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第八十四話 にゃんにゃにゃーん
しおりを挟む───クラン家の屋敷───
クラン家の屋敷は王都の建物の中でもかなり広く、敷地内には鬱蒼とした森が広がっている。案内なく森を進むと余程運が良くない限り、遭難してしまうとされている。屋敷の中の施設も多く、戦闘場や遊戯室、ミニシアターもある。また、屋敷内には使用人が百人単位でおり、使用人専用の寮もある────Maoupediaより抜粋
☆ ☆ ☆ ☆
ここはどこかの地下室。薄暗い部屋の中で2人の男が向かい合っている。
「どういうことだ?このままでは我々の計画が破綻してしまう」
「は!申し訳ありません!」
メガネを掛けた男が椅子に座っている男に頭を下げる。椅子に座った男が手を組んで不機嫌そうな顔をする。
「本当に分かっているのか?このままだとお前もタダでは済まないぞ?」
「ご心配なく。もう次の手は打ってあります」
「ほう?何をする気かね?」
「『電池』を確保します」
「……目星は付いているのかね?」
「はい、少し厄介ですが居場所は掴んでおります」
「その場所とは?」
男はメガネを上げるとニヤリと口角を上げる。
「クラン家です」
「……それは厄介だな」
「ご心配なく。屋敷を部下に見張らせていますが、人が出入りした形跡はありません」
「荷物に紛れて移動している可能性は?」
「それも考えて屋敷を出入りした荷物の行方も調査済みです。怪しいところは全くありません」
「分かった、そこまで言うのであればお前に任せる。失敗は許されないぞ」
「勿論です、お任せください」
☆ ☆ ☆ ☆
裁判の2日後、わしは指輪で変装しメイドの格好をして他の使用人と共に屋敷の前に並んでいた。
「ねえリンちゃん、サンドの憲兵さんが何の用かな?」
日の光が照り付ける中で並んでおると、隣のメイドが話しかけてきた。ちなみに、わしはメイド中はリンと名乗っておる。
わしは全部知っておるがここでよく知らぬ奴に話すほど間抜けではない。適当に誤魔化しておくとしよう。
「さあのう?わしにはよく分らんのう?」
「私はね、実はご主人様が何かを隠していて、それを暴きに来たんじゃないかと思ってるの」
「雇われておいてその言いぐさはなんじゃい」
「えー、その方が面白そうじゃない?」
「クビにされても知らぬぞ」
他の使用人がいる前でそこまで好き勝手なことを言えるのは凄いのう。じゃが、言っておる事もあながち間違いではないし、意外と頭が切れるのかもしれぬ。
「それか、ご主人様が実は世間を賑わせる怪盗で捕まえに来たとか!むしろ、憲兵が怪盗が変装した姿なのかも!」
前言撤回、ただのアホじゃ。隣の奴の話を聞き流しつつ憲兵の到着を待つ。
さて、なぜわしがメイドに紛れて憲兵を待っているかを説明しよう。昨日、サンドの憲兵から家宅捜査の申し入れがあった。容疑はサンドの街の要人を誘拐したというものじゃった。確実にノエルの奪還が目的なんじゃろう。
それを聞いたホウリからわしはノエルを守るためにここにいる……訳ではない。というのも、ホウリが既に手を打っているからわしが出張る必要もないんじゃが、暇じゃし敵の姿を見ておこうと思ったんじゃ。ホウリの相談した時に軽く承諾された時は驚いたが、流石にノエルの許可は下りなかった。
そんな訳でわしはここにおる訳なんじゃが、別に奴らをどうこうしようとは思ってらぬ。どうせ見つからぬと分かっておるし、娯楽として楽しませてもらおう。むしろ見つけられるとしたら見てみたい気もするのう。
「───もしも憲兵から協力を要請されたら私はどうするべき?雇い主を裏切れはしない。けど、正義のためには非情にならないと……」
「そろそろ黙った方がよいのではないか?ほれ、憲兵が来たぞ」
森の向こうから大きめの馬車が何台かやってくる。隣の奴も流石に口を紡ぎ背筋を伸ばす。
馬車は屋敷の前に止まり中から十数人のスーツを着た憲兵が姿を現す。この大きさの屋敷を捜索するには少ない気がするが王都に大人数を連れてくるのが出来なかったんじゃな。
最後にメガネを掛けた男が出てきた。こいつがリーダーに間違いないじゃろう。メガネの男は笑顔を顔に張り付けながら使用人が作る道を進み、他の憲兵は後ろからついていく。わしは頭を下げながら相手の様子をうかがう。
全員がアタッシュケースを2つ持っておる。人数差を何かしらの魔道具でカバーするつもりなんじゃろうが、どうするつもりか見物じゃな。
憲兵たちが入り口にたどり着くと、メイド長が待っていて深々と頭を下げる。
「お待ちしておりました。本日はよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく。エンゼ氏はどこに?」
「ご主人様は多忙のため王都にはいません。代わりに私がご案内いたします」
「そうか、挨拶したかったが残念だな」
さほど残念でもない様子でメガネ男は言う。この様子じゃとエンゼがいない時を狙ったみたいじゃな。主がいない時に捜査か。嫌な予感がするのう。
メガネ男の言葉を聞いたメイド長は顔を上げずに言葉を続けた。
「なお、ご主人様から伝言を預かっておりますのでお伝えします」
「なんだ?」
「『捜査をするのは認めるが、事実無根だった場合は分かっているな?』だそうです」
「おお、怖い怖い」
オーバーなリアクションをしてふざけるメガネ男。だが、額には薄く汗が浮かんでおり、内心ビビっておるのが分かる。
エンゼは政治的にも影響がある奴みたいじゃし、事実無根で家を荒らされた場合はどうなるか分かったものではない。失敗はできぬじゃろうな。
「私はこの方を案内するから今から呼ぶ者は他の方を案内しなさい。まずはリン、マクリ───」
名前を呼ばれたわしは前に出る。ちなみに、屋敷の人間でわしの正体を知っている者は主であるエンゼ以外は知らぬ。名前を呼ばれたのもエンゼの計らいじゃろうな
わしがあんなする奴は……適当にこいつでよいか。
わしはスーツ姿の女の前に立ち、わしは深々と頭を下げる。
「わしの名前はリンじゃ。屋敷の中を案内させてもらう」
「私はナマクです。早速、別館を案内してください」
「了解じゃ。別館はこっちじゃ」
いきなり当たりを引きおったわい。わしがいて良かったといった所か。
わしは動揺を悟られないようにナマクを別館に案内するのじゃった。
☆ ☆ ☆ ☆
「ここが別館じゃ。今は使われておらんが、わしらが定期的に清掃をしておる」
「そういった情報は結構です」
わしの説明を冷たく切り捨てるナマク。表情も無表情のままじゃし、これがクールビューティーという奴かのう?
別館に到着したナマクはアタッシュケースを開けてカメラのような魔道具を取り出す。
「それはなんじゃ?」
「あなたに話す必要はありません」
「そうはいかぬ。わしも捜査の様子をご主人様に報告する必要があるんじゃ。こちらが捜査の許可を出しとるんじゃからお主らも協力するのが筋じゃろ」
わしの言葉にナマクは嫌そうに眉をひそめながら、説明してくれる。
「これは温度を可視化する装置です。体温を感知できるのでどこに隠れていても発見できます」
「それは便利じゃな」
なんじゃ、ただのサーモグラフィーか。その程度であればいくらでも対策出来そうじゃな。
「では、部屋を案内してください」
「分かったわい」
手始めに入り口に近い客室へと案内する。部屋の中に入ったナマクは部屋に入ると、クローゼットの中やベッドの下を見ていく。
「その装置は使わんのか?」
「まずは何か手掛かりがないか捜査します。この装置を使うのは最後です」
「思ったよりもちゃんとしとるんじゃな」
「当たり前です。便利な物に頼り過ぎると重要な事を見落としますからね。例えばこんな物とか」
そう言うと、ナマクは金色の毛を摘まみ上げる。
「金色の毛、しかも8歳位の若い女の毛です。エンゼ・クランに孫はいない筈ですし、私たちが探している人物に間違いないでしょう」
「そこまで分かるのか?」
「私たちは全員鑑定のスキルを持っています。この位はできて当然です」
誇る訳でもなく、当たり前のようにいうナマク。相手も結構本気みたいじゃな。
毛を持ったナマクはわしに詰め寄ってくる。
「この毛の人物に心当たりは?」
「…………」
「なお、事実を隠ぺいした場合はそれなりの罰を受けて貰いますので、そのつもりで」
「分かった、連れてこよう。少し待っておれ」
わしの言葉にナマクの表情が若干動く。あっさり認めたのが意外だったのじゃろうな。
わしは毛の持ち主を持ってくるために部屋を出ていったのじゃった。
───3分後───
「……これがこの毛の持ち主ですか?」
「そうじゃ。のう?」
「にゃーん」
ベッドに置かれた綺麗な金色の毛の猫を眺めるナマク。顔には出さぬが毛と猫を交互に見比べておるし、かなり動揺いておるのじゃろうな。
「……私の鑑定では8歳の女だと出たのですが」
「そうじゃよ。8歳のメスじゃ。かなり年を取っておるのう」
「にゃーん」
手を差し出したわしに猫がすり寄ってくる。この猫は珍しく人懐っこい。ノエルと良く餌をやって遊んだものじゃ。
「分かりました。では、装置を使わせていただきます」
ナマクは毛を捨てて装置をのぞき込む。そして、部屋を見渡すように視線を動かすが、不思議そうに首を傾げる。
「おかしいですね、何も見えません。故障でしょうか?」
「どれ、見せてみい」
ナマクから装置を受け取って鑑定してみる。
……新品じゃし壊れてはおらぬようじゃ。だとしたらなぜ見えぬのじゃろうか?
不思議に思ったわしが装置を見るととあることに気が付く。
「レンズにカバーが付いておる。これでは見える筈なかろう」
カバーを外して装置をナマクへ渡す。すると、装置を受け取ったナマクは軽く部屋を調べて足早に部屋を立ち去る。……そして盛大にすっころんだ。
うつ伏せになりながらも起き上がる様子がないナマクへわしは手を差し出す。
「立てるか?」
「……ありがとうございます」
わしの手を取って起き上がるナマク。その顔は無表情ながらも頬が紅葉のように赤く染まっていた。もしかしてこやつ……
瞬間、ナマクが無表情でわしを見つめてくる。
「分かってます。あなたも私をポンコツと思っているんですね」
「そんなことは……ちょっとしか思っとらん」
「分かってます。私自身も優秀だとは思ってません。この表情も少しでも仕事が出来るように見せるためのハッタリみたいなものです」
「思ったよりさらけ出したのう!?」
さっきのクールな言動もポンコツさを隠すためか。なかなか演技派じゃのう。
ナマクは演技がバレても廊下を歩きながら無表情で話し続ける。
「……どんな仕事をしても失敗ばかり。せっかく鑑定のスキルがあってもあまり役に立たない。私はどうしたらいいのでしょうか」
「そんな重めの話を使用人にするのではない」
こんな話を聞かされてどうしろというのだ。
ナマクは次の部屋を捜査しながら話を続ける。
「何か私に会う仕事はないでしょうか」
「仕事中に職業相談するでない」
「贅沢を言うのならばクリエイティブな仕事がしたいですね」
「おーい、話を聞いてくれぬか?」
「皆を笑顔にするような素敵な仕事がしたいです」
「一人で話を進めるでない!」
これあれじゃ、YESと言わないと進まないRPGの登場人物じゃな。
「……そこまでの演技が出来るのであれば、劇団員はどうじゃ?」
「劇団員とはなんですか?」
「劇で芝居をする仕事じゃ。劇は見たことあるのか?」
「ないです」
「じゃったら見た方がよい。おすすめは『泣いたドラゴン』じゃ」
「どういう話なんですか?」
「お主何も知らぬのじゃな。泣いたドラゴンはのう───」
こうしてわしはナマクの職業相談を受けつつ、調査を見守ったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
「以上で報告を終わります」
「ご苦労だった」
最後の一人がメガネ男に報告し終わる。どうやら、誰もノエルを見つけられなかったようじゃな。
報告を終えたのを見たメイド長がメガネ男へと歩み寄る。
「調査は以上でよろしいでしょうか。よろしければ、今日の事はご主人様へご報告させていただきます」
日も落ちてきたしこれ以上の調査は難しい筈じゃ。最初は退屈そうじゃと思ったが、結果的には楽しめたのう。
わしは思考を完全に今日の晩飯に移す。今日の気分は和食じゃな。天ぷらだったら最高じゃ。
すっかりと憲兵に対する失ったわしだったが、メガネ男の言葉で再び興味を持つ事になった。
「何いってるんですか。調査はこれからです」
そう言うとメガネ男はアタッシュケースを開ける。すると、アタッシュケースにはディスプレイが入っており、レーダーのような物は入っていた。
「これは?」
「見たままのレーダーだ。憲兵の皆には屋敷内にこのレーダーの電波を増幅させる魔道具を置いてもらった。このような巨大な屋敷だ、隠し部屋の1つや2つあるだろう!だが、このレーダーは人間に反応する。そして、屋敷内の人間は全員外に出して貰っている。つまり!まだ屋敷にいる人間がいればそいつが私たちが探している人間だ!」
勝ち誇ったようにレーダーを起動するメガネ男。
「さあさあ、今にレーダーに反応が!」
しかし、レーダーには全く反応が表れない。メガネ男の表情に焦りの表情が見える。
「どうしました?」
「ま、待て。今出るから待つんだ」
男は焦りながらレーダーをにらみつける。じゃが、いつまで経ってもレーダーに反応は現れない。
「なぜ反応がない!」
「その答えは一つです。『この屋敷に探している人物はいない』、それしかないでしょう」
「だが!我々の調査では確かにこの屋敷にいると!」
「ですが実際にはいないのです。これ以上、居座るのならば……」
メイド長は表情を変えずにメガネ男に顔を近づける。
「こちらにも考えがありますが?」
「……くっ、撤収だ!」
メガネ男の号令と共に憲兵たちは荷物をまとめると馬車に乗り込む。
全員が世界が終わった表情で乗り込む中で、ナマクは一人だけ晴れやかな表情で馬車に乗り込んでいた。ナマクはわしに気が付くと、始めでは考えられないような笑顔で両手を振ってきた。わしも小さく手を振り返して馬車を見送る。
「……退屈はしなかったのう」
そう呟いて、わしは皆の元へと帰るのじゃった。
☆ ☆ ☆ ☆
「帰ったぞー」
「フランお姉ちゃんお帰りなさい!」
「おおノエル。良い子にしておったか?」
「うん!今日はバーリングお爺ちゃんと一緒に森を散歩したんだ」
「そうか。ここに移動して退屈でせぬか心配じゃったが杞憂じゃったか」
「おう、フラン。帰ったか。夕飯出来てるぜ」
「今日のメニューはなんじゃ?」
「天ぷら蕎麦だ。森で採れた山菜を使っている」
「おお、丁度天ぷらが食いたかった所じゃ。朝に全員をこの家にワープさせたり、屋敷で働いたりと頑張ったから大盛りで食いたいのう」
「分かってる。さっさと手を洗ってこい」
「うむ!」
クラン家の屋敷は王都の建物の中でもかなり広く、敷地内には鬱蒼とした森が広がっている。案内なく森を進むと余程運が良くない限り、遭難してしまうとされている。屋敷の中の施設も多く、戦闘場や遊戯室、ミニシアターもある。また、屋敷内には使用人が百人単位でおり、使用人専用の寮もある────Maoupediaより抜粋
☆ ☆ ☆ ☆
ここはどこかの地下室。薄暗い部屋の中で2人の男が向かい合っている。
「どういうことだ?このままでは我々の計画が破綻してしまう」
「は!申し訳ありません!」
メガネを掛けた男が椅子に座っている男に頭を下げる。椅子に座った男が手を組んで不機嫌そうな顔をする。
「本当に分かっているのか?このままだとお前もタダでは済まないぞ?」
「ご心配なく。もう次の手は打ってあります」
「ほう?何をする気かね?」
「『電池』を確保します」
「……目星は付いているのかね?」
「はい、少し厄介ですが居場所は掴んでおります」
「その場所とは?」
男はメガネを上げるとニヤリと口角を上げる。
「クラン家です」
「……それは厄介だな」
「ご心配なく。屋敷を部下に見張らせていますが、人が出入りした形跡はありません」
「荷物に紛れて移動している可能性は?」
「それも考えて屋敷を出入りした荷物の行方も調査済みです。怪しいところは全くありません」
「分かった、そこまで言うのであればお前に任せる。失敗は許されないぞ」
「勿論です、お任せください」
☆ ☆ ☆ ☆
裁判の2日後、わしは指輪で変装しメイドの格好をして他の使用人と共に屋敷の前に並んでいた。
「ねえリンちゃん、サンドの憲兵さんが何の用かな?」
日の光が照り付ける中で並んでおると、隣のメイドが話しかけてきた。ちなみに、わしはメイド中はリンと名乗っておる。
わしは全部知っておるがここでよく知らぬ奴に話すほど間抜けではない。適当に誤魔化しておくとしよう。
「さあのう?わしにはよく分らんのう?」
「私はね、実はご主人様が何かを隠していて、それを暴きに来たんじゃないかと思ってるの」
「雇われておいてその言いぐさはなんじゃい」
「えー、その方が面白そうじゃない?」
「クビにされても知らぬぞ」
他の使用人がいる前でそこまで好き勝手なことを言えるのは凄いのう。じゃが、言っておる事もあながち間違いではないし、意外と頭が切れるのかもしれぬ。
「それか、ご主人様が実は世間を賑わせる怪盗で捕まえに来たとか!むしろ、憲兵が怪盗が変装した姿なのかも!」
前言撤回、ただのアホじゃ。隣の奴の話を聞き流しつつ憲兵の到着を待つ。
さて、なぜわしがメイドに紛れて憲兵を待っているかを説明しよう。昨日、サンドの憲兵から家宅捜査の申し入れがあった。容疑はサンドの街の要人を誘拐したというものじゃった。確実にノエルの奪還が目的なんじゃろう。
それを聞いたホウリからわしはノエルを守るためにここにいる……訳ではない。というのも、ホウリが既に手を打っているからわしが出張る必要もないんじゃが、暇じゃし敵の姿を見ておこうと思ったんじゃ。ホウリの相談した時に軽く承諾された時は驚いたが、流石にノエルの許可は下りなかった。
そんな訳でわしはここにおる訳なんじゃが、別に奴らをどうこうしようとは思ってらぬ。どうせ見つからぬと分かっておるし、娯楽として楽しませてもらおう。むしろ見つけられるとしたら見てみたい気もするのう。
「───もしも憲兵から協力を要請されたら私はどうするべき?雇い主を裏切れはしない。けど、正義のためには非情にならないと……」
「そろそろ黙った方がよいのではないか?ほれ、憲兵が来たぞ」
森の向こうから大きめの馬車が何台かやってくる。隣の奴も流石に口を紡ぎ背筋を伸ばす。
馬車は屋敷の前に止まり中から十数人のスーツを着た憲兵が姿を現す。この大きさの屋敷を捜索するには少ない気がするが王都に大人数を連れてくるのが出来なかったんじゃな。
最後にメガネを掛けた男が出てきた。こいつがリーダーに間違いないじゃろう。メガネの男は笑顔を顔に張り付けながら使用人が作る道を進み、他の憲兵は後ろからついていく。わしは頭を下げながら相手の様子をうかがう。
全員がアタッシュケースを2つ持っておる。人数差を何かしらの魔道具でカバーするつもりなんじゃろうが、どうするつもりか見物じゃな。
憲兵たちが入り口にたどり着くと、メイド長が待っていて深々と頭を下げる。
「お待ちしておりました。本日はよろしくお願いいたします」
「ああ、よろしく。エンゼ氏はどこに?」
「ご主人様は多忙のため王都にはいません。代わりに私がご案内いたします」
「そうか、挨拶したかったが残念だな」
さほど残念でもない様子でメガネ男は言う。この様子じゃとエンゼがいない時を狙ったみたいじゃな。主がいない時に捜査か。嫌な予感がするのう。
メガネ男の言葉を聞いたメイド長は顔を上げずに言葉を続けた。
「なお、ご主人様から伝言を預かっておりますのでお伝えします」
「なんだ?」
「『捜査をするのは認めるが、事実無根だった場合は分かっているな?』だそうです」
「おお、怖い怖い」
オーバーなリアクションをしてふざけるメガネ男。だが、額には薄く汗が浮かんでおり、内心ビビっておるのが分かる。
エンゼは政治的にも影響がある奴みたいじゃし、事実無根で家を荒らされた場合はどうなるか分かったものではない。失敗はできぬじゃろうな。
「私はこの方を案内するから今から呼ぶ者は他の方を案内しなさい。まずはリン、マクリ───」
名前を呼ばれたわしは前に出る。ちなみに、屋敷の人間でわしの正体を知っている者は主であるエンゼ以外は知らぬ。名前を呼ばれたのもエンゼの計らいじゃろうな
わしがあんなする奴は……適当にこいつでよいか。
わしはスーツ姿の女の前に立ち、わしは深々と頭を下げる。
「わしの名前はリンじゃ。屋敷の中を案内させてもらう」
「私はナマクです。早速、別館を案内してください」
「了解じゃ。別館はこっちじゃ」
いきなり当たりを引きおったわい。わしがいて良かったといった所か。
わしは動揺を悟られないようにナマクを別館に案内するのじゃった。
☆ ☆ ☆ ☆
「ここが別館じゃ。今は使われておらんが、わしらが定期的に清掃をしておる」
「そういった情報は結構です」
わしの説明を冷たく切り捨てるナマク。表情も無表情のままじゃし、これがクールビューティーという奴かのう?
別館に到着したナマクはアタッシュケースを開けてカメラのような魔道具を取り出す。
「それはなんじゃ?」
「あなたに話す必要はありません」
「そうはいかぬ。わしも捜査の様子をご主人様に報告する必要があるんじゃ。こちらが捜査の許可を出しとるんじゃからお主らも協力するのが筋じゃろ」
わしの言葉にナマクは嫌そうに眉をひそめながら、説明してくれる。
「これは温度を可視化する装置です。体温を感知できるのでどこに隠れていても発見できます」
「それは便利じゃな」
なんじゃ、ただのサーモグラフィーか。その程度であればいくらでも対策出来そうじゃな。
「では、部屋を案内してください」
「分かったわい」
手始めに入り口に近い客室へと案内する。部屋の中に入ったナマクは部屋に入ると、クローゼットの中やベッドの下を見ていく。
「その装置は使わんのか?」
「まずは何か手掛かりがないか捜査します。この装置を使うのは最後です」
「思ったよりもちゃんとしとるんじゃな」
「当たり前です。便利な物に頼り過ぎると重要な事を見落としますからね。例えばこんな物とか」
そう言うと、ナマクは金色の毛を摘まみ上げる。
「金色の毛、しかも8歳位の若い女の毛です。エンゼ・クランに孫はいない筈ですし、私たちが探している人物に間違いないでしょう」
「そこまで分かるのか?」
「私たちは全員鑑定のスキルを持っています。この位はできて当然です」
誇る訳でもなく、当たり前のようにいうナマク。相手も結構本気みたいじゃな。
毛を持ったナマクはわしに詰め寄ってくる。
「この毛の人物に心当たりは?」
「…………」
「なお、事実を隠ぺいした場合はそれなりの罰を受けて貰いますので、そのつもりで」
「分かった、連れてこよう。少し待っておれ」
わしの言葉にナマクの表情が若干動く。あっさり認めたのが意外だったのじゃろうな。
わしは毛の持ち主を持ってくるために部屋を出ていったのじゃった。
───3分後───
「……これがこの毛の持ち主ですか?」
「そうじゃ。のう?」
「にゃーん」
ベッドに置かれた綺麗な金色の毛の猫を眺めるナマク。顔には出さぬが毛と猫を交互に見比べておるし、かなり動揺いておるのじゃろうな。
「……私の鑑定では8歳の女だと出たのですが」
「そうじゃよ。8歳のメスじゃ。かなり年を取っておるのう」
「にゃーん」
手を差し出したわしに猫がすり寄ってくる。この猫は珍しく人懐っこい。ノエルと良く餌をやって遊んだものじゃ。
「分かりました。では、装置を使わせていただきます」
ナマクは毛を捨てて装置をのぞき込む。そして、部屋を見渡すように視線を動かすが、不思議そうに首を傾げる。
「おかしいですね、何も見えません。故障でしょうか?」
「どれ、見せてみい」
ナマクから装置を受け取って鑑定してみる。
……新品じゃし壊れてはおらぬようじゃ。だとしたらなぜ見えぬのじゃろうか?
不思議に思ったわしが装置を見るととあることに気が付く。
「レンズにカバーが付いておる。これでは見える筈なかろう」
カバーを外して装置をナマクへ渡す。すると、装置を受け取ったナマクは軽く部屋を調べて足早に部屋を立ち去る。……そして盛大にすっころんだ。
うつ伏せになりながらも起き上がる様子がないナマクへわしは手を差し出す。
「立てるか?」
「……ありがとうございます」
わしの手を取って起き上がるナマク。その顔は無表情ながらも頬が紅葉のように赤く染まっていた。もしかしてこやつ……
瞬間、ナマクが無表情でわしを見つめてくる。
「分かってます。あなたも私をポンコツと思っているんですね」
「そんなことは……ちょっとしか思っとらん」
「分かってます。私自身も優秀だとは思ってません。この表情も少しでも仕事が出来るように見せるためのハッタリみたいなものです」
「思ったよりさらけ出したのう!?」
さっきのクールな言動もポンコツさを隠すためか。なかなか演技派じゃのう。
ナマクは演技がバレても廊下を歩きながら無表情で話し続ける。
「……どんな仕事をしても失敗ばかり。せっかく鑑定のスキルがあってもあまり役に立たない。私はどうしたらいいのでしょうか」
「そんな重めの話を使用人にするのではない」
こんな話を聞かされてどうしろというのだ。
ナマクは次の部屋を捜査しながら話を続ける。
「何か私に会う仕事はないでしょうか」
「仕事中に職業相談するでない」
「贅沢を言うのならばクリエイティブな仕事がしたいですね」
「おーい、話を聞いてくれぬか?」
「皆を笑顔にするような素敵な仕事がしたいです」
「一人で話を進めるでない!」
これあれじゃ、YESと言わないと進まないRPGの登場人物じゃな。
「……そこまでの演技が出来るのであれば、劇団員はどうじゃ?」
「劇団員とはなんですか?」
「劇で芝居をする仕事じゃ。劇は見たことあるのか?」
「ないです」
「じゃったら見た方がよい。おすすめは『泣いたドラゴン』じゃ」
「どういう話なんですか?」
「お主何も知らぬのじゃな。泣いたドラゴンはのう───」
こうしてわしはナマクの職業相談を受けつつ、調査を見守ったのだった。
☆ ☆ ☆ ☆
「以上で報告を終わります」
「ご苦労だった」
最後の一人がメガネ男に報告し終わる。どうやら、誰もノエルを見つけられなかったようじゃな。
報告を終えたのを見たメイド長がメガネ男へと歩み寄る。
「調査は以上でよろしいでしょうか。よろしければ、今日の事はご主人様へご報告させていただきます」
日も落ちてきたしこれ以上の調査は難しい筈じゃ。最初は退屈そうじゃと思ったが、結果的には楽しめたのう。
わしは思考を完全に今日の晩飯に移す。今日の気分は和食じゃな。天ぷらだったら最高じゃ。
すっかりと憲兵に対する失ったわしだったが、メガネ男の言葉で再び興味を持つ事になった。
「何いってるんですか。調査はこれからです」
そう言うとメガネ男はアタッシュケースを開ける。すると、アタッシュケースにはディスプレイが入っており、レーダーのような物は入っていた。
「これは?」
「見たままのレーダーだ。憲兵の皆には屋敷内にこのレーダーの電波を増幅させる魔道具を置いてもらった。このような巨大な屋敷だ、隠し部屋の1つや2つあるだろう!だが、このレーダーは人間に反応する。そして、屋敷内の人間は全員外に出して貰っている。つまり!まだ屋敷にいる人間がいればそいつが私たちが探している人間だ!」
勝ち誇ったようにレーダーを起動するメガネ男。
「さあさあ、今にレーダーに反応が!」
しかし、レーダーには全く反応が表れない。メガネ男の表情に焦りの表情が見える。
「どうしました?」
「ま、待て。今出るから待つんだ」
男は焦りながらレーダーをにらみつける。じゃが、いつまで経ってもレーダーに反応は現れない。
「なぜ反応がない!」
「その答えは一つです。『この屋敷に探している人物はいない』、それしかないでしょう」
「だが!我々の調査では確かにこの屋敷にいると!」
「ですが実際にはいないのです。これ以上、居座るのならば……」
メイド長は表情を変えずにメガネ男に顔を近づける。
「こちらにも考えがありますが?」
「……くっ、撤収だ!」
メガネ男の号令と共に憲兵たちは荷物をまとめると馬車に乗り込む。
全員が世界が終わった表情で乗り込む中で、ナマクは一人だけ晴れやかな表情で馬車に乗り込んでいた。ナマクはわしに気が付くと、始めでは考えられないような笑顔で両手を振ってきた。わしも小さく手を振り返して馬車を見送る。
「……退屈はしなかったのう」
そう呟いて、わしは皆の元へと帰るのじゃった。
☆ ☆ ☆ ☆
「帰ったぞー」
「フランお姉ちゃんお帰りなさい!」
「おおノエル。良い子にしておったか?」
「うん!今日はバーリングお爺ちゃんと一緒に森を散歩したんだ」
「そうか。ここに移動して退屈でせぬか心配じゃったが杞憂じゃったか」
「おう、フラン。帰ったか。夕飯出来てるぜ」
「今日のメニューはなんじゃ?」
「天ぷら蕎麦だ。森で採れた山菜を使っている」
「おお、丁度天ぷらが食いたかった所じゃ。朝に全員をこの家にワープさせたり、屋敷で働いたりと頑張ったから大盛りで食いたいのう」
「分かってる。さっさと手を洗ってこい」
「うむ!」
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変わらず応援して頂ければと思います。よろしくお願いします!
(誰かイラスト化してくれる人いませんか?)←他力本願
※誤字脱字報告につきましては、返信等一切しませんのでご了承ください。しかるべき時期に手直しいたします。
* * *
やってきました、異世界。
学生の頃は楽しく読みました、ラノベ。
いえ、今でも懐かしく読んでます。
好きですよ?異世界転移&転生モノ。
だからといって自分もそうなるなんて考えませんよね?
『ラッキー』と思うか『アンラッキー』と思うか。
実際来てみれば、乙女ゲームもかくやと思う世界。
でもね、誰もがヒロインになる訳じゃないんですよ、ホント。
モブキャラの方が楽しみは多いかもしれないよ?
帰る方法を探して四苦八苦?
はてさて帰る事ができるかな…
アラフォー女のドタバタ劇…?かな…?
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基本、ノリと勢いで書いてます。
どこかで見たような展開かも知れません。
暇つぶしに書いている作品なので、多くは望まないでくださると嬉しいです。
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