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越後動乱編

幸村の策がキツイ

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霧深い、ゴツゴツした荒野が広がっている。傾斜が大きく足場の悪いこの地に、私は1人立っていた。

 やはり鎧が重いな、じゃ無くてさ。

 1

 幸村の策、真面目に聞いておけば良かった。日本一の古兵の策なら問題は無いだろうとハイハイと受け流していたらこうなった。

 今更だが光秀たちは反対してた気がする、もっとちゃんと反対しろよ...

 私は立場上、1人でいるということは少ない。部屋にいる際もすぐ外に出れば護衛がいるし、外は勿論のことだ。

 私が外に一人で出たことなどおよそ数える程しか存在しなかった。

 だから、ちょっと怖いな...

 身震いがするものの、思いの外私は落ち着いている。

 大丈夫、やることはわかってるんだ...私は幸村を信じた、後は精一杯やるだけだ。

 それに、私の役割は別段敵と斬り合うという訳でも無いしな。

 そんなことを考えていると、300程の軍が眼下に広がっていた。

 あ、今頑張って登ったので傾斜のかなり上にいます。

 さて、私の顔と鎧が一揆軍に知れ渡っているのは既に周知の事実だと思う。

 千代が教えたわけでは無いだろう、千代と今川輝宗わたしが会って話をしたことは一揆勢に知れ渡っている。

 顔を見たものも多いだろう、そこからだな。鎧は狙撃された際に見られたと見て良いのだろうな。

 そんなところに、私が出てきたらどうなるだろうか?

 「あ、あの鎧は!?今川輝宗では無いか?」

 杉浦玄任が食い付くだろう、それを狙って兵を引きつけて欲しいというのが幸村から任された私の役目だった。

 よし、兵よ来い!

 ん?

 うんうん、ガトリング砲がこっちに向いてるね。

 1丁?いやいや、10全部だとも!

 「撃てぇぇぇ!!!」

 「いや、待てぇぇぇ!!!」

 そんな私の声は、銃声と共にかき消された。

 重い数百発を超える弾丸が、私の頭上を掠める。

 私は岩陰に隠れてそれを回避していた、うずくまり両手で頭を守っている。

 自分で言うのはなんだが、かなり情けない格好だ。だがこの格好が一番被弾面積も少ないし安全なのだ。

  そもそも、こんな下から撃ったって当たる訳無いだろ!そうツッコミを入れたくなるが怖い!怖いわ!

 ガガガガガガガガガガという硬質的な音が道に響き渡る、だがその一手が私に届くことは無く銃声は収まった。

 「玄任!ここから撃って当たる訳無いでしょう!」

 「いや、牽制という意味でこれは重要な意味を果たしましたぞ。200名は私に続いて今川輝宗を討ち取れ!」

 「玄任、十中八九罠よ!」

 千代が玄任を止めるも、玄任は止まらない。

 200名を引き連れて一心不乱にこちらへと走って来ていた。

 「今川輝宗を討ち取ったものには米俵10、いや20俵を与える!!進めぇぇぇ!!!」

 「おおおおおおおおお!」

 「俺だ!俺が殺す!」

「今日は彼奴きゃつの首で飯をたらふく食えるぞ!」

 不味いな、時間に前後はあるがあと少しでこちらに着くか。

 大丈夫だ。

 実は光秀と左近から、足止めの策を授かっている。

 まずは左近の策か、私の真横には丸い大岩がある。

 『ご隠居様の怪力で、この大岩を落とすんだ!一網打尽間違いねぇぜ!』

 ちなみにこの大岩、私の身長ぐらいある。

 落とすの無理だわ、そもそもなんだよ怪力って。

 最近刀を持つのすら重いわ!駄目だな次!

 次はど真面目光秀の案だ、用意されたのは弓と矢。

 『こちらで弓を射れば多少の時間稼ぎにはなりましょう、しかしご無理だけはなさいませんよう。』

 矢は3本しか無い、まぁ一応射ってみるか?

 武芸の修練だけは欠かさなかった、旅を始めてからは刀を振るう機会しか無かったが弓も手にタコかできるほどやったものだ。

 堂々たる構え、構えだけなら一流と私は自負している。

 うん、射った弓は逆方向に飛んで行ったけどね。

 なんでや!なんで後ろに飛んでくねん、弓!

 混乱し過ぎて関西弁になってしまった、後ろで重たい物が落ちる音がしたが気のせいだと思おう。

 次!お藤のは炸裂弾だ!

『威力も高い特別性です、試作品ですが...ご隠居様なら使いこなせるでしょう!』

 5個全部投げちゃお、コントロールはお察しだ!

 私が投げた炸裂弾が、慣性の法則に従い飛んでいく。

 しかしその爆弾は、1つたりとて起動することは無かった。

 いや、不発ってマジかよ...

 もう無理だ、足止めも済んだし逃げよう。


 ◇◇◇◇


 「かっ・・!」

 短い苦悶の声を出しつつ、また1人ガトリング砲の守りについていた敵兵を光秀が刺し殺した。

 音も無く背後に回り込み、敵の口を押さえつつ殺していくその腕は幸村から見ても流石の一言に尽きる。

 光秀とお藤、輝宗の家臣のなかでも隠密に秀でた2人だがどちらも自らの身を悟らせない術を独力で身につけている。

 中でも光秀は生来持ち合わせていた影の薄さに加えてそれを活かす技術を身につけていた。

 影の薄さは光秀のコンプレックスと言ってもいいものである、それを押してまで輝宗の役に立ちたいと願うあたりが彼の忠義を表していると言えるだろう。

 「流石です、光秀殿...」

 「幸村殿の策の成果ですな、ガトリング砲を守っていた部隊はこれで以上ですか?お藤殿?」

 「ええ、流石ご隠居様。兵を200も引きつけるなど...」

  幸村の策は単純なものだった、上杉の旗印である輝宗を前に立たせて敵を引きつけその間に残った者たちでガトリング砲を奪うというものだ。

 それに加え、光秀の案で残りの面子を2手に割った。光秀、幸村、お藤を中心としたガトリング砲を奪取するメンバー。

 左近、慶次の残った兵を陽動するメンバーである。

 霧が深く、連携が取りづらいこの地形だからこそできる策だ。地形を読んだ幸村と光秀のファインプレーと言えよう。

 だが、光秀本人はこの作戦に心から賛同している訳では無い。この場で輝宗に1人で陽動をさせるなど自殺行為も良い所だからだ。

 実際ガトリング砲の掃射を始めた時、光秀は飛び出したい衝動を抑えるので一杯だった。

 幸村の策は、光秀にはとても出せない案でもあったのである。

 故に光秀は、幸村の評価を180度変えていた。

 汎用、光秀の幸村への評価はその一言に尽きる。無論優秀ではあるもののご隠居様の近くに侍る者を想像すれば優以上の評価は与えられるようなものでは無かった。

 だが、今回の策の奇天烈具合はどうだ。守るべきものを放り投げるという所業、常人のものでは無い。

 幸村が鎧姿でありながら向けてくる笑顔に光秀は驚愕した、初陣でありながらこの表情だ。

 これが敬愛する輝宗の指導の成果だと思うと内心の震えが止まらなかった。

 「しかし、慶次殿や左近殿の声が聞こえませんね。」

 「はい、慶次殿はともかく左近殿はうるさいですからね...」

 光秀は奥で更に陽動をしているであろう方角を向いて首を捻る、まさか討ち取られてしまったのかなんて妄言を言うつもりも無い。あの化け物2人が雑兵に殺される筈も無いのだ。

 「ん?」

 「は?」

 そんなことを考えていた光秀の前に現れたのは、1人の少女とそれに付き従う軍勢だった。

 戦場にはまるで似合わない彼女のその姿は、光秀をして呆れさせるものである。

 だが...その両隣には慶次と、左近がいた。

 「何をしているのですが?左近殿。」

 「裏切ったんだよ。」

 それを聞いた瞬間、光秀は刀を抜く。

 左近と慶次が裏切り?

 何故?

その言葉は、すなわち一揆勢に加わるという意味だ。それは輝宗への裏切りを意味する。

 理由がわからないものの、この2人が裏切ったと言うことはこの作戦は失敗に終わったということになる。

 左近と慶次に光秀は恐らく勝てない、故にこの場でできることは逃げの一択だ。

 「幸村どーーー」

 思考を終え、幸村にそう叫んだ瞬間被せるように左近は言い放った。

 「コイツが。」

 コイツが。そう言った後彼が指した指の先には、胸を逸らし目一杯仰け反る千代がいた。
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