魔王から学ぶ魔王の倒し方

唯野bitter

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第六十二話 もっと腕にシルバー巻くとかさ

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────神殿長の業務────
神殿長は街に一人しかおらず、業務も多量にある。業務内容としては神官や神殿の管理、祭事の執り行いなどがあげられる。また、業務内容が多岐渡るため、基本的には街の外に出ることは無い。例外として数年に一度、王都にて各街の神殿長の集会がある。──────Maoupediaより抜粋


☆  ☆  ☆  ☆ 



 とある休日の朝、ナップはある時計台の前で誰かを落ち着かない様子で待っていた。俺はその様子を建物の陰から観察する。


「分かりやすく緊張しておるのう」
「緊張しすぎて余計な事口走らないかしら?」
「何かあったら全力で止めに行こう」


 俺の後ろではフラン、ミル、シースが一緒にナップの様子を見ている。
 ナップから相談を受けた後、俺はコレトに連絡しナップとのデートの約束を取り付けた。それをナップに知らせたら飛び上がる程に喜んでいたが、気持ちが浮つきすぎていた。それを見た俺は心配になり、こうして見に来た訳だ。
 フランに関しては何でも対応出来るように俺が呼んでおいた。ミルとシースはナップからデートすると聞かされた時に配になってナップの後をつけてた所で俺達に偶然会ったから一緒に見守ることにした。そんな訳で俺達4人でデートの様子を見守っている訳だ。


「それにしても、よく相手の子は承諾したわね?何か対価でも払ったの?」
「ホウリ君がナップの事良く言い過ぎたとか?」
「何か弱みでも握っておったんじゃろ」
「ナップと俺の信用のなさは分かった。だが俺はナップの情報を捻じ曲げて伝えていないし、対価を払っても脅してもいない。コレトの奴が『是非お願いします』って言ってたんだよ」
「嘘じゃろ、あんなにモテるコレトがナップごときに会いたいなど言うとは思えん」
「僕が言うのもなんだけど、ひどくない?」


 フランの感想は最もだ。確かにコレトには裏があるがあえて言う必要はないだろう。
 4人でそわそわしているナップを見ていると。シースが何か気が付いた。


「あら?服装に興味を持たなかったナップがあんなにおしゃれして、何かあったのかしら?」
「そういえばそうだね。いつものナップなら平気で鎧とか着ていきそうだけど、今日は普通の恰好だね?」


 シースの言葉通りナップの恰好は紺のカーゴパンツに白いTシャツ、黒の上着といった普通におしゃれな恰好をしている。その服装を見たフランは何か思いついたように俺を見てくる。


「もしかして、お主がコーディネートしたのか?」
「ああ、昨日ナップが来てコーディネートしてくれと土下座されてな。仕方なく服装選びに付き合ってやった」
「ごめんね、ナップがまた迷惑をかけたみたいで」
「いえ、変な恰好でデートに行かれるよりはマシなので大丈夫ですよ」


 試しに好きな恰好をさせたら英字だらけの服やズボンにアクセサリーを付けまくった似合わなさすぎる恰好になった。俺がコーディネートしている間にも隙あらば腕にシルバーを巻こうとしていたし、かなり苦労した事に代わりはないか。


「それにしても、この前まではわしの事追いまわしとったくせに、今度はコレトか。どれだけ節操がないんじゃ」
「今までもそうだったけどね。女の子を追いまわしては振られてまた次の子に。惚れっぽいのかな?」
「でもね、今回は感じが違うのよ」
「感じが違うじゃと?」


 首を傾げるフランにミルが話を続ける。


「今までは好きな人が出来たらしつこいくらいに話してくるのに、今回は何も話さずにボーっとしているんだ」
「話しかけても生返事だしご飯もあまり食べないのよ?」
「それに嫌いな筈の俺に相談して、ありえない条件まで呑んだんだ。今回は何かが違うんだろう」


 俺達が好き勝手に話していると、遠くからコレトが近付いてくるのが見えた。ナップも気が付いたのかコレトを見かけると大きく手を振ってアピールする。それを見たコレトは小走りでナップの元へと向かう。
 ナップの元へと辿り着いたコレトは深呼吸をして息を整えながら


『ハァハァ、ごめんね待たせちゃった?』
『いえ、僕も今来たところです』
「ブフッ!ぼ、僕?」
「あはは、似合わないわねー」
 
 
 ナップの言葉を聞いた瞬間、ミルとシースは吹き出してしまう。良く見るとフランも俯いて肩を細かく震わせている。こいつら……。
 3人を無視して俺はナップとコレトの監視を続ける。


『初めましてだから自己紹介しよっか。私はコレト・ガーナ、よろしくね』
『ぼ、僕はナップ・シュトレンです。よろしくお願いします』
「分かりやすく緊張しているな」
「最初からこんなんでやっていけるのか?」


 確かに最初からこんなに緊張していたらデートの最後まで持たないかもしれない。ナップの限界が来たら強制終了も視野に入れよう。


『そ、その洋服とても似合ってます!』
『うふふ、ありがと。お世辞でも嬉しいわ』
『いえ!本当に良く似合ってます!』

 
 コレトの言葉にナップが慌てたように弁解する。今日のコレトの恰好は俺達がオダリムの街から出発する時に着ていた白のワンピースだった。ナップの言う通り、コレトには良く似合っている。


『じゃあ行こっか』


 そう言うと、コレトは自分の腕をナップの腕に絡ませる。ナップはかなり驚いたのか目を見開いて固まっていたが、コレトが歩き出すとぎこちなく歩き始める。


「俺達も行くぞ。フラン、認識阻害のスキル使っとけよ」
「分かっておるわい」
「それにしてもかなり緊張しているね。足の関節をまったく曲げずに歩いているよ」
「あんな歩き方は逆に難しいと思うんじゃがな」


 二人はしばらく通りを歩くと、コレトが甘えた声でしゃべり始めた。


『ナップ君は行きたいところはある?』
『そ、そうですね、僕はこの辺に住んでいるので改めて行きたいところは思いつきませんね……』
『ナップ君この辺に住んでるんだ。こんな綺麗な街に住めるだなんて羨ましいな』
『そ、そうかな?』


 会話も上手く出来ているな。主にコレトのおかげではあるが。
 会話しながら通りを進んでいく2人を見たフランが不思議そうに首を傾げる。


「コレトの奴、今日はかなり大胆なんじゃな。オダリムではあんなキャラではなかった気がするが」
「フランちゃんもあの人と知り合いなの?」
「まあの。飲みに行ったり遊びにいったりしたものじゃ。じゃが今日のコレトはわしが知ってるコレトではないのう。双子の片割れと言われても信じられる位じゃ」


 フランが益々首を傾げる角度が大きくする。コレトには神殿長モードとプライベートモードがあるが、今日のコレトはどちらでもない。知り合いが見たら別人を疑いたくなるもの分かる。


『私、お腹空いたなー。どこかに美味しいお店ない?』
『そうだな……何か食べたいものあります?』
『ビール!────じゃなかった、パスタが食べたいな』
「よかった、コレト本人みたいじゃな」


 コレトのビール発言で安心したのか、フランの首の角度が元に戻る。ビール発言で本人確認が出来るとはある意味で信頼されてるよな。


『パスタでしたらこの道を曲がったところに美味しいパスタを出すレストランがあるんですがいかがですか?』
『いいわね、そこに行きましょう』


 2人は角を曲がってレストランへと向かう。俺達も2人を追いかけて角を曲がる。すると、


(ぐぅー)


 誰かの腹の虫が盛大に鳴り響いた。音が鳴った方へと視線を向けると、お腹を押さえながら恥ずかしそうに笑うミルの姿があった。


「俺達もご飯にしましょうか」
「あはは、そうしてくれると助かるよ」


 俺は2人がとあるレストランに入るのを確認しフランに話しかける。


「フラン、認識阻害を解いておいてくれ」
「む、わかった」


 認識阻害は犯罪者が使うスキルでもある。店側に不信に思われたりして憲兵でも呼ばれたら説明が面倒だ。多少は見つかる可能性が上がるが、なんとか上手くやろう。
 2人に続いてレストランへ入るとウエイターが出迎えてくれた。


「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「4名です」
「かしこまりました。こちらの席へどうぞ」


 店員に席へと案内された俺達は周りを見渡してナップとコレトを探す。店内にはランチタイムの影響もあって店内には女性客が多い。込み合っている店内でナップとコレトを探していると、フランが窓際の席を指さす。


「あそこにおったぞ」


 フランの指の先には窓際の席に座っている笑顔のコレトとまだ緊張した面持ちのナップがいた。ちょうど柱で俺達の姿が隠れるからあちらの席からはこっちは見えにくいだろう。
 柱に隠れながらミルは2人の様子を確認する。


「まだぎこちないね」
「フランちゃんはどれにする?」
「わしは『熟成ベーコンのカルボナーラ』にする」
「俺は『海鮮トマトソースのパスタ』と『蜂蜜のパフェ』で」
「私は『ミートドリア』にしようかな」
「みんな?僕らはナップの監視の為にいるんだよ?呑気じゃない?」
「食べられる時に食べないと力が出ませんよ?」
「それにミルが一番お腹空いているでしょ?食べときなさい」
「分かったよ、僕は『マルゲリータ』にするよ」
「全員決まったな。すみませーん!」 


 声を変えて2人にバレないように店員を呼び出して注文をする。


「……以上で」
「かしこまりました」


 店員は注文を取り終わると、礼をして厨房へと戻っていった。
 店員が戻ったのを見て俺達はナップとコレトの席へと視線を移す。2人の席には既に料理が運ばれており美味しそうにパスタを食べている。


「ここからだと声が聞こえないわね」
「心配ないです。フラン」
「任せろ」


 ウランがパチンと指を鳴らす。すると、数秒のノイズの後にナップとコレトの声が聞こえてきた。


『────へぇ、ナップ君って冒険者してるんだ』
『はい、一応A級パーティーです』
『それはすごいわね!A級パーティーって全体の1%なんでしょ?』
『えへへ……』


 コレトに褒められて嬉しそうに頭を掻くナップ。それを見ていたシースは顔をしかめる。


「見慣れるとあそこにいるナップはかなり不気味ね。馴染みの杖の太さが変わったような気持ち悪さがあるわ」
「そうだね、あのナップは偽物と言われても信じてしまうかもしれないね」


 ミルとシースもナップの存在に違和感を持ったようだ。


「ホウリ君、あの2人は偽物なんじゃないかい?」
「そうじゃな、そうとしか考えられぬ」
「なんで俺に聞く?」
「そりゃあ、何かしているならホウリ君に聞くのが手っ取り早いからよ。ねぇ?」


 シースの言葉にフランとミルが頷く。信用されているようで何よりだ。


「悪いがあの2人が偽物っていう情報は入っていない。間違いなく本物だ」
「そうなると益々不気味じゃな」
「いっその事、偽物といってくれた方が良かったわ」


 2人のやり取りを聞きながら好き勝手話していると店員が料理を持ってきた。


「お待たせいたしました。パフェは食後でよろしいでしょうか?」
「はい」
「かしこまりました、ごゆっくりお寛ぎください」
 

 店員は恭しく礼をした後、再び厨房へと戻っていった。


「まずは食べましょう、『腹が減っては戦は出来ぬ』よ」
「でも見張りもしないと……」
「俺が見張っておくので食べるのに集中して大丈夫ですよ」
「……分かった、任せたよホウリ君」


 そう言うと、ミルはマルゲリータを大口を開けて頬張る。よっぽど腹が減ってたんだな。
 ミルを皮切りに俺達も飯を食い始める。


「うーん、朝ごはんを食べられなかったから、ものすごく美味しく感じるよ」
「このパスタは半熟の卵とベーコンの相性がよいのう」
「こっちのドリアも美味しいわよ。交換しない?」
「よいぞ、ほれ」


 フランとシースがパスタとドリアを交換して料理に舌鼓を打つ。俺もパスタを食いながら2人の席に気を見張っておく。
 2人は食後のコーヒーを飲みながら談笑している。
 

『じゃあ、コレトさんは王都は初めてなんですか』
『ええ、仕事柄あまり街の外には出なくて。旅行とかも好きなんだけどね』
『それは大変ですね。ご職業は?』
『うーん、それはまた今度ね』


 この調子ならしばらくは大丈夫だな。店を出ていきそうになったら3人に声を掛ければいいか。こうして俺達は腹ごしらえをしながら、2人の監視を続けるのであった。
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