処刑官キリエ

中田ムータ

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第一部

Act.5 リング

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(ゴリッ⋯⋯グリグリッ! グキャッ! ⋯⋯バキム!)

「フゴァァァァァアァァァァァァァァァアァァァァァァ!!!!!!!!!」

最後の一本を抜歯されたムータロの悲痛な絶叫が響く!

「はい、良く頑張りました⋯⋯❤︎」

頬を上気させたキリエがムータロに優しく労わりの言葉をかけた。

全抜歯されたムータロの口内はさぞや惨憺たる血の海に⋯⋯否、見よ、不思議なことに血はほとんど出ていない。まるで初めから歯などなかったかのような綺麗な歯茎が残されている。
なぜか? 実はこれは、キリエの処置道具にあらかじめ治癒魔法が込められていることに起因する。
キリエの目的はあくまで受刑者に最大限の苦痛を与えることであるため、受刑者を死なせてしまっては元も子もない。そのため、あらかじめ処置道具に治癒魔法をかけておくことにより、出血やダメージを最小限に抑えるようにしているのだ。もっとも、その治癒魔法はあくまで傷口を塞いで血管をつなぐ程度のもので、失われた部位を再生することはできない。
つまりまとめるとこういうことだ。
・受刑者は、最大限の苦痛を味わいつつも決して死ぬことはない
・抜歯やその他の処置で失われた身体の部位は二度と戻らない

「さ、て、と❤︎」

見下ろすキリエ。
ムータロの胸にはもう悪い予感しかない。

「次が、今日のクライマックスだね」

キリエが、内側にブレードのついたリング型器具を手にとってムータロに見せつける。
数は四個。そのうち二個は小さめで、別の二個はやや大きめ。
理性ではその用途をすでにうすうす察しているムータロ。だが、感情がそれを認めるのを拒絶していた。

「な、なんにふかうんら⋯⋯」

歯がなくなった為、口枷は外されている。入れ歯の外れた老人のような滑舌でムータロは問うた。

「何に使うかですって? ふふ、分かってるくせに。それとも本当にわからないのかな? 鈍い子は好きじゃないよ❤︎」

続けて言う。

「いいわ、教えてあげる。今から、キミの手足を切るわ。このリングでね❤︎」

誤解の余地などないキリエの宣告!
現実乖離症状を起こしたムータロの感情も、ここまではっきり告げられればもはや現実を認めざるを得ない!

キリエがリング型器具をムータロの両肘上と両膝上に容赦無く装着!

「フガァァァァァァッッッッ!!!! アアアアアアアアアアアッッ!!!!!」

恐慌を来たすムータロ!

「それじゃ、はじめよっか。最大限に泣き叫んでいいからね❤︎」

キリエがムータロの両手足のリング型器具を操作すると、内側のブレードの径が狭まり始めた! このブレードが完全に閉じきった時、ムータロは彼の四肢に永遠の別れを告げることになるのだ!







(ギリギリ⋯⋯ギリギリ⋯⋯)

「ンゴァァァアァッッッ、ンッ、ンンンッ!!! アアアッッ⋯⋯!!!!!」

開始から五分、顔面を真っ赤にして苦悶の表情で耐えるムータロ!
リング型器具は残酷な緩慢さでそのブレードの径を狭めていく!







開始から十分が経過!

「あぼぼぼぼぼぼぼ!!! おぼぼぼぼぼぼっっ!!!」

真っ赤な顔で泡を吹き、痙攣し白目を剥きながら耐えるムータロ!
「頑張れ、ムータロくん! ファイトー❤︎」
キリエはそんなムータロを応援! 時折ガーゼで彼の額の脂汗を拭ってあげている!







そしてムータロにとっては永劫にも等しい十五分が過ぎ!

(ギリッ、ギリリリリッッ⋯⋯バキッ、バキム!!!)

「アッ、アキャァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!!」

リングの径がゼロになるとともに、ムータロ今日一番の絶叫が響き渡った!

これで抜歯に続き、四肢切断が完了した。
両手足の切断面の出血はほどんど無く、切り株めいた痕が残っているのみだ。
抜歯器具と同じく、リング型器具にも治癒魔法が込められていた為だ。

「ハァッ、ハァッ⋯⋯ハァッ、ハァッ⋯⋯」

ムータロの顔から徐々に赤みが引いていき、呼吸も平静になっていく。
今の彼にとっては、四肢が切断されたということよりも、苦痛から解放されたことが大きかった。
そんなムータロの顔を優しく撫でるキリエ。

「今日の処置は終わりだよ。頑張ったじゃん⋯⋯」

それはまるで不出来な弟を労わる姉のような声音。
この声だけを聞けば、ムータロにかような恐ろしい処置を施した処刑官とはとても思えない。

キリエに優しく撫でられながら、極限の苦痛から解放されたムータロの意識は心地よい眠りの闇へと堕ちていく。
初めに注射された鋭敏剤も効果がほぼ切れていた。

キリエはムータロの拘束帯を外し、眠りへ落ちつつある彼を、まるで我が子のように胸に抱きかかえると、そのまましばし、その寝落ち寸前の顔を眺める。
そうしているとふいに、下腹部方面からの衝動がこみ上げてくる。

可愛い寝顔⋯⋯。
この子はもう、私なしでは何もできない。
歩くことも、道具を使うことも、舌を噛み切ることも。
だから、全部私が面倒見てあげる。
たくさん処置して、たくさん泣かせて、たくさん世話を焼いて、たくさん甘えさせて、キミの世界を私だけにしてあげる⋯⋯。

下腹部から脳髄に迫り上がる閃光のような快感。
ピッグスを胸に抱いた美貌のエリニュスの灰色の瞳は今や赤く染まり爛々と輝いている。
美しく蕩けるその顔に、ふと一筋の赤い線が流れた。

(ん?)

鼻から上唇に液体が流れる感覚。舌先で舐め取ると、鉄の味。

(う、やべっ、鼻血⋯⋯!)

手近なガーゼで慌てて鼻血を拭き取るキリエ。

(いけない、いけない、興奮しすぎでしょ、私。クールダウンしなきゃ⋯⋯)

瞑目して一呼吸。
再度目を開けた時には、その瞳は落ち着いたグレーに戻っていた。

(よし。さて、今日はあとは受刑者拘留室ゲストルームに連れてってご飯つくって食べさせて⋯⋯と)

これからの段取りを頭に描きながら、ムータロを抱いたキリエは処置室を出た。
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