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第二百十六話 すべて壊すんだ
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とある日の真夜中、俺は久しぶりに睡眠をとるために自室にいた。俺は眠らなくても数カ月くらいは活動できるが、寝た方が効率が良くなるのは間違いない。いつもなら5分くらい眠れば十分だが、今日は張り切って1時間くらい眠るかな。
情報や物資の確保が上手くいっていることに安堵し、何カ月ぶりにパイプベッドに横になる。目を閉じて意識を手放そうとした。瞬間、
「ホウリ」
ベッドの傍から声を掛けられた。薄目を開けるとフランが神妙な顔で俺の顔を覗き込んでいた。
ベッドから体を起こし、フランを睨みつける。
「こんな夜中に何の用だ?」
「不機嫌じゃな?」
「寝ようとした時に起こされたら誰でも機嫌が悪くなると思うぞ?」
「それは済まなかったのう。お主が寝てる姿など見たことないから、寝てるとは思ってなかったわい」
「俺をなんだと思ってるんだよ。で、用はなんだ?」
俺が改めて用を訪ねると、フランがチラシを差し出してきた。
チラシを受け取ると、そこには「鳳生軒の新装開店セール」と書いていた。醬油ラーメンとか餃子とかが100Gくらい安くなるみたいだな。
「ラーメン屋のチラシだな。これがどうした?」
「今から行かぬか?」
「おやすみ」
再び布団を被ろうとした手をフランにガッチリと掴まれる。
「なんだよ。久しぶりにしっかりと寝たいんだよ」
「そんな事を言わずに一緒に行こうではないか」
「こんな時間にラーメン食ったら太るぞ」
「今日だけ、今日だけじゃから」
「そんなに行きたければ一人で行けば良いだろ」
「か弱い乙女だけじゃと恥ずかしいじゃろ?」
「もうツッコむ気も起きねえよ」
一刻も早く寝て、情報収集に戻りたいんだがな。
「俺は寝たい。行きたいなら一人で行け」
「連れないのう。一緒に行こうではないか」
「断る」
「連れないのう。一緒に行こうではないか」
「嫌だ」
「連れないのう。一緒に行こうではないか」
「しつこいぞ」
「連れないのう。一緒に行こうではないか」
「お前はゲームのNPCか!」
これは「はい」って言わないと進まないパターンだ。下手に断り続けるだけ時間の無駄だな。
「分かったよ。行けばいいんだろ」
「うむ、感謝するぞ」
「その代わり、出来るだけ早く帰るからな?」
「分かっておる。そうと決まればさっさと着替えるんじゃ」
「へいへい」
俺は掛布団を手にベッドから起き上がり、自分の全身が隠れるように掛布団を巻き上げる。
そして、シーツが落ちて俺の姿があらわになった時、俺は外出用の服に着替え終わっていた。
「おおー」
フランが目を丸くして小さく拍手をする。
「惚れ惚れする腕前じゃな。そこらの手品師よりも鮮やかじゃ」
「そりゃどうも。じゃあ行くぞ」
俺は気配で残りメンバーが自分の部屋にいることを確認し、こっそりと1階まで降りる。誰かに気付かれたら付いてくると言い出しかねないからな。
音を完全に殺しつつ俺たちは家を出る。
「このラーメン屋なら20分くらいで着くな」
「ならばさっさと行くぞ」
「お前の我儘だってことを忘れるなよ?」
ため息を吐きつつラーメン屋まで歩みを進める。深夜という事もあり、居住区であるこの辺りは人気が少ない。まるでこの街に俺達しかいないような錯覚に陥る。
まあ、ラーメン屋がある繁華街に行けばもっと人通りが増えるだろう。
「お主は何を食べる?」
「豚骨ラーメンと杏仁豆腐。フランは?」
「わしは同じものを大盛りで頼むか」
「食う事については何も言わないが、太った時は覚悟しろよ?」
「……普通盛りにしておくか」
「そうしておけ」
他愛のない会話をしながら俺たちはラーメン屋への道を歩む。
すると、会話は自然に劇の話になっていく。
「そういえば、38Pの5行目の件なんじゃが、あそこは抱き合った方が良いのではないか?」
「俺としては、まだそこまでの関係性じゃないと思うんだがな」
「その辺りは微妙じゃよな。ならば、他の行為で信頼関係を表現……」
フランの話を聞いていると、妙な匂いが鼻孔をくすぐった。何かが焦げるような、そんな匂いに俺は何が起こっているのか気が付く。
フランも気付いたのか口を閉じ右にある民家の屋根に跳んだ。俺も右腕に付いているワイヤー発射装置でフランを追いかける。
「俺が怪我人を救助するから、フランは消火を頼む!」
「了解じゃ!」
雷装を使いつつフランと共に高速で移動する。
100mほど進むと、2階建ての民家が黒煙をあげながら燃えているのが見えた。俺は酸素玉を口の中に放り込み、拳銃を頭上に向けて発砲した。
弾は空へと高く上がると、ポンという破裂音と共にキラキラと輝く煙をまき散らした。煙自体が光を放っているため、夜でも見えやすいようになっている。
この煙は火事が起こった合図だ。あと数分で消防団と救助隊が来るだろう。
「いくぞホウリ!」
「ああ!」
勢いをつけて民家の窓を蹴破る。勢いそのまま民家に入った俺は転がりながら勢いを殺す。フランはそのままの速度で1階まで降りていく。
ある程度、勢いが死んだところで、俺は起き上がって周りの様子を確認する。ここは2階の廊下、火元は恐らく1階のキッチンだが、煙がかなり籠っている。。間取りと時間を考慮すると、最短で救助するには……。
この家は親子3人家族の筈。まずは子供から助けた後に、親を救助しよう。
煙を少しでも排出するために、見える窓は全てパチンコ玉で割っていく。そして革手袋をつけて近くの扉から開ける。間取り的にここが子供部屋の筈だ。
最初の部屋は思った通り子供部屋で、ベッドにはノエルくらいの年の女の子が寝ていた。
俺は女の子を担ぐとドアノブにワイヤーを巻き付かせる。そして、窓を蹴破って家の外に脱出した。
「おい、大丈夫か?」
「うーん?」
庭に女の子を横たわらせると薄く目を開けた。意識はあるな。
「こ、ここは……ゲホッ!ゴホッ!」
「無理するな。これを口に含んで、鼻から息を吐くんだ」
酸素玉を口に含ませて、呼吸を安定させる。応急処置だが、これで大事には至らない筈だ。
「お、お父さんとお母さんは?」
心配そうに俯く女の子の頭を撫でて、俺は満面の笑みを作る。
「今から助けに行く。心配せずに待っておいてくれ」
「うん」
俺は軽く手を振って、ワイヤーを巻き取って再び家の中に侵入する。家の中は先ほどよりも温度が上がっていた。急ぐか。
ドアノブの傷や劣化具合を見て親の寝室に目星をつけ、一番奥の部屋を開ける。
すると、そこには一緒にベッドに寝ている夫婦がいた。ビンゴだ。
普通に担ぐのは厳しいから魔装を使って夫婦を担ぐ。そして、さっきと同じようにドアノブにワイヤーを巻き付けて、窓から家の外に出る。
夫婦を庭に寝かせるとさっきの女の子が心配そうに駆け寄ってきた。
「パパ!ママ!」
「大丈夫だ。2人とも生きている」
頬を軽く叩くと、2人とも目を覚ました。
「あれ?ここは?」
「なんで庭にいるんだ?」
「家が火事だったので、救助しました。消防団と救助隊が来ると思うので、後は指示に従ってください。もっとも、」
俺は家に視線を向ける。さっきまで漏れ出ていた黒煙はもう出ておらず、火も跡形もなく消えていた。
玄関からまるでお出かけに出るような優雅な足取りでフランが出て来る。
「首尾は?」
「全員助けた。そっちはどうだ?」
「被害はキッチンだけじゃな。火が回り切る前に消火が出来て良かったわい」
「そうか。なら行くか」
「うむ」
「あの!」
俺達が去ろうとすると、父親が勢いよく立ち上がった。
「ありがとうございました!」
俺達は軽く手を振る事で答えて、その場を後にした。
数分歩き、火事の家が見えなくなったところで、フランは大きく息を吐いた。
「ふぅ、危ない所じゃったな」
「だな」
あのままだと全員死んでたかもしれない。本当に助けられて良かった。
「じゃが、ラーメン屋からは遠ざかってしまったな」
「まだ閉店まで時間があるだろ?」
「売り切れになる可能性があるじゃろ。また屋根を走れば早く着くのではないか?」
「緊急時以外は違法だ。諦めてゆっくり行こうぜ」
「そうか。残念じゃ」
残念そうな顔をして、フランはとぼとぼ歩く。最高速で行けば数秒で着くんだが、それだと危険だからな。散歩がてら歩いて向かおう。
「それにしても、深夜に出かけた時に火事に遭遇するとはのう」
「珍しい事もあるものだよな」
「まあ、もう邪魔はないじゃろ」
「あんなことが複数起こってたまるか」
「そうじゃよな。はっはっは」
「はっはっは……はぁ」
陽気に笑っていた俺はとある物を見てため息を吐く。
不思議に思ったフランは俺の視線を追い、同じようにため息を吐いた。
そこには民家の窓から出ていく風呂敷を担いだ泥棒の姿があった。顔はご丁寧に風呂敷で隠している。
「……フランは先回りしてくれ。俺が仕留める」
「……分かった」
フランは屋根を伝って泥棒の前まで移動する。俺は音を立てずに泥棒に接近する。この暗さだ。音を立てなければかなりの距離まで接近できるはずだ。
俺はのこり100mという所で手を叩いてわざと接近を明かす。
俺に気付いた泥棒は案の定、ビックリして逃げようとする。だが、
「悪いが、ここから先は一方通行じゃ」
「ひえ!?」
既に先回りしていたフランを見て、泥棒は動きを止める。
その隙に雷装で一気に距離を詰めて、腹に拳をめり込ませる。
「ごふっ……」
泥棒は声を上げることも出来ずにその場に倒れこんだ。ワイヤーで泥棒の手と足を縛って完全に拘束する。
「そろそろパトロールしている憲兵が来る時間だ。引き渡して後は任せよう」
「じゃな。それにしても……」
フランは足元で白目を剥いている泥棒に視線を向ける。
「なんで立て続けに事件に遭遇するんじゃろうな」
「そんな日もあるさ。ロボットに殺されそうなときもあるし、核ミサイルの発射ボタンが押されようとする所に出くわす時もある。人生はそんなものだ」
「それはお主だけじゃと思うぞ?」
そんな会話をしていると、パトロールをしている憲兵がやってきた。
事情を話して泥棒を引き取ってもらい、今度こそラーメン屋まで歩く。
「さっきの泥棒、絵にかいたような泥棒じゃったよな」
「小太りで風呂敷持って、口の周りにひげ生やしてたな。クラシックスタイルすぎるだろ」
「あんな奴、わし一人でもどうにかなったんじゃがな」
「フランはやりすぎることがあるからダメだ。似たようなことがあったら、可能な限りおれが対処する」
「まあ、もうないじゃろ」
「そうだな。万が一にでも事件に出会わない様に、さっさとラーメン屋に……」
≪きゃあああああ!≫
進行方向とは逆から叫び声が聞こえ、俺達はげんなりする。
「……行くか」
「……うむ」
☆ ☆ ☆ ☆
「あ゛あ゛あ゛あ゛!時間、閉店時間まであと少ししかないぞ!」
「なんで今夜に限って火事、泥棒、ストーカー、銀行強盗、見世物小屋の魔物の脱走が立て続けに起きるんじゃ!お主、呪われておるのではないか!?」
「フランこそ呪われてるんじゃねぇのか!?」
俺は決着がつかない不毛な争いをしながらラーメン屋までの道を爆走していた。
あの後、いくつもの事件に遭遇した俺たちは全部解決した。解決までの時間は全部で1時間くらいだったが、場所が全てラーメン屋から離れる所で起きており、当初の移動距離からかなり長くなってしまった。
フランの言う通り、一晩でこんなに事件が起きるなんて普通じゃねえ。ラーメン食ったら徹底的に調べてやる。
雷装を使ってMPポーションも飲みつつ、最速の道順でラーメン屋まで急ぐ。
え?ラーメン食べたそうにしてなかったのに必死過ぎるだって?ここまで来たら意地だ。絶対にラーメン食ってやる!
「あの角を曲がればすぐの筈だ!」
「ならば行くぞ!」
地面との摩擦から生じた焦げ臭いをまき散らしながら俺たちは角を曲がる。すると、店員さんが鳳生軒と書かれた暖簾を仕舞おうとしていた。
「「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」」
「うぇ!?」
物凄い速度と形相で走ってくる俺達を見て、店員さんがギョッとする。
なんとかブレーキをかけて、鳳生軒の前にたどり着いた俺たちは息を調えながら、店員さんの肩を掴む。
「まだやってますか!」
「丁度閉める所で……」
「そこを何とかしてくれ!頼む!」
「わ、わかりました。店長に聞いてみます」
俺達の気迫に押された店員さんは店の中へと入ってく。
そして、店から出て来た店員さんは笑顔で手招きしてきた。
「特別に作ってくれるそうです」
「恩に着る!」
俺達は店の中に入り、カウンター席を陣取る。
「注文は?」
タオルを頭にまいた厳つい店長に俺たちは指を突き付ける。
「「ラーメン二つ!」」
情報や物資の確保が上手くいっていることに安堵し、何カ月ぶりにパイプベッドに横になる。目を閉じて意識を手放そうとした。瞬間、
「ホウリ」
ベッドの傍から声を掛けられた。薄目を開けるとフランが神妙な顔で俺の顔を覗き込んでいた。
ベッドから体を起こし、フランを睨みつける。
「こんな夜中に何の用だ?」
「不機嫌じゃな?」
「寝ようとした時に起こされたら誰でも機嫌が悪くなると思うぞ?」
「それは済まなかったのう。お主が寝てる姿など見たことないから、寝てるとは思ってなかったわい」
「俺をなんだと思ってるんだよ。で、用はなんだ?」
俺が改めて用を訪ねると、フランがチラシを差し出してきた。
チラシを受け取ると、そこには「鳳生軒の新装開店セール」と書いていた。醬油ラーメンとか餃子とかが100Gくらい安くなるみたいだな。
「ラーメン屋のチラシだな。これがどうした?」
「今から行かぬか?」
「おやすみ」
再び布団を被ろうとした手をフランにガッチリと掴まれる。
「なんだよ。久しぶりにしっかりと寝たいんだよ」
「そんな事を言わずに一緒に行こうではないか」
「こんな時間にラーメン食ったら太るぞ」
「今日だけ、今日だけじゃから」
「そんなに行きたければ一人で行けば良いだろ」
「か弱い乙女だけじゃと恥ずかしいじゃろ?」
「もうツッコむ気も起きねえよ」
一刻も早く寝て、情報収集に戻りたいんだがな。
「俺は寝たい。行きたいなら一人で行け」
「連れないのう。一緒に行こうではないか」
「断る」
「連れないのう。一緒に行こうではないか」
「嫌だ」
「連れないのう。一緒に行こうではないか」
「しつこいぞ」
「連れないのう。一緒に行こうではないか」
「お前はゲームのNPCか!」
これは「はい」って言わないと進まないパターンだ。下手に断り続けるだけ時間の無駄だな。
「分かったよ。行けばいいんだろ」
「うむ、感謝するぞ」
「その代わり、出来るだけ早く帰るからな?」
「分かっておる。そうと決まればさっさと着替えるんじゃ」
「へいへい」
俺は掛布団を手にベッドから起き上がり、自分の全身が隠れるように掛布団を巻き上げる。
そして、シーツが落ちて俺の姿があらわになった時、俺は外出用の服に着替え終わっていた。
「おおー」
フランが目を丸くして小さく拍手をする。
「惚れ惚れする腕前じゃな。そこらの手品師よりも鮮やかじゃ」
「そりゃどうも。じゃあ行くぞ」
俺は気配で残りメンバーが自分の部屋にいることを確認し、こっそりと1階まで降りる。誰かに気付かれたら付いてくると言い出しかねないからな。
音を完全に殺しつつ俺たちは家を出る。
「このラーメン屋なら20分くらいで着くな」
「ならばさっさと行くぞ」
「お前の我儘だってことを忘れるなよ?」
ため息を吐きつつラーメン屋まで歩みを進める。深夜という事もあり、居住区であるこの辺りは人気が少ない。まるでこの街に俺達しかいないような錯覚に陥る。
まあ、ラーメン屋がある繁華街に行けばもっと人通りが増えるだろう。
「お主は何を食べる?」
「豚骨ラーメンと杏仁豆腐。フランは?」
「わしは同じものを大盛りで頼むか」
「食う事については何も言わないが、太った時は覚悟しろよ?」
「……普通盛りにしておくか」
「そうしておけ」
他愛のない会話をしながら俺たちはラーメン屋への道を歩む。
すると、会話は自然に劇の話になっていく。
「そういえば、38Pの5行目の件なんじゃが、あそこは抱き合った方が良いのではないか?」
「俺としては、まだそこまでの関係性じゃないと思うんだがな」
「その辺りは微妙じゃよな。ならば、他の行為で信頼関係を表現……」
フランの話を聞いていると、妙な匂いが鼻孔をくすぐった。何かが焦げるような、そんな匂いに俺は何が起こっているのか気が付く。
フランも気付いたのか口を閉じ右にある民家の屋根に跳んだ。俺も右腕に付いているワイヤー発射装置でフランを追いかける。
「俺が怪我人を救助するから、フランは消火を頼む!」
「了解じゃ!」
雷装を使いつつフランと共に高速で移動する。
100mほど進むと、2階建ての民家が黒煙をあげながら燃えているのが見えた。俺は酸素玉を口の中に放り込み、拳銃を頭上に向けて発砲した。
弾は空へと高く上がると、ポンという破裂音と共にキラキラと輝く煙をまき散らした。煙自体が光を放っているため、夜でも見えやすいようになっている。
この煙は火事が起こった合図だ。あと数分で消防団と救助隊が来るだろう。
「いくぞホウリ!」
「ああ!」
勢いをつけて民家の窓を蹴破る。勢いそのまま民家に入った俺は転がりながら勢いを殺す。フランはそのままの速度で1階まで降りていく。
ある程度、勢いが死んだところで、俺は起き上がって周りの様子を確認する。ここは2階の廊下、火元は恐らく1階のキッチンだが、煙がかなり籠っている。。間取りと時間を考慮すると、最短で救助するには……。
この家は親子3人家族の筈。まずは子供から助けた後に、親を救助しよう。
煙を少しでも排出するために、見える窓は全てパチンコ玉で割っていく。そして革手袋をつけて近くの扉から開ける。間取り的にここが子供部屋の筈だ。
最初の部屋は思った通り子供部屋で、ベッドにはノエルくらいの年の女の子が寝ていた。
俺は女の子を担ぐとドアノブにワイヤーを巻き付かせる。そして、窓を蹴破って家の外に脱出した。
「おい、大丈夫か?」
「うーん?」
庭に女の子を横たわらせると薄く目を開けた。意識はあるな。
「こ、ここは……ゲホッ!ゴホッ!」
「無理するな。これを口に含んで、鼻から息を吐くんだ」
酸素玉を口に含ませて、呼吸を安定させる。応急処置だが、これで大事には至らない筈だ。
「お、お父さんとお母さんは?」
心配そうに俯く女の子の頭を撫でて、俺は満面の笑みを作る。
「今から助けに行く。心配せずに待っておいてくれ」
「うん」
俺は軽く手を振って、ワイヤーを巻き取って再び家の中に侵入する。家の中は先ほどよりも温度が上がっていた。急ぐか。
ドアノブの傷や劣化具合を見て親の寝室に目星をつけ、一番奥の部屋を開ける。
すると、そこには一緒にベッドに寝ている夫婦がいた。ビンゴだ。
普通に担ぐのは厳しいから魔装を使って夫婦を担ぐ。そして、さっきと同じようにドアノブにワイヤーを巻き付けて、窓から家の外に出る。
夫婦を庭に寝かせるとさっきの女の子が心配そうに駆け寄ってきた。
「パパ!ママ!」
「大丈夫だ。2人とも生きている」
頬を軽く叩くと、2人とも目を覚ました。
「あれ?ここは?」
「なんで庭にいるんだ?」
「家が火事だったので、救助しました。消防団と救助隊が来ると思うので、後は指示に従ってください。もっとも、」
俺は家に視線を向ける。さっきまで漏れ出ていた黒煙はもう出ておらず、火も跡形もなく消えていた。
玄関からまるでお出かけに出るような優雅な足取りでフランが出て来る。
「首尾は?」
「全員助けた。そっちはどうだ?」
「被害はキッチンだけじゃな。火が回り切る前に消火が出来て良かったわい」
「そうか。なら行くか」
「うむ」
「あの!」
俺達が去ろうとすると、父親が勢いよく立ち上がった。
「ありがとうございました!」
俺達は軽く手を振る事で答えて、その場を後にした。
数分歩き、火事の家が見えなくなったところで、フランは大きく息を吐いた。
「ふぅ、危ない所じゃったな」
「だな」
あのままだと全員死んでたかもしれない。本当に助けられて良かった。
「じゃが、ラーメン屋からは遠ざかってしまったな」
「まだ閉店まで時間があるだろ?」
「売り切れになる可能性があるじゃろ。また屋根を走れば早く着くのではないか?」
「緊急時以外は違法だ。諦めてゆっくり行こうぜ」
「そうか。残念じゃ」
残念そうな顔をして、フランはとぼとぼ歩く。最高速で行けば数秒で着くんだが、それだと危険だからな。散歩がてら歩いて向かおう。
「それにしても、深夜に出かけた時に火事に遭遇するとはのう」
「珍しい事もあるものだよな」
「まあ、もう邪魔はないじゃろ」
「あんなことが複数起こってたまるか」
「そうじゃよな。はっはっは」
「はっはっは……はぁ」
陽気に笑っていた俺はとある物を見てため息を吐く。
不思議に思ったフランは俺の視線を追い、同じようにため息を吐いた。
そこには民家の窓から出ていく風呂敷を担いだ泥棒の姿があった。顔はご丁寧に風呂敷で隠している。
「……フランは先回りしてくれ。俺が仕留める」
「……分かった」
フランは屋根を伝って泥棒の前まで移動する。俺は音を立てずに泥棒に接近する。この暗さだ。音を立てなければかなりの距離まで接近できるはずだ。
俺はのこり100mという所で手を叩いてわざと接近を明かす。
俺に気付いた泥棒は案の定、ビックリして逃げようとする。だが、
「悪いが、ここから先は一方通行じゃ」
「ひえ!?」
既に先回りしていたフランを見て、泥棒は動きを止める。
その隙に雷装で一気に距離を詰めて、腹に拳をめり込ませる。
「ごふっ……」
泥棒は声を上げることも出来ずにその場に倒れこんだ。ワイヤーで泥棒の手と足を縛って完全に拘束する。
「そろそろパトロールしている憲兵が来る時間だ。引き渡して後は任せよう」
「じゃな。それにしても……」
フランは足元で白目を剥いている泥棒に視線を向ける。
「なんで立て続けに事件に遭遇するんじゃろうな」
「そんな日もあるさ。ロボットに殺されそうなときもあるし、核ミサイルの発射ボタンが押されようとする所に出くわす時もある。人生はそんなものだ」
「それはお主だけじゃと思うぞ?」
そんな会話をしていると、パトロールをしている憲兵がやってきた。
事情を話して泥棒を引き取ってもらい、今度こそラーメン屋まで歩く。
「さっきの泥棒、絵にかいたような泥棒じゃったよな」
「小太りで風呂敷持って、口の周りにひげ生やしてたな。クラシックスタイルすぎるだろ」
「あんな奴、わし一人でもどうにかなったんじゃがな」
「フランはやりすぎることがあるからダメだ。似たようなことがあったら、可能な限りおれが対処する」
「まあ、もうないじゃろ」
「そうだな。万が一にでも事件に出会わない様に、さっさとラーメン屋に……」
≪きゃあああああ!≫
進行方向とは逆から叫び声が聞こえ、俺達はげんなりする。
「……行くか」
「……うむ」
☆ ☆ ☆ ☆
「あ゛あ゛あ゛あ゛!時間、閉店時間まであと少ししかないぞ!」
「なんで今夜に限って火事、泥棒、ストーカー、銀行強盗、見世物小屋の魔物の脱走が立て続けに起きるんじゃ!お主、呪われておるのではないか!?」
「フランこそ呪われてるんじゃねぇのか!?」
俺は決着がつかない不毛な争いをしながらラーメン屋までの道を爆走していた。
あの後、いくつもの事件に遭遇した俺たちは全部解決した。解決までの時間は全部で1時間くらいだったが、場所が全てラーメン屋から離れる所で起きており、当初の移動距離からかなり長くなってしまった。
フランの言う通り、一晩でこんなに事件が起きるなんて普通じゃねえ。ラーメン食ったら徹底的に調べてやる。
雷装を使ってMPポーションも飲みつつ、最速の道順でラーメン屋まで急ぐ。
え?ラーメン食べたそうにしてなかったのに必死過ぎるだって?ここまで来たら意地だ。絶対にラーメン食ってやる!
「あの角を曲がればすぐの筈だ!」
「ならば行くぞ!」
地面との摩擦から生じた焦げ臭いをまき散らしながら俺たちは角を曲がる。すると、店員さんが鳳生軒と書かれた暖簾を仕舞おうとしていた。
「「ちょっと待ったぁぁぁぁ!」」
「うぇ!?」
物凄い速度と形相で走ってくる俺達を見て、店員さんがギョッとする。
なんとかブレーキをかけて、鳳生軒の前にたどり着いた俺たちは息を調えながら、店員さんの肩を掴む。
「まだやってますか!」
「丁度閉める所で……」
「そこを何とかしてくれ!頼む!」
「わ、わかりました。店長に聞いてみます」
俺達の気迫に押された店員さんは店の中へと入ってく。
そして、店から出て来た店員さんは笑顔で手招きしてきた。
「特別に作ってくれるそうです」
「恩に着る!」
俺達は店の中に入り、カウンター席を陣取る。
「注文は?」
タオルを頭にまいた厳つい店長に俺たちは指を突き付ける。
「「ラーメン二つ!」」
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生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!
お好み焼き
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……。
…………。
「レオくぅーん!いま会いに行きます!」
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