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第百七十六話 俺からすればまだ地味すぎるぜ

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 とある日の朝、わしはいつも通り朝食を摂る為にリビングに降りていった。じゃが、その足取りは今までと比べると重くなっておる。
 その理由は簡単、ロワとミエル、そしてノエルが朝早くから仕事と学校に出かけておる故に朝食を一人で摂らねばならぬからじゃ。
 最初の内は新鮮で悪くないと思っておったが、1週間も経つと虚しさの方が大きくなる。
 ふと窓を見ると雲一つない青空が見える。本来であれば気分も晴れやかになるじゃろうが、今のわしには眩し過ぎる。


「そういえば、ホウリと出会う前は飯は一人で食うのが当たり前じゃったか。今は誰かと食うのが当たり前になったのう」


 当たり前を失う事がこんなに辛いとはのう。重い足を引きずってリビングに入る。すると、珍しいことにリビングに人がおった。


「ホウリ?」
「おはようさん、遅かったな」
「おはようじゃ」


 ホウリが新聞から目を離して挨拶をしてくる。
 珍しいこともある物じゃと思い、わしは席に着く。すると、ホウリはキッチンに向かい、パンとコーヒーと持ってきた。


「ロワが焼いたパンがあるぞ」
「うむ、いただくとしよう」
「というか、起きるの遅くないか?もう昼前だぞ?」
「ギリギリ朝じゃから問題ないじゃろ」


 パンを口に運びコーヒーを飲む。いつもと同じメニューじゃが、ホウリがいるおかげかいつもより美味しく感じる。やはり誰と食べるかも大事なんじゃな。
 わしはしみじみとパンを噛みしめながら気になっていた事を聞く。


「それで、何かわしに用か?」
「藪から棒にどうした?」
「普段は滅多に帰ってこないお主が、今朝は呑気に新聞を読んでおる。何かあるのは明白じゃろ」
「流石にバレたか」


 ホウリが苦笑しながら新聞を畳む。態度から見るに隠すつもりは無かったみたいじゃな。
 パンを食べ終えたわしはコーヒーで一服しながらホウリの答えを待つ。ホウリは新聞を脇に除けて、わしを真っすぐと見つめてくる。


「フラン」
「なんじゃ?」
「これからデートしないか?」
「ブゥゥゥゥ!」


 思いがけない言葉に含んでいたコーヒーを思いっきり噴き出す。


「ゲホッゴホッ……」
「大丈夫か?」


 新聞紙でコーヒーをガードしたホウリが不思議そうな顔をする。ちゃっかりとガードしている所を見るにわしの反応は想定内といった所か。
 ホウリの態度にムカつきつつも、呼吸を整える。


「それで?急に何言いだすんじゃ?」
「オダリムにいた時は、よく2人で出かけてただろ?最近は2人で出かける機会もないしどうかと思ってな」


 確かに最近は2人で出かける事もめっきり減った。そう言う意味では納得できる理由ではある。


「じゃが、デートという表現はどうなんじゃ。わしらが恋人みたいではないか」
「まあ、細かい事は気にするな。要は一緒に出掛けようぜって事だ」
「それならそうと言わんかい」


 机に飛び散ったコーヒーをふき取りながらホウリを睨みつける。その様子を見たホウリが笑いながらコーヒーまみれの新聞をゴミ箱に捨てる。


「からかいおって……」
「悪い悪い」


 全く悪いと思っていない様子のホウリを見て溜息を吐く。
 まあ、わしも大人じゃしこんな事は根に持たん。それよりもホウリには聞いておきたい事がある。


「それで?何を企んでおるんじゃ?」
「人聞きが悪いな?そんなに俺の事が信用できないか?」
「勿論じゃ」
「即答かよ」


 わしがノータイムで答えるとホウリが苦笑する。


「俺ってそんなに信用無いか?最近は騙したりとかしてないだろ?」
「お主は油断している所に付け込んでくるじゃろ?前科がある分、警戒するのは当然じゃ」
「そう言われると言葉が無いな」


 ホウリは困ったように頭を掻く。


「俺はただフランと出かけたいだけなんだよ」
「本当かのう?まだ、怪しい壷を売りつけてくる霊媒師の方が信用出来るぞ?」
「詐欺師以下の信頼度かよ……」


 ホウリが顔を手で押さえて落ちこんでおる。仕返しにしてはやり過ぎたかのう?


「本当に何も企んでないのか?」
「無い。単純にお前と出かけたいだけだ」


 ホウリが人差し指で小さく×を作る。なるほどのう。


「分かった、今回だけは信用しようではないか」
「サンキュー。お礼に好きな事させてやるよ。何がいい?」


 ホウリの言葉にわしは少し考える。無茶苦茶な要求も出来るが、ホウリなら叶えかねない。本音を言えば、あこがれの劇団の人と生で会ってみたいが、無理をして迷惑になってはかなわん。ここは無難な事でも言っておくか。


「そうじゃなー、上手いスイーツでも食わせてくれ」
「オッケー、今日くらいは好きに食ってもいいぜ」
「本当か?」
「ああ」


 ホウリの言葉にわしは目を丸くする。今までは少しでも炭水化物を摂ったら猛烈に怒ってしたくせに、今日はやけに優しい。何か企んでおらんかったとしても、かなり不気味じゃ。


「良いのか?」
「カロリーが高くなりすぎないようにするから大丈夫だ」
「その辺りも考えておるのか」


 無制限で食べられる訳ではないと聞き、胸を撫でおろす。そこまで好き勝手出来る訳じゃないみたいじゃな。


「他に質問はあるか?無いなら出かけるぞ」
「ちょっと待て」
「何かあるのか?」


 わしは思いついた事を試しに言ってみる。


「家からは別々に出発せんか?」
「急にどうしたんだ?」
「デートと言えば待ち合わせじゃろ?別々に出て広場で待ち合わせんか?」
「デートじゃないって言ってなかったか?」
「やるならば徹底した方が面白いじゃろ?」
「一理あるな。俺が先に出るから1時間後に広場の時計台前で待ち合わせで良いか?」
「良いぞ。わしは洋服でも選んでおくわい」


 ホウリは軽く手を挙げて家を出ていく。さて、そうと決まればわしも服を選ぶとするか。


☆   ☆   ☆   ☆


 1時間と5分後、わしらは約束の場所である時計台で無事に合流していた。
 ホウリも先ほどの服装までとは異なり、白のシャツに黒の上着とズボンと言ったシンプルな格好に着替えておる。かく言うわしもフリルが付いた白い服に黒いミニスカートに着替えた。普段は着ないような服じゃが、せっかくのデートという事で着てみた。スカートが落ち着かぬが、これ位は我慢するか。
 ホウリはわしを見つけると笑顔で手を挙げた。


「よお、待ったか?」
「安心せい、今来た所じゃ。……想定では逆の立場の筈だったんじゃがな?何かあったのか?」
「すまない、ちょっと命を狙われてな。ボコボコにして憲兵に引き渡したら遅れてな」
「お主は日常的に命を狙われておるんかい」


 わしも立場上、狙われる事はあるが街中で狙われる事は無い。やはり、ホウリは味方も多いが敵も多いみたいじゃな。む?


「狙われたにしては服が綺麗じゃな?」
「デートだからな。汚れた格好で待ち合わせする訳にもいかないだろ?」
「殊勝な心掛けじゃな。ほれ」


 わしはホウリに両手を突き出す。ホウリは少し驚いた様子じゃったが、わしに向かって腕を差し出してきた。わしはここぞとばかりにホウリに腕を絡ませる。
 これでどこからどう見ても恋人に見えるじゃろう。


「して、これからどこに行くんじゃ?」
「特に決めてないな。適当にブラつくか」
「そうじゃな」


 ホウリと一緒に特にアテもなく歩く。なんの目的も無くホウリと街を歩くのも久しいのう。
 今日が平日という事もあり人通りは少ない。なんだかいつもとは違う特別感があるわい。


「何か面白そうな店はねえかな?」
「そうじゃな……お、あの店に寄らんか?」
「服屋か」


 わしの視線の先には開店セールという看板が掛かっている洋服屋がある。前に来た時は無かった筈じゃが、最近できたのか?


「行ってみて良いか?」
「勿論いいぞ」


 扉を開けると乾いたようなベルの音が鳴る。服を陳列していた店員の視線がこちらに向く。


「いらっしゃいませー」


 店員に軽く会釈し店内にある服を見てみる。中々店内は広く品ぞろえも豊富じゃ。メンズもレディースも揃っておるから、ホウリの服を選ぶことも出来そうじゃな。
 わしはピンク色のワンピースを手に取る。


「これは中々良いのう」
「フランには小さ過ぎないか?」
「わしが着る訳ないじゃろ。これはノエルへのお土産じゃ」
「こんな時にもノエルの事を考えてるのか」
「当たり前じゃろ。わしの頭の中の5割はノエルの事で埋め尽くされておる」
「やけにリアルな割合だな。こんな時くらい俺の事を考えて欲しいものだが?」
「仕方ないのう。1%だけお主の割合を増やしてやろう」
「誤差じゃねえか」


 いつも通り軽口を叩きながら服を選ぶ。


「ノエルだけに買うのは不公平じゃないか?」
「ならば仕方ない。ロワとミエルの分も買っていくか」


 ロワとミエル、そしてわしの分の服を選ぶ。


「ロワはこれ。ミエルはこれじゃな。わしのはこれで良いじゃろ。お主はどうする?」
「少し見てみるか。なんならフランが選んでくれないか?」
「じゃあこれじゃな」
「適当すぎないか?」
「お主ならどんな服でも着こなせるじゃろ」
「もう少し心を込めてくれないか?」


 服を受け取ったホウリが不満そうに口を尖らせる。流石に雑じゃったか。後でちゃんと選んでやろう。
 わしは服を取っては戻しを繰り返しながらノエルの服を選ぶ。やはり服を選ぶのは楽しいのう。


「これが良いかのう?それともこっちか?」
「ノエルの服だけ選ぶ時間が長くないか?」
「そんな事は無いぞ?」
「どれだけ時間経っているか分かってるのか?」
「5分くらいじゃろ?」
「1時間だ」
「おう……そんなに経っておったか?」
「あと、買い物かごの中を見てみろ」


 そう言われて買い物かごの中を見てみる。


「何着入ってる?」
「……10着じゃ」
「流石に贔屓しすぎだ。1着にしぼれ」
「うむ……」


 確かにノエルのみ5着も買っては不公平じゃ。ここは気持ちを堪えて1着に決めるとしよう。
 悩みに悩んでノエルの服を1着決め、再びホウリの服を選び直す。


「お主はいつも闇に紛れている印象があるのう。黒のコートでよいか?」
「コート着るには暖かすぎないか?」
「そういえばそうじゃな」


 そろそろ春も中盤じゃ。コートを着るには暑いかのう。


「ならば薄手のシャツが良いかのう?」
「それが良いな」


 本人と相談しつつ服を決める。これで全部じゃな。


「全部でいくらじゃろうな?」
「10万Gだ」
「結構するのう?」
「気にしてないみたいだが、この店は高級店だぞ?」
「そうじゃったのか?」


 何となくで決めた店じゃったが、そんなに高級な店じゃったか。
 そのままレジに商品を持って行く。今思えばノエルとわしの服はおそろいにするべきじゃったか?まあよいか。次はノエルと来て一緒に選ぼう。
 かごを会計台に置くと店員が服を取り出して会計を始めた。


「1万Gが1点、2万Gが1点……」


 会計が進んでいき、値段が書かれた伝票が差し出される。ホウリが言ってた通り10万G……ではなく、値段に赤い斜線が弾かれておる。


「なんじゃこれ?」


 わしの問いに店員が笑顔を崩さずに説明する。


「本日はカップルデーなんです。カップルでご来店された方は割引させていただいてます」
「カップル?」


 ああそうか。傍から見ればわしらはカップルに見えるのか。デートというスタンスじゃから当たり前か。
 今は金には困っていないが、前に食うものが無くなったのがトラウマになったからのう。こういう割引に少しだけ心が惹かれるわい。


「どのくらい割引されるんじゃ?」
「それはお二方次第です」
「どういうことじゃ?」
「こちらをご覧ください!」
 

 わしの質問に店員が待ってましたとばかりにフリップを取り出す。


「このフリップに書かれている指令をクリアすれば値引きします。値引き率は指令ごとに異なります」
「じゃから領収書に値段が書かれておらんのか。どれどれ、どんな事が書かれておるかのう?」


 フリップに書かれている指令を見てみる。


「キスで8割引き、ハグで1割引き、お互いの好きな所を5個言い合うと3割引き……中々厳しい事もかかれておるのう?」
「これなんて良いんじゃないか?」
「えーっと、ラブラブ写真で5割引き?」


 これなら出来そうじゃし割引率も高い。これで決まりじゃな。


「この写真にするぞ」
「……ちっ、このカップルもキスしなかったか」


 店員から舌打ちと共にそんな言葉が聞こえてくる。なんか不穏なんじゃが?


「なんか言ったかのう?」
「いえ、なんでもありません。こちらにどうぞ」


 店員に店の奥に案内される。そこにはハート型のパネルと三脚とカメラがあった。


「ここで写真を撮ってもらいます。パネルの前でポーズを取ってください」
「分かったわい」
「了解」


 わしらはパネルの前に立って向き合う。
 それからたっぷり10秒、わしとホウリは互いに見つめあい同時にカメラを向く。


「ポーズってどういうのじゃ?」
「立木のポーズでいいか?」
「……そんなヨガみたいなポーズじゃなくて、お二人のラブラブポーズをお願いします」
「サボテンとかか?」
「組体操もダメです。もっとこう、お二人の自然体な姿を写したいんですよ」
「俺達の自然体?」
「あるべき姿とも言えますね?」
「あるべき姿か」


 わしはホウリと視線を合わせる。言葉を交わさずともホウリの考えが手に取るように分かる。ホウリも同じじゃろう。
 見つめあっておるわしらを見て、店員が手を合わせて笑顔になった。


「お二人とも良い雰囲気ですよ。このまま写真撮りますよ」


 そう言って店員が三脚のカメラを覗き込む。


「行きますよー、はいチーズ」
「「くたばれやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」」
「ちょっと待って!」
「なんじゃ、何かあったか?」


 わしはホウリとの鍔迫り合いを解く。ホウリは木刀を仕舞い、わしはいつもの杖を仕舞う。何か間違っておったじゃろうか?


「なんでラブラブ写真を撮ろうとして、殺し合いをするんですか!」
「あるべき姿と言ったのはお主じゃろ」
「そうだな。俺達は間違っていない」
「私の言う通りにしたとして、それはそれで間違ってませんか?」


 わしらは最終的に殺しあうんじゃし、これで間違ってはおらんがのう?
 不思議そうにしているわしらを見て店員がため息を吐く。


「はぁ、もう笑顔で手を繋いでくれればいいです」
「分かった」


 言われた通り、わしとホウリで手を繋いで笑顔を作る。しかし、店員は写真を撮ろうとせずにわしらを見つめたままじゃ。


「どうした?撮らんのか?」
「あ、ごめんなさい。今撮りますね。はいチーズ」


 シャッターが切られ、カメラから写真が出てくる。


「お疲れ様でした。これでミッションクリア!5割引き達成です!」


 金を払い5万Gと書かれた領収書を受け取る。


「じゃ、行くか」
「うむ」


 服が入った紙袋を受け取り店を出る。


「アイテムボックスに仕舞わないのか?」
「分かっとらんのう。買った物を持って歩くのが良いんじゃろ。まあ、適当な所でアイテムボックスに入れるがのう」
「そういうものか」


 こうしてわしらのデートは続くのじゃった。


☆   ☆   ☆   ☆


「むふふふ」
「どうしたんですか店長?また、カップルに無理難題を吹っ掛けていたんですか?」
「なによ、私の趣味を馬鹿にする気?」
「馬鹿にしてませんよ。呆れているだけです。この店ってよくつぶれませんよね?」
「私の腕のおかげね」
「はいはい、その敏腕店長さんは何を見てニヤついてるんですか?」
「これ見てよ」
「これは……いつもと比べて大人しい写真ですね?でも、今まで見たどんな写真よりもいい雰囲気ですね」
「でしょ?着飾ってないっていうか、自然体なのがいいわよね。これ以上の写真は無いんじゃないかな?」
「そうですね。さてと、休憩はここまででいいでしょう。品出しに接客、やることは多いですよ。期待してますよ、敏腕店長さん?」
「……はーい」
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