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第二十五話 話をしよう
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───ノエル・カタラーナ───
ノエル・カタラーナとは神の使いである。無制限のMPと高い魔力を持ち合わせており、更には最上位の回復スキルまで所持している。サンドの街で軟禁されていた過去があるが、優しい(?)人に助けられて街を脱出することが出来た。今はホウリとフランと行動を共にしている。─────Maoupediaより抜粋
☆ ☆ ☆ ☆
事件があった次の日、ホウリさんの言っていた通りユミリンピックは再開しました。中止にすべきだと言う声も上がったみたいですが、ホウリさんの説得と選手には憲兵の護衛を付けるという条件の元で再開が決定したらしいです。なので、僕の後ろにも憲兵が一人ついてきています。
そして、ジルの一回戦が始まる一時間前に僕はジルの控室に前に来ていました。ノックしようか迷っていると扉の前の憲兵が目に警戒心を宿らせながら話しかけてきました。
「おい、大会中の選手同士の接触は禁止になっている筈だ。何をしにきた?」
「ジルと少し話がしたくて────」
「大会中の選手同士の接触は禁止だ。三度目はないぞ」
僕がなにか言う前に憲兵がハッキリと拒絶の意思を示してきます。
困りましたね……、何とかしてジルと話がしたいのですが。
僕が何とかして中に入る事が出来ないか頭をひねっていると、僕の後ろにいた憲兵が扉の憲兵に話しかけました。
「先輩、少しぐらい入れてあげても良いじゃないですか」
「ティック、俺達の仕事は選手を守る事と見張る事だ。お前がやろうとしている事は『職務放棄』だぞ?俺たちが部屋に一緒に入ったとしても100%守れるわけじゃないんだから、そこはわきまえろ」
「あの…………、出来れば部屋に二人きりにして欲しいなって……」
「余計ダメに決まっているだろう」
僕の言葉がバッサリと切って捨てられます。
僕は少し怯みましたが、ここで引いては後で後悔する事になる。それだけは絶対に嫌です。
「お願いします!10分、いや5分だけで良いんです!何とかジルと二人で話をさせてください!」
「ダメだ」
「先輩も本当は分ってるんじゃないですか?」
唐突に憲兵──ティックさんが話に割り込んできます。
「ジル選手は昨日から元気がない。元気付ける事が出来るのは彼しかいないでしょ?」
「……ジル選手のメンタル管理は俺の仕事ではない」
「そうです。自分らの仕事では無く彼の仕事です」
ティックさんは後ろから僕の頭にポンと手を載せてきます。
ティックさんの言葉を聞いた先輩さんは目を伏せました。それを見てティックさんは更に続けます。
「彼に仕事をさせないのは『職務妨害』じゃないですかね?」
「……分かった、今回は特別だ」
「!?、ありがとうございます!」
「ただし、こいつを付けてもらう」
そう言うと、先輩さんは懐から銅色に輝く腕輪と赤銅色の腕輪を取り出しました。
「アイテムボックスとスキルを30分使えなくする腕輪だ。それと、ボディチェックも受けてもらう」
「分かりました」
僕は腕輪を付け、先輩さんから簡単にボディチェックを受けます。当然ですが何も出てきません。
「よし、入っていいぞ。ただし、五分だけだ。それ以上は許さん」
「はい、ありがとうございます」
ティックさんと先輩さんに深く頭を下げ僕はジルの控え室の扉に手を掛けました。
☆ ☆ ☆ ☆
ジルの部屋に入って最初に目に入ったのは項垂れているジルの姿でした。一目見ただけで元気がないのが分かります。
弓は机の上に無造作に置かれ最終調整も済んでいないみたいです。
試合前に弓の調整をしていないなんて、相当参ってますね。
ジルは扉の空いた音に気付くと僕の方へと視線を向けました。
「何だロワか。何の用だ」
「昨日の事でちょっと話したくてさ」
「手下の管理も碌に管理も出来ていない俺を笑いに来たのか?」
自嘲気味に笑うジル。ダメだ、いつものジルじゃない。このままだと試合にも負けてしまうのかもしれません。
えーっと、元気付けるためにも何か言わないと……。
「あ、えーっと、やっぱり昨日の事はマズかったの?」
「……ああ」
「………………」
「………………」
…………会話が持たない。
それ程時間があるわけではありません。急いで何とかしないと。
「ジルはさ、領主になりたいの?」
「…………産まれたときからそういう風に育てられたからな」
ジルは少し苦しそうに答えます。
うん?僕はジルの反応を見て少し引っかかりました。
「あれ?ジルが領主になりたい訳ではないんだ?」
「あん?領主の子が領主を目指すのは当たり前だろうが」
「それはジルのお父さんやお母さんが言ってた事でしょ?そうじゃなくて、ジル自身は領主になりたいの?」
「…………考えた事無かった」
ジルは腕を組みながら唸りながら首を傾げます。
「んん?改めて考えてみると別にそうでも無いような?」
「じゃあ、ジルが領主やらなくてもいいんじゃない?」
「は?」
僕の言葉にジルのポカンと口を、開き目が丸くします。
そんなジルを見ながら僕は言葉を続けます。
「領主になれそうにないんでしょ?じゃあ、無理になろうとしなくても良いんじゃない?」
「簡単に言うなよ……」
ジルは頭を抱えながら弱々しく呟きます。ですが、少しすると顔を上げました。でも、心なしかさっきよりもスッキリとした顔をしているかな?
「だが、そうかもな。うだうだ悩むのは俺の柄じゃねぇ」
「それでこそジルだよ。それで、結局やめるって事でいいの?」
「いや、せっかくだから最後までやる。ダメになったらその時考える」
「それがいいよ」
ジルの表情は最初の弱々しさとは打って変わって自信満々の表情へと変わっていました。これでジルは大丈夫でしょう。
だけど、僕がここへ来た目的はこれだけじゃないです。いや、僕にとってはこっちが目的かもしれません。
ウッキウキに弓の手入れをしているジルに僕は話します。
「ジル、僕には尊敬している人が3人居るんだ」
「は?きゅうにどうした?」
手入れの腕を止めてジルは怪訝な表情で僕を見てきます。
「1人目は父さん、2人目はホウリさん、そして3人目は……」
僕は指を立ててジルに向けます。
「ジル、君だよ」
「俺?」
ジルはキョトンとした顔で僕を見つめてきます。
「俺に尊敬される要素あるか?ホウリから聞いたが俺はお前に結構酷いことしてたんだよな?」
「あはは、確かにね。でも、ジルには僕が持っていない物を沢山持っているじゃないか」
「うーん?そうか?」
あまりピンと来ていない様子のジル。そんなジルに僕はゆっくりと話します。
「人を惹きつけて引っ張っているし、弓も上手い。まさに僕が目指していた理想の人だったんだよ。だから───」
僕はゆっくりと立ち上がってジルに指を突き付けます。
「僕は全力で君に勝つ」
僕の言葉にジルはキョトンとしています。しかし、ジルは数秒固まると急に大きく笑い出しました。
「あっはっはっはっは!」
ジルはひとしきり笑った後、キリッとした表情にかわりました。
「やってみろよ。返り討ちにしてやる」
僕は少し笑って、扉まで歩きます、。そして、ドアノブに手をかけると最後の言葉をジルに投げかけます。
「一回戦、必ず勝ってよ?」
「ふん、あんな奴30秒で終わらせてやる」
ジルの言葉に強い信頼を感じつつ、僕は控え室を後にしました。
余談ですが、ジルは一回戦を10秒で終わらせたらしいです。
☆ ☆ ☆ ☆
『さあ、始まりました!ユミリンピック第二回戦!解説は私「ベック」と!』
『「チフール」でお送りしますわ』
『さあ、この試合は非常に注目されております!なにせ優勝候補のジル・クミンバ選手と、今大会のダークホールのロワ・タタン選手の対戦となります!』
『ジルの野郎は近距離用の「短弓」、ロワ様は長距離用の「長弓」、両選手とも間合いの管理が鍵になってきますわ』
『私見が入りまくっている解説ですね!それでは、両選手入場です!』
熱気に沸き立つコロシアムの中でジルとロワの両選手が入場してくる。
二人は言葉を交わすことなく所定の位置に付き、互いを見据えている。その雰囲気は一回戦の緊張感とは違う、張り詰めたような緊張感が流れている。
その空気を断ち切るかのようにアナウンスがコロシアムに響き渡った
『それでは、「戦闘種目」第二回戦を開始します!両者構えて!』
アナウンスと同時に両者は弓に矢をつがえる。
『あれ?』
『どうしましたの?』
『今ロワ選手の矢が光ったような?』
『あら、貴方も気が付きましたの?』
『チフールさん、あれはなんですか?』
『試合が始まったらわかりますわ』
矢をつがえたまま微動だにしない両者の間に、割れんばかりのアナウンスが響きわたる。
『それでは、試合開始ィィィィィ!』
アナウンスと同時に両者は矢を引き絞る。そして、先に矢を放ったのは意外にもロワだった。
「ホウリさんごめんなさい!」
そう叫んでロワは矢を放つ。そして、そのや徐々に裂けていき、三本の矢に変化してジルに襲いかかる。
『あれはラガルト選手の「クリムゾンクラウド」!?ロワ選手も使えたんですか!?』
『違いますわ。あれは「クリムゾンクラウド」ですけど「クリムゾンクラウド」ではありませんわ』
『え?ナゾナゾですか?』
『ふふ、答えは見ていればわかりますわ』
ジルは少しも焦らず矢を放つと思いっきり駆け出し、ロワとの距離を詰める。放たれた矢はロワの矢の一つと当たり、勢いが相殺される。
ジルは左右から迫る矢を走りながら回避する。そして、矢をかわしきったことを確認すると矢筒から矢を取りだす。
ジルが矢をつがえようとした瞬間、突然持っていた矢を後ろに大きく振るった。
「ハッ!」
すると、先程かわしたはずの矢が眼前まで迫っており、それをジルは持っていた矢で間一髪で叩き落とす。
『……チフールさん、今外れた矢がUターンしていませんでしたか?』
『ロワ様のユニークスキルですわね。放った矢の軌道を変える事が出来ますわ』
『イヤイヤ!何でそんなこと知っているんですか!弓協会の幹部の私でさえそんな情報しりませんよ!』
『私共の間では常識ですわ』
『……貴女達の集団が恐ろしく感じますね』
矢を弾いたジルはニヤリと笑う。
「面白えじゃねぇか」
そう呟くと曲がってしまった矢を捨て、矢筒から新しい矢を取り出す。ロワとジルの距離は50m程。ロワ自身は矢を持ちながらジルの出方を見ている。
ジルは距離を詰めるために走りながら矢でロワを狙う。そしてロワの肩に狙いをつけて矢を放つ。矢は真っ直ぐロワに向かっていった。だが───
『は!?矢が止まった!?あれもユニークスキルですか!?』
『そうですわね。物理的な遠距離攻撃を無効化しますわ』
『ええ!?そんなの、この大会では無敵じゃないですか!?』
『それほどこの大会は甘くはありませんわ』
ジルは矢が止まったのを見ると少し後ろに跳びロワとの距離を取る。だが、距離を取ることによりジルの弓の射程から外れてしまう。
「…………フッ!」
ロワは持っていた矢を弓につがえ引き絞る。すると、矢が一瞬だけ青色に淡く光る。ロワはジルに狙いをつけると矢を放つ。
ロワが放った矢は数メートルを境に姿が見えづらくなり、そのままジルに襲いかかる。
『ええ!?今度は「ステルスショット」!?一体どうなっているんですか!?』
『あら?ギブアップですの?良ければ答えをお教えしましょうか?』
『ぐぬぬ、悔しいですが、解説をお願いします……』
『おーっほっほ、では教えて差し上げますわ。秘密はロワ様の矢にありますわ』
『矢ですか?そういえば、さっき光っていたような……』
『それはロワ様のスキル「エンチャント」ですわ』
『エンチャント?確かエンチャントにはかなり時間が掛かったはずでは?それに、試合前にエンチャントする事も禁止されていますよね?ロワ選手はいつエンチャントを?』
『ロワ様の矢が光った瞬間ですわね。ですが、流石に時間が足りない為に完全なエンチャントは出来なかったみたいですわね』
『ああ、だから分裂した矢の本数が少なかったり、完全に透明にならなかったりしたんですね』
透明化した矢は山なりに軌道を描きジルを目掛けて飛んでいく。それを見たジルは防御をせずに、矢を取り出してロワに向かって立て続けに3本放つ。
『ジル選手は防御せずに攻撃を選んだ!だが、ロワ選手には矢による攻撃は全て無効化される!』
ジルが放った矢は失速し、ロワの突き刺さる寸前でその威力を無くした。それを見たロワは確認するように呟く。
「矢による遠距離攻撃は僕には通用しない。だったらジルの狙いは……マズイ!」
そこまで呟くとロワは矢の先から逃れるように体制を変え始める。しかし
「オラァ!」
「……クッ!」
ロワが体制を変えきる前にジルが無効化された矢を殴り飛ばす。すると、矢が打ち込まれた釘のようにロワの肩に突き刺さる。
「グッ……」
「まだだ!」
ジルは何も持っていない手を、細剣を繰り出すかのようにロワに突き出す。すると、ロワの腹に小さな丸い穴が空き、そこから血が溢れ出す。
『おーっと、ロワ選手ここで2本連続で被弾!ジル選手、ロワ選手の「ステルスショット」を利用しての攻撃だ!これは上手い!』
『やはり、こうきましたわね。遠距離が効かないのであれば近距離で攻撃。あの男の考えそうな事ですわ』
『えー、1つ伺いたいのですが、弓を使わないで攻撃って反則では無かったでしたっけ?』
『ルールは「弓や矢を使った攻撃手段以外は反則」ですわ。あのクズは矢で攻撃してますのでルール違反はしていませんわね』
『分かりやすい解説と憎しみをありがとうございます』
被弾したロワは後ろに跳びジルとの距離を取ると刺さっている矢を抜く。そして、矢筒から一本の矢を取り出すとジルに放つ。その後、新たな矢を取り出し、ジルの動きを注意深く観察する。
ジルは横にステップを踏んで避けると矢を取り出して弓につがえる。そして、勝利を確信したかのようにニヤリと口を歪めるとロワに向かって話しかける。
「勝負あったな。エンチャントまで使ってくるとは予想外だったが、この程度ならどんなエンチャントが来ても怖くはねぇ」
「どんなエンチャントも?なら……」
ロワは持っていた矢を弓につがえてジルに狙いをつける。
「こんなエンチャントはどうかな!」
そう言うと、ロワは矢を自分の真下に放つ。放たれた矢は地面に突き刺さると、バチリと電気を纏い、徐々にバチバチと纏う電気が強くなっていく。
ジルは一瞬呆気にとられたが、矢が電気を纏っていくのを見ると咄嗟に横に飛び退く。
ジルが飛び退いた数秒後、ジルがいた場所に一筋の電撃がはしった。ジルが電撃が走った方向を確認すると、先程ロワが放った矢に電撃が走っているのが見えた。
「さっきの矢はこのための布石か!だが、当たらなければどおってことはねぇ!」
電撃を回避したジルはロワへと走り、一気に距離を詰める。
ロワはそれを冷静に見つめながらジルに言葉を投げかける。
「確かにこのための布石だよ。これまでの攻撃全てね」
「グアァ!」
回避したはずの電撃がジルに命中しその身を焦がす。ジルは気力を振り絞り、電撃が飛んできた方向に目を向ける。
「グッ、こいつ全部の矢に……」
「そう、自分が放った矢を中継して電撃を走らせる。それがエンチャント『ライトニングボルト』だよ。中継地点が多いと威力が下がっちゃうけどね」
電撃が止みジルの体から白い煙が上がる。ジルは白目を向いており、誰が見てももう戦える状況ではないと考えるだろう。ロワもそう思い、勝負をつけるために弓を引きジルに狙いをつけ矢を放つ。
だが、ロワは忘れていた。対戦相手は大会を2連覇している、『ジル・クミンバ』であるということを。
「な、舐めるんじゃねぇぇぇ!!」
「な!?」
ジルはロワの放った矢を間一髪で体を捻って回避する。それを見たロワは予想外の出来事に一瞬だけ思考が遅れる。
ジルはその瞬間を見過ごさずにロワに向かって矢を放つ。ロワは矢が迫っているのに気が付くと、無効化しようと『アンミッスル』を発動しようとする。だが、
『おーっと、ここでロワ選手まさかの被弾だ!』
『アンミッスル』は発動せずにロワの腕に矢が深々と突き刺さる。
『決着ぅぅぅぅ!勝者、ジル・クミンバ選手!』
決着が付いた瞬間、今大会一の観衆の歓声が上がる。
『うおおぉ、すげー試合だったぜ!』
『ロワも凄かったが、ジルもかっこよかったぜ!』
『ロワも次の大会頑張れよ!』
『キャー!ロワ様ステキー!』
ロワは自分への大歓声をその身に浴びながら空を見上げてボソリと呟く。
「負けちゃった。でも、悔いはない」
大きく息を吐いた後に、対戦相手であったジルの元へと歩いていく。ジルは観衆に大きく手を振っていたが、ロワはが近付いて来たのに気が付くとロワへと視線を移す。
「対戦ありがとう。今回は完敗だよ」
「はっはっは、当たり前だ!俺様は最強の弓使いだからな!」
「確かにジルは強い。でも、」
ロワはジルに手を差し出すと共に言葉を続ける。
「次は絶対に僕が勝つよ」
ロワの言葉に少し面を食らったジルだったが、ニヤリと笑うとロワの手を取り固く握手をする。
「はっ!次も俺が勝つに決まってんだろ」
二人は言葉を交わした後、大歓声を背にコロシアムを後にした。
『いやー、遠距離攻撃を無効化するスキルを見たときはロワ選手の勝ちかと思いました。ですが、ジル選手はそれ以上に強かったですね。それにしても、ロワ選手は何故最後の矢を無効化しなかったのでしょうか?』
『それはMPが切れたからですわ。「ライトニングボルト」はかなりMPを使うエンチャントですし、時間が無かったから威力を落とさない為に余計なMPを消費していましたわ。その結果、矢を無効化するだけのMPが残らなかったという事はですわね』
『ロワ選手にもう少しだけMPかエンチャントの為の時間があれば勝敗は分からなかったかもしれませんね。何はともあれ、ジル選手、準決勝進出です!』
☆ ☆ ☆ ☆
「痛つつ、もう少し優しくしてくれませんか?」
「親父さんを超える弓使いになるんだったらこれ位は我慢しようね」
試合の後、僕は治療室で試合の傷を治してもらっていました。今回は訪問者もなく、完全に治療を受けることが出来ました。
「……はい、治療は終わり。ロワ君、お疲れ様」
「ありがとうございました」
全ての傷が完全に癒えたのを確認して、僕は治療室を出ようと扉に手を掛けました。扉の外からはガヤガヤとした話し声が聞こえてきます。僕は不思議に思いながらも扉を開けて外に出ます。
すると、扉の外には大勢の人達が僕を待ち構えるかのように立っていました。そして、僕が出てきたのを見ると、怒涛の如く喋りだします。
「ロワ選手、今のお気持ちをどうぞ!」
「ロワ選手、試合のスキルに付いて教えて下さい!」
「ズバリ、彼女はいらっしゃいますか!」
えーっと、この人達は誰なのでしょうか?これはどういう状況なんでしょう?まず、どの質問から答えれば良いのでしょうか?
僕が混乱していると、一人の男性がサッと手を上げました。すると、今まで思い思いに喋っていた人達が水を打ったように静かになります。
その男性は皆が静かになったのを確認すると僕に録音機を突き出しながら話しかけてきました。
「我々は記者です。ロワ選手、少しお時間よろしいですか?」
「あ、はい」
「ありがとうございます。まずは今の心境を聞かせてください」
「あ、えーっと、自分の持てる力を出し切れたので悔いはないです」
「なるほど」
僕の言葉を皆が持っていた手帳にメモをする。ここまで来て僕はやっと今の状況を把握する事が出来た。
これは、囲み取材って奴だ。今までこんな事無かったからちょっとむず痒いな。
そんな僕の心情を知ってか知らずか別の記者から質問が飛んでくる。
「試合中のスキルについて教えてくれますか?」
「あれは『弓神』のスキルの1つですね。エンチャントと矢を操作するスキルを使いました」
「おお、やっぱり神級スキルだったんですね!」
取材陣から少し歓声が上がると皆が一斉にメモを取り始める。その後、また別の記者から質問が飛んでくる。
「対戦相手のジル選手ですが、不正をしていたという噂があります。ロワ選手も被害にあったと言われていますが実際の所はどうなんでしょうか?」
「それはありません」
僕はキッパリと否定をする。予想外の回答だったのか取材陣は驚いたような顔をする。そんな中、僕は言葉を続ける。
「ジルは僕のライバルであり友人です。彼は不正なんか絶対にしません」
「そ、そうですか」
僕が回答した後、すぐに次の質問が飛んでくる。
「ロワ選手が『弓神』を持っている事が判明した事で、様々なパーティーから声をかけられるでしょう。王都からも声をかけられるという噂がありますが、今後の予定は決まっていますか?」
「やはり修行の為にS級パーティーに?」
「それとも王都で騎士団に入るのですか?」
S級パーティー?王都の騎士団?僕がそんな凄い所から声を?
現実味が無くて回答が出来ないでいると次々と取材陣から言葉が飛んできます。
「一人で修行の旅に出るという噂もありますが、本当ですか?」
「王都ですか?それともS級パーティーですか?」
「どうなんですか?」
「僕は………」
答えに詰まっている僕の頭の中に特訓中のホウリさんの言葉が浮かんで来ました。
『ロワ、このユミリンピックでいい成績を残したら色んな所から声がかかると思う。そんな時、感情的に決めるな。全ての選択肢を把握した上で判断するんだ』
その言葉が僕の頭の中をグルグルと回ります。僕は、僕は…………
考える前に体が動きました。取材陣を掻き分けて僕は進みます。
「すみません、ちょっと通して下さい!」
「ロワ選手!?一体どこに!?」
「僕の行くべき所です!」
取材陣の包囲網を突破し僕は走り出しました。後ろから記者が追いかけてくる音がしますが構わず走ります。
廊下を右や左に曲がりながら僕はロビーに向かいます。そして、フランさんとノエルちゃんと話しているホウリさんを見つけることができました。僕は息を切らせながらホウリさんの元へと駆け寄ります。
ホウリさんは僕に気が付くと、手を降って答えてくれました。
「おう、お疲れさん。試合の結果は残念だったな。まあ、次があるから落ち込むなよ」
「うむ、良い試合じゃったぞ」
「ロワお兄ちゃんかっこよかったよ!」
「はぁ、はぁ、皆さん……」
僕は息を整えながらホウリさん達に話します。
「僕を皆さんのパーティーに入れて下さい!」
ノエル・カタラーナとは神の使いである。無制限のMPと高い魔力を持ち合わせており、更には最上位の回復スキルまで所持している。サンドの街で軟禁されていた過去があるが、優しい(?)人に助けられて街を脱出することが出来た。今はホウリとフランと行動を共にしている。─────Maoupediaより抜粋
☆ ☆ ☆ ☆
事件があった次の日、ホウリさんの言っていた通りユミリンピックは再開しました。中止にすべきだと言う声も上がったみたいですが、ホウリさんの説得と選手には憲兵の護衛を付けるという条件の元で再開が決定したらしいです。なので、僕の後ろにも憲兵が一人ついてきています。
そして、ジルの一回戦が始まる一時間前に僕はジルの控室に前に来ていました。ノックしようか迷っていると扉の前の憲兵が目に警戒心を宿らせながら話しかけてきました。
「おい、大会中の選手同士の接触は禁止になっている筈だ。何をしにきた?」
「ジルと少し話がしたくて────」
「大会中の選手同士の接触は禁止だ。三度目はないぞ」
僕がなにか言う前に憲兵がハッキリと拒絶の意思を示してきます。
困りましたね……、何とかしてジルと話がしたいのですが。
僕が何とかして中に入る事が出来ないか頭をひねっていると、僕の後ろにいた憲兵が扉の憲兵に話しかけました。
「先輩、少しぐらい入れてあげても良いじゃないですか」
「ティック、俺達の仕事は選手を守る事と見張る事だ。お前がやろうとしている事は『職務放棄』だぞ?俺たちが部屋に一緒に入ったとしても100%守れるわけじゃないんだから、そこはわきまえろ」
「あの…………、出来れば部屋に二人きりにして欲しいなって……」
「余計ダメに決まっているだろう」
僕の言葉がバッサリと切って捨てられます。
僕は少し怯みましたが、ここで引いては後で後悔する事になる。それだけは絶対に嫌です。
「お願いします!10分、いや5分だけで良いんです!何とかジルと二人で話をさせてください!」
「ダメだ」
「先輩も本当は分ってるんじゃないですか?」
唐突に憲兵──ティックさんが話に割り込んできます。
「ジル選手は昨日から元気がない。元気付ける事が出来るのは彼しかいないでしょ?」
「……ジル選手のメンタル管理は俺の仕事ではない」
「そうです。自分らの仕事では無く彼の仕事です」
ティックさんは後ろから僕の頭にポンと手を載せてきます。
ティックさんの言葉を聞いた先輩さんは目を伏せました。それを見てティックさんは更に続けます。
「彼に仕事をさせないのは『職務妨害』じゃないですかね?」
「……分かった、今回は特別だ」
「!?、ありがとうございます!」
「ただし、こいつを付けてもらう」
そう言うと、先輩さんは懐から銅色に輝く腕輪と赤銅色の腕輪を取り出しました。
「アイテムボックスとスキルを30分使えなくする腕輪だ。それと、ボディチェックも受けてもらう」
「分かりました」
僕は腕輪を付け、先輩さんから簡単にボディチェックを受けます。当然ですが何も出てきません。
「よし、入っていいぞ。ただし、五分だけだ。それ以上は許さん」
「はい、ありがとうございます」
ティックさんと先輩さんに深く頭を下げ僕はジルの控え室の扉に手を掛けました。
☆ ☆ ☆ ☆
ジルの部屋に入って最初に目に入ったのは項垂れているジルの姿でした。一目見ただけで元気がないのが分かります。
弓は机の上に無造作に置かれ最終調整も済んでいないみたいです。
試合前に弓の調整をしていないなんて、相当参ってますね。
ジルは扉の空いた音に気付くと僕の方へと視線を向けました。
「何だロワか。何の用だ」
「昨日の事でちょっと話したくてさ」
「手下の管理も碌に管理も出来ていない俺を笑いに来たのか?」
自嘲気味に笑うジル。ダメだ、いつものジルじゃない。このままだと試合にも負けてしまうのかもしれません。
えーっと、元気付けるためにも何か言わないと……。
「あ、えーっと、やっぱり昨日の事はマズかったの?」
「……ああ」
「………………」
「………………」
…………会話が持たない。
それ程時間があるわけではありません。急いで何とかしないと。
「ジルはさ、領主になりたいの?」
「…………産まれたときからそういう風に育てられたからな」
ジルは少し苦しそうに答えます。
うん?僕はジルの反応を見て少し引っかかりました。
「あれ?ジルが領主になりたい訳ではないんだ?」
「あん?領主の子が領主を目指すのは当たり前だろうが」
「それはジルのお父さんやお母さんが言ってた事でしょ?そうじゃなくて、ジル自身は領主になりたいの?」
「…………考えた事無かった」
ジルは腕を組みながら唸りながら首を傾げます。
「んん?改めて考えてみると別にそうでも無いような?」
「じゃあ、ジルが領主やらなくてもいいんじゃない?」
「は?」
僕の言葉にジルのポカンと口を、開き目が丸くします。
そんなジルを見ながら僕は言葉を続けます。
「領主になれそうにないんでしょ?じゃあ、無理になろうとしなくても良いんじゃない?」
「簡単に言うなよ……」
ジルは頭を抱えながら弱々しく呟きます。ですが、少しすると顔を上げました。でも、心なしかさっきよりもスッキリとした顔をしているかな?
「だが、そうかもな。うだうだ悩むのは俺の柄じゃねぇ」
「それでこそジルだよ。それで、結局やめるって事でいいの?」
「いや、せっかくだから最後までやる。ダメになったらその時考える」
「それがいいよ」
ジルの表情は最初の弱々しさとは打って変わって自信満々の表情へと変わっていました。これでジルは大丈夫でしょう。
だけど、僕がここへ来た目的はこれだけじゃないです。いや、僕にとってはこっちが目的かもしれません。
ウッキウキに弓の手入れをしているジルに僕は話します。
「ジル、僕には尊敬している人が3人居るんだ」
「は?きゅうにどうした?」
手入れの腕を止めてジルは怪訝な表情で僕を見てきます。
「1人目は父さん、2人目はホウリさん、そして3人目は……」
僕は指を立ててジルに向けます。
「ジル、君だよ」
「俺?」
ジルはキョトンとした顔で僕を見つめてきます。
「俺に尊敬される要素あるか?ホウリから聞いたが俺はお前に結構酷いことしてたんだよな?」
「あはは、確かにね。でも、ジルには僕が持っていない物を沢山持っているじゃないか」
「うーん?そうか?」
あまりピンと来ていない様子のジル。そんなジルに僕はゆっくりと話します。
「人を惹きつけて引っ張っているし、弓も上手い。まさに僕が目指していた理想の人だったんだよ。だから───」
僕はゆっくりと立ち上がってジルに指を突き付けます。
「僕は全力で君に勝つ」
僕の言葉にジルはキョトンとしています。しかし、ジルは数秒固まると急に大きく笑い出しました。
「あっはっはっはっは!」
ジルはひとしきり笑った後、キリッとした表情にかわりました。
「やってみろよ。返り討ちにしてやる」
僕は少し笑って、扉まで歩きます、。そして、ドアノブに手をかけると最後の言葉をジルに投げかけます。
「一回戦、必ず勝ってよ?」
「ふん、あんな奴30秒で終わらせてやる」
ジルの言葉に強い信頼を感じつつ、僕は控え室を後にしました。
余談ですが、ジルは一回戦を10秒で終わらせたらしいです。
☆ ☆ ☆ ☆
『さあ、始まりました!ユミリンピック第二回戦!解説は私「ベック」と!』
『「チフール」でお送りしますわ』
『さあ、この試合は非常に注目されております!なにせ優勝候補のジル・クミンバ選手と、今大会のダークホールのロワ・タタン選手の対戦となります!』
『ジルの野郎は近距離用の「短弓」、ロワ様は長距離用の「長弓」、両選手とも間合いの管理が鍵になってきますわ』
『私見が入りまくっている解説ですね!それでは、両選手入場です!』
熱気に沸き立つコロシアムの中でジルとロワの両選手が入場してくる。
二人は言葉を交わすことなく所定の位置に付き、互いを見据えている。その雰囲気は一回戦の緊張感とは違う、張り詰めたような緊張感が流れている。
その空気を断ち切るかのようにアナウンスがコロシアムに響き渡った
『それでは、「戦闘種目」第二回戦を開始します!両者構えて!』
アナウンスと同時に両者は弓に矢をつがえる。
『あれ?』
『どうしましたの?』
『今ロワ選手の矢が光ったような?』
『あら、貴方も気が付きましたの?』
『チフールさん、あれはなんですか?』
『試合が始まったらわかりますわ』
矢をつがえたまま微動だにしない両者の間に、割れんばかりのアナウンスが響きわたる。
『それでは、試合開始ィィィィィ!』
アナウンスと同時に両者は矢を引き絞る。そして、先に矢を放ったのは意外にもロワだった。
「ホウリさんごめんなさい!」
そう叫んでロワは矢を放つ。そして、そのや徐々に裂けていき、三本の矢に変化してジルに襲いかかる。
『あれはラガルト選手の「クリムゾンクラウド」!?ロワ選手も使えたんですか!?』
『違いますわ。あれは「クリムゾンクラウド」ですけど「クリムゾンクラウド」ではありませんわ』
『え?ナゾナゾですか?』
『ふふ、答えは見ていればわかりますわ』
ジルは少しも焦らず矢を放つと思いっきり駆け出し、ロワとの距離を詰める。放たれた矢はロワの矢の一つと当たり、勢いが相殺される。
ジルは左右から迫る矢を走りながら回避する。そして、矢をかわしきったことを確認すると矢筒から矢を取りだす。
ジルが矢をつがえようとした瞬間、突然持っていた矢を後ろに大きく振るった。
「ハッ!」
すると、先程かわしたはずの矢が眼前まで迫っており、それをジルは持っていた矢で間一髪で叩き落とす。
『……チフールさん、今外れた矢がUターンしていませんでしたか?』
『ロワ様のユニークスキルですわね。放った矢の軌道を変える事が出来ますわ』
『イヤイヤ!何でそんなこと知っているんですか!弓協会の幹部の私でさえそんな情報しりませんよ!』
『私共の間では常識ですわ』
『……貴女達の集団が恐ろしく感じますね』
矢を弾いたジルはニヤリと笑う。
「面白えじゃねぇか」
そう呟くと曲がってしまった矢を捨て、矢筒から新しい矢を取り出す。ロワとジルの距離は50m程。ロワ自身は矢を持ちながらジルの出方を見ている。
ジルは距離を詰めるために走りながら矢でロワを狙う。そしてロワの肩に狙いをつけて矢を放つ。矢は真っ直ぐロワに向かっていった。だが───
『は!?矢が止まった!?あれもユニークスキルですか!?』
『そうですわね。物理的な遠距離攻撃を無効化しますわ』
『ええ!?そんなの、この大会では無敵じゃないですか!?』
『それほどこの大会は甘くはありませんわ』
ジルは矢が止まったのを見ると少し後ろに跳びロワとの距離を取る。だが、距離を取ることによりジルの弓の射程から外れてしまう。
「…………フッ!」
ロワは持っていた矢を弓につがえ引き絞る。すると、矢が一瞬だけ青色に淡く光る。ロワはジルに狙いをつけると矢を放つ。
ロワが放った矢は数メートルを境に姿が見えづらくなり、そのままジルに襲いかかる。
『ええ!?今度は「ステルスショット」!?一体どうなっているんですか!?』
『あら?ギブアップですの?良ければ答えをお教えしましょうか?』
『ぐぬぬ、悔しいですが、解説をお願いします……』
『おーっほっほ、では教えて差し上げますわ。秘密はロワ様の矢にありますわ』
『矢ですか?そういえば、さっき光っていたような……』
『それはロワ様のスキル「エンチャント」ですわ』
『エンチャント?確かエンチャントにはかなり時間が掛かったはずでは?それに、試合前にエンチャントする事も禁止されていますよね?ロワ選手はいつエンチャントを?』
『ロワ様の矢が光った瞬間ですわね。ですが、流石に時間が足りない為に完全なエンチャントは出来なかったみたいですわね』
『ああ、だから分裂した矢の本数が少なかったり、完全に透明にならなかったりしたんですね』
透明化した矢は山なりに軌道を描きジルを目掛けて飛んでいく。それを見たジルは防御をせずに、矢を取り出してロワに向かって立て続けに3本放つ。
『ジル選手は防御せずに攻撃を選んだ!だが、ロワ選手には矢による攻撃は全て無効化される!』
ジルが放った矢は失速し、ロワの突き刺さる寸前でその威力を無くした。それを見たロワは確認するように呟く。
「矢による遠距離攻撃は僕には通用しない。だったらジルの狙いは……マズイ!」
そこまで呟くとロワは矢の先から逃れるように体制を変え始める。しかし
「オラァ!」
「……クッ!」
ロワが体制を変えきる前にジルが無効化された矢を殴り飛ばす。すると、矢が打ち込まれた釘のようにロワの肩に突き刺さる。
「グッ……」
「まだだ!」
ジルは何も持っていない手を、細剣を繰り出すかのようにロワに突き出す。すると、ロワの腹に小さな丸い穴が空き、そこから血が溢れ出す。
『おーっと、ロワ選手ここで2本連続で被弾!ジル選手、ロワ選手の「ステルスショット」を利用しての攻撃だ!これは上手い!』
『やはり、こうきましたわね。遠距離が効かないのであれば近距離で攻撃。あの男の考えそうな事ですわ』
『えー、1つ伺いたいのですが、弓を使わないで攻撃って反則では無かったでしたっけ?』
『ルールは「弓や矢を使った攻撃手段以外は反則」ですわ。あのクズは矢で攻撃してますのでルール違反はしていませんわね』
『分かりやすい解説と憎しみをありがとうございます』
被弾したロワは後ろに跳びジルとの距離を取ると刺さっている矢を抜く。そして、矢筒から一本の矢を取り出すとジルに放つ。その後、新たな矢を取り出し、ジルの動きを注意深く観察する。
ジルは横にステップを踏んで避けると矢を取り出して弓につがえる。そして、勝利を確信したかのようにニヤリと口を歪めるとロワに向かって話しかける。
「勝負あったな。エンチャントまで使ってくるとは予想外だったが、この程度ならどんなエンチャントが来ても怖くはねぇ」
「どんなエンチャントも?なら……」
ロワは持っていた矢を弓につがえてジルに狙いをつける。
「こんなエンチャントはどうかな!」
そう言うと、ロワは矢を自分の真下に放つ。放たれた矢は地面に突き刺さると、バチリと電気を纏い、徐々にバチバチと纏う電気が強くなっていく。
ジルは一瞬呆気にとられたが、矢が電気を纏っていくのを見ると咄嗟に横に飛び退く。
ジルが飛び退いた数秒後、ジルがいた場所に一筋の電撃がはしった。ジルが電撃が走った方向を確認すると、先程ロワが放った矢に電撃が走っているのが見えた。
「さっきの矢はこのための布石か!だが、当たらなければどおってことはねぇ!」
電撃を回避したジルはロワへと走り、一気に距離を詰める。
ロワはそれを冷静に見つめながらジルに言葉を投げかける。
「確かにこのための布石だよ。これまでの攻撃全てね」
「グアァ!」
回避したはずの電撃がジルに命中しその身を焦がす。ジルは気力を振り絞り、電撃が飛んできた方向に目を向ける。
「グッ、こいつ全部の矢に……」
「そう、自分が放った矢を中継して電撃を走らせる。それがエンチャント『ライトニングボルト』だよ。中継地点が多いと威力が下がっちゃうけどね」
電撃が止みジルの体から白い煙が上がる。ジルは白目を向いており、誰が見てももう戦える状況ではないと考えるだろう。ロワもそう思い、勝負をつけるために弓を引きジルに狙いをつけ矢を放つ。
だが、ロワは忘れていた。対戦相手は大会を2連覇している、『ジル・クミンバ』であるということを。
「な、舐めるんじゃねぇぇぇ!!」
「な!?」
ジルはロワの放った矢を間一髪で体を捻って回避する。それを見たロワは予想外の出来事に一瞬だけ思考が遅れる。
ジルはその瞬間を見過ごさずにロワに向かって矢を放つ。ロワは矢が迫っているのに気が付くと、無効化しようと『アンミッスル』を発動しようとする。だが、
『おーっと、ここでロワ選手まさかの被弾だ!』
『アンミッスル』は発動せずにロワの腕に矢が深々と突き刺さる。
『決着ぅぅぅぅ!勝者、ジル・クミンバ選手!』
決着が付いた瞬間、今大会一の観衆の歓声が上がる。
『うおおぉ、すげー試合だったぜ!』
『ロワも凄かったが、ジルもかっこよかったぜ!』
『ロワも次の大会頑張れよ!』
『キャー!ロワ様ステキー!』
ロワは自分への大歓声をその身に浴びながら空を見上げてボソリと呟く。
「負けちゃった。でも、悔いはない」
大きく息を吐いた後に、対戦相手であったジルの元へと歩いていく。ジルは観衆に大きく手を振っていたが、ロワはが近付いて来たのに気が付くとロワへと視線を移す。
「対戦ありがとう。今回は完敗だよ」
「はっはっは、当たり前だ!俺様は最強の弓使いだからな!」
「確かにジルは強い。でも、」
ロワはジルに手を差し出すと共に言葉を続ける。
「次は絶対に僕が勝つよ」
ロワの言葉に少し面を食らったジルだったが、ニヤリと笑うとロワの手を取り固く握手をする。
「はっ!次も俺が勝つに決まってんだろ」
二人は言葉を交わした後、大歓声を背にコロシアムを後にした。
『いやー、遠距離攻撃を無効化するスキルを見たときはロワ選手の勝ちかと思いました。ですが、ジル選手はそれ以上に強かったですね。それにしても、ロワ選手は何故最後の矢を無効化しなかったのでしょうか?』
『それはMPが切れたからですわ。「ライトニングボルト」はかなりMPを使うエンチャントですし、時間が無かったから威力を落とさない為に余計なMPを消費していましたわ。その結果、矢を無効化するだけのMPが残らなかったという事はですわね』
『ロワ選手にもう少しだけMPかエンチャントの為の時間があれば勝敗は分からなかったかもしれませんね。何はともあれ、ジル選手、準決勝進出です!』
☆ ☆ ☆ ☆
「痛つつ、もう少し優しくしてくれませんか?」
「親父さんを超える弓使いになるんだったらこれ位は我慢しようね」
試合の後、僕は治療室で試合の傷を治してもらっていました。今回は訪問者もなく、完全に治療を受けることが出来ました。
「……はい、治療は終わり。ロワ君、お疲れ様」
「ありがとうございました」
全ての傷が完全に癒えたのを確認して、僕は治療室を出ようと扉に手を掛けました。扉の外からはガヤガヤとした話し声が聞こえてきます。僕は不思議に思いながらも扉を開けて外に出ます。
すると、扉の外には大勢の人達が僕を待ち構えるかのように立っていました。そして、僕が出てきたのを見ると、怒涛の如く喋りだします。
「ロワ選手、今のお気持ちをどうぞ!」
「ロワ選手、試合のスキルに付いて教えて下さい!」
「ズバリ、彼女はいらっしゃいますか!」
えーっと、この人達は誰なのでしょうか?これはどういう状況なんでしょう?まず、どの質問から答えれば良いのでしょうか?
僕が混乱していると、一人の男性がサッと手を上げました。すると、今まで思い思いに喋っていた人達が水を打ったように静かになります。
その男性は皆が静かになったのを確認すると僕に録音機を突き出しながら話しかけてきました。
「我々は記者です。ロワ選手、少しお時間よろしいですか?」
「あ、はい」
「ありがとうございます。まずは今の心境を聞かせてください」
「あ、えーっと、自分の持てる力を出し切れたので悔いはないです」
「なるほど」
僕の言葉を皆が持っていた手帳にメモをする。ここまで来て僕はやっと今の状況を把握する事が出来た。
これは、囲み取材って奴だ。今までこんな事無かったからちょっとむず痒いな。
そんな僕の心情を知ってか知らずか別の記者から質問が飛んでくる。
「試合中のスキルについて教えてくれますか?」
「あれは『弓神』のスキルの1つですね。エンチャントと矢を操作するスキルを使いました」
「おお、やっぱり神級スキルだったんですね!」
取材陣から少し歓声が上がると皆が一斉にメモを取り始める。その後、また別の記者から質問が飛んでくる。
「対戦相手のジル選手ですが、不正をしていたという噂があります。ロワ選手も被害にあったと言われていますが実際の所はどうなんでしょうか?」
「それはありません」
僕はキッパリと否定をする。予想外の回答だったのか取材陣は驚いたような顔をする。そんな中、僕は言葉を続ける。
「ジルは僕のライバルであり友人です。彼は不正なんか絶対にしません」
「そ、そうですか」
僕が回答した後、すぐに次の質問が飛んでくる。
「ロワ選手が『弓神』を持っている事が判明した事で、様々なパーティーから声をかけられるでしょう。王都からも声をかけられるという噂がありますが、今後の予定は決まっていますか?」
「やはり修行の為にS級パーティーに?」
「それとも王都で騎士団に入るのですか?」
S級パーティー?王都の騎士団?僕がそんな凄い所から声を?
現実味が無くて回答が出来ないでいると次々と取材陣から言葉が飛んできます。
「一人で修行の旅に出るという噂もありますが、本当ですか?」
「王都ですか?それともS級パーティーですか?」
「どうなんですか?」
「僕は………」
答えに詰まっている僕の頭の中に特訓中のホウリさんの言葉が浮かんで来ました。
『ロワ、このユミリンピックでいい成績を残したら色んな所から声がかかると思う。そんな時、感情的に決めるな。全ての選択肢を把握した上で判断するんだ』
その言葉が僕の頭の中をグルグルと回ります。僕は、僕は…………
考える前に体が動きました。取材陣を掻き分けて僕は進みます。
「すみません、ちょっと通して下さい!」
「ロワ選手!?一体どこに!?」
「僕の行くべき所です!」
取材陣の包囲網を突破し僕は走り出しました。後ろから記者が追いかけてくる音がしますが構わず走ります。
廊下を右や左に曲がりながら僕はロビーに向かいます。そして、フランさんとノエルちゃんと話しているホウリさんを見つけることができました。僕は息を切らせながらホウリさんの元へと駆け寄ります。
ホウリさんは僕に気が付くと、手を降って答えてくれました。
「おう、お疲れさん。試合の結果は残念だったな。まあ、次があるから落ち込むなよ」
「うむ、良い試合じゃったぞ」
「ロワお兄ちゃんかっこよかったよ!」
「はぁ、はぁ、皆さん……」
僕は息を整えながらホウリさん達に話します。
「僕を皆さんのパーティーに入れて下さい!」
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