスと一緒に先にエスペクンダの街に前乗りで行き。
イベントの参加申請をするとともに、街の様子を見て回っているし。
ジルシスは、日中でも即死しない方法を見つけたらしく、それの準備に忙しいし。
そしてウィスタリアは、『ミミズクと猫・亭』の臨時のマスターを任されていて。
今、カフェテリアのテーブルを順番に磨いている所だ。
メイド服姿なのも相まって、ウィスタリアは最初から猫ミミの店員だったかのように馴染んでいる。
キツネの耳と尻尾が、すれ違うお客さんにふぁっさぁ~、と無自覚な挑発をしてしまい。
夢心地の毛並みアピールによって、なでなでしたい病を発症させてしまう以外は、全く優秀な店員だ。
でもうっかり撫でると、「ここはそういうお店じゃありません!」
と怒るので、おさわりは厳禁。
さらに、カフェスペースのお隣では、『準備中(○月○日開店予定)』の立て看板を出しつつ。
ローリエが自作のアイテムを陳列したりしている。
商品のラインナップは、目玉商品の【混合香薬瓶】以外に。
高級な薬草類やキノコ類、魔物を誘引する香水、逆に魔物を遠ざける香水。
さらに、マナポーションやスタミナポーションより効果の高い、【霊晶石】【果実蝋】などを販売予定だ。
これらはどれも、製造品としてのランクは中程度なのだが、不人気属性の生産物であり、市場に殆ど出ない希少アイテムばかりだ。
それどころか知名度も無いに等しいかもしれない。
ローリエたちは、闘技場でこれらを使用し、観客に向けて商品アピールをしながら戦うことになる。
しかし。
ひととき客足が途絶え、閑散となった店内で。
清掃をしているウィスタリアが、陳列棚に目を止める。
「……雑くない?」
「……え!?」
ローリエは、すごく意外そうな声を上げた。
だって、ローリエの中では会心の陳列状態だったからだ。
でもウィスタリアから見れば、まったく残念な状態だった。
それはそのはずで。
バイトなんてしたことあるわけもなく。
コミニケーションが苦手で。
自分のことを客観視する目が育っていないローリエが。
マーケティングのなんたるかを知るはずないのだから。
商品の陳列というのは、意外と計算が必要だ。
特に、他人がどう見るのか、何に注目するのか。
そういう知識や目が必要になる。
つまり、ローリエはド素人だ。
それに、ウィスタリアは容赦なく突っ込む。
「商品が重なりすぎてて良く見えないし、陳列のボリュームもスカスカというか……」
まだこのゲームに、POPを詳細に書いて貼ったり飾ったりできるシステムは無く。
精々、商品の名前や、値段、一言コメントを商品の近くにおける程度だ。
だが、フォントや字の大きさは弄ることができる。
そして、ローリエが値札に書いた文字や数字の大きさが、その性格をよく表していた。
「……あと、値札の文字が全部小さすぎるのでは?」
「あうっ、すいません!」
「もっと、ここはこうしたほうが……」
そんな感じで。
ウィスタリアが、商品陳列をやり直した結果。
一流デパートのコスメ売り場のような美しい売り場に仕上がった。
店の入り口すぐに、小さくてお洒落な陳列ケースを置いて、全商品を見やすく並べ、商品説明も配置することで。
まるで、飲食店の食品サンプルのように、販売中の商品のラインナップがすべて分かるという配置。
さらに会計すぐ傍にも、『マナPより強力』とか『戦いはスタミナだ』等の煽り文句をデカデカと書いた札と共に、少量の現品も陳列してある。
これで、会計待ちの時に、嫌でも目に入るわけだ。
「……お、おおぉ……!」
ローリエは、ウィスタリアの手腕に感服する。
誰がどう見ても、見違えるくらいに、『お店』になっていた。
「ところで、接客もローリエがするんでしょ?」
「あ、はいッ……って。……え? 私、ですか?」
「だって商品説明できる人他に居ないよ?」
――ローリエはてっきり。
お店が雇っているNPCとか、マスターが接客してくれるのだと思っていた。
でも、良く考えたら、今の時点ではローリエの専売特許のようなモノなので、詳細が解る者が全然居ない。
他の者ではあれこれ細かいことを尋ねられても、説明できないかもしれない。
でも。
「ジルシスさんは? たしか看破スキルが……」
「まさか。うちのマスターに店番させる気?」
ジルシスは、マスターはマスターでも、ギルドマスターなのだ。
他所の社長に店番頼むようなものだ。
「ダメですよね」
「当然!」
しかし。
店番という事は。
働くという事だ。
接客という事は。
他人とお話するという事だ。
考えれば考える程――。
ローリエの顔は青ざめる。
「私が接客……? うっ、絶対に無理、です!!」
泳げないのにプールの授業に出るくらい。
いや、それ以上に嫌だった。
あまりの嫌さに、客を呪い殺す呪詛を唱え始めそうなローリエに。
ウィスタリアは改めて言う。
「あと、別の話になるけど」
「はい?」
「エリクシル。今までどう作ってたの? 【液体生成】は覚えていないでしょ? さすがに」
【液体生成】は、蒸留水や、純粋、海水、血液その他様々な水系素材を生み出せる魔法スキルだ。これは水属性マスタリレベル1から習得可能となっている。
だが、『木』、『風』、『土』、『重』、と既に4種取っておりそのうち3種をマスター済みのローリエには、他の属性に手を出す余裕はない。
「え、NPCに……」
「NPCって、魔法屋に居る?」
各村には、属性スキルを有料で代行してくれる魔法屋がある。
無論、一人のNPCで全部の属性を賄うことなどできないため、街によって魔法屋が代行できる属性は異なる。
ローリエが良く行っていた村には、水魔法の代行があったため、その点でもその村を使っていたのだ。
「そうですけど?」
「そう。じゃあ今度から、ウィスタリアがやってあげる」
「え? 良いん、ですか?」
「うん。スキルレベルも最大まで上げてあるし、DEXも高めだから、NPCより成功率とクオリティ高いと思うけど」
「じゃあ、今度からお願いします」
「うん、必要な時にメッセージか、ウィスパーで呼んで」
「は、はいっ!」
「それじゃ、ちょっと今、試しに作ってみて良い? 【万能霊草】ある?」
「ありますよ、はい」
ローリエは、最高級のクソレア素材を倉庫から出すと、まるで雑草のように手軽に手渡した。
その数は50束。
そして。
霊草というだけあって、その素材は半分幻想で作られている。
半霊体といおうか。
植物の生命エネルギーを抽出した物と言おうか。
とにかく、不思議な植物で、半透明に輝き。
美しい蕾もくっついている。
そんなアイテムだ。
「……へえ。初めて見た」
そう言いながら、ウィスタリアは【液体生成】で作り出した蒸留水と【万能霊草】×5束を合成し、10回分の【エリクシル】の作成を試みる。
すると、品質60点~90点のエリクシル7つと、ゴミが30個作成される。
NPCだと確率は5分、品質も50点なので、既に勝っているし作成速度もすこぶる早い。
「おお、すごいです。ウィスタリアさん」
「うん、まぁこんなもんかな? っていうか……この失敗品の名前……?」
【食魔獣植物の種】【銀の樹枝結晶】【アンジェリカルストーン】
出来上がった失敗作の名前に、ウィスタリアは見覚えがあった。
だが、どこで見たのか、ちょっと思い出すことはできない。
そしてローリエは。
「……ああ、失敗作は私は要らないです」
「どうして?」
どうみてもただの失敗作には見えないウィスタリアだが。
「倉庫圧迫しますからね」
ローリエにとっては、ゴミという判定だった。
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