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第七章 魔に魅入られた者達
7-3 夕焼けに、血潮の香る
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四人の到着した集落は、既に人の数はまばらになっていた。いるのは当座の食糧などをまとめている男手が十人ほどで、他は全員ギルドのある街へ出発していた。彼らの荷造りを手伝い、ギルドへ向けて送り出した後。不気味な赤に染まりつつある空を見上げ、クラレンスは語りだす。
「そういえば、ジークフリートの話だったな……。特段親しいわけではないが、数年前にチャンパーワットの討伐で、パーティを組んだことがある」
当時のクラレンスはギルドに所属せず、各地を放浪としながら依頼を受けるフリーランスの幻導士だった。ジークフリートとは、チャンパーワット──巨大な虎の姿をした魔獣の討伐を共にこなしたことがあるという。テレザが討伐対象の名を聞き、驚く。
「チャンパーワット? 集落に現れたが最後、住民全員を骨だけにする貪食の化身……とんでもない化け物じゃない」
チャンパーワットはテレザもオーガスタも今までに討伐した経験のない、非常に希少かつ危険な魔獣だ。鍛えた鉄剣を割り箸のごとく噛み折る強靭な顎を最大の武器とし、時に他の魔物すら食料とする旺盛な食欲がその危険度に拍車をかける。ギルドの掲げる討伐の目安は、麗銀級の幻導士が四人。
「共にとは言っても。俺は終始、奴の攻撃を凌ぐことで精一杯でな……実質、倒したのはジークフリートだったよ」
「そんな奴に覚えられてるたぁ、お前さんもすごいんじゃないのか?」
オーガスタスの言葉に、肩を竦めるクラレンス。名前を憶えられているのは別の理由があるということか。
「実は、依頼の後に手合わせもしたんだ。手も足も出なかったがな。覚えられていたのは……単純に、あいつに挑んだのが俺しかいなかったんだろう。珍獣みたいなものだ」
「……私が珍獣だって言いたいの?」
最後に付け足した言葉にテレザが噛みつく。横目で珍獣をチラッと見たクラレンスは、やれやれといった様子で笑みをこぼした。
「自覚があるなら、改めることだな。……その闘気、今はあいつらにぶつけてくれ」
クラレンスが視線を戻した先には……複数の黒い影が草に見え隠れしつつ、徐々に大きくなってきていた。森から出てきたその影の正体はゴブリンと狼、一体一体は雑魚だが数が半端ではない。オーガスタスが戦鎚を構えた。
「ぞろぞろ来なすったな。集落を荒らさせるわけにはいかねえぞ」
集落の防御は応急的に設けられた低い柵だけ、とてもではないが魔物の殺到に耐えられる物ではない。四人の奮戦に、住民の今後がかかっている。テレザの両手が夕焼け空を写し取ったように赤く輝き、重ね合わされる。
「……さ、やりましょうか」
オーガスタスもクラレンスも、血剣宴で見た限りでは使い勝手の良い範囲攻撃を持っていなかった。テレザは、自身の炎で一掃するのが最善手だと判断する。
「あ、あの。無理はしないでくださいねっ」
柵の後ろに下がらせたシェラには、三人に怪我人が出たら応急処置に当たってもらう。幻素欠乏で倒れてから数日、万全ではないだろうが本人がやると言い出した以上は任せる。オーガスタスとクラレンスもテレザが全力で放てるよう一旦下がり、攻撃のタイミングを計っている。
魔物たちの姿はいよいよ大きく、もはや足音まではっきりと聞こえてくる。奴らがまさに突撃しようとした瞬間。
「猛き炎神、吼えよ謡えよ高らかに──『灼熱咆哮』!」
テレザが動いた。両腕を一気に解放し、爆音と共に前方一帯に炎をばら撒く。炎属性幻素の術式は消耗も大きいが、対多数で絶大な効果を発揮する。先頭にいた魔物は目を焦がされ、鼻を焼かれ、瞬く間に戦闘不能となる。倒れ伏す彼らを踏みつけ、魔物の群れに二人が切り込む。
「行くぞ!」
オーガスタスが付加術で強化した肉体に物を言わせ、炎の中を突っ切った。魔物に戦鎚を存分に振り回す。尖端で捉えれば即死、掠っただけでも肉を抉る。しかし魔物も数に任せ、飛び散る血潮をブラインドに、彼に齧り付こうと群がる。
「全く……色々とお留守だぞ」
突如上方から降ってきた風の槍が、狼の開いた顎を、振り上げられた腕を貫いて地面に縫い付ける。風属性幻素を纏い、炎の壁を飛び越えたクラレンスが呆れたようにオーガスタスを見下ろしていた。急降下しながら剃刀状の風を地上へと吹きおろし、魔物を草原ごと切り刻む。着地したクラレンスに、オーガスタスが挑発するように言う。
「槍の癖に、一番槍は譲ってくれるのか?」
「譲ったわけじゃない。あんたと違って、俺は特攻以外も考える人間なんだ」
ともすれば嫌味にも聞こえそうな答えだが、クラレンスの表情は決して険しくない。オーガスタスもそれを分かって、ニカッと笑った。
「そうかい。俺が死にそうになったら助けてくれよ?」
「悪いが……あんたが死にそうになる絵が思い浮かばないな」
何だかんだと古い知己だ。実戦では初となる共闘に、心が躍らないわけはなかった。二人は再び魔物の群れを迎え撃つ。戦鎚が、盾が、複数の獣をまとめて吹き飛ばし、足の鈍った後続にさらなる猛攻を加える。
「ったく、大人しくしてなさいっての!」
それを潜り、集落に達しようとしてくる不埒の輩はテレザの炎の餌食となる。遠近共に三人の攻撃に隙は無く、順調に魔物の数を減らしていく。
「そういえば、ジークフリートの話だったな……。特段親しいわけではないが、数年前にチャンパーワットの討伐で、パーティを組んだことがある」
当時のクラレンスはギルドに所属せず、各地を放浪としながら依頼を受けるフリーランスの幻導士だった。ジークフリートとは、チャンパーワット──巨大な虎の姿をした魔獣の討伐を共にこなしたことがあるという。テレザが討伐対象の名を聞き、驚く。
「チャンパーワット? 集落に現れたが最後、住民全員を骨だけにする貪食の化身……とんでもない化け物じゃない」
チャンパーワットはテレザもオーガスタも今までに討伐した経験のない、非常に希少かつ危険な魔獣だ。鍛えた鉄剣を割り箸のごとく噛み折る強靭な顎を最大の武器とし、時に他の魔物すら食料とする旺盛な食欲がその危険度に拍車をかける。ギルドの掲げる討伐の目安は、麗銀級の幻導士が四人。
「共にとは言っても。俺は終始、奴の攻撃を凌ぐことで精一杯でな……実質、倒したのはジークフリートだったよ」
「そんな奴に覚えられてるたぁ、お前さんもすごいんじゃないのか?」
オーガスタスの言葉に、肩を竦めるクラレンス。名前を憶えられているのは別の理由があるということか。
「実は、依頼の後に手合わせもしたんだ。手も足も出なかったがな。覚えられていたのは……単純に、あいつに挑んだのが俺しかいなかったんだろう。珍獣みたいなものだ」
「……私が珍獣だって言いたいの?」
最後に付け足した言葉にテレザが噛みつく。横目で珍獣をチラッと見たクラレンスは、やれやれといった様子で笑みをこぼした。
「自覚があるなら、改めることだな。……その闘気、今はあいつらにぶつけてくれ」
クラレンスが視線を戻した先には……複数の黒い影が草に見え隠れしつつ、徐々に大きくなってきていた。森から出てきたその影の正体はゴブリンと狼、一体一体は雑魚だが数が半端ではない。オーガスタスが戦鎚を構えた。
「ぞろぞろ来なすったな。集落を荒らさせるわけにはいかねえぞ」
集落の防御は応急的に設けられた低い柵だけ、とてもではないが魔物の殺到に耐えられる物ではない。四人の奮戦に、住民の今後がかかっている。テレザの両手が夕焼け空を写し取ったように赤く輝き、重ね合わされる。
「……さ、やりましょうか」
オーガスタスもクラレンスも、血剣宴で見た限りでは使い勝手の良い範囲攻撃を持っていなかった。テレザは、自身の炎で一掃するのが最善手だと判断する。
「あ、あの。無理はしないでくださいねっ」
柵の後ろに下がらせたシェラには、三人に怪我人が出たら応急処置に当たってもらう。幻素欠乏で倒れてから数日、万全ではないだろうが本人がやると言い出した以上は任せる。オーガスタスとクラレンスもテレザが全力で放てるよう一旦下がり、攻撃のタイミングを計っている。
魔物たちの姿はいよいよ大きく、もはや足音まではっきりと聞こえてくる。奴らがまさに突撃しようとした瞬間。
「猛き炎神、吼えよ謡えよ高らかに──『灼熱咆哮』!」
テレザが動いた。両腕を一気に解放し、爆音と共に前方一帯に炎をばら撒く。炎属性幻素の術式は消耗も大きいが、対多数で絶大な効果を発揮する。先頭にいた魔物は目を焦がされ、鼻を焼かれ、瞬く間に戦闘不能となる。倒れ伏す彼らを踏みつけ、魔物の群れに二人が切り込む。
「行くぞ!」
オーガスタスが付加術で強化した肉体に物を言わせ、炎の中を突っ切った。魔物に戦鎚を存分に振り回す。尖端で捉えれば即死、掠っただけでも肉を抉る。しかし魔物も数に任せ、飛び散る血潮をブラインドに、彼に齧り付こうと群がる。
「全く……色々とお留守だぞ」
突如上方から降ってきた風の槍が、狼の開いた顎を、振り上げられた腕を貫いて地面に縫い付ける。風属性幻素を纏い、炎の壁を飛び越えたクラレンスが呆れたようにオーガスタスを見下ろしていた。急降下しながら剃刀状の風を地上へと吹きおろし、魔物を草原ごと切り刻む。着地したクラレンスに、オーガスタスが挑発するように言う。
「槍の癖に、一番槍は譲ってくれるのか?」
「譲ったわけじゃない。あんたと違って、俺は特攻以外も考える人間なんだ」
ともすれば嫌味にも聞こえそうな答えだが、クラレンスの表情は決して険しくない。オーガスタスもそれを分かって、ニカッと笑った。
「そうかい。俺が死にそうになったら助けてくれよ?」
「悪いが……あんたが死にそうになる絵が思い浮かばないな」
何だかんだと古い知己だ。実戦では初となる共闘に、心が躍らないわけはなかった。二人は再び魔物の群れを迎え撃つ。戦鎚が、盾が、複数の獣をまとめて吹き飛ばし、足の鈍った後続にさらなる猛攻を加える。
「ったく、大人しくしてなさいっての!」
それを潜り、集落に達しようとしてくる不埒の輩はテレザの炎の餌食となる。遠近共に三人の攻撃に隙は無く、順調に魔物の数を減らしていく。
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