魔王から学ぶ魔王の倒し方

唯野bitter

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第百十九話 チキショー!

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 ある日の昼、俺はロワを連れて大通りを歩いていた。ロワにはいつも通り顔に布を付けて貰っている。


「いやー、2人でお出かけは久しぶりですね」
「そうだな」
「そういえば、今日はどこに行くんですか?他の方々は付いてこないで欲しいなんてただ事じゃないですよね?」


 ロワの言う通り、今回は女子のメンバーには付いてこないように言ってある。説得(主にミエル)が大変だったが、なんとか押し切って2人で行動できている。


「今日は美容院に行く」
「美容院ですか?なぜ急に?」
「最近、周りのロワを見る目が変わってきたと思わないか?」
「そうですか?別に変わった気はしませんけど?」
「実は結構変わってるんだ。ロワはミエルに初めてあった時に、なんて言われたか覚えているか?」
「いえ」
「『はぁ!?私がこんな不審者みたいなやつと恋人!?』だ」
「改めて聞くと、かなり傷付きますね……」


 あの時を思い出したのか、胸を押さえて苦しそうにする。顔を無理に笑顔にしているのがより痛々しい。


「まあ、前の事は気にするな。あの時のミエルはかなり警戒心が強かったからな。見える物すべてが敵と思っていたんだろうよ」
「僕も分かってますよ。ミエルさんはあんな酷い事いう人じゃありません」
「俺に対しては辛辣だけどな」


 なんで俺に対してだけあんなに辛辣なんだろうな?最近は態度も悪くないと思うんだが。
 俺は咳をして話を元に戻す。


「俺の事は置いといて、今度はペイトに初めてあった時に言われたセリフだ。覚えているか?」
「いえ」
「≪なんで、そこのイケメンは顔に布を付けてるんですか?≫だ」
「そうですか……ん?もしかしてこの布、効果薄くなってきてます?」
「そう言う事だ」


 初めは布で誤魔化せていたが、今は布があってもイケメンが誤魔化しきれていない。このままだと布が完全に役立たずになる。現に今も周りの数人の女性がロワの方へと視線を向けている。
 俺の言葉にロワが顔を引きつらせる。


「えーっと、この布が役に立たなかったらどうすればいいんですか?」
「サングラスを追加するか、覆面を付けるか、顔の皮を剥ぐか」
「提案がどんどん物騒になっているんですけど?」
「で、そういう解決案の中で一番効果的なのがメイクだ」
「メイク?前にお屋敷に行った時とか仮装大会にやった奴ですよね?でも、効果時間は少ない筈ですよね?」
「それを研究しに行くんだ。付いたぞ」


 話している内に目的地である美容院、『トリプルオー』に着いた。


「ここは男性に人気の美容院でな。散髪やメイクの腕は人国一と言われている」
「そんなに凄い所なんですか」


 俺はロワを連れて店の中へと入る。
 店の中は人でいっぱいで、待合室にも沢山の人が待っている。設備的には日本の美容院とは変わらず、椅子の向かいに鏡が設置されている。
 髪を切っている人やメイクをされている人など様々だが、やっぱり美容師も客も男性が多い。
 俺が店内に入ると気が付いたスタッフが俺に近付いてくる。


「ホウリさんですね、お待ちしていました。奥でイスアさんがお待ちです」
「ありがとうございます」


 スタッフに案内されるがまま、ロワを連れて店の奥へと向かう。


「失礼しまーす」


 スタッフオンリーの扉を開けると、多数の化粧道具を用意している男がいた。
 顎に髭を蓄えた少し渋めのこいつがカリスマ美容師のイスアだ。
 俺たちに気が付いたイスアは軽く手を挙げて挨拶する。


「よおホウリ。時間ピッタリだな。そいつが噂のロワって奴か」
「初めまして、僕の名前はロワ・タタンと言います」
「俺はイスア。美容師をしている」


 イスアから差し出された手をロワが取る。
 握手を終えたイスアが再び化粧道具を手に取る。


「じゃあこの椅子に座ってね」
「そういえば、今から何をするんですか?」
「ロワに効果的な化粧を今から研究する」
「布取るよー」


 ロワを椅子に座らせてイスアが布を取る。
 ロワの素顔を見たイスアが思わず声を失う。


「これは……、話は聞いていたけど凄いね」
「だろ?こいつを何とかしたい」
「手は尽くしてみるけど、無理かもしれない」
「こっちも手が無いんだ。ダメ元でもやってみてくれ」
「僕の顔って一体何なんですか?」
「そんなの俺も知りたい」


 俺が調べ尽くして糸口すら見つけられないんだよな。何かしらの呪いかとも思ったが、フランにも感知できないし、ゴミに聞いても分からなかった。
 有力な情報に対して懸賞金をかけても良い位だ。


「この顔を不細工にすればいいの?」
「ナチュラルにイケメンと気が付けないようにしてほしい。あとメイクが顔に対応されないようにしてほしい」
「どういうこと?」


 俺はクラン家であった事を話す。話を聞いたイスアが眉を顰めた。


「更に難しい内容になったね」
「まあまあ、支払いは弾むから」


 自分でも無茶な内容を言っていると思うが、今出来る事はこれだけしかない。
 俺の言葉に困ったように笑いながらイスアが化粧道具を持つ。


「出来るだけやってみるよ」
「頼んだぜ。成功しなかったらロワの皮を剥がないといけなくなるからな」
「なんでバイオレンスな方法を選ぶんですか!?」


 俺はロワとイスアを残してスタッフルームを後にした。


☆   ☆   ☆   ☆


 2時間後、俺はスタッフルームに戻って来た。
 すると、額の汗を拭いながら椅子に座っているイスアがいた。ロワの顔は扉の反対側を向いているため、どうなっているか確認できない。


「おつかれ、結果はどうだ?」
「……見てくれ」


 言われるがまま俺はロワの顔を見てみる。
 ロワの面影は残しつつ、芸術のような神々しさが顔から無くなっている。だが、厚化粧かと言われればそうではなく、よく見ないと化粧に気が付かない程にナチュラルだ。
 流石は人国一の美容師だ。


「どうだ?」
「流石、人国一の美容師、完璧な仕事だ」
「それはどうも」
「どうですか?変じゃないですか?」
「自分で見てみるか?」


 俺はロワに手鏡を渡す。ロワは自分の顔を見つめると呟いた。


「これが僕ですか?なんか変な感じですね?」
「メイクっていうのはそういう物だ」


 俺はロワにそう言いながら、更にロワの顔を観察する。なるほど、ここがこうなってそこがああなって……。


「……ホウリさん、僕の顔に何かついてますか?」
「化粧が付いてるな」
「そう言う事では無くて」
「化粧の詳細を確認してるんだよ。何せ、ロワ自身に出来るようになって貰う必要があるからな」
「え?そうなんですか?」
「今後の対策なんだから一人で出来ないと意味ないだろ」
「初耳なんですけど?」
「言ってないからな」
「ええええ!?」


 ロワの困惑を無視して更に化粧の分析を進める。


「よし、化粧の詳細確認完了」
「俺の努力が見られただけで奪われた」
「この化粧の開発が依頼内容だから無理言うな。ほれ、依頼料」


 俺は金貨が詰まった袋をイスアに渡す。
 イスアは袋の中をみると、疲れた表情が吹き飛び満面の笑みになる。


「これで取引は終わりだな」


 イスアは懐に袋を入れて大きく伸びをする。
 ロワも少し疲れた表情で席から立ち上がる。
 

「うーん、僕も少し疲れました」
「このままどこか出かけるか?」
「そうですね。何か美味しい物でも食べて帰りたいです」
「そうだな、明日からメイクの特訓もあるから英気を養わないとな」
「あー、そうでしたね。今は考えないようにしましょう」


 ロワが不安を吹き飛ばすように頭を軽く振る。


「何か食いたいものあるか?」
「美味しいパスタが食べたいです」
「じゃあ、あそこのカフェだな。美味いパスタとパフェを出すんだ」
「スイーツは絶対条件なんですね」
「当たり前だろ?」


☆   ☆   ☆   ☆


「ふー、美味しかったですね。茄子のトマトボロネーゼ」
「そうだな、ナッツたっぷりパフェ美味かったな」
「あれだけ食べて、良くパフェまで食べられますね?」


 ロワが苦笑しなが言う。布付きのロワを見慣れているから、なんだか違和感があるな。


「久しぶりに素顔での外出だがどうだロワ?」
「なんだか、周りの視線が気になりますね」
「安心しろ、いつも以上に視線が集まってるってことは無い」
「それは良かったです」


 そうこうしている内に家までたどり着く。


「皆さん僕を見たらどう言う顔しますかね?」
「きっと驚くだろうよ」


 鍵を開けながら悪戯っぽく笑い、扉を開け家の中に入るロワ。
 気配から察するに全員家にいるみたいだな。お披露目するにはピッタリだな。


「ただいまー」
「おかえり……?」
「誰じゃお主……なんじゃロワか」
「あ、ロワお兄ちゃんか!お帰りなさーい」


 3人はロワの顔を見ると、目を丸くした。しかし、ロワと分かるといつも通りの態度になった。


「布を付けておらぬのか、珍しいのう?」
「メイクの研究の為に美容院に行ってきた」
「メイクの研究?クラン家に言ったときみたいなものじゃな?」
「それと同じだ」
「なるほどのう?」


 フランとノエルがマジマジとロワの顔を見つめる。


「確かにイケメン度は減った気がするのう?」
「ノエルはこっちのロワお兄ちゃんも好きだよ」
「ありがとう、ノエルちゃん」
「さて、後1人反応が無い奴がいるな?」
「………………」


 顔を背けているミエルに俺たちは視線を向ける。


「どうしましたかミエルさん?もしかして、何か変ですか?」
「いや、そういう訳では無いのだが……」


 よく見るとミエルの耳が真っ赤になっている。どういうことだ?イケメン度はメイクで中和したはずだが?


「なんでミエルには変化が無い?」
「わしらには効いておるがのう?」


 もしかして、ロワと関わっていくうちにロワに本当に惚れ込んだのか?だから、メイクしても素顔を見るだけで顔が赤くなるって事か?
 だとしたら、めちゃくちゃ厄介だな?
 すべてを察した俺はどうした物かと頭を掻く。


「あーなんだ。ミエルについては問題ない。そのメイクさえしていれば、とりあえずは大丈夫の筈だ」
「そうですか?」
「そうだ。普段は布つけといて効かなくなったらメイクする感じになる」
「それを僕は覚えないといけない訳ですか。大変ですね」
「ロワは普段メイクしないからのう」
「俺がみっちり教えるから安心しろ。出来ないとは言わせないからな?」
「あははは……」


 俺の言葉にロワの笑顔が引きつっていく。
 こうして、ロワの苦労がまた1つ増えたのだった。
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