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第百十二話 速さが足りない

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 俺たちは武器を構えて通路の奥の敵に備える。


「油断するなよ。森で戦った魔物とは強さが段違いだ」
「分かっている」


 ミエルが一番前に出て盾を構えて通路を睨みつける。瞬間、黒い影が高速で迫ってきた。


「来るぞ!」


 飛び出してきた黒い影をミエルが盾で上へと弾く。すると、日の光に照らされて影の正体が明らかになる。


「あれは……機械ですか?」
「みたいだな」


 蜘蛛のように頭と腹に分かれており、腹に8本の脚が付いている。だが、プラスチックのように光沢感がある骨格に鈍色に光る鋏のような口が生物では無いと告げている。
 そいつは地面に着地すると這うように高速で移動する。


「ロワ!」


 俺の叫びにロワが反応し、機械蜘蛛に向かって矢を放つ。矢は機械蜘蛛の頭に命中するが乾いた音と共に弾かれた。


「普通の矢は効かないみたいだな!エンチャントで相手の動きを制限するんだ!」
「了解です!」


 俺が言い終わる前に、ロワはヘビーウェイトとライトニングボルトの矢を地面に向かって放つ。
 俺が指示する前に行動している判断が早くなっている証拠だ。
 ロワの成長に喜んでいる暇もなく、俺は機械蜘蛛へと接近する。


「はあ!」


 試しに新月を振るってみるが、機械蜘蛛は前方に高速で移動し回避する。これは俺の攻撃は当たらないと思った方が良いな。
 普通の攻撃は当たらない。となると、一度情報を集めて対策を考えた方がいい。
 俺がそう結論を出すと、頭の中にフランの声が響いてきた。


『苦戦しておるのう?わしが終わらせてもよいぞ?』
『確かに強敵だが、勝てない程じゃない。フランはいつも通り皆の援護をしてくれ。危なくなったら頼む』
『了解じゃ』


 フランとの念話はそこで終わった。これで機械蜘蛛との戦闘に集中できる。
 機械蜘蛛はそこら中を走りまわっていたが、ロワに狙いを定めると口をカチカチと鳴らしながら接近した。


「させるか!挑発!」


 ミエルがスキルを使って攻撃を自分に誘導しようとする。だが、機械蜘蛛はミエルに向かう事は無くそのままロワへと飛びかかった。


「なぜ効かない!」
「機械だからじゃないか?」


 ミエルの挑発が効かないのか。これは厄介だ。
 今までの機械蜘蛛の動きから俺は一つの仮説を立てる。これが本当だとすると結構面倒だな。
 そんな事を考えている間にも機械蜘蛛はロワに接近している。


「ノエル!」


 俺の叫びにノエルが拳銃を取り出す。それに呼応するがごとく、俺も2丁の拳銃を取り出した。
 生物なら呪いの関係上、新月以外の武器は使えないが機械なら関係ない。思いっきりぶっ放す。


「右前脚の付け根だ!」
「分かった!」


 瞬間、俺とノエルの拳銃が火を噴き、弾丸が機械蜘蛛の右前脚の付け根に命中する。


「全弾同目標へ!」


 命中を確認し込められている弾丸を全て右前脚に放つ。
 弾は全部右前脚に命中した。だが、脚を破壊するには至らない。機械蜘蛛の体制を崩す事はかろうじて出来たがダメージには至っていない。弾丸を18発受けて傷一つないのか。いくら何でも硬すぎる。
 体制を崩した機械蜘蛛はロワを攻撃する事が出来ずに地面へと着地する。
 その隙にロワがミエルの背後にワープアローを放ち機械蜘蛛から距離を取る。
 背後に現れたロワをかばうようにミエルは盾を構えた。
 機械蜘蛛は引き続きロワを狙い高速で移動する。


「なんで僕ばっかり狙うんですか!」
「ロワが一番脅威だと判断されたんだろう。理由は不明だがな」


 話している間にも機械蜘蛛は一目散にロワに迫る。だが、今回はミエルも一緒だ。相手の攻撃は通らない。
 俺がそう思っていると、強烈な嫌な予感が体中を掛け巡った。なんだこれは?
 頭を高速で回転し、嫌な予感の正体にたどり着く。このままだと不味い!


「ミエル!プロフェクションガードだ!」
「は?」
「いいから発動しろ!死にたいのか!」


 ミエルは何が何だか分からない様子でプロフェクションガードを発動させる。ミエルの体が虹色に包まれ、機械蜘蛛が迫る。
 機械蜘蛛が飛びかかり、ミエルの盾と接触する。瞬間、盾がいとも容易く切り裂かれた。


「な!?」


 ミエルが驚愕しながら機械蜘蛛に首を挟まれる。驚くのも無理はない。ミエルが使う盾は人が作れる中で最高の盾だ。その強度はドラゴンに踏まれたとしても壊れない程に高い。そんな盾が容易く切り裂かれるのを見れば驚くのも無理はないだろう。
 ミエルは最初は驚いていたが、首に攻撃を受けた事に気が付くと、機械蜘蛛を捕らえようと手を伸ばす。
 しかし、機械蜘蛛も捕らえられまいとミエルの首から離れ距離を取った。


「な、なんなのだあれは?」
「プロフェクションガードが無かったら死んでいたな」
「助かった。だが、なぜあんな力があると分かった?」
「あの機械蜘蛛の推進力と重さを考えて、盾を破壊出来るパワーがあると推測した。杞憂だったらよかったんだがな」


 ミエルの盾で防げないとなると、他の奴だったら間違いなく挟まれた瞬間に終わる。
 高速で接近出来る速さに、弾丸も通らない硬さ、何でも切れる口か。これは厳しい相手になりそうだ。


「まずはあいつの動きから止めるぞ。ロワ、準備はどうだ?」
「これで終わりです」


 そう言うとロワは1本の矢を地面に放つ。瞬間、機械蜘蛛の体が急に止まった。
 いや、正しくは体が持ち上がらずもがいている。脚をしきりに動かしているが、その体が持ち上がる事は無い。
 ヘビーウェイト、矢の間にある物体を重くするエンチャントだ。
 

「チャンスだ!ミエル!ノエル!」


 高い火力を出せる2人に号令をかける。


「うおおおおお!」
「やあああああ!」


 ミエルが大剣を掲げ、ノエルが魔装をして機械蜘蛛に迫る。一撃では無理かもしれないが、何度か攻撃を加えれば流石に壊れるだろう。だが、相手は未知の機械だ。油断は出来ない。
 俺は機械蜘蛛を見据えながら、その動きを注意深く観察する。
 機械蜘蛛は2人の攻撃を受けながら動こうと藻掻く。すると、頭の一部に穴が開きキュインという機械音が鳴る。


「離れろ!」


 俺の叫びに2人が攻撃を中止して後ろに飛ぶ。すると、穴から赤色の光の線が発射された。ロワが放った矢が光の線に触れると焼き切れた。レーザーだと!?なんでもありかよ!?
 レーザーの射程は3m位か。そこそこの射程だが、近付きにくくなったな。
 ヘビーウェイトから解放された機械蜘蛛は高速での移動を再開して、ロワへと接近する。


「ロワ!」


 ミエルがロワの元へ向かおうとする。すると、機械蜘蛛は近付いてくるミエルに向き直ると、体を曲げてお尻をミエルに向けた。
 今まで見たことが無いような行動にミエルが少し動揺する。そのスキを見逃さずに機械蜘蛛がミエルの足元に目掛けてネバついた液体を発射する。
 ネバついた液体はミエルの靴に命中すると、地面と靴を接着した。接着剤だと!?どんだけ武装してんだ!?


「うおっ!?」


 ミエルは大剣を杖代わりにしてかろうじて転倒を防ぐ。
 だが、そうしている間にも機械蜘蛛はロワに向かって走っている。


「ロワ!」


 ミエルは咄嗟に大剣を振って剣撃を飛ばす。
 剣撃は機械蜘蛛に命中し、ロワとは明後日の方向へと吹き飛ばした。
 ロワは再びワープアローで機械蜘蛛と距離を取る。


「これは……強すぎますね?」
「確かにな」


 動きを止める事も出来ず、攻撃を防ぐのも難しい。今までスターダストで戦ってきた中で一番の強敵だ。


「ホウリ!」


 フランの叫びに俺は視線を向ける。そこには杖を構えたフランの姿があった。
 わしが戦う、フランの目はそう言っていた。確かに今の戦いを見て勝てると思う奴はいないだろう。フランの意見ももっともだ。
 だが、俺たちは全てを出し切っていない。全ての手を尽くすまでは諦めない!


「ノエル!疾風迅雷!」
「!?、分かった!」


 俺の言葉にノエルが笑顔になり、俺の背中にしがみ付く。


「何をする気だ?」


 訝し気なミエルにニヤリと笑って答える。


「あのポンコツをぶっ壊してくる」


 俺はMPを体中に巡らせる。ノエルも普段から使っている魔装だ。
 魔装は訓練が必要に必要になるとはいえ、誰でもステータスを上げる事が出来る技術だ。だが、急激にステータスを上げると自身のMPの消費が激しくなる。俺が普段魔装を使っていないのも、使えるMPが少なすぎて実用的じゃないからだ。
 だが、ノエルがいれば話は変わって来る。その理由がこれだ。


「コネクト!」


 ノエルのMPと俺のMPが一つになり、体の底からMPが溢れてくるのが分かる。
 コネクト、対象と自分のMPを平均化するスキルだ。本来であれば、味方にMPを与えたり敵のMPを奪ったりと役に立つスキルになるが、ノエルが使うと性能が段違いに上がる。
 ノエルのMPは無限、つまり対象MPを無限に使う事が出来る訳だ。
 これを利用すればMP無限で魔装が出来る。そして……


「雷装!」


 俺が使えば雷装を無制限に使える。
 纏っていく雷が大きくなっていく。すると、機械蜘蛛の視線がロワから俺達へと向いた。機械蜘蛛はロワには目もくれなくなり、俺達へ向かって突進してくる。
 なんでロワから俺たちに標的を変えた?分からないが好都合だ。他の奴らに標的が向く前に仕留める!
 雷を強くしていきながら機械蜘蛛を見据える。機械蜘蛛が俺の首を狙って飛びかかって来る。だが、


「遅ぇ!」


 機械蜘蛛の飛びかかりを回避し、脚に拳を叩き込む。音速を超える勢いで一点集中でぶん殴る。
 脚の1本にヒビが入った所で機械蜘蛛が俺と距離を取る。離れる最中に接着剤をまき散らしながら移動を妨害する。


「機械のくせに粋な事するじゃねえか」
「どうするの?」
「正面から突っ切る!俺に小細工は通用しない事を教えてやるぜ!ちゃんと魔装しとけよノエル!」
「うん!」


 更に多くのMPを込めて接着剤まみれの地面を駆ける。地面の全部に接着剤がある訳じゃない。隙間を縫って接近することは可能だ。
 俺が速度を緩めずに迫ってきているのを見て、機械蜘蛛が心なしか同様したように見える。このままだと俺は確実に機械蜘蛛に追いつけるだろう。
 機械蜘蛛もそれが分かっているのか、接着剤を自身の周り2mに渡って接着剤をまき散らす。足の踏み場は少しも無い。
 これでは接近する事が出来ない……とでも思ったか!
 俺は速度を緩めずに


「ひゃっはあああ」


 俺は接着剤に足を取られる事も無く機械蜘蛛に接近する。
 なぜ俺の足が接着剤に取られないのか。その答えは簡単、結界を足場にしているだけだ。
 本来であれば人が2人支えられる結界を作ると、MPが足りずに3歩も歩けない。コネクトさまさまだな。
 その様子を見た機械蜘蛛が更に動揺した(ように見える)。
 このまま勝負を決める、そう思った瞬間、機械蜘蛛の様子が変わった。
 俺と同じように体中を電気で覆い、こちらを威嚇するようにバチバチさせる。


「蜘蛛さんも雷装してるの?」
「機械に雷装は無い」
「じゃあ、あれはなに?」
「あれはリミッターを外した感じだ。雷装と違って全ステータスに補正が入ると思っていい」


 普通でも強い奴が更に強くなるんだ。本来だったら絶望ものだろう。


「俺には関係ないけどな!」


 更にMPを込めて雷装の効果を上げる。


「その気になれば音より速い!」


 その言葉通り、音速を超えて俺は機械蜘蛛の周りを駆け巡る。機械蜘蛛の速度も5倍くらい早くなっているが、今の俺の速さには遠く及ばない。


「……お兄ちゃん」


 後ろでノエルが苦しそうな声を上げる。
 魔装で防御を上げているとはいえ、完全に音速に耐えられないか。早々に決着をつけた方がいいな。
 俺はマッハで移動しながら機械蜘蛛の脚を攻撃する。機械蜘蛛も接着剤やレーザーで抵抗するが、俺を止めるまでには至らず、ダメージが蓄積していく。


「オラオラオラオラオラ!」


 俺の猛攻に機械蜘蛛成す術もなく足を破壊される。動けなくなった機械蜘蛛はそれしか出来ないのかしきりに顔を動かしている。
 俺は胴体だけになった機械蜘蛛をひっくり返し、無防備な状態にする。俺はその上に立つと瓦割をするみたいに拳を振り上げる。
 その様子をみたミエルが少し弱った声で俺に話しかけてくる。


「ホウリお兄ちゃん……多分、お腹は脚よりも固いから雷装じゃ壊せないと思う」
「流石ノエル、その通りだ」


 機械蜘蛛の胴体は脚よりも何倍も堅い。雷装で攻撃力を上げているとはいえ壊す事は難しい。かといって、これ以上雷装を強くすると、俺でも維持が出来なくなる。ノエルはそれを見抜いたのだろう。
 あくまで
 俺は拳を天に掲げる。瞬間、俺が纏っていた電気が、天を焦がすほどの燃え盛る炎に変わった。


「……これは!?」
「炎装!」


 俺のもう一つの魔法は炎、それを限界まで纏えば極限まで攻撃力を上げることが出来る!


「とどめだ!」


 燃え盛る拳で思いっきり機械蜘蛛の腹を殴りつける。
 俺の拳を受けた機械蜘蛛の腹は徐々にひび割れていき、機械蜘蛛の中身を露出させた。
 機械蜘蛛の中には複雑な回路や接着剤が入っている袋などが入っている。俺はその中の一際目立つ、大きく赤く輝く部品を掴んで引っこ抜く。
 すると、しきりに顔を動かしていた機械蜘蛛は完全に沈黙した。
 こうして俺たちが戦ってきた中で最大の敵である、機械蜘蛛との戦闘は終わったのだった。
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