上 下
55 / 119
第六話 『鮮血の古城にて』

55

しおりを挟む

 下顎を大きく開き。
 声なき声が上げる咆哮は。
 竜の威厳と、不死なる異形さで戦場の戦意を失わせる。
 
 それは、ゲーム的に言えば、範囲内の敵の先制攻撃をためらわせるという効果で。

 怯んだ前方の魔物に向けて、竜は飛ぶ。そのボロ布のような翼で。
 そうして。
 閉じ込められっぱなしだった不機嫌さを叩きつけるかのように、振るわれた鍵爪が、魔物に突き刺さった。
  


「ヒューベリオン!!」

 傍若無人なドラゴンに向けて、ユナが叫ぶ。
 
 重装甲の騎乗用甲冑と馬具一式を身に着けた、竜の骸は。
 何の統制もなく。
 ユナの声も聞かず。

 ただ感情のままに暴れ出す。
 そんなヒューベリオンは、まだ主との信頼関係が皆無だ。
 鎖を解かれた狂犬に他ならない。

 しかも、端的に言えばレベル1だ。
 さしもの竜族と言えども、突き立てた爪はレベル70の敵の有効打にはなりえない。

 しかしながら。受けた反撃で即死しないのは、流石だった。
 初期で250を超えるHPは、キャラクターではありえない。
 そして、アンデッド種族特有の再生力もある。
 耐久面だけなら、VITを振っていない、SP67Kのマナよりも既に高いのだ。
 その上、高速で飛び回るため、飛行できない近接型の魔物に対して、アドバンテージを得ている。

 まぁ。
 今直面しているのは。
 だから何だというレベルの大問題なのだが。

 というのも。
 さぁ、狩るぞ。
 と意気込むパーティメンバーを放って飛び出したヒューベリオンは、全く言うことを聞かないのだ。
 これは、騎乗スキルではどうにもできない。
 ペットの感情と、飼い主との信頼関係。
 この二つを良好に保てなければ、連携プレイなど夢のまた夢となる。


「どうしましょう」

 ユナは攻略サイトの情報で、ペットのことをある程度把握していても。
 現状、事前知識程度にしか働いていない。
 全く有効打になりえない攻撃を、ヒットアンドウェイで繰り返すドラゴンゾンビを見つめ。
 ユナは途方に暮れる。

「……閉じ込めっぱなしでしたからね、機嫌が悪いのでしょうか」

「私が『聖櫃なる鎖セイクリッドチェーン』で縛ろうか?」

「そんなことしたら、ますます信頼は得られないわよ」

 ローリエ、フェルマータ マナも、ペットには詳しくないため、対処に困っていた。

 暫くして。
 ヒューベリオンを観察していたマナが言う。

「でも、良く見るとベリオンは上手く戦ってるわ。ちゃんと隙を作ってから殴りかかるし、余計なダメージを負わないように、距離も測ってる。まだステータスが足りていなくて敵を倒すのは無理だけど、そう簡単には死なないんじゃないかしら」

「つまり?」
 とフェルマータ。

「放っておいても大丈夫、ってこと」

「なぁるほど」

「一人は寂しいですからね、そのうちユナさんの所に戻って来るかもですし」
 ローリエはしみじみと言った。
 放っておかれるのも意外と寂しいものだ。たぶん、ドラゴンもそうだろう。
 ふと振り返った時。
 誰もが皆、自分が居ないかのように振舞う。
 そんな、ただの空気みたいな扱い。

 ローリエは慣れっこだが。
 ヒューベリオンには慣れてほしくない。
 
 そう思いながら。

 ローリエは、戦闘準備する皆に混じる。

 というわけで、いったんヒューベリオンは放置し。
 ユナを含めて4人で、狩を開始することになった。

「ユナちゃん、持ってるアクティブスキルは、『装備武器防御ウェポン・ディフェンス』だけ?」

「いえ、『薙ぎ払いモーダウン』という範囲スキルを取りました。LV1ですけど」

「オッケー」

 ヒューベリオンが暴れている一画とは別の方向。

 その魔物の群れをターゲットに。
 フェルマータが、皆に言う。

「私が、あの群れに突っ込んで注意を惹くから、先生はボム、ロリちゃんはサイクロン、ユナちゃんは今のでやってみて。順番は、サイクロン、ボム、さっきのね!」

 皆がそれぞれ、了解したのを確認すると。

 フェルマータが、防御スキルを幾つか使ってから、敵の群れに吶喊していく。
 そんなウサミミドワーフの身を包む魔銀全身甲冑ミスリルフルプレートは伊達ではなく。
 とても堅牢だ。 
 元の最大HPが1500近くある上、自前の自動回復もある。
 さらに今は、ローリエの強化で、追加の自動回復も乗っているし、防御力も上がっている。
 最大HPは、強化で2200に届いている。

 だからフロア内の25%に及ぶ数の魔物から猛攻を受けても。
 数々の防御スキルを帯びた、フェルマータのHPは微動だにしない。

「――虚無そらにたゆといし見えざる羽根よ、想起、高みのすべてを示せ――、破壊の奔流よ、無慈悲にして冷徹な神罰となって荒れ狂わん――『風の大災害サイクロン』!!」
 そこに巻き起こるのは、ローリエが紡ぐ風の暴力だ。
 遺跡の奥深くには風の現象核オリジンが少なく、日傘の風結晶からの抽出がメインとなり。
 いつもよりも遅い速度で完成したが、魔法とは、自然現象の再現。
 たとえ屋内であろうとも、無関係にその大災害は再現される。

 強風に巻き上げられ、切り刻まれ、天井と地面に叩きつけられる、魔物の群れ。
 
 それで負傷した魔物を、マナの【炸裂魔弾マジックボム】が吹き飛ばし。
 風耐性などで生き残っていた瀕死の魔物を、ユナの【薙ぎ払いモーダウン】がとどめを刺す。 

 特に、ユナの一撃は、低レベルながらも高い筋力と、新調したハルバード攻撃力の高さで馬鹿にできないダメージを出す。


 そうやって、まとめて敵を倒すことで、効率的にSPを稼ぐことができ。
 それを3週間ほど続けることで。
 ユナは25000まで、ヒューベリオンは20000までSPを稼ぐことが出来た。

 ヒューベリオンのしつけは、まだまだだが。
 強くなったことで、その爪も尾撃も、敵にかすり傷程度なら追わせられるようになったし。
 ユナに至っては、既にパーティで一番の物理攻撃力値に躍り出た。
 
 ついでにフェルマータも1000、マナも2000ほどSPを稼いでいて、フェルマータは76K、マナは69Kとなり、種族特徴が強化されましたというアナウンスがパーティに流れていた。

 そしていつものごとく。
 ユナのタイムリミットでその日の狩りは解散する。
 
 それがここ3週間ほどの流れだったが。
 
 今日は、マナの一言で狩りは終了を告げた。

「悪いけど、今日はこんなもんでいいかしら」

「オッケー、そろそろ切りあげましょうか」 

「あ、はいッ」

「私もそろそろ、時間だったので丁度良かったです。今日も、皆さんありがとうございました」

 よし、撤収。
 
 の前に、フェルマータがローリエに言う。

「そういえば、ロリちゃんは、索敵範囲が広いのね。それに、敵を見つけるのも早いわ」

「え?」

「今日も何度か後方に来たやつを魔法でさばいていたでしょ? いつも先生より後ろに陣取ってるのは、そういう時のため?」

「え、あ、いえ……その……、まぁ、そうです……」

 ローリエは、無意識的にずっとパーティの殿を担当していた。
 だから、一番柔いマナに強襲しようとする魔物を、いち早く察知して撃退していた。
 
「ありがとう、助かったわ。PKの時といい、ロリちゃんは頼りになるわね」

「――!!!!」

 その一瞬。
 ローリエは、落雷を受けたかのように脳裏が真っ白になった。
 それから、どうやって街に戻ったのか記憶がない程だ。


 そのとき、フェルマータが言った言葉。

 頼 り に な る わ ね。 

 ローリエは、その日、その一言だけでご飯3杯は余裕だった。 

 なぜなら、パーティプレイできていたって、ことだからだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

VRMMO-RPG:SecondWorld/第二世界スフェリカ 設定資料(永遠に未完成)

日傘差すバイト
ファンタジー
https://www.alphapolis.co.jp/novel/539041038/197701593 の、設定資料です。 世界観重視の作品? です。 その世界についての設定をまとめます。 すごい書きかけです。 少しづつ埋めます。 本編は趣味で書いてますが、こっちは息抜きに書いてますw 永遠に暫定的な設定であることをご了承ください!

VRおじいちゃん ~ひろしの大冒険~

オイシイオコメ
SF
 75歳のおじいさん「ひろし」は思いもよらず、人気VRゲームの世界に足を踏み入れた。おすすめされた種族や職業はまったく理解できず「無職」を選び、さらに操作ミスで物理攻撃力に全振りしたおじいさんはVR世界で出会った仲間たちと大冒険を繰り広げる。  この作品は、小説家になろう様とカクヨム様に2021年執筆した「VRおじいちゃん」と「VRおばあちゃん」を統合した作品です。  前作品は同僚や友人の意見も取り入れて書いておりましたが、今回は自分の意向のみで修正させていただいたリニューアル作品です。  (小説中のダッシュ表記につきまして)  作品公開時、一部のスマートフォンで文字化けするとのご報告を頂き、ダッシュ2本のかわりに「ー」を使用しております。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

後輩と一緒にVRMMO!~弓使いとして精一杯楽しむわ~

夜桜てる
SF
世界初の五感完全没入型VRゲームハードであるFUTURO発売から早二年。 多くの人々の希望を受け、遂に発売された世界初のVRMMO『Never Dream Online』 一人の男子高校生である朝倉奈月は、後輩でありβ版参加勢である梨原実夜と共にNDOを始める。 主人公が後輩女子とイチャイチャしつつも、とにかくVRゲームを楽しみ尽くす!! 小説家になろうからの転載です。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

Gender Transform Cream

廣瀬純一
SF
性転換するクリームを塗って性転換する話

VRゲームでも身体は動かしたくない。

姫野 佑
SF
多種多様な武器やスキル、様々な【称号】が存在するが職業という概念が存在しない<Imperial Of Egg>。 古き良きPCゲームとして稼働していた<Imperial Of Egg>もいよいよ完全没入型VRMMO化されることになった。 身体をなるべく動かしたくないと考えている岡田智恵理は<Imperial Of Egg>がVRゲームになるという発表を聞いて気落ちしていた。 しかしゲーム内の親友との会話で落ち着きを取り戻し、<Imperial Of Egg>にログインする。 当作品は小説家になろう様で連載しております。 章が完結次第、一日一話投稿致します。

処理中です...