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第七話 『コロッセウム』

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 フェルマータをはじめとする皆の提案で。

 看板商品の作成を、お願いされたローリエには。

 断る、という選択肢など無かった。

 
 しかし、これは『成り行き』等ではない。


 一度は失望されて追い出されるかと心配したローリエだ。

 それが、逆に必要とされた。

 かなめだと、言われたのだ。 


 
 その言葉は、じわじわとローリエに浸透していった。


 だから、お店の商品の作成と専属委託をお願いされた時。

「解りました」

 と、ローリエは、思わず笑顔で頷いていた。



 
 そんなわけで。


 闘技イベントで、『ミミズクと猫・亭』がアピールすべきものは決まった。
 同時に、ずっと空きスペースになっていた委託販売のスペースの利用者も決まった。

 それは、ローリエが作り出す、回復アイテムだ。




 通常、冒険者がアイテムを携帯所持する場合、小瓶のようなものにそれを封じることが多い。
 このゲームは、様々なマスタリの中に、作成スキルが存在するが。
 特に、液状や粉状の携帯には、そういった入れ物が必要だ。

 繰り返し使うなら革製の入れ物もあるが。
 
 しかし、一度きりの消耗品には小瓶が適している。

 使おうとした時から、効果が出るまでの時間。
 この時間が一定を超えてしまうと、戦闘用アイテムと判定されなくなる。
 
 革製の入れ物は、再利用する都合からこの時間が長くなりがちで。

 使い捨てできる容器としてはやはり、小瓶類が重宝されているわけだ。

 そして。 

 それは、NPCが売っている。
 【空の小瓶】【空の中瓶】【空の大瓶】
 のような感じで。
 
 むしろ、一般のキャラクターが使える携帯用かつ消耗品の入れ物は、ほぼそれしかない。
 また、元々小瓶に入ったポーション類も、NPC販売の物を多くの冒険者が利用している。
 
 つまり。
 このゲームで、手軽な容器というものは中々ない。

 だが。
 木属性には、木の実を容器に出来る【果実容器ポッド】という魔法スキルがあって。
 薬草を詰めて、【薬草の果実ハーブ・ポッド】にしたり、毒を詰めて【毒の果実ポイズン・ポッド】にしたりできるし。

 土属性の、宝石を作り出すスキルで結晶をガラスのように使うことも出来る。


 そしてそもそも、薬草も毒薬も香水も果汁も食料も。
 全部、木属性だ。 

 だから、ローリエは様々な回復道具を作るのに最適のビルドをしている。

 これまでは、自分のためにしか使ってこなかったが――。


 これからは、パーティのために作る……。


 会議を終え。
 解散となり。

 皆が散り散りになった後。

 
 ローリエは、自室に戻っていた。
 
 自室――つまり猫ミミの2Fに借りている宿の一室のことだ。

 まだ満足にハウジングされていない部屋は、簡素なベッド、タンス、サイドテーブル、照明。
 それくらいしか設置されていなくて、殺風景な状態だ。


 その自室で。

 そして今、ローリエは。

 ベッドにうつ伏せに横たわり。

 枕を抱きしめ。

 テンション高く。 

 足をパタパタとさせている。

 さらに、
 
 うふふ、うふふ。

 と時折、笑いとも、うめき声とも取れない気持ち悪い声を零している。


「かなめ、かなめ、だって……!」

 そして、要、と言われたことを時折思い出し、へらへらとほくそ笑んでいるのだ。

 災い転じて福となすとはこのことだ。

  
 『私、パーティに必要なんだ!!』

 
 そう思えるだけで、ローリエは頑張れる。

「よーし、がんばろー!」

 一人で気合を入れていた。

 意気込んでいた。



 だが――。

 
 ベッドの上で歓喜の海にダイブして、遠泳に出ていたテンションは、急激に沈んでいく。


 ぱたり、とローリエは動きを失くし。


「でも……」

 ローリエは気にかかることがあって。

 
 ふと。


 居ても経っても居られず。

 ベッドから飛び起きると、ドアをばぁん、と開け放ち。

 ちゃんと丁寧に閉めてから。
 部屋から出ていく。
   



 やってきたのは、フェルマータの部屋の前だ。

 扉は閉じられている。

 しかし、フレンドリストのフェルマータはログインのままだし。
 2Fに上がったのは見ていた。


 だからきっと、ここにいる筈だ。

 のっくをしようかな。

 そう思うローリエだが、踏みとどまる。

 もしかしたら、マナと一緒かもしれない――。

 
 できれば二人で話がしたい。
 そう思うローリエだから。

 でも。
 超音波探知は扉に阻まれて用を成さないし。
 振動感知はせめて歩いてくれないと感知できないし、やはり扉や壁が邪魔だ。

 

 となれば、やることは一つで。

 扉にエルフの長い耳を当てて、中の音を――。


「なにやってんの、ロリちゃん?」

 
 聞こうとしたら扉が開いてしまった。


「えっ!?」

 耳を当てたままの格好で、ローリエはフリーズした。
 状況からして夜這いに来たみたいでとてもあやしい。

「え、あ、……そ、その……!」

 
 ローリエは姿勢を正す。

 
「こ、こんばんわ……?」

 
 それに、フェルマータは、嘆息し。
 気を取り直すかのように、微笑を浮かべて。

「ロリちゃんが、私の部屋を訪ねてくるなんて珍しいわね」

 どうぞ。
 そう言って、フェルマータは自室に迎え入れた。
 今は、甲冑を脱いだ状態で。
 マントも盾もなく。
 甲冑の下に来ているドレスのようなものだけを纏ったような姿だ。
 ただ、ウサミミは健在だが。 

 そんなフェルマータの部屋は、桜色で統一された可愛らしい感じのハウジングとなっている。
 ウサギのぬいぐるみとかも置いてあって、ウサギが好きなのかもしれない。
 
 それにフェルマータの髪の色も 薄桜色チェリーピンクということで、ローリエの視界は白と桜の甘い雰囲気に染め上がる。

 そんな中に、ローリエの緑色なカラーリングは、桜並木の土手のようなモノだろう。
 

 さておき。

 フェルマータはベッドに。
 ローリエは、ふわふわで丸っこい座布団?の上に座って。

「訪ねて来たってことは、なにか用だった?」

 ツーサイドアップのミディアムヘアのドワーフ少女の。
 子猫のような赤く大きな目が、ローリエをみつめる。

 対するのは、緑系の衣装と、生花で編まれたヘッドドレスに。
 床に着くほど長い若草色の髪のエルフであり。
 
 その色白の表情、琥珀色の瞳は、決してドワーフの赤とは交わらない。
 うつむき加減のエルフは、逡巡を繰り返す。

「え、えっと……」


 ローリエは勢いで来たものの、いざ話そうとすると言葉に詰まる。
 でもそれはいつもの事で。

 すると、フェルマータが先陣を切った。

「いつも思うんだけど、ロリちゃんって、他人とお話するの苦手でしょ」

「うっ……」
 はい、という代わりに、ローリエはさらに目を逸らす。
 
 でもだからこそわかる。
 話すのが苦手であるのに。
 部屋までやってきた。

 それは勇気でなくて何なのか。

「……勇者ね、ロリちゃんは」

「へ!?」

 予想外の言葉に、ローリエはフェルマータを見た。
 見上げた。

 その隙を逃さない。

 フェルマータは、ローリエの顔を両の掌で挟んでホールドした。

「うっ!?」

「ああ、もう少し可愛げがある方法に変えた方が良いわね」

 フェルマータは、わざわざ、顎クイに仕草を変更して。
 やっぱり、ローリエの顔の向きをガッチリ固定した。

 これで、否が応でも、お互いの顔を見ながら話しができる。

「で、どういう話かしら?」

「あ、あの……」
 ローリエは目を泳がせつつ、しかし、時折はフェルマータの眼を見つつ。

「ご、ご、めんなさい……! ……本当のこと隠していて」

「実は、風の魔法使いじゃなかった、ってこと?」

「は、はい」

「そっか」

 フェルマータは、ローリエの顔を開放する。

「え?」

 薄い反応が意外で、ローリエは驚く。

「もっと怒るとでも?」

「は、はい……」

「まぁね、そりゃ最初は、気にはなったけど。――ヒトにはそれぞれ事情や性格があるじゃない。だから隠してたこと自体は、気にしてないわ」

「……?」
 少し含みある言い回しに、ローリエは、目をしばたたかせる。
 というか、どこからか既にばれていたような言い方だ。

「……気づいてたんですか? いつから?」

「ただの魔法使いじゃない、って思ったのは……あのPKを蹴り飛ばした時かな?」

 ローリエからすれば、結構最初の方からだ。
 何という事だ、と思う。

「実は、今回の闘技イベントの参加も、殆どはロリちゃんの本当の実力が見たかったからなの」

「え?」

「私たちは、いつか、大精霊に挑む。それが目標でしょ。そのためにはやっぱり、実力を隠したままじゃ困るしさ。それに、もっと自由に、思いのままに、戦ってほしかったから……」

「……」
 ローリエは言葉を失くす。
 そんなことを考えていたとは思わなかったから。

「それに、先生もロリちゃんのこととやかく言えないしね」

「マナさんも?」

「そうよ。実力を隠す、のとは少し違うけど。アイツSP結構余らせているみたいなのよね。たぶん大精霊を倒したあとに何か企んでいるのよ。それが成功するか否かでビルドを変える気なんだわ。だから、その時のために今の時点でSPを結構余らせてあるみたいなの。――早い話、あいつも、実の所大精霊に手加減で挑むみたいな感じよね。まぁ、大精霊討伐はもともとマナの計画だから、私は何も言わないんだけどさ」

「じゃあ、マナさんが有利も不利もない無属性魔法ばっかり使ってるのは……絶対に腐らないから?」

「正解。どの場でも、一定の成果を出せる。そのための無属性よ。弱点を突けない分の火力は信仰FAITH特化で、どうしても低くなるMPは『【魔導研究マジックマスタリ】』のMP強化とかで補ってるみたい」

 でも、そこまでしているのだ。
 マナというキャラクターが、本気で大精霊を倒す気でいる、という事は良く解る。

「……でも、マナもそのこと誰にも言ってないでしょ?」

「フェルマータさんにも?」

「そうよ――それより……、ロリちゃん」

「はい?」

「そろそろ、私の事はフェルマータさんじゃなくて、フェルちゃんとでも呼んで欲しいものね」

「え……?」

 リアルでもどこでも、さん、意外の呼び方をしたことが無いのに!?

「……でもその前に」

 フェルマータは立ち上がる。
 そうして、装備のセッティングから、ショートカットを呼び出し。

 フェルマータは、いつもの甲冑姿に戻った。

 なぜ、せっかく脱いだ甲冑を?

 とローリエは思うが。

「ロリちゃん、今から少し時間ある?」

「え? は、はい。あと1時間くらいなら……」

「じゃあ余裕ね。ちょっと、訓練場に来てくれない?」

「え?」

「――ロリちゃんは、実力を隠していたことを謝りに来てくれたんでしょ?」

「あ、はい……そうです、けど……?」

「じゃあ、見せてくれる、ってことよね? 本当の、ロリちゃんの戦い方」

「……!? それはつまり……」

「そ。今から私と、決闘PVPよ、ロリちゃん!」

「えぇーっ!?」


 
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