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第六話 『鮮血の古城にて』

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 部屋で待つ間。
 ローリエは、視界に映るモノに注目していた。 

 くすんだ謎の調度品。
 大きくて意味の分からない抽象画。
 壁から突き出た動物のはく製。
 豪華絢爛すぎて実の無い剣や鎧。

 どこを見ても。
 お城に相応しきロイヤルな品々があちこちに置かれている。
 とはいえ、そのどれもが色あせたコインのように、輝きを失っていた。

 そんな『カイディスブルム城』の窓は、どれも当然のように木材を打ち付けて閉め切られ。
 豪奢なカーテンで覆われている。
 そのため、全体的に薄暗く。
 古城の光源は、あちこちに備えられた魔法の灯で賄われている。

 また数は少ないが、ロングスカートのメイド服を着たNPCも、開いた扉の隙間からチラホラ見え。
 掃除などの雑用に従事しているようだ。

 やがて。
 ヒューベリオンがだらしなく寝そべり始め。
 ふたりも部屋の観察に飽きた頃。

 ユナは不信感を募らせたように言う。

「……まだでしょうか? 遅くありませんか?」

 いつも時間に追われているユナにとって、スフェリカに居る時間はとても貴重で。
 ただ待つのは、勿体ないと思ってしまうのだが。
 
 薬草や宝石など。
 生産スキルも利用してきたローリエには、その大変さや面倒さも解るわけで。
 
 おもむろにローリエは、膝を折りたたんで座り込み。
 退屈そうなヒューベリオンの身体(骨)を撫でながら言う。 

「仕方ないですよ。物を作るのは、そんなに早くできませんから」

 ユナが仕方なしに、そうなのですね、と返そうかというタイミングで。
 
 こつこつこつ。
 傍のエントランスから、小走りに走る靴音が響き。 

「マスター、ウィスタリアただいま戻りました」

 幼い少女の声が、城内に木霊する。

 時空結晶ゲートクリスタルでやってきたであろうその娘は。
 さすがに、ローリエの探知でも解らなかった。

 だから急に現れたような状態だ。
 しかし、ローリエは思い出す。
 そういえば、ギルドメンバーがもう一人いて。
 買い出しに行っていると、ジルシスは言っていたな、と。

 ドドドッ。

 思っていると、ヒューベリオンが全力ダッシュでお出迎えに推参いたす。

「あっ!」

 二人は慌てて追いかける。
 当然足の速いローリエが先頭だ。





 少女は、買い物用の編みカゴを持ち。
 主を探してエントランスをうろうろしていた。

 ふさふさで、おっきな△のお耳をあちこちに向けて。
 もっふもふの太い尻尾を地面と平行に揺らして。
 ツヤツヤのロングストレートの髪と同色のその毛並みは、煌めく黄金色。

 そして服は、ひざ下を優に超えるスカートに純白のフリルエプロンを纏う、正統派のメイド服。
 腰裏には穴があけられ、そこから尻尾を出す形だ。
 
 その少女の名は『ウィスタリア』、ウェアフォックスという種族だ。
 それはウェアウルフや、ウェアキャットなどと同様の種類で。
 獣人族と総称されている。
 
 種族の特徴というわけではないが。
 ウィスタリアの風貌は、背は小さく、子供っぽく。
 子狐というのが相応しい。
 
 そんなウィスタリアは、いつもなら吸血鬼の主がすぐに出てきてくれるのに、出てこないことを気にしていた。

 本物の――いや、現実リアル本物マジモンの吸血鬼はいないが。
 仮に本物なら、こんな早朝、吸血鬼は棺桶で眠りにつくものだろう。
 しかし、これはVRだ。今その棺桶はただのログアウト場所に使われているだけだ。
 
 だから無関係に。
 朝でも夜でも、いつも玄関まで迎えに来るその主が来ないモノだから。

 何かあったのかな、とウィスタリアが思っている、と。
 

 突然。
  
 
 ドドドッ、ドドドッ、と。
 城の床を叩く音が響き渡る。
 馬よりもなお重い低音の地響きが、足先から、獣耳から、その存在感を伝えてくる。

 そして、エントランスの真横の部屋から。
 テレビジョンでは絶対にご視聴できない感じのえげつないのグロさが、飛び出てきた。

 
「――!?」

 ウィスタリアは、声にならない悲鳴を上げて立ち止まった。
 尻尾がぴぃぃん、と驚愕に立ち震える。

 迫るのは、アンッデッドの巨体だ。

 漆黒の金属の馬具や、騎乗ペット用防具で覆われているとはいえ。
 そのでかさと、不気味さの全ては隠しきれず。

「くっ!」  


 対するウィスタリアの判断は冷静かつ迅速。

 買い物かごを放り投げると同時にしゃがみ込み。 

 左の手は腰裏から小盾を外し。

 右の手はスカートをめくって、太腿のホルスターから、得物を引っこ抜く。
  
 その動作は1秒で完了し。

 膝立ちのまま、手にした得物のアギトを、大型アンデッドに向ける。

「……くるなぁー!」

 怖いし気持ち悪いし見たことないし得体が知れないし。
 
 そんな恐怖に駆られる子狐に迫る巨体は、好奇心いっぱいで止まる気配など皆無。

「くるなってば、とまれとまれとまれ、こないでぇー!!」

 向かってくるゾンビを止めるために。

 少女は得物のトリガーを引く。

 ハンマーが落ち、撃針が、カートリッジの芯を叩き。
 魔石粉末を起爆剤として、その勢いは、魔力弾頭に伝達される。

 ドシュン!
 
 強烈な反動と共に、発射される――『徹甲魔弾』。
 
 銀色で、メカメカしく、洗練された『魔法+機械』の最先端複合武器。

 魔工短杖マシジックワンドと呼ばれるソレから放たれた無属性の魔力が。

 走るドラゴンゾンビの足元に命中する。

 床をヒビ割る程の威力で。

 しかし、飛びのく巨体は思いのほか俊敏で。

「この、この!」
 
 ドシュンドシュン!! 

 カラリカラリ、と排出された薬莢カートリッジが地に落ち。
 エントランスを跳びはねる標的に向けて魔弾が連続で撃ち出される。

 何発も何発も何発も。  

 さすがに、回避も間に合わなくなり、直撃するという時。

 
 その魔弾は。

 弧を描く切っ先に、斬り払われた。


 そうして。
 追いつき、割り込んだエルフの少女が、ドラゴンゾンビとウィスタリアの間に立つ。

 その左右の手には、『木葉短剣リーヴスエッジ』が1本づつ握られていて。
 左の一本は、ボロボロになっていた。
 強烈な弾丸を払ったせいで、武器の耐久力が一瞬で無くなったからだ。

 だから。
 その1本を放り捨て。

 新しい一本を、紡ぎ出す。
 そうして、再び短剣二刀流となった姿で。

 エルフの少女、ローリエはその場に佇むのだ。

 そして告げる。

「ご、ごごご、ご、ごめんなさいッ! うちのヒューベリオンさんが、とんだ、ご失礼を――ッ!」

 がば、っと、頭も下げる。

 陳謝陳謝陳謝ァ!

 他人のお家でペット暴れさせるとか言語道断ッ。
 

 
 
  
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