上 下
22 / 56
第四章 鉄と血の誘い

4-5 都市の流れ、美味と過去

しおりを挟む
 二人が鉄血都市に到着してから数時間後、竜の巣ドラゴネストの空き室。

「これで良し、と」

 テレザは自分で拵えた寝床を見て満足げに頷いた。広めの空き部屋に、他の部屋や物置から毛布やソファを運び込んで、快適に寝られる環境を作り上げたのだ。

「良いんでしょうか、こんな遠慮なく持ち出して……」
「大丈夫よ、使ってないなら自分の物。覚えときなさい」

 シェラは不安げな表情を隠せないが、テレザはどこ吹く風。この街で過ごしたキャリアの賜物であった。
 さて。こうして寝床は無事に確保できたたわけだが、まだ問題がある。

「それじゃ、お昼食べに行きましょうか」
「う。街に行くんですよね……」
「私から離れなければ大丈夫よ」

 食料は自分達で何とかしなければならない。二人は紐で繋がって、料理店を探しにメインストリートへと繰り出した。この街にも傭兵ギルドなどが管理する酒場は存在するが、あそこは年がら年中火薬庫の中で焚き火をしているような場所だ、テレザとて近寄るのは御免被る。
 食べられる物を出していそうな店を探して歩いていると、シェラが違和感に気づいた。

「人が大分減ってますね。まだお昼時なのに」

 見れば、朝到着した時には人でごった返していた通りは幾分歩きやすくなっている。テレザは過去の滞在から、それについても良く知っていた。

「ここでは朝はゆっくり過ごして、お昼を早めに食べて依頼に向かう奴らが多いのよ。朝は遅く、昼は早く、夜はとっても遅い」
「ということは。私たちはいつも通りのリズムで生活すれば、トラブルに巻き込まれにくい?」
「その通り……お、あの店はどうかしら」

 話ながらもテレザは目ざとく、良さげな店を見繕う。が、特に店構えも綺麗ではないし、店名が有名なものというわけでもない。シェラにとっては何が良さげなのか分からなかった。

「何を基準に選んでるんですか?」
「一番は匂い。焦げ臭かったり、香辛料の強烈な匂いがするのはダメね。麻薬の匂いを誤魔化してる可能性がある」
「麻薬って……依存症にするってことですか?」
「ええ、そう」
「ひえぇ……」
「この街では美味しさよりも、安全に食べられるかどうかが大事なの。分かった?」
「は、はい。あ、そうですよ! 前に、テレザさんが行ったお店に行けば良いんじゃ……」

 シェラの閃きに、テレザは残念そのものという表情で首を振った。

「残念だけど、もうなかったわ。私が行ってたってことは、そこはまともなお店なの。で、まともなお店はここに何年も店を構えてくれないの」
「なるほど……」

 人が入ってはすぐに消え、消えた分だけまた入る。改めてとんでもない場所だ、とシェラは戦慄する。二人が店のドアを開けると小さく呼び鈴が鳴り、店主が元気良く声をかけた。

「らっしゃい! お、珍しく綺麗なお客さんだ。何でこんなとこに?」
「依頼でね。報酬に釣られたの」
「そうかそうか。まあこの街、金だけはあるからな……好きな席にかけな」
「ありがとう」

 しっかりした丁装に少し驚きつつ、二人は礼を言ってメニュー表を受け取ってテーブルにつく。テレザはウサギ肉のステーキとパスタ、シェラはパンと野菜スープを頼んだ。
 鉄血都市にしては高めの値段設定だが、このくらいの値段があると妙な連中が入ってこないのでむしろありがたい。料理を待つ間店内を見渡すと、この都市の店とは思えぬほど綺麗に掃除されている。店主の趣味なのか傷ついた赤い鎧が飾られ、黒い石造りの中でアクセントになっていた。

「あいお待ちどぉ、パンと野菜スープだ。熱いから気を付けろよ」
「わっ美味しそう……!」
「へー良いじゃない。この街にはもったいないクオリティだわ」
「こいつはどうも。ステーキはもう少し待ってくれ、ジビエは家畜の肉と違って、きっちり火を通さねえと臭えからな」

 最初に来たのはシェラの注文した品。しかし宿場町の宿でもかくや、という料理が出てきた。シェラが一口食べると、程よく効いた塩コショウが野菜の甘味を引き立てる。やや固めに焼かれたパンも、とろみのあるスープと良く絡んで相性が良い。

「そっちこそ、何でここに? この腕なら、いくらでも他で儲けられるのに」

 手の止まらないシェラを見て、テレザが先ほどされた質問をそのまま返す。この店ならもっと治安の良い場所で、上客を相手に選んで商売することだってできるはずだ。
 すると店主は頭をかき、浮かべた寂しさを薄い笑顔で覆った。

「……三年前さ、幻導士エレメンターだったカミさんの都合でな」

 だった。過去形だ。そして、今この店には店主しかいない……そういうことだ。

「あの赤い鎧は、そうなのね……」
「ああして飾っとかねえと、忘れてっちまう気がしてな。女々しいけどよ」
「ごめんなさい、辛いことを聞いちゃって」
「良いさ。知らなかったものは避けようがねえ……っと、ステーキも焼き上がった頃合いだろ」

 二人は、店主が厨房へと引っ込んでいくのを無言で見送る。どこにでも、ああいう人はいる。
 やがてテレザにも料理が運ばれてきた。野生的な香りが昨日に続いて懐かしく鼻孔を突く。悲しい話題は一旦脇に置いて舌鼓を打つと、野山で鍛えられた筋繊維が歯と舌で心地よくほつれていく。しっかり煮込まれた肉も良いが、ステーキにはまた別の美味しさがある。特にジビエを食べるなら、彼女はステーキが好きだった。

「どうだ、旨いだろ?」

 店主の得意げな顔に頷く。良い店を見つけた。滞在中は、ここでご飯をいただこう。

「いつでも来な、そこのテーブルは空けといてやる」

 ありがたい申し出だった。席料も込みで、メニュー表より少し多めに渡す。

「ほっ、こりゃ上客だ。いつまでいるんだ?」
血剣宴グラディウスが終わるまで。約三カ月ね」
「そうかい。じゃ、そこまでに稼げるだけ稼がなきゃだな。また頼むよ!」

 店主に見送られ、二人は店を出た。テレザとしては早々に部屋へと戻りたいところだったが、シェラには一つ願い事があった。

「あの。少し、武器を見てみたいんです」
「武器を?付加術エンチャントでも始めるわけ?」
「そうじゃないです、けど……折角武器の街に来たし、どんな武器があるのか、見てみたいなって」
「あー、そうね……。じゃあ人が増える前に、ササっと見ましょう」

 テレザが顔馴染みだという武具屋に入る。鉄血都市でも一、二を争う人気店で、テレザが今使っている籠手もここで鍛えられた。店内は多くの人で賑わっていたが、。棚を整理していた見事な腹の鉱妖人ドワーフが二人の顔を見るなり、隻眼の顔をにんまりと歪める。

「久しぶりじゃねえか! オイ!」

 店内に胴間声が響き、彼は太った体を揺らしてずかずかと近づいてくる。テレザも久々の再会に笑顔を見せ、軽くジャブを放った。

「何よ親方、乙女の体をジロジロといやらしい」
「お前は乙女じゃあるめえ。千歩譲って乙女だとして、俺が用あるのはおめえの装備だ。……で? どこを壊したんだ?」
「壊してないから。この子がね、ちょっと武器を見たいって言うから来たの」
「は、はじめまして。シェラです。テレザさんと、パーティを組んでいます」
「ほー? 見たところ駆け出しだな……どんなのが欲しいんだ?」

 ギョロついた目で見られ、シェラは縮こまる。

「え、えっと。具体的には決まってないんですけど……」
「何だ冷やかしか。別に良いけどよ……今背負ってる杖の仲間なら、あの辺に置いてある。気になる品があったら買ってけや」

 ざっくりと場所を指差し、親方は棚の整理へ戻っていった。

「怒られちゃいました…」
「大丈夫よ。武具屋に来て、一発で武器を決める方が珍しいんだから」

 テレザはシェラを慰める。親方も決して悪気があったわけではない。ああ言っておけば罪悪感か何かで品物を買ってくれるかもしれない、という商魂の表れだ、と解説してやる。

「はわー……」

 杖があるという棚に移動した二人を待ち受けていたのは、材質、長さ、形状、重量、とまさしく千差万別な杖の群れ。中でも心材という、杖の中心に据える素材の種類は圧倒的で、シェラは思わず息を漏らした。
 シェラはその中から一本、気になったものを手に取ってみる。幻素エレメントを含んだ鉱石、『幻素鉱エレメンタライト』を心材に据え、木材でありながら強度のある樫で覆った一品だ。

「わ。これ、すごく使いやすそうです。術式の効率も良さそうだし……」
「へー、幻素鉱エレメンタライトを心材にして、対幻素抵抗エレメントレジスタンスを下げてるのね。良い物よ、中々お目が高いじゃない」
「──! お、お値段が……」

 お値段もお高い。銀貨八枚は、とてもではないが駆け出しのシェラに出せる額ではなかった。初々しい反応にテレザは微笑む。

「……ま、幻素鉱エレメンタライトって結構希少だからね。でもその値段なら良心的よ、流石は鉄血都市って感じ」

 その他にも大型の魔獣の毛を心材に使った超高級品から、安価な木製まで見て回って、店を出ようとしたとき。親方から声をかけられた。

「悪い、ちょっと来てくれ。お前に試してほしいもんがある」
「はいはーい」
「ほら、駆け出しも……、何でお前ら紐で繋がってんだ……?」

 困惑する親方。

「ま、迷子対策です……」

 シェラは恥ずかしそうに、だが素直に言った。
 二人は炎の燃え盛る工房へと案内された。高温に晒され真っ赤になった金属が炉から引き出され、そこを鎚で打ち鍛える音が響き渡っている。あまりの熱にそこかしこで景色が歪んでおり、シェラは目を細めつつ見入ってしまう。

「おい駆け出し。あんまりまじまじ火を見ねえ方が良い、目を灼かれるぞ」

 親方にこう言われ、ビクッとなったシェラだが、やはり気になるものは気になるらしい。

「ユラユラしてるあの景色が、気になって……」
「陽炎のことか? 何だっけな……ヒカリノクッセツ? で、本来と違う光景が見えるって話だが」

 親方のうろ覚えな説明を、テレザが補足する。

「光の屈折、ね。水に手を入れると、指の長さが普段と違って見えるでしょ? 陽炎も原理は同じ。熱い空気から冷たい空気に光が触れると、直進するはずだった光が曲がって、違う位置に像を結ぶの」
「なるほど……」
「解説ご苦労。で、お前に試してもらいてえのはこいつだ」

 目当ての場所に着いた。そこには、土人形がフルフェイスの兜を被って立っている。兜は炉の炎を反射して綺麗な艶を放っており、中々の高級品に見えた。

「鋼の鍛え方を変えて従来よりも薄く軽く、衝撃を吸収する方面に特化させた試作品だ」
「兜の耐久試験か……、これをいつも通りぶん殴れば良いの?」
「そうだ」
「え、壊しちゃうんですか?」

 テレザと親方の会話で、シェラが割り込んだ。親方は少し考えて、

「別に、壊したいわけじゃねえよ」

 そう言った。

「出来次第だ。テレザが殴って壊れなきゃ、量産に向けてコストの低い製造法を考える。壊れたら設計から考え直す。一点物ワンオフじゃなくってもウチの看板を背負わす以上、妥協はしねえ。遠慮すんなよ、テレザ」
「分かってるったら」

 テレザの答えを受けて、親方はその場から距離を取った。シェラも慌てて退避する。テレザはもう一度周囲の安全を確認し、籠手に火を入れた。工房に勝るとも劣らぬ真っ赤な炎が舌なめずりをし、獲物に狙いを定める。

「それじゃ遠慮なく……『熱杭ヒートパイク』!」

 燃え盛る突きが打ち込まれ、思わず耳を塞ぐ大音響とともに土人形を固定された台から容易く吹き飛ばす。親方が壁へと転がった土人形から兜を外し、テレザ達のところへ持ってきた。大きく吹き飛ばされたが、兜には穴も開かず、シェラが見る限り凹みやヒビもない。

「無傷……なんですか?」
「多少傷んではいるが……まあ、製品にしても大丈夫だろ」

 親方はつぶさに兜を観察し、一定の評価を下した。シェラが拳を握る。

「よしっ!」
「駆け出し、何でお前が嬉しそうなんだ?」

 自分のことのように喜ぶシェラを、親方が訝しむ。シェラとしてはただ壊されて、捨てられるという話が悲しかったので、それを回避できたことが嬉しかった。そう話すと、親方はテレザを咎めるように見た。

「……お前、何でこんな綺麗なガキをこの都市に連れてきたんだ」
「仕方ないでしょ、ついて来たいって言ったのはこの子なんだから。あと私も十八の綺麗なガキだから」
「……」

 私は悪くない。そう主張するテレザから諦めたように目を切り、親方は手にした試作品をシェラに差し出す。

「やる」
「え……良いんですか!?」
「どの道、これは試作品だ。店には出せねえ。捨てられるのが嫌ならお前が引き取れ。……あー、試験に協力してくれた礼がまだだったな。サイズを調整してやる、ちょっと待ってろ」
「あ、ありがとうございます!」
「良かったじゃない。中々高級品よ、あれ」

 思わぬ収穫に、シェラの顔も明るくなる。親方が作業を終えて兜を被ってみると、それは細かく採寸したかのように頭にフィットした。
 ただし、

「分かっちゃいたが……っ」
「何これ……ぶっ!」

 華奢なうえ、ローブしか身に付けていないシェラにフルフェイスの兜は恐ろしいほどミスマッチで、工房は大爆笑に包まれた。特に親方とテレザの笑い方と言ったらまともに喋れないほどで、シェラはぷんぷんと兜を脱いで抗議する。

「くれるって言った時の温かい空気は何だったんですか!」
「そりゃお前……やるとは言ったけど、似合うとは言ってねえし。こんな似合ってなきゃ笑うだろ」
「ごめんなさい。面白かったのよ本当に」
「ぐ、ぬぬぬっ……」

 とはいえ兜はそのまま貰い、二人は店を出た。時刻は既に夕方も終わりに近づき、依頼を終えた者達がぞろぞろと通りを歩き始めている。テレザは眉をしかめた。

「まずいわね。とっとと夕飯食べて帰るわよ」
「おっ。君たち可愛いねえ! 俺達と今晩遊んでかないか? お金なら今稼いできたから、結構払えるぜ?」

 ……こういうことがあるから、寄り道はできる限り避けたいのだ。テレザは氷点下の視線で軟派を凍り付かせ、シェラを庇うようにしてお昼をいただいた店に向かう。店内には相変わらず、店主しかいなかった。こちらとしては空いていてありがたいが、店としては大丈夫なのだろうか。

「お、毎度毎度」
「先ほどぶりね」
「また、ごちそうになります」
「たんと食ってけよ、うちは貧乏だからな。今夜のおすすめは……」

 貸し切り状態で食べる旨い料理は、滞在中の最大の楽しみになるのであった。
しおりを挟む

処理中です...