魔王から学ぶ魔王の倒し方

唯野bitter

文字の大きさ
上 下
215 / 346

第百七十九話 笑顔が絶えない楽しい職場です

しおりを挟む
 俺は柔道着に身を包み道場に立っていた。向かい立つは同じく道着を着たプディがいた。
 プディは闘技大会の2回戦で戦った格闘家だ。受けたダメージの8割を自分の中にため込むスキルを持っている。ため込んだダメージは攻撃のときに開放することで強力な一撃が繰り出せる。そんな強力なスキルを持っている。
 なぜそんなプディと対面しているのかというと、闘技大会が終わった後に師匠になって欲しいと頼まれたからだ。どうやら、俺に何かを感じたらしい。そんな訳で、師匠になった俺は時折プディに指導をしている訳だ。
 だが、組手に誘われたのは初めてだ。何かあったのか?
 プディは目を閉じて大きく息を吐くと、構えて目を鋭くする。


「行きますよ。師匠」
「どこからでも来い」


 俺は特に構えずにプディと対面する。俺とプディの間に刺すような緊張感が漂う。


「……はぁ!」


 瞬間、プディが走り出し俺との距離を詰めてくる。


「せりゃ!」


 俺はプディの鋭い拳をギリギリで躱しクロスカウンターを差し込む。


「甘いな」
「くっ……」


 顔面に拳を受けたプディ後ろに飛んで距離を取ろうとする。
 俺は後ろに飛ぼうとしたプディの足に自分の足を引っ掛ける。


「きゃあ!」


 予測していなかった妨害を受け、尻餅をついて派手に転んだ。そのスキを見逃さず、プディの首筋に向かってつま先で刺すように蹴りを繰り出す。
 プディは反射的に拳で蹴りに軌道を反らせる。


「そう来るよな」


 俺は跳躍して逆側の足でプディの後頭部を蹴る。


「うぐ!」


 思わぬ衝撃を受けプディの視界は一瞬利かなくなっただろう。その隙にプディを倒してマウントポジションを取る。両腕は足で挟んで動かないようにする。
 俺はプディに拳を突きつけながら聞く。


「さて、ここからどうする?」
「……今の私にはどうにもなりません。参りました」


 その言葉を聞いた俺はプディから降りる。


「技のキレは良いが、立ち回りが良くないな」
「もっと精進します。ありがとうございました」


 プディが恭しく頭を下げる。スターダストのメンバーもプディの1割くらいは敬いの心を持って欲しいものだ。
 俺は乱れた道着を直しながらプディに気になっていた事を聞く。


「それで?なんで急にスキル無しの組み手をやろうって言いだしたんだ?」
「私が知る限り、師匠以上に武芸に長けた人はいません。そんな師匠と組み手をしたいというのは可笑しいでしょうか?」
「それも理由だろうな。だが、他にも言いたい事があるんだろ?」


 プディの表情を見るに何かを隠しているのは明らかだ。さっきの組手もあまり気合が入っていなかったし、組み手以外の目的があると見ていいだろう。


「……バレましたか。師匠に隠し事は出来ませんね」


 プディは恥ずかしそうにモジモジと手を絡ませる。心なしかピンク色の気配がプディから漂っている気がする。
 武道一辺倒と思っていたが、意外と乙女な部分もあるのか?


「で、なんだ?早く言えよ」
「じ、実は気になる人がいまして……」
「気になる人?」
「はい。ステル・ナタって言う人なんですけど」
「ああ、あいつか」


 ステルは俺が闘技大会の一回戦で戦った相手だ。体を獣に変えて強力な一撃を繰り出す獣人族だ。俺と戦った時はマタタビエキスで完封したが、普通に戦うとなると苦戦は必死だろう。


「風の噂で聞いたんだが、王都襲撃の時に一緒に戦ったんだよな?」
「はい。その時に見たステルさんの戦う姿が頭から離れなくって……」


 プディは恥ずかしそうに顔を背ける。なるほど、そう言う事ね。


「分かった、連絡してみよう」
「本当ですか!」
「ただし、会えるかの保証は出来ないぞ?それで良いんだったら連絡してみよう。どうだ?」
「ぜひお願いします!」


 ステルは放浪の旅をしているから、連絡が取れるかも分からない。だが、最近王都で目撃証言があるし、確認してみる価値はあるだろう。


「結果は明日連絡する」
「分かりました!お願いします!」


 そう言うと、プディは興奮した様子で正拳突きを始める。ステルとの対面が待ちきれないと言った様子だ。
 俺はプディの邪魔にならないように、静かに道場を出ることにした。
 

☆   ☆   ☆   ☆


 次の日、俺はプディと一緒に噴水前で捨てると待ち合わせをしていた。
 あの後ステルと連絡をした所、丁度王都から出発しようとしていた所だった。あと少しでも声を掛けるのが遅れていたら今日会う事は出来なかっただろう。こればかりは運が良かったという他無い。


「ど、どうですか師匠?変じゃありませんか?」


 プディが自信が来ている服を摘まみながら、この日何回目か分からない質問を投げかけてくる。
 プディはいつもの道着ではなく、薄手のシャツにホットパンツと言ったオシャレな服だった。髪は後ろで結んでポニーテールにしている。
 ボーイッシュなのは本人の好みだろうか?


「可笑しくねぇよ。自信持てって」
「そうですか?」


 俺の言葉が信じられないのか、何度も自分の洋服を確認するプディ。さっきからこれの繰り返しだ。不安なのはわかるがもう少し落ち着いて欲しいものだ。


「ねえ師匠、本当に……」
「来たぞ」


 プディの質問を遮って、通りの向こうを指さす。プディが俺が指さす方向を見ると、そこにはズダ袋を持ったステルがいた。
 ステルは俺達が見えないのか、辺りをキョロキョロと見渡している。ステルは周りの奴らよりも背が高いから見つけやすいが、あっちはこちらを見つけにくいだろうな。


「おーい!ステルー!」


 大声で手を振ると、ステルはこちらに気が付いたのか手を大きく振り返してきた。


「そこにいたか!見つけられなかったぞ!」


 人込みを物ともせず、こちらに突進してくるステル。


「あっはっは!待たせたなホウリ!今日は何の用だ?」
「その前に周りの人の迷惑を考えろ。かなりぶつかってたぞ?」
「あ、すまん」
「俺じゃなくて周りの人達に謝ってこい」
「……そうだな」


 ステルがぶつかった人たちに頭を下げる。
 ステルは大体の人に謝った後に俺達に向き直る。


「ふぅ、それで何の用だ?」
「用があるのは俺じゃなくてプディだ。昨日言っただろ?」
「お?そうだったか?」


 ステルは首を傾げた後に豪快に笑う。こいつは戦闘以外でも頭を回して欲しいものだ。
 ひとしきり笑った後、ステルはプディへと視線を向ける。すると、何か気が付いたのかステルがプディの顔をマジマジと見つめ始めた。


「お前、どこかで会ったか?」
「あの……王都襲撃の時に……」
「ああ!あの時の!」


 ようやく思い出したのか、ステルが手をポンと叩く。


「なるほどな、どおりで見覚えがあると思ったんだ」
「一緒に戦った奴の顔を忘れるのかよ」
「それはあれだ。偶々という奴だ」
「ハァ……」


 こいつマジかよ。


「もういいか。で、プディ。こいつに言いたい事があるんだろ?早く伝えたらどうだ?」
「ひぃん……」


 俺の後ろに隠れているプディを強引に前に出す。
 プディは昨日のようにモジモジと指を絡ませた。


「あの……えっと……」
「言いたい事があるなら早く言え。会いたいって言ったのはオマエだろ?」
「わ、わかりました」


 プディは大きく深呼吸すると、ステルを真っすぐと見つめた。


「ステルさん!」
「なんだ?」


 プディは頭を下げながらステルに手を差し出しながら叫ぶ。


「私と戦ってください!」



☆   ☆   ☆   ☆



 ステルとプディが道場の外で睨みあっている。
 うん、確かに予想はしてたよ?プディに強くなる以外の欲求があるとは思えないし。でもさ、ちょっとでも可能性があるなら見てみたいじゃん?その期待は淡くも消え去ったわけだけど。
 プディの服?動きやす用な奴を適当に選んだらしいぜ?


「なあ、本当にやるのか?」
「勿論だ!俺も襲撃の時からプディと手合わせしたいと思っていたのだ!」
「忘れてた癖に良く言うよ」
「私も、一目あった時から戦ってみたいと思ってたんです!」
「脳筋どもが」


 なぜか審判を頼まれた俺は2人の間に入る。引き受けたからにはちゃんとやる。


「スキルありでどっちかが戦闘不能になるまで戦闘は続行される。異論はないか?」
「無い!」
「ありません!」
「了解。じゃあ構えろ」
「分かりました」


 プディが拳を構え目を鋭くする。そんなプディをステルは面白そうに眺めている。


「前にあった時よりも力を付けたな。これならば最初から本気でいってもいいだろう。グアアアアア!」


 ステルが吠え、その体を強靭な獅子へと変貌させる。
 完全に獅子になったステルは楽しそうに笑いながら口を開く。


「さあ行くぞ!プディ!」
「はい!」


 プディとステルが同時に駆け出す。


「はあああああ!」
「グルアア!」


 プディの正拳突きをステルが額で受け止める。
 獣人族の額は鉄よりも固い。そんな額に正拳突きをしようものなら拳が潰れてしまうだろう。しかし、プディにはダメージを溜めるスキルと自動回復がある。痛みはあるだろうが、次の一撃は大きくなるはずだ。
 プディは正拳突きを受け止められてからもステルに猛攻を仕掛ける。蹴り、突き、投げ、掌底、使える技を全てステルにぶつけていく。
 対するステルは持ち前の敏捷性を生かして、プディの攻撃を回避する。全てが回避できる訳じゃないが、致命的な一撃は受けていない。


「状況は五分五分だな」


 どちらもダメージは受けてない。勝負は本命を当てるかどうかにかかっている。
 膠着状態が続く中、先に動いたのはステルだった。


「グワア!」


 プディが放った突きに合わせるように、伸びきった腕に噛みつく。流石のプディも痛みに顔を歪めた。


「くぅ……」
「グルルルル」


 唸り声を上げながら、ステルが噛む力を強くする。骨が軋む音がこちらまで聞こえてくる。


「ううう……まだ!」


 痛みで顔を歪めながらもプディはスキルを使って片手でステルの顎を殴る。


「ぐわあ!」


 流石のステルも耐えきれなかったのか、プディの腕から離れた。


「……やるな」
「ステルさんもやりますね」


 鮮血が滴る腕を抑えながらステルが笑う。傷口は少しずつ塞がってきているが、ダメージをカバーしきれていない。だが、ダメージを軽減してあの傷なら、スキルで溜まっているダメージも相当な筈だ。
 あれを当てられればステルの勝ち、外せばステルの勝ちだ。
 普通に考えれば敏捷性で優っているステルに分がある。だが、ステルの性格上……


「はっはっは!いいぞ!力比べといこうか!」


 そう言ってステルは後ろ脚に力を籠める。そして、ステルの体が白く光っていった。


「俺の全力をぶつける!プディも全てをぶつけてこい!」
「分かりました!」


 プディは大きく息を吐くと、正拳突きの構えを取る。すると、プディの腕が眩しく輝き始めた。
 2人の光が大きくなりついには直視が難しい程の輝きを放つ。俺は用意していたサングラスを付け2人の決着を見届ける。


「いくぞ!」
「はい!」


 2つの光が衝突し、凄まじい衝撃と轟音が辺りに響く。


「「はあああああ!」」


 2人の叫びが木霊し、それぞれの全力がぶつかり合う。
 そして、光が徐々に小さくなっていきサングラスが必要無い位までになる。
 俺がサングラスを取ると、プディと獣化が解けたステルが地面に大の字で倒れていた。


「おーい、大丈夫か?」


 2人に声をかけるが返事はない。しばらく様子を見ていると2人が笑い始めた。


「くふふ……」
「ははは……」


 小さかった笑い声は徐々に大きくなっていく。



「あははははは!」
「はっはっはっはっは!」


 2人の笑い声は済んだ青空に吸い込まれていく。
 これは引き分けだな。
しおりを挟む

処理中です...