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第三話 『気づかぬ原動』

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 ちりん、ちりん。
 店の扉をあけると。
 ドアベルが、音を立てて出迎えてくれる。
 まるで、コンビニの入店音のように。
 


 そんな『ミミズクと猫・亭』に、姿を見せたのは、花のヘッドドレスと、緑色系のドレスを纏った、森エルフ風の少女。
 しかも金髪三つ編みのロリ。
 
 最近出入りするようになった準常連客で、キャラクターネームは、ローリエという。
 
 ローリエは、いつものように店内に入ると、おどおどと周囲を見渡し、身構える。

 なぜなら。

 バサバサバサッ。
 ダダダダダダッ。

「ひぃぃ!」

 『ミミズクと猫・亭』のシンボルでもある、猛禽類と、黒猫がエルフの少女に向かって猛チャージをしかけるのが、日課だからだ。

 しかも、歓迎して甘えに来ているという訳でもなく。

「嫌ぁ! きゃー、やめて、やめて。イタタタッ」

 ワシミミズクは、生花のヘッドドレスの香が気に入っているのか、癪に障るのか、バサバサとホバリングを決めながら、鋭いくちばしで少女の頭を啄むし。

 黒猫は、少女のお腹に飛びつくと、そのまま爪を立てながらよじ登るし。

 入店時には、決まってローリエが、けちょんけちょんにされる姿があった。
 
 そこに。 
「やぁ」
 と声をかけるのは、このお店の店主。
 いつもは奥で料理の研究をしているらしいが。
 
 今日は珍しく、マスターが店内に出ていた。
 掃除をしているらしい。

 そんなマスターの姿は。
 蝶ネクタイに、燕尾服という、執事コーデの黒髪ショートカットで。
 身長は170行くかどうかという、男性にしてはやや低く、女性にしてはやや高い背丈。
 さらには、顔立ちや体型までもが中性的で、男装している女性なのか、女性のような男性なのか、解らない見た目をしている。
 

 その、高音でも低音でもない声色が、微笑でローリエを出迎える。

「今日も、うちの子達に人気だね、ローリエさんは」


「うぅ、どう見たらそう思えるんですか、タスケテ下さいィィ」
 
 ワシミミズクに、するどい脚の爪で頭を引っ掴まれ、頭の花を毟られていたり。
 黒猫に、噛みつかれたドレスのスカートが、引っ張られて、ローリエが必死に裾を抑えていたり。 
 お目目が「><」になっていそうな、ローリエは、真剣に助けを求めている。

 でも。

「うーん、いつもは大人しいんだけどね。ローリエさんが来ると、興奮しちゃうみたいだ。やっぱり気に入られているんじゃないかな?」

 マスターはいたって、冷静に、受け応える。『どう見たらそう思えるのか』、という部分に対して。
 そしてエルフの少女を助けに行く様子は、ナシ。
 逆に、楽しそうに戯れている愛鳥と愛猫を、よきかな、よきかな、と微笑を讃えて観ているだけだ。

 
 そして、暫くして、二匹が飽きると、あっという間に解放される。
 それも、いつもの事。

 すっと、何事も無かったかのように。
 夕立があがったかのように。

 急にポツンと店の入り口に放置されたローリエは、ちょっと涙目で。
 微妙にあられもない姿というか、ボロみが増した見た目になったが。
 大丈夫だ。問題ない。
 ゲームなので、少ししたら元に戻る。

 
 「うぅ……」
  
 今日もいつも通り酷い目にあった。
 と、涙をふくローリエに、マスタ―は問いかける。

 「ところで、決心はついたかい?」と。


 数日前。
 ローリエは『ミミズクと猫・亭』を、長期滞在用の宿として利用するかどうか、マスターに相談していた。
 リア友には及ばないけれど。
 せめて、パーティメンバーとして、同じ宿を拠点にしたいと考えたからだ。

 それに拠点を持てば、自室や持ち家のインテリア、エクステリアをカスタムして遊べる『ハウジング』もできるようになるし、リスポーン地点の選択肢も増える。
 また、冒険者の宿なので、クエストの受注や発注も楽になるかもしれない。


 それについて、ローリエは既に決心を固めてきていて。


「は、はい。今日からここにお世話になろうか、と」

 マスターは、嬉しそうになって。

「そうかい。うれしいよ。簡単に手続きがあるから、カフェのカウンターに来てくれるかい?」

「は、はい!」 


 そうして、手続きに取り掛かったくらいのタイミングで。



 ちりんちりん、とお店のドアベルが鳴って。

「こんにちはぁ」

 フェルマータが入店した。 
「お、お邪魔します」
 ついでに、か細い聞きなれない声もする。

 そしてさらにフェルマータは、店の入り口に散らばった花の残骸を見て。
 ローリエが来ていることを察する。

 すると、店内を少し探して。

 カウンターで見つけた背中に、こう言った。


「ロリちゃん、あなたにお客様よ。――店先で拾ってきたわ」



「へっ?」

 
 自分に、客。
 というあまりにも聞きなれない言葉に、
 ローリエが、思わず振り返ると。


 視界の中。

 フェルマータのすぐ横に。
 ヒュム種族の少女が立っていた――。



 その少女の表情と、瞳は、ローリエの顔を見た瞬間に。


 ぱぁ、と花が咲いたかのように、輝いて――。








 ――――。



 時は、幾日か前。

 
 一ノ瀬いちのせ由奈ゆなは。

 あれから数日間。
 貴重な時間をフルに使って、エルフ少女の行方を探っていた。

 実際の刑事や探偵の操作方法なども調べたけど。

 結局行き当たったのは、刑事捜査の方法を調べている時に、検索サイト上でみつけた、掲示板だった。


 そこに。
 上がっていた、

 【2NDW】情報交換スレ【VRG】
 
 というタイトルのスレッドに、由奈が探しているエルフとほぼ同じ特徴の人物を探している人が居たのだ。


 内容は以下の通り。

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー 
 とある人物のよく見かける場所を何でもいいから教えてくれ。
  
 特徴。
 性別は女で、ロリっぽい見た目。 
 髪色が、#fef263に近い三つ編みのチビエルフで、頭に花で出来たヘッドドレス的なやつをつけてる。
 服は、緑系で上が#316745よりちょっと黒に近い。下が、花弁みたいなスカートになってて#d4acadよりもうちょと薄かったかもしれん。
 で、靴下が、靴と一体化してて、色が#cee4ae←こんな感じだったかな。

 オレが見た時は、二股の黒い帽子を被った魔法使い風のヤツと、全身フルプレートのドワーフと一緒に居たが、その後が知りたい。
  
 ーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 それに対して。

 パンツの色の情報が足りてねえぞ。とか。
 ストーカーか? とか。
 理由は? とか。
 批判的だったり、懐疑的なコメントもあったが。

 中には。

 前、北部のシデ森付近で見た、とか。
 その森で、一人で戦ってるのよくみた、とか。
 シデ森近くの村で見た気がする、とか。

 有力な情報もちらほら上がっていて。
 
 さらには。
 
 そういえば最近、首都に新しくできた冒険者の宿に出入りしてるのをよく見る。
 ――という情報が寄せられていた。 
 同時に、書かれていた宿の名前は――『ミミズクと猫』

 


 由奈は、『コレだ!』

 と思った。



 だから、それから時間がある時に、ずっと『ミミズクと猫・亭』の前で、突っ立って張り込んでいたのだった。

 しかし、悉くローリエとのタイミングが合わずにいたのだ。
 ユナが行動できるのは主に習い事も宿題もすべてを片付け終わった、0時前後。
 普通の学生は寝ている時間のことも多く。
 ローリエがログアウトした後であることばかり。
 しかし、ローリエよりも深夜帯に割り込むことが多いフェルマータと、マナはユナのことを何度か目撃していた。
 

 それをフェルマータが毎度気にしていて。
 今回、たまたま早い時間帯に見かけたユナに声をかけた。

「ねえ、君? 数日前から度々このお店の前で見かけるけど、もしかして誰か待っているのかしら?」

「え? あ……。はい! ここに、これくらいの背の、緑の服を着たエルフさんが良く来るって聞いて」

「あぁ……」
 そこで、なるほど、これはローリエちゃんのお客様か、とフェルマータは思い。 
 
 今しがた、とうとう店内に連れてきたのだ


 ――――。



 というわけで。



「あの、私、ユナと言います。ローリエさん。もしよろしかったら、ぜひ私の先生になってくださいませんか?」
 

「せ、せん、せい!?」
 急な申し出に、驚くローリエ。

 そして、今しがた入店した、フェルマータのリア友が。
 

「え? 何?」 
 
 店の入り口でキョロキョロしていた――。
 
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