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第九十四話 ヘブライ語しか分かりません

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王との謁見を終えて俺たちは拠点へと帰って来た。


「つ、疲れました……」


 家に入るなりソファーに倒れ込むロワ。一番緊張していたみたいだし、精神的な疲労は一番大きいだろう。


「今回は私も疲れた……。まさか、王相手に反抗するとは思ってもなかったぞ」


 ミエルも椅子に座って背もたれにもたれかかる。その顔には疲れの色が見える。こういう場に慣れているミエルでも流石に王の前では緊張したみたいだ。
 俺は全員に紅茶を淹れて、クッキーをテーブルに置く。


「とはいえ、今回でノエルの件は完全に決着した。これまでの忙しさは無くなるはずだ」
「これからどうするんですか?」


 ロワが紅茶を飲みながら聞いてくる。


「特に予定はないからな。何かやりたい事はあるか?」
「そういえば、そろそろ騎士団に復職しないと。流石に休職期間が長くなり過ぎた」
「ミエルさんって騎士団なんでしたっけ?騎士団って何するんですか?」
「訓練や魔物の盗伐、災害時には被災者の救助もやっている」
「思ったよりも色々やってるんですね?初めて知りました」
「ロワもスカウトされたときに説明された筈だが?」
「……そうだったかもしれません?」
「お前は少しは話を把握しようとする努力をしろ」
「しょ、精進します」


 ロワが俺から目を背ける。


「じゃあミエルは騎士団で働く必要がある訳じゃな。ならば拠点を構えるとしても王都にするのが良いか」
「僕はやりたい事もないですし、異論はないです」
「ノエルもいいよー」
「俺もいいぜ」
「助かる」


 ノエルが俺達に向かって頭を下げる。王都を拠点に出来れば何かと都合がいいし俺にとっても都合がいい。


「そうだ、せっかくですし僕も騎士団に入ってみたいです」
「へ?」


 良い事思いついたという表情のロワに、ミエルが間抜けた声を出す。


「ロワが騎士団に?」
「はい、そうしたら色々と経験も積めるでしょうし、お給料もいいですよね?」
「給料はいいが、大変だぞ?」
「覚悟の上です!それとも、ミエルさんは僕と一緒は嫌ですか?」
「そういう訳じゃないが……」


 ロワのキラキラと光る瞳で見つめられてミエルが顔を背ける。あの顔はロワと一緒に働けるのは良いが、騎士団の奴にロワを取られるかもしれないから止めたいって感じか。面倒な奴だな。


「どうしてダメなんですか?」
「ダメという訳じゃないが……あれだ、ロワは騎士団からのスカウトを一度断ってるんだろう?後から入れてくれというのは言い辛いだろう?」
「僕は気にしませんよ?」
「いや、しかしな……」
「ロワ、そこまでだ」


 なおも食い下がるロワに俺は待ったをかける。すると、ロワは不満そうな目をして俺を見てくる。


「なんでですか?」
「自分の職場に知り合いが来るのが恥ずかしい奴だっているんだよ。あまりミエルを困らせるな」
「分かりました、ミエルさんごめんなさい」
「い、いや私は別に良いんだがな?ただロワが心配でな?いざ入って自分に合わなかったら大変だろう?」
「じゃったら、一度見学に行ったらどうじゃ?合うも合わぬも実際に行ってみないと分からんじゃろ?」
「それはいい考えですね。どうですかミエルさん?」
「それならまあ……」


 ミエルはまだ難色を示しているみたいだが、一応首を縦に振った。無難な落としどころだな。
 俺が満足していると、頭の中にフランの声が響いてきた。


『お主、もしかしてこうなるように仕向けたのか?』
『今更なんだ。フランだって俺の意図に気が付いて援護しただろうが』
『まあのう』


 俺はミエルの擁護をすると見せかけて、ロワの見学許可を取らせた。ロワが落ち込んだらミエルの性格上『自分は良いがロワの事が心配』というニュアンスのフォローをする。そこで別の譲歩案を出せばミエルは承諾せざる負えなくなるという訳だ。
 まさか、打ち合わせもなしにフランが意図を汲み取ってくれるとは思ってなかったがな。


「まあ、ミエルが騎士団に復帰となれば長期間借りられる家がいるな」
「ここじゃダメなの?」
「ここは1か月の契約でな。長期間は借りられないんだよ」
「それにセキュリティー的にも心許ないからのう。終わったとはいえ、ノエルを狙ってくる奴がおらんとも限らんからな」
「せっかくだし皆で住む家を選ぶか」
「面白そうですね!」
「いいの!?」


 案の上、ロワとフランの反応が良い。家選びは早めにやっておきたいな。


「フランは何かやる事無いか?」
「何かやる事……特に思いつかぬのう」
「本当か?」
「なんじゃい、気になる言い方じゃのう?」
「本当に無いんだな?」
「無い!あれば忘れんじゃろ!」
「そうか、だったらいい」


 フランが首を捻りながら不思議そうな顔をする。
 明日、頭抱えてなければいいが。


☆   ☆   ☆   ☆



 窓からやさしい朝日が差し込んでくる中、俺は階段を降りつつリビングへと向かう。
 ノエルの事も一段落してゆっくり出来るようになったし、急ぎの用事もない。久しぶりにゆっくりとコーヒーでも飲むか。
 平和を噛みしめつつ、リビングの扉を開ける。


「……この世の終わりじゃ」


 さわやかな朝にふさわしくない表情をした奴がそこにいた。やっぱりか。
 俺はサーバーに入ったコーヒーをコップに注いで、フランの対面に座る。


「世界中の絶望を煮詰めたような顔しやがって。そんな顔してると幸せが逃げるぜ?」
「……何があったのか聞かんのか?」
「聞かなくても分かる。全員きたら話せ」


 フランが絶望するとなると、あの事しかない。全員来てから離した方が効率がいいだろう。
 頭を抱えているフランをほっといて、コーヒーを飲みながら新聞を読む。新聞ではいまだに国家転覆の話で持ち切りだ。ノエルの事や神は一般に公開されていないから、そこの所は色んな憶測が飛び交っている。
 のんびりと新聞を眺めていると他のメンバーもリビングに入って来た。


「おはようございます」
「おはよー」
「おはよう、フランはなぜ暗い顔をしているんだ?」
「それについてフランから話があるみたいだ。なあ、フラン」
「うむ」


 全員が席に着いたのを確認してフランが重々しく口を開いた。


「実は魔国からいい加減に戻って仕事をしろという通達が来てな。明日には魔国に向かわねばならん」
「なるほど、私たちと離れるのが嫌だからそんな顔をしているのだな」
「それもあるんじゃが……」
「まだ何かあるんですか?」


 ロワの言葉にフランが腕を組みながら眉に皺を寄せる。その様子は並々ならぬ事情を感じることが出来る。
 皆が固唾をのんで見守るなか、フランが目に涙を溜めながら喋り始める。


「書類の山が嫌なんじゃ」
「……は?」
「書類の山が嫌なんじゃ!」
「書類?」


 予想外な答えにミエルが呆けた声を出す。予想のど真ん中を突き抜けていく理由だったな。


「……そんな理由で元気が無かったのか?」
「そんな理由とはなんじゃ!わしにとって文字通りの死活問題なんじゃぞ!」
「フランさんは魔王なんですし仕方ないですよ」
「元々、半年だけっていう約束だったんだろ?諦めて魔国に戻れ」
「むう、それはそうじゃが……」


 言葉とは裏腹に不服そうな表情のフラン。フランがここまで嫌そうな顔をしているのは初めてだ。そんなに書類が嫌なのか。


「フランお姉ちゃん、どこか行っちゃうの?」
「仕事をするために魔国に帰らねばならん」
「魔国?ノエルも行きたい!」
「しかし、そう簡単に……待てよ?」


 フランは顎に手を当てて何か考え始める。数秒後、フランはニヤリと笑うとさっきと変わって楽しそうに話し始めた。


「うむ、皆にもわしの故郷である魔国を見て貰いたい。わしと一緒に魔国に来てはくれぬか?」
「いいんですか?」
「よいぞ。城には部屋がいくつもあるから、そこに泊まるがよい」
「魔国の城に泊まれるのか?それは良いな」
「わーい!ノエル行きたーい」


 フランの提案に皆乗り気のようだ。だが、俺はフランの企みが分かっているから素直に行こうとは思えない。まあ、行くだけならいいか。


「俺も問題ないぜ。期間はどの位だ?」
「1ヶ月くらいかのう?」


 半年仕事を溜めといて1ヶ月で帰れるのか。やっぱり裏があるな。


「いつ行く?」
「すぐに行かねばならんから、今からでも出発したい所じゃ」
「じゃあ今から準備して向かおう」
「ドキドキしますね。魔国なんて初めてです。でも僕らは魔語なんて喋れませんよ?ねえミエルさん?」


 ロワが不安そうにミエルに尋ねる。


「私は魔語喋れるぞ?」
「え?そうなんですか?」
「魔国には遠征などで行く機会が多いからな。ラッカともそこで知り合ったんだ」
「そうなんですか?じゃあ、喋れないのは僕とノエルちゃんだけですか」


 ロワがノエルの肩を叩くとノエルがニヤリと笑った。


「ふっふーん、ノエルも喋れるよ!」
「え!?そうなの!?本当に!?」
「bnretooki!」
「……今なんて言いました?」
「『もちろん』って意味の魔語だ。発音も完璧だ」
「なんで喋れるの?」
「神殿にいた時に、中が良い人が教えてくれたの。役に立つかもしれないって」
「もしかして、ノエルを逃がした奴か?」
「うん」
「ラマンジェの奴か」


 魔国に逃がすことも想定していたのか?だとしたら用意周到だと言わざる負えない。
 ノエルの言葉にロワが絶望した表情になる。


「フ、フランさんは魔語は?」
「喋れるに決まっとるじゃろ。わしにとっては人語が外国語じゃ」
「ホウリさんは……」
「喋れないと思うか?」
「ですよね」


 自分だけが魔語を喋れないという現実に打ちのめされるロワ。


「……僕が学生の頃、魔語の成績かなり悪かったんですよね」
「魔語だけか?」
「……全部悪かったです」


 俺の言葉に頭を抱えるロワ。言葉が通じない国に行くというのは不安だろうな。


「魔国ではロワは誰かと一緒にいること。絶対に一人になるなよ?後、移動中も魔語の勉強な?」
「はーい……」
「よし、話は決まったな。準備完了後にリビングに集合だ」
「「「「おー!」」」」


 こうして、俺たちは魔国へと向かう事になったのだった。


☆   ☆   ☆   ☆


「全員来たな」
「どうした?フランはどうした?」
「あいつは呼んでない。聞かれると困るからな」
「フランさんに聞かれると困る会話ですか?」
「どんな話?」
「フランとの最終決戦の話だ」
「フランさんとの最終決戦?」
「フランお姉ちゃんと戦うの?」
「俺がこの世界に来た理由だからな。お前らにも手伝ってほしい」
「ノエル嫌だよ……」
「僕もフランさんとは戦いたくないです」
「私もだ。ホウリが相手であればいいが、フランとは戦いたくない」
「それを決めるのは俺の話を聞いてからでも良いだろ」
「聞くだけ聞こうか?」
「オッケー、説明しよう」


───5分後───


「───これが俺の作戦だ」
「……正気ですか?」
「正気だ」
「なんというか……ホウリさんらしい作戦ですね」
「確かにそれが出来ればいいが、可能なのか?」
「可能だ。お前らがいればな」
「僕たちがいなかった場合どうなります?」
「俺が帰るのが30~40年延びる」
「そんなに僕らが重要なんですか?」
「神級スキル持ちと神の使いの代わりになる奴がいると思うか?」
「確かにそうだな」
「でも倫理的じゃないですよね?下手すればノエルちゃんを匿っていた時よりも罪が重くなりますよ?」
「俺なら大丈夫だ。実行前に根回ししておく」
「それならば安心……か?」
「で?どうする?」
「……ノエルはやる」
「僕もやります」
「私もやろう」
「決まりだな」
「ノエルたちは何すればいいの?」
「まずは強くなってもらいたい。俺が直接指導しよう」
「わかりました」
「じゃ、解散。くれぐれもフランには知られるなよ」
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