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第四話 『暗闇の底で』

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 真っ暗な闇の中。
 しかして、その視界は、魔法によって得られていて。

 進みゆく亀裂のような形の道を、囲う絶壁が、良く見える。

 そんな大地の裂け目のような地底を。
 
 ユナは。
 本当に闇雲に歩いていた。
 マッピングスキルも無ければ、方角を示す道具もない。
 だから、仕方がなく。
 いくつかあった分かれ道も、ただの勘だけで、進んでいた。

 かれこれ1時間、ずっとだ。
 両親も用事で居なくて、習い事もない今日。
 その貴重な時間を、ただ何もない道を散歩し続ける。
 それも、『一人で』となると。
 ただの簡単で、刺激のない、作業になる。
 貴重な時間でなぜこんな苦行をしているのか。
 本当ならそう思うだろう。


 だが、違う。
 見た目には一人だが。

 傍らには、見えない誰かが居る。


 その透明人間が、互いの暇をつぶすために、たわいのない話を振ってくる。
 例えば。

 本当に『ただの興味』と言う感じの声で。

「お前さん、これからソイツをどういうキャラにするか、決めてんのカ?」

 ユナは暇すぎるから。
 仕方が無しに受け応える。億劫そうに。

「ええ、まぁ、一応決めていますけど?」

「どんなのだ??」

「何で教えないといけないんですか。何だっていいでしょう?」

「なんだヨ、つれないネェ? もしかして、さっきケツ触ったことまだ怒ってんのカァ? ゲームの中の事なんだし、そんなに気にすんなよ」

「パンツも見たでしょ!」

「あぁ、見た見た。あの飾りっ気も色気もネェ、白いヤツな」

 ユナの歩く速度が上がった。
 その横顔は明らかにムスッとしている。

 それでも、声との距離は何も変わらない。
 足音も気配も何もなく、声の主は当然のように追いついてくる。

「現実じゃねえのに……」
 そんなに気にする事かぁ?
 と、小声で零す、『声』。
 
 しかしそういう問題ではないのだ。
 これが、仮想現実の世界でも。
 プレイヤーへのダイレクト精神アタックは、健在なのだから。
 ネット社会なのだから。
 ゲームの向こう側に居るのは、一人の心を持った人間なのだということを忘れてはダメなのだ。

 だが、声の主は、そんなことは知っていて。
 ただ、面白がっているだけだったりする。
 性質たちが悪いやつだ。

「さっきからうるさいですよ、もう黙っててください。って言うかなんでついてくるんですか」

「だから、ついていってるんじゃねえって。お前さんが勝手にオレの前を歩いてるだけだろ?」

「あー、もう!」

 鬱陶しい。
 と、さらに足を速めようかという所。 

「おっと、ストップだ。ユナさん様ァ」

 声の主がユナの傍らに立ち、伸ばした腕を。
 踏切の遮断機のようにして、前に進もうとしていた身体を通せんぼする。

 まぁ、その声の主は今も見えないのだが。

「なんですか、今度は!」

「……お客さんさ。気づかねえか?」

「え?」

「あ! ああ、そうか。お前さんはヒュムだから、まだ見えねぇのか。――この先に、『ファイアイーター』って魔物が居るのさ。もうすこしでヤツの視界の中だ。これ以上前に行くと、死ぬぜ」


 ユナは集中し、目を凝らしてみる。
 が、声が言う通り、ヒュムに設定された視力ではまだ見えないらしい。

 っていうか。
 ――その前に、ユナは気が付いた。

 遮断機がオッパイに『むにっと』していることに。
 当然、ゲームの中での話で現実の話ではない。
 が、だからといって許せるだろうか?

 そんなわけあるか。

 ガシッ、っと背負ったフランベルジュを抜き。
 フラストレーションをこめた全力で、即座に振り回す。
 薙ぎ払うように、そのままくるくると回転斬りのような真似をして。
 
 しかし、てごたえはゼロだ。
 うるさいハエを追っ払った程度の成果だった。

「っと、何しやがる。親切に教えてやったのによォ」

「あなた、ワザとやってますか!?」

「――何のことか知らねえけど? でも、何故か、なかなかオレ好みの感触がしてたナァ……?」

 大きくも小さくもない。アンダーとトップ差16cmによるCくらいの感触。
 
「っく!」
 腹立つ。
 と、自分が弱いばかりにあしらわれているのが、さらに腹立たしく。
 ユナは、怒鳴る様に尋ねる。

 
「ではどうしろと!?」 
 もちろん、ファイアイーターとやらのことだ。

 だが、声は関係ないようなことを言う。得意げにだ。
 
「良かったなぁ、オレに感謝しろよォ? もし、ここで松明なんて使ってたら、今頃アイツにつつかれてくたばってるところだ」

 え? なんて?
 という顔のユナ。

 声は続けて言う。

「あの、ファイアイーターってやつはナァ、名前の通り火を食うのさ。中級くらいの洞窟に良く配置されてて、松明やランタンなんかで明かりを確保してると、どんなに遠い距離からでも、一目散に狙ってきやがる。明かりってのは、暗がりで目立つからよ。――オレが暗視の魔法をかけてやっといて正解だっただろォ?」

 ようやく、ユナは言葉の意味を理解し。
 傍の男が感謝を押し売りしていることに気づいた。

「だから、どうしろと……」 

「簡単な話よ。お前さんが、涙を流しながら、タスケテクダサイッ、って言うなら、何とかしてきてやるぜぇ?」

 ふざけないでください。
 と、汚い言葉が出そうなのをユナは我慢して飲み込んだ。

「さ、どうする? アイツァ、強いぜ。今のお前さんじゃ、1発つつかれただけでくたばるのは確実だナァ?」

 ……意地の悪いやつだ。
 ユナでは絶対に勝てないからって。
 
 ユナは思う。

 確かに、自分は弱い。
 まだ見えぬ魔物に勝てる可能性はゼロなのだろう。
 けど、だからと言って。
 この人殺しな上に、セクハラ紛いの痴漢野郎に、『オネガイ』なんて。
 する気なんておこるはずがない。

 ユナは、フランベルジュを持ったまま、駆けだした。
 前方の、暗視範囲外の暗闇に向かって。

「おぉ、おぉ? 無謀なことすんネェ? ヒトの忠告は聞くもんだぜェ?」

 
 腹立つ、腹立つ、腹立つ、腹立つぅ!


 別に勝てるとか勝てないのとかでなく。
 もうなんでもいいので、この溜まりに溜まった怒りをぶつけたかった。
 その八つ当たり先が、この先に居るのならば。

 当ててやろうじゃないですか!


 やがて
 走るユナの前方に、大きな鶏のような魔物が見えてくる。
 色は炎のように明るい暖色で。
 鋭く大きなくちばしが目立つ、地上を歩く鳥型のモンスター。

 ユナに気づき、敵意を向け。
 攻撃を仕掛けようと走り出す、その馬のようなサイズの鳥に向けて。

「はぁぁあああ!」

 走り込んだままの速度。

 フランベルジュの切っ先が。

 当たる範囲に入った直後に、踏み込む一歩が。
 ユナの身体を、急激にブレーキングする。

 そこから生まれる、反動と言う名の力を。

 全身を使い。
 最大限振りまわす遠心力に、存分に乗せて。

 薙 ぎ 払 う !

  
 その、鳥の首根っこに――。
  

 がきぃん、と硬いものにぶつかる音が木霊し。
 フランベルジュがめり込んだ場所から、真っ赤な飛沫が、迸る。

 明らかなダメージが、格上であるはずの魔物に入った。
 おまけに、フランベルジュが高確率で発生させる『負傷』により。
 ファイヤイーターの最大HPが5%削られる。

 その様子に。

「おぉ、やるねぇ」

 感心の声が上がった。


 だが、当然ながら、ファイアイーターは死んじゃいない。
 普通のゲームならLv5に等しい弱さで、Lv40近い魔物にダメージが入った。
 そのことは驚くべきことだが。頑丈な鱗と羽毛に阻まれた一撃は、ファイアイーターにしてみればかすり傷にもなっていない。

 
 まだまだ元気いっぱいの鳥は、怒りの雄叫びを上げ、鋭いくちばしで反撃してくる。

「『装備武器防御ウェポンディフェンス』!!」

 そのくちばしを、ユナは、フランベルジュの刀身で防御する。

 が。

「いたぁ!?」

 防御の状態で26ものダメージを負ったユナは、HPが2しか残らなかった。
 最大HPは28だ。
 次で死ぬ。


 
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