25 / 392
第二十話 俺は止まらねぇからよ……
しおりを挟む
─────神級スキル────
神級スキルとは数あるユニークスキルの中でも最上級のスキルで、色々な役立ちスキルが手に入るスキルである。神級スキルには『剣神』『弓神』『騎士神』など色々種類がある。一部の神級スキルには手に入るための試練として『神の試練』があるものもある。
☆ ☆ ☆ ☆
とりあえず、弓を教えるにあたって少し工夫がいるな。とりあえずは……
考えを整理して俺は口を開く。
「まずは、弓を射る姿勢からみてみましょう。いつもみたいに弓を射ってみてください」
「はい」
ロワはさっきと同じように弓を構え、的に向かって放つ。すると、矢はさっきと同じように的の下に向かって飛んでいく。俺は矢が刺さった位置を確認する。なるほどなるほど。
「フラン、分度器とメジャーと筆記用具とノートを出してくれるか?」
「そんなのなんてあったか?」
「確かプレゼントの中に入っていたはずだ」
フランはアイテムボックスをまさぐり、中から分度器とメジャーと筆記用具とノートを取り出す。オダリムの教師の人から色々と文房具を貰っていたからそれが役に立つな。ちなみに、分度器は透明のプラスチックみたいな素材で出来ている。昔の人たちの努力が見えるな。
「では、さっきと同じように構えて3度上を狙ってください」
「3度?わかった、やってみるよ」
そう言ってさっきと同じように弓を構えた後、分かるか分からないか位あげて的に向かって放つ。矢はさっきより上に飛んでいき、的の遥か上を通り過ぎる。
「では、次は最初の構えから2.9度上を狙ってください」
「2.9度?ずいぶん中途半端ですね?」
「俺に考えがあります。俺に任せてもらえませんか?」
「さっき任せると言いましたし任せますが……」
「考えは後で話します。とりあえず今は特訓しましょう」
「わかりました」
─────三時間後────
「じゃあ次は0.1度上を狙ってください」
「そ、そろそろ休憩しませんか?」
「疲れましたか?では、休憩しましょう」
「わ、わかりました……」
その言葉を聞いたロワは後ろに大の字に倒れこむ。
俺はヤカンと茶葉を取り出してロワに尋ねる。
「今からお茶を淹れますがロワさんもどうですか?」
「ありがとうございます、いただきます」
「フラン、折りたたみの椅子とテーブルを出してくれるか?」
「うむ」
フランが椅子とテーブルを出し、俺はお茶を淹れる。淹れたお茶を四つのカップに入れテーブルの上に配膳する。そして、買ってきた饅頭をテーブルに置く。
「疲れた時には甘いものが良いですよ。遠慮なくどうぞ」
「いっただっきまーす!」
「い、いただきます」
ノエルが両手に饅頭を持ち口いっぱいに頬張る。
それを見たロワは恐る恐る饅頭に手を伸ばす。一口齧るとロワは目をカッと目を見開いた。
「この饅頭すごくおいしいですね?僕は甘いものがあまり好きではないので甘さ控えめなのが嬉しいです」
「それはよかったです。好きなだけ食べてくださいね」
パクパクと饅頭を食べるロワを見ながら俺も饅頭に手を伸ばす。
皆で楽しくティータイムをすごしながら、俺は色々とロワに聞いていく。
「ロワさんはいつから弓使いを?」
「5歳ぐらいからかな?初めは父に教えてもらっていました。でも、僕の腕が悪すぎて愛想をつかせて出て行っちゃいました」
「ロワさんのお父さんがそう言っていたんですか?」
「直接は言われてないんですがきっとそうです」
うーん、自分の腕が悪すぎてネガティブになっているみたいだな。すこし元気付けてやるか。
「前の街である人に会いました」
「ある人?」
「なんでも、息子の弓が中らないから改善方法が何かないか調べているらしいです」
「!?、その人の名前は!?」
「その人は名乗りませんでした。ですので名前は知りません」
「そう……ですか……」
ロワは少し沈んだ様子だったがすぐに目に光が宿る。
「ホウリさん、今すぐ練習を再開しましょう!父さんの期待に答えないと!」
ロワが急に立ち上がりテーブルに勢いよく手を叩きつける。その大きな音にノエルがびっくりして手に持っていた饅頭を落とす。
俺はお茶を飲みながら口を開く。
「『弓使いに必要なのは冷静さ』でしょう?気合いが入るのは分かりますが冷静になってください。」
「それは父さんの言葉!?……僕は大事なことを忘れていたようですね」
「あと、30分で練習を再開します。それまでは休んでください」
「……はい」
ロワは力が抜けたように椅子に座り込む。俺は、それを見て饅頭を齧る。
そんな俺に一つの視線が注がれていた。視線の先を見てみるとフランが俺を凝視していた。俺がそれに気付くと頭の中にフランの声が響いてきた。
『ホウリ、聞こえておるか?念じるとわしに声が届くようになっておる。聞こえておるなら返事せい』
『聞こえてるよ。なんだこれ?念話か?』
『まあ、そんなもんじゃ。そんなことより、父親の話は本当か?』
『んなもん嘘に決まってるだろ。あのままだと練習に身が入らない様子だったから少し元気付けただけだ』
『ほめられた事ではないのう』
『嘘も方便だ』
フランのジト目を受け流し饅頭をむしゃむしゃ食べる。
『そういえば、なんでロワの父親の言葉を知っておったんじゃ?偶然か?』
『ああ、それはこいつを見たからだ』
ロワに見えないように配慮しながら、あるものをフランに見えるようにアイテムボックスから取り出す。
『なんじゃそれ?《最強の弓使いが教える!弓の極意!──入門編──》じゃと?』
『その本の筆者見てみろ』
『《筆者 トレット・タタン》?まさか!』
『おそらくロワの父親だろうな。一応たしかめるか』
天を仰いでいるロワに父親について尋ねてみる。
「ロワさんのお父さんってどういう人なんですか?」
「凄腕の弓使いでした。1km離れたゴマだって打ち抜いとこともありました。ただ、少し調子に乗ることがあってそれがなければ最高の弓使いだってよく言われてました」
「ちなみに、名前はなんと言うんですか?」
「『トレット・タタン』です」
ビンゴだな。というか、息子ほっておいて本を出版するとかどんな父親だよ。
『いや、お主の父親も相当じゃぞ?』
『あの親父を基準に考えるな』
親父は人間かどうかも怪しい。妖怪か何かなんじゃないか?
「ちなみに、ロワは冒険者なのか?」
フランの質問に曖昧にロワがほほ笑む。
「一応登録だけはしてあるのですが、弓の腕がこんな感じですからクエストが受けられないんですよ」
「そう言えば、ここらの魔物は弓ではないと厳しかったのう。それでよくLv15まで上げられたものじゃ」
「親切な人たちが弓で弱らせてくれたんです。そこを僕が剣でとどめを刺して何とかLv15まであげたんですよ」
「ちなみに、協力者は全員女性じゃなかったですか?」
「その通りですが、よくわかりましたね?」
「誰でも想像出来ると思いますよ」
あの受付の人は『様』付けだったし、ロワの女性人気はものすごいものだろうな。なによりイケメンだし。
「色々と物を頂いたり、Lv上げの手伝いをしてくれたりこの街の女性は皆さん親切ですよ」
「それロワさんだけだと思いますよ」
受付の女性にロワの事を聞いた時の敵意は小熊を守ろうとする親熊に匹敵していた。というか殺意すら感じた。
「率直に聞きますけど、ロワさんモテますよね?」
「いえいえ、全くモテませんよ。弓が下手すぎて皆さん同情してくれますけど告白なんかは一度もないです」
「……そうですか」
こいつはラノベの主人公並みに鈍いのか?
『こやつはラノベ主人公並みに鈍いのか?』
フランも同じことを考えていたらしい。というか、今の言葉聞いたら全員同じ考えになるだろ。
「ちなみに、冒険者で稼いでいるんですか?」
「いえ、さすがにそれは厳しいのでパン屋でバイトを───あっ!」
急に音を立てながら焦った様子でロワが立ち上がる。
「バイトがあるの忘れてました!今すぐ向かわないと!」
ロワは弓矢を片付けながら急いで身支度を済ませる。そのロワに俺はテーブルや椅子を片付けながらロワに話しかける。
「明日また来ますが時間はどうしますか?」
「明日はバイトないので朝9時からお願いします!」
そして、身支度を済ませたロワは飛び出すように玄関に向かう。
「では、また明日お願いします!」
そう言ってロワが靴を履いて玄関から出ようとする。だが
「ロワくーん?まーだこんなボロい射撃場使ってんのー?」
誰かがロワの行く手を阻んだ。その人物は一目で質の高い事が分かる服を着ており身分が高いことが伺える。
「ジル、僕は今急いでいるんだ。そこを退いてくれないかい?」
「あーん?誰にむかって口きいてんだ?そう言うのは一発でも的に中ててからいうんだな」
なるほど、こいつが『ジル・クミンバ』か。聞いていた通りロワに敵意むき出しだな。
「とにかく、バイトまで時間がないんだ。そこを退いてくれないか?」
「ああ?店長の女をたぶらかして金をたんまり貰ってんだろ?」
「僕はそんなことしてないよ」
いつもの事なのか適当にあしらっているロワ。そんなロワを見てジルは顔を真っ赤にし更にヒートアップする。
「だいたいな、いつもいつも女に囲まれやがって!お前は女がいねえと何もできないのか!ユミリンピックに出られない癖に生意気なんだよ!」
「ちょっと待ってください。ロワさんユミリンピックに出られないんですか?」
「あ?誰だおめぇ?」
ジルがこっちを睨んでくる。俺は顔に笑顔を浮かべながらジルに挨拶をする。
「はじめまして、私はホウリと申します。今ですねユミリンピックに出る人たちに話を聞きにまわっているんですよ。優勝候補と言われているジルさんには後でお話を伺おうと思っていたんですよ」
「そうかそうか、お前は見る目があるようだ。後で屋敷に招待してやろう」
「ありがとうございます」
ロワの顔をチラリと見て、上機嫌になったジルにさっきの発言について聞いてみる。
「それで、ロワさんがユミリンピックに出られない理由をお聞きしてもいいいですか?」
「それなら簡単だ。ユミリンピックは予選を突破した弓使いしか出られないからだ。しかも、予選は3日後。これじゃあ結果は見えてるだろ?」
「なるほど、そういうことでしたか」
それで、出られないという訳か。
「残り三日、せいぜい無駄な努力でもするんだな」
気分を良くしたジルは捨て台詞を吐いて射撃場をあとにする。
ジルがいなくなった後、ロワが俺に話しかけてきた。
「聞いた通りです。ユミリンピックの予選まで後3日しかありません。これ以上僕に付き合うのは時間の無駄だと思いますよ」
「一つ聞きます。ロワさん自身は諦めているんですか?」
「……はい。僕は諦めようと思います」
「嘘ですね」
ロワの言葉を俺はバッサリと切り捨てる。俺の言葉が予想外だったのかロワは目を大きく見開いている。
「さっき使っていた弓はかなり年季が入っていましたね。ですが、きちんと手入れされていました。諦める人が使わない弓の手入れなんかします?」
「…………」
「しかも、ほぼ毎日旧射撃場に通っているらしいですね。諦めた人がなぜ射撃場に通っているんですか?」
ばつが悪そうな顔をしながらロワは顔をそらせる。
ちなみに、ロワが旧射撃場に通っているという話は鎌をかけるために、俺が今でっちあげた話だ。
「それに、さっきユミリンピックの話が出た時のロワさん、自分でどういう顔していたか分かりますか?」
「顔ですか?」
「あれは、すべてを諦めた負け犬ではありません。強い意志を持った戦う者の顔でしたよ」
「……そうです。僕はまだあきらめ切れてません」
図星を突かれたのか、諦めたようにロワはポツリポツリと話し始める。
「僕は小さい時から父さんのような弓使いになるために特訓していました。父さんの教えを受けながら毎日射撃場に通っていました」
「だけど、なぜか的に一度も中らなかった」
俺の言葉にロワは力なく頷く。
「僕はなぜか矢を中てることが一度も出来なかったんです。父さんは原因を探るために旅に出たみたいですが他の人たちは諦めろって言ってきたんです」
ロワの手に力が入りブルブルと震えている。
「だけど、僕は諦める事が出来なかった。その他の全ては犠牲に出来ます。でも、弓だけは諦めることができなかったんです!」
壁を殴りつけて憤りをあらわにするロワ。そんなロワに俺は言葉を投げかける。
「それで、ロワさんが諦めていないのに俺に諦めろっていうんですか?」
「でも、あと3日しか……」
「なに言ってるんですか?」
俺はロワを真っ直ぐ見詰めて言葉を紡いでいく。
「3日も要りません。明日にはロワさんを的に中てられるようにします」
「明日!?明日には中るようになるんですか!?」
「はい。今日の様子を見る限り明日には中るようになりますよ」
俺の言葉がかなりの衝撃だったのか何も言えずに口をパクパクさせるロワ。
「ロワさん、バイトの時間は良いんですか?」
「え?あ、忘れてた!それじゃあ僕はこれで!明日もよろしくおねがいします!」
ロワは早口でまくし立てると飛び出すように射撃場を出て行った。
ロワが出て行ったあと、フランが俺に話しかけてきた。
「ホウリ、明日には中るようになるとはどういうことじゃ?引きまくって『弓の試練』を『弓神』にするのか?」
「いや、『弓の試練』のままで中ててもらう」
「は?むりじゃろ?百万本近く引いて一本も中らんかったんじゃぞ?いくらお主でも無理じゃろ?」
「今まで中らなかったのは『弓の試練』の存在を誰も知らなかったからだ」
「じゃが、中らなくなるなんて嫌がらせみたいなスキルどうするんじゃ?」
「フラン、勘違いしているようだが『中らなくなるスキル』じゃなくて『弓の精度を99,99999%下げる』だ」
「どっちも変わらんじゃろ」
「大きく変わる。それと、嫌がらせじゃなくてあくまで試練だ」
「訳がわからんぞ」
「明日嫌でも分かる」
そう言って俺は大きく伸びをすると、人の名前が載ったとあるリストを取り出す。
「なんじゃそれ?」
「優秀な弓使いが載ったリスト。通称『アーチャーリスト』だ」
「もう少し名前は何とかならんかったのか?」
「分かりやすくていいだろ?」
リストには30人ほど載っている。正直ロワだけにかまっている暇はない。
「今から、アーチャーリストに載っている30人に会いに行く。俺には休んでいる暇なんてねぇ」
「……お主はいつも忙しそうじゃな」
「時間あまりないからな。お前らは遊んでいていいぞ」
「それはいいんじゃが……」
フランは辺りを見渡しながら歯切れが悪そうに話す。
「さっきからノエルの姿が見えん」
「……サジ?」
「……マジ」
「…………」
「…………」
「急いで探すぞ!」
「うむ!」
10分後、ノエルは旧射撃場の近くで見つかった。この後、無茶苦茶説教した。
神級スキルとは数あるユニークスキルの中でも最上級のスキルで、色々な役立ちスキルが手に入るスキルである。神級スキルには『剣神』『弓神』『騎士神』など色々種類がある。一部の神級スキルには手に入るための試練として『神の試練』があるものもある。
☆ ☆ ☆ ☆
とりあえず、弓を教えるにあたって少し工夫がいるな。とりあえずは……
考えを整理して俺は口を開く。
「まずは、弓を射る姿勢からみてみましょう。いつもみたいに弓を射ってみてください」
「はい」
ロワはさっきと同じように弓を構え、的に向かって放つ。すると、矢はさっきと同じように的の下に向かって飛んでいく。俺は矢が刺さった位置を確認する。なるほどなるほど。
「フラン、分度器とメジャーと筆記用具とノートを出してくれるか?」
「そんなのなんてあったか?」
「確かプレゼントの中に入っていたはずだ」
フランはアイテムボックスをまさぐり、中から分度器とメジャーと筆記用具とノートを取り出す。オダリムの教師の人から色々と文房具を貰っていたからそれが役に立つな。ちなみに、分度器は透明のプラスチックみたいな素材で出来ている。昔の人たちの努力が見えるな。
「では、さっきと同じように構えて3度上を狙ってください」
「3度?わかった、やってみるよ」
そう言ってさっきと同じように弓を構えた後、分かるか分からないか位あげて的に向かって放つ。矢はさっきより上に飛んでいき、的の遥か上を通り過ぎる。
「では、次は最初の構えから2.9度上を狙ってください」
「2.9度?ずいぶん中途半端ですね?」
「俺に考えがあります。俺に任せてもらえませんか?」
「さっき任せると言いましたし任せますが……」
「考えは後で話します。とりあえず今は特訓しましょう」
「わかりました」
─────三時間後────
「じゃあ次は0.1度上を狙ってください」
「そ、そろそろ休憩しませんか?」
「疲れましたか?では、休憩しましょう」
「わ、わかりました……」
その言葉を聞いたロワは後ろに大の字に倒れこむ。
俺はヤカンと茶葉を取り出してロワに尋ねる。
「今からお茶を淹れますがロワさんもどうですか?」
「ありがとうございます、いただきます」
「フラン、折りたたみの椅子とテーブルを出してくれるか?」
「うむ」
フランが椅子とテーブルを出し、俺はお茶を淹れる。淹れたお茶を四つのカップに入れテーブルの上に配膳する。そして、買ってきた饅頭をテーブルに置く。
「疲れた時には甘いものが良いですよ。遠慮なくどうぞ」
「いっただっきまーす!」
「い、いただきます」
ノエルが両手に饅頭を持ち口いっぱいに頬張る。
それを見たロワは恐る恐る饅頭に手を伸ばす。一口齧るとロワは目をカッと目を見開いた。
「この饅頭すごくおいしいですね?僕は甘いものがあまり好きではないので甘さ控えめなのが嬉しいです」
「それはよかったです。好きなだけ食べてくださいね」
パクパクと饅頭を食べるロワを見ながら俺も饅頭に手を伸ばす。
皆で楽しくティータイムをすごしながら、俺は色々とロワに聞いていく。
「ロワさんはいつから弓使いを?」
「5歳ぐらいからかな?初めは父に教えてもらっていました。でも、僕の腕が悪すぎて愛想をつかせて出て行っちゃいました」
「ロワさんのお父さんがそう言っていたんですか?」
「直接は言われてないんですがきっとそうです」
うーん、自分の腕が悪すぎてネガティブになっているみたいだな。すこし元気付けてやるか。
「前の街である人に会いました」
「ある人?」
「なんでも、息子の弓が中らないから改善方法が何かないか調べているらしいです」
「!?、その人の名前は!?」
「その人は名乗りませんでした。ですので名前は知りません」
「そう……ですか……」
ロワは少し沈んだ様子だったがすぐに目に光が宿る。
「ホウリさん、今すぐ練習を再開しましょう!父さんの期待に答えないと!」
ロワが急に立ち上がりテーブルに勢いよく手を叩きつける。その大きな音にノエルがびっくりして手に持っていた饅頭を落とす。
俺はお茶を飲みながら口を開く。
「『弓使いに必要なのは冷静さ』でしょう?気合いが入るのは分かりますが冷静になってください。」
「それは父さんの言葉!?……僕は大事なことを忘れていたようですね」
「あと、30分で練習を再開します。それまでは休んでください」
「……はい」
ロワは力が抜けたように椅子に座り込む。俺は、それを見て饅頭を齧る。
そんな俺に一つの視線が注がれていた。視線の先を見てみるとフランが俺を凝視していた。俺がそれに気付くと頭の中にフランの声が響いてきた。
『ホウリ、聞こえておるか?念じるとわしに声が届くようになっておる。聞こえておるなら返事せい』
『聞こえてるよ。なんだこれ?念話か?』
『まあ、そんなもんじゃ。そんなことより、父親の話は本当か?』
『んなもん嘘に決まってるだろ。あのままだと練習に身が入らない様子だったから少し元気付けただけだ』
『ほめられた事ではないのう』
『嘘も方便だ』
フランのジト目を受け流し饅頭をむしゃむしゃ食べる。
『そういえば、なんでロワの父親の言葉を知っておったんじゃ?偶然か?』
『ああ、それはこいつを見たからだ』
ロワに見えないように配慮しながら、あるものをフランに見えるようにアイテムボックスから取り出す。
『なんじゃそれ?《最強の弓使いが教える!弓の極意!──入門編──》じゃと?』
『その本の筆者見てみろ』
『《筆者 トレット・タタン》?まさか!』
『おそらくロワの父親だろうな。一応たしかめるか』
天を仰いでいるロワに父親について尋ねてみる。
「ロワさんのお父さんってどういう人なんですか?」
「凄腕の弓使いでした。1km離れたゴマだって打ち抜いとこともありました。ただ、少し調子に乗ることがあってそれがなければ最高の弓使いだってよく言われてました」
「ちなみに、名前はなんと言うんですか?」
「『トレット・タタン』です」
ビンゴだな。というか、息子ほっておいて本を出版するとかどんな父親だよ。
『いや、お主の父親も相当じゃぞ?』
『あの親父を基準に考えるな』
親父は人間かどうかも怪しい。妖怪か何かなんじゃないか?
「ちなみに、ロワは冒険者なのか?」
フランの質問に曖昧にロワがほほ笑む。
「一応登録だけはしてあるのですが、弓の腕がこんな感じですからクエストが受けられないんですよ」
「そう言えば、ここらの魔物は弓ではないと厳しかったのう。それでよくLv15まで上げられたものじゃ」
「親切な人たちが弓で弱らせてくれたんです。そこを僕が剣でとどめを刺して何とかLv15まであげたんですよ」
「ちなみに、協力者は全員女性じゃなかったですか?」
「その通りですが、よくわかりましたね?」
「誰でも想像出来ると思いますよ」
あの受付の人は『様』付けだったし、ロワの女性人気はものすごいものだろうな。なによりイケメンだし。
「色々と物を頂いたり、Lv上げの手伝いをしてくれたりこの街の女性は皆さん親切ですよ」
「それロワさんだけだと思いますよ」
受付の女性にロワの事を聞いた時の敵意は小熊を守ろうとする親熊に匹敵していた。というか殺意すら感じた。
「率直に聞きますけど、ロワさんモテますよね?」
「いえいえ、全くモテませんよ。弓が下手すぎて皆さん同情してくれますけど告白なんかは一度もないです」
「……そうですか」
こいつはラノベの主人公並みに鈍いのか?
『こやつはラノベ主人公並みに鈍いのか?』
フランも同じことを考えていたらしい。というか、今の言葉聞いたら全員同じ考えになるだろ。
「ちなみに、冒険者で稼いでいるんですか?」
「いえ、さすがにそれは厳しいのでパン屋でバイトを───あっ!」
急に音を立てながら焦った様子でロワが立ち上がる。
「バイトがあるの忘れてました!今すぐ向かわないと!」
ロワは弓矢を片付けながら急いで身支度を済ませる。そのロワに俺はテーブルや椅子を片付けながらロワに話しかける。
「明日また来ますが時間はどうしますか?」
「明日はバイトないので朝9時からお願いします!」
そして、身支度を済ませたロワは飛び出すように玄関に向かう。
「では、また明日お願いします!」
そう言ってロワが靴を履いて玄関から出ようとする。だが
「ロワくーん?まーだこんなボロい射撃場使ってんのー?」
誰かがロワの行く手を阻んだ。その人物は一目で質の高い事が分かる服を着ており身分が高いことが伺える。
「ジル、僕は今急いでいるんだ。そこを退いてくれないかい?」
「あーん?誰にむかって口きいてんだ?そう言うのは一発でも的に中ててからいうんだな」
なるほど、こいつが『ジル・クミンバ』か。聞いていた通りロワに敵意むき出しだな。
「とにかく、バイトまで時間がないんだ。そこを退いてくれないか?」
「ああ?店長の女をたぶらかして金をたんまり貰ってんだろ?」
「僕はそんなことしてないよ」
いつもの事なのか適当にあしらっているロワ。そんなロワを見てジルは顔を真っ赤にし更にヒートアップする。
「だいたいな、いつもいつも女に囲まれやがって!お前は女がいねえと何もできないのか!ユミリンピックに出られない癖に生意気なんだよ!」
「ちょっと待ってください。ロワさんユミリンピックに出られないんですか?」
「あ?誰だおめぇ?」
ジルがこっちを睨んでくる。俺は顔に笑顔を浮かべながらジルに挨拶をする。
「はじめまして、私はホウリと申します。今ですねユミリンピックに出る人たちに話を聞きにまわっているんですよ。優勝候補と言われているジルさんには後でお話を伺おうと思っていたんですよ」
「そうかそうか、お前は見る目があるようだ。後で屋敷に招待してやろう」
「ありがとうございます」
ロワの顔をチラリと見て、上機嫌になったジルにさっきの発言について聞いてみる。
「それで、ロワさんがユミリンピックに出られない理由をお聞きしてもいいいですか?」
「それなら簡単だ。ユミリンピックは予選を突破した弓使いしか出られないからだ。しかも、予選は3日後。これじゃあ結果は見えてるだろ?」
「なるほど、そういうことでしたか」
それで、出られないという訳か。
「残り三日、せいぜい無駄な努力でもするんだな」
気分を良くしたジルは捨て台詞を吐いて射撃場をあとにする。
ジルがいなくなった後、ロワが俺に話しかけてきた。
「聞いた通りです。ユミリンピックの予選まで後3日しかありません。これ以上僕に付き合うのは時間の無駄だと思いますよ」
「一つ聞きます。ロワさん自身は諦めているんですか?」
「……はい。僕は諦めようと思います」
「嘘ですね」
ロワの言葉を俺はバッサリと切り捨てる。俺の言葉が予想外だったのかロワは目を大きく見開いている。
「さっき使っていた弓はかなり年季が入っていましたね。ですが、きちんと手入れされていました。諦める人が使わない弓の手入れなんかします?」
「…………」
「しかも、ほぼ毎日旧射撃場に通っているらしいですね。諦めた人がなぜ射撃場に通っているんですか?」
ばつが悪そうな顔をしながらロワは顔をそらせる。
ちなみに、ロワが旧射撃場に通っているという話は鎌をかけるために、俺が今でっちあげた話だ。
「それに、さっきユミリンピックの話が出た時のロワさん、自分でどういう顔していたか分かりますか?」
「顔ですか?」
「あれは、すべてを諦めた負け犬ではありません。強い意志を持った戦う者の顔でしたよ」
「……そうです。僕はまだあきらめ切れてません」
図星を突かれたのか、諦めたようにロワはポツリポツリと話し始める。
「僕は小さい時から父さんのような弓使いになるために特訓していました。父さんの教えを受けながら毎日射撃場に通っていました」
「だけど、なぜか的に一度も中らなかった」
俺の言葉にロワは力なく頷く。
「僕はなぜか矢を中てることが一度も出来なかったんです。父さんは原因を探るために旅に出たみたいですが他の人たちは諦めろって言ってきたんです」
ロワの手に力が入りブルブルと震えている。
「だけど、僕は諦める事が出来なかった。その他の全ては犠牲に出来ます。でも、弓だけは諦めることができなかったんです!」
壁を殴りつけて憤りをあらわにするロワ。そんなロワに俺は言葉を投げかける。
「それで、ロワさんが諦めていないのに俺に諦めろっていうんですか?」
「でも、あと3日しか……」
「なに言ってるんですか?」
俺はロワを真っ直ぐ見詰めて言葉を紡いでいく。
「3日も要りません。明日にはロワさんを的に中てられるようにします」
「明日!?明日には中るようになるんですか!?」
「はい。今日の様子を見る限り明日には中るようになりますよ」
俺の言葉がかなりの衝撃だったのか何も言えずに口をパクパクさせるロワ。
「ロワさん、バイトの時間は良いんですか?」
「え?あ、忘れてた!それじゃあ僕はこれで!明日もよろしくおねがいします!」
ロワは早口でまくし立てると飛び出すように射撃場を出て行った。
ロワが出て行ったあと、フランが俺に話しかけてきた。
「ホウリ、明日には中るようになるとはどういうことじゃ?引きまくって『弓の試練』を『弓神』にするのか?」
「いや、『弓の試練』のままで中ててもらう」
「は?むりじゃろ?百万本近く引いて一本も中らんかったんじゃぞ?いくらお主でも無理じゃろ?」
「今まで中らなかったのは『弓の試練』の存在を誰も知らなかったからだ」
「じゃが、中らなくなるなんて嫌がらせみたいなスキルどうするんじゃ?」
「フラン、勘違いしているようだが『中らなくなるスキル』じゃなくて『弓の精度を99,99999%下げる』だ」
「どっちも変わらんじゃろ」
「大きく変わる。それと、嫌がらせじゃなくてあくまで試練だ」
「訳がわからんぞ」
「明日嫌でも分かる」
そう言って俺は大きく伸びをすると、人の名前が載ったとあるリストを取り出す。
「なんじゃそれ?」
「優秀な弓使いが載ったリスト。通称『アーチャーリスト』だ」
「もう少し名前は何とかならんかったのか?」
「分かりやすくていいだろ?」
リストには30人ほど載っている。正直ロワだけにかまっている暇はない。
「今から、アーチャーリストに載っている30人に会いに行く。俺には休んでいる暇なんてねぇ」
「……お主はいつも忙しそうじゃな」
「時間あまりないからな。お前らは遊んでいていいぞ」
「それはいいんじゃが……」
フランは辺りを見渡しながら歯切れが悪そうに話す。
「さっきからノエルの姿が見えん」
「……サジ?」
「……マジ」
「…………」
「…………」
「急いで探すぞ!」
「うむ!」
10分後、ノエルは旧射撃場の近くで見つかった。この後、無茶苦茶説教した。
0
お気に入りに追加
37
あなたにおすすめの小説
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
貢ぎモノ姫の宮廷生活 ~旅の途中、娼館に売られました~
菱沼あゆ
ファンタジー
旅の途中、盗賊にさらわれたアローナ。
娼館に売られるが、謎の男、アハトに買われ、王への貢ぎ物として王宮へ。
だが、美しきメディフィスの王、ジンはアローナを刺客ではないかと疑っていた――。
王様、王様っ。
私、ほんとは娼婦でも、刺客でもありませんーっ!
ひょんなことから若き王への貢ぎ物となったアローナの宮廷生活。
(小説家になろうにも掲載しています)
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?
シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。
クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。
貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ?
魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。
ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。
私の生活を邪魔をするなら潰すわよ?
1月5日 誤字脱字修正 54話
★━戦闘シーンや猟奇的発言あり
流血シーンあり。
魔法・魔物あり。
ざぁま薄め。
恋愛要素あり。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
魔晶石ハンター ~ 転生チート少女の数奇な職業活動の軌跡
サクラ近衛将監
ファンタジー
女神様のミスで事故死したOLの大滝留美は、地球世界での転生が難しいために、神々の伝手により異世界アスレオールに転生し、シルヴィ・デルトンとして生を受けるが、前世の記憶は11歳の成人の儀まで封印され、その儀式の最中に前世の記憶ととともに職業を神から告げられた。
シルヴィの与えられた職業は魔晶石採掘師と魔晶石加工師の二つだったが、シルヴィはその職業を知らなかった。
シルヴィの将来や如何に?
毎週木曜日午後10時に投稿予定です。
生贄にされた少年。故郷を離れてゆるりと暮らす。
水定ユウ
ファンタジー
村の仕来りで生贄にされた少年、天月・オボロナ。魔物が蠢く危険な森で死を覚悟した天月は、三人の異形の者たちに命を救われる。
異形の者たちの弟子となった天月は、数年後故郷を離れ、魔物による被害と魔法の溢れる町でバイトをしながら冒険者活動を続けていた。
そこで待ち受けるのは数々の陰謀や危険な魔物たち。
生贄として魔物に捧げられた少年は、冒険者活動を続けながらゆるりと日常を満喫する!
※とりあえず、一時完結いたしました。
今後は、短編や別タイトルで続けていくと思いますが、今回はここまで。
その際は、ぜひ読んでいただけると幸いです。
前世を思い出したので、最愛の夫に会いに行きます!
お好み焼き
恋愛
ずっと辛かった。幼き頃から努力を重ね、ずっとお慕いしていたアーカイム様の婚約者になった後も、アーカイム様はわたくしの従姉妹のマーガレットしか見ていなかったから。だから精霊王様に頼んだ。アーカイム様をお慕いするわたくしを全て消して下さい、と。
……。
…………。
「レオくぅーん!いま会いに行きます!」
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる