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第四話 『暗闇の底で』

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 ここのフロアボスは、二種類居る。
 石化したドラゴンと、骸となったカトブレパスだ。

 どちらも、レアアイテムの卵の奪取をトリガーに動き出し、暴れまわる。

 多人数ならば、両方相手にしなければならないが。
 今回は、暗殺者を含めても3人。

 がらがらと、まとわりつく巨大な骸を砕き散らし。
 硬く頑丈な尻尾で周囲を薙ぎ払う。

 動き出したのは、ドラゴンの方、『石化竜ペトリファイドドラゴン』だった。

 幾重にも並ぶ牙に、一本の角。
 強靭な筋肉に支えられた、太く、筋肉質な四肢と竜爪。
 石化によって飛ぶことはできないが、それでも威圧感を発揮する巨大な翼。

 全身を鱗に包まれた堅牢な身体は、石化によってさらに防御力を増し。
 凄まじい自重で、衝撃の一歩を繰り出す。

 踏み出すたびに、遺跡フロアの床面が砕け散り、破片と砂塵が舞い踊る。 

 
 VRで再現されたドラゴンの迫力は、きっとゲームCG班の力作で。
 
 ユナは震えあがった。


 昔見た、博物館のティラノサウルスの骨格や実物大模型の比ではない。
 その大きさも。恐ろしさも。臨場感も。なにもかも。
 
 そんな空想上の最強種族の巨体が、ユナに向けて猛然と襲い掛かる。


 もはや本能だ。

 考えなくても解る。
 何をしたって、どうあっても適わない、と。


 だから、恐ろしさで抜けそうな腰を無理やりたたき起こし。
 ユナは、不格好なフォームになりながらも、フロアの壁に向かって必死に走った。
 手にするフランベルジュは、振るう気もなく、もうお守りのようなものだ。

 
 だが、そいつは。恐竜じゃない。

 ドラゴンだ。
 
 唐突に立ち止まり。

 口を大きく開け、周囲の魔素マナを吸い込む挙動。
 
 振り返ったユナは、その動きが何を意味しているのか瞬時に理解して。
 何もしなければ、塵にされると理解して。

 しかして直感的に。

 今度は。
 ユナは、ドラゴンに向かって走り込む。

 命を繋ぐためには、そこしかないと思ったからだ。
 
 瞬間。
 石化竜の口から、放たれた火と熱のブレスが、ユナの元居た空間を焼き払う。
 高熱に石畳は溶け、壁も溶解する。

 それとすれ違いざま。
 それでも余波でHPを一桁まで削られながら。

 ドラゴンの足元に駆け寄ったユナは、なんとか死を免れた。

 ついでと言っては何だが。
 ユナは、チャンスと見てそのごん太の脚のスネに、フランベルジュを叩きつける。

 がきり、と音がして。
 フランベルジュが、折れ曲がり、分断された切っ先が、からんころん、と床を滑っていった。

「うわぁ!?」

 元々絶望的状況だったが、それでさらに絶望みが増大した。
 もう、助かる見込みはない。

 息を吐き終えた竜が、身体を振り回す。

 今度こそ万事休す。

 ユナは、もう全てを諦めた。

 そこへ。

 高速回転で、飛来した一本の短剣が、竜の顔にめり込んだ。
 夥しい血液が、ダメージエフェクトとして迸る。
 竜は吠え。

 救世主は駆けつける。

 大きく怯み、後退するドラゴンとユナの中に割って入る。
 若草色の、長い髪を靡かせて。
 

「ユナさん、離れて……」

「先輩!?」

「10秒で倒しますので」

 そう口走った背中。
 その右手と左手には、1本づつ、『木葉短剣リーヴスエッジ』が握られていて。

 あふれ出る自信を得て。
 ユナは、じりじりと後退し、距離を開ける。

 
 咆哮とともに。
 怒り狂って、繰り出される竜の剛腕を。
 一刀の元に、断ち。

 斬り飛ばした腕が、地面に落ちるよりも早く。

 二刀の元で、胴を切り裂いた。
 

 そして、

「『無双連撃』!」

 続く『不利手マスタリ』――いわゆる二刀流の連撃スキルで、文字通りなます切りに仕立て上げたのだ。

 ピッタリ10秒。

 それでドラゴンは。呆気なく消滅した。

 何のことはない。

 元々は火属性だっただろうドラゴンだが、石化している所為で土属性に変化していたから。
 木と風をマスターしているうえに、カンスト間近の実力のローリエの敵ではなかった。

 それだけだ。



 「大丈夫でしたか? すいません、遅くなって……」
  
 「ローリエ先輩っ!」

 「へうっ!?」

 振り返り。
 ユナの心配をするローリエに、感極まったユナが抱き着いた。

 しかし、ローリエは140cmくらいで、ユナは154~157くらいだ。
 ママが子供を抱きしめてるみたいな状態になって。
 あんまり、ロマンス要素は醸し出さなかった。

 ユナは泣いていたけど。




 ひとしきり落ち着いたころ。

「フランベルジュ、折れてしまったんですね」
「は、はい……でも、もう結構ボロボロだったんですけどね」

 崖にブレーキをかけた時に、武器の耐久力は80%消耗していた。
 ここまでもっただけでも、良かっただろう。

「よかったら、これ使いますか? 両手剣ではないんですけど、確か、両手武器マスタリ、でしたよね?」

 ローリエは、道中で戦った魔物が落とした武器を、倉庫から取り出し。
 ユナに見せる。

 それは、長さ2メートルほどの、ハルバードと呼ばれる種別の武器だった。
 しかも、店で売っているハルバードと違い、装飾がカッコよく、厨二心を刺激するデザインをしている。
 どうみても、業物だった。

「え? 良いんですか? こんな良いものを」

「大丈夫だと思います。フェルマータさんのパーティで使える人、ユナさんしかいないと思うので」

「ありがとうございます」

 そうして、ハルバードはユナの手に渡った。


「じゃ、カトブレパスの卵をゲットして戻りましょうか」

「はい、先輩。――でも、そろそろパパとママ戻ってきそうなので、このへんで落ちようかと思います」

「そうですか。うん、わかりました。――ではここで別れましょう」

「今日はありがとうございました、助けてもらって」

「いえ、そんな――。逆に危険な目に合わせてばかりで、護衛役失格でした……次はもっと、頑張ります」

「私の方こそ――」
 
 ユナとローリエは、他愛のない話に花を咲かせた後。

 ついに、ユナのタイムリミットが来て。

 お互いに、またね、と言って、その日のプレイは終了となったのだった。
 

 
 
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