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甲斐編

思いもよらない結末

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皆さん、人に権利をあげたらその権利を悪用された経験はありませんか?

 私にはあります。

「なるほど、南蛮の坊主に権力を与えて潰させるか。考えたものでござるなぁ御隠居様」

 そう言って目の前でニヤニヤと笑うのは、幸村の父である真田安房守昌幸さなだあわのかみまさゆきだ。

 屈強な男だった、全身傷だらけなのは多くの戦乱を経験して来たからだろう。

 会うまでは妖怪みたいなオッさんをイメージしていたのだかな、思っていたよりもスポーツマン風の爽やかな男である。

表裏比興の者と呼ばれる程の卑怯さは感じない、後で調べたんだが、これ武将としては褒め言葉なんだよね。

賛辞の意味で使われていたなら確かに納得だ、それに卑怯な奴が卑怯そうな顔をしていると言うのは偏見だろうしな。卑怯な奴ってのは最初は甘い顔をして近寄って来るんだ、それは仕方が無いがね。

沼田城に到着した我ら一行は、昌幸殿から予想以上の歓待を受けていた。幸村との再会も思いの他喜んで下さり、土産話を多量に用意せねばならなかったのはちょっと困った話だ。

 幸村の実母山手殿も喜んでいた、夫と揃って幸村の話を聞きたがっていたな。

『幸村は賊に相対したとて怯む事なく、刀折れども心は折られず。我が眼間違い無しと天下に知らしめた』

 泣いて喜んでたな、昌幸は豪族上がりの男だ、その領地も決して大きいとは言えない。

 そういう人間は心で繋ぎ止めないといけないのよ、要するに情で釣るって奴だな。

 優しくせんといかん、ヨイショヨイショ作戦だな。

 ともかく、昌幸殿はいたく喜んでいたので失敗では無いだろう。問題はその後だな。

 滞在から暫くして、お藤から清吾の村についての報告書が届いた。別に頼んでも無いんだがな、こういうところは秀吉っぽいと思う。

 気がきくと言えばいいのかな、そういうところが人誑しと言われる所以だろう。

 まぁ女性だったんだけどね、そう考えると信長の草履を懐で温めていたのを信長が感心した理由とかも裏がある気がしてならんわ。

 お藤は美人だからな。

 話を変えよう、歴史考察など柄では無いのだ。手紙の中身の話だ。

 中身を見て驚いたわ、フロイスが寺社を破棄?

 僧の大半を殺して教会に作り変えた?

 で、それを俺がやらせたことと吹聴しているらしい。

 なんで?

 ちなみに、その寺社からは借金の証文などが多く見つかり、フロイスはその全てを破棄した。

 実質的な徳政令だな、フロイスの人気はうなぎ登りらしい。

 領主は何してんの?と思ったが、そう言えば私がお藤に命じてフロイスの自由な活動を認めるべしと言う書状を出してしまっている。

 拙いな、だが今更訂正する訳にも行かない。

 良い面もある、民衆からの私の人気が上がった。清吾たちからもお礼の文が届いたな、近隣の村では祭りまで起きたらしい。

 一向宗の顕如から何故か謝罪の文が届いた、内容は簡単だ。あそこの寺社の者は全員破門にしました、他の寺社は勘弁して下さい。事実上の降伏だな、変な気分だ。

 2階から物を誤って落とし、それが他人に当たったのにその他人から当たったのが悪いと謝られた、そんな気分だ。

 顕如は一向宗の棟梁と言うわけでは無いが、大部分の指導者と言って良い位置にいる、そんな彼にとって今川氏は大事なパトロンだ。

 ついでに言えば今回の寺社壊滅は全国を揺らすだろう、この世界では本願寺の焼き討ちも当然無い。寺社の影響力は健在だ、そんな中で異教徒の坊主が私に依頼されて寺社を破却した。

 坊主でも悪を為せば容赦しないということになってしまう。

 というか今回の件に関して悪いのは私だ、勝手に寺社の領域に南蛮の宣教師をぶち込んで寺社の人間を殺させたなんて良く非難が来ないよな。

 氏真に媚びておかないとそのうち逆賊扱いされそうだな、いかん憂鬱になりそうだ。顔を歪ませれば昌幸殿に不信感を与えてしまう。

 話を戻そう、その知らせは昌幸殿にも届いた、話をしたいと言ったことはその辺が理由か。

「寺社の者達、金貸しにて大分あこぎに稼いでおりましたからな。だが多くの者は仏罰を起こして行動しようとしない。領民も一気寸前だったと聞いてはいますが、寺社に対して危害を加えようなどとは頭の隅にも入っておらなんだでしょう」

「そうだな」

「だが、貴方様は違った。ふふふ、神をも恐れぬか。噂に違わず豪胆な方で安心しました」

「偶然だ、私はフロイスに何も指示は出しておらんよ」

「なんと!異教徒で悪徳を働いている者を罰したとあらば民からの支持を得られるは必定、ふろいす伴天連にとってそれはさぞや美味い肉に見えたでしょう」

なるほど、確かに変身ヒーローとか何もしなければ変なコスプレをした変質者だが、悪を助ければ皆に賞賛されるな。

 フロイスはこれから布教をしやすくなるだろう、私は異教徒を広めた人間として坊主に睨まれるに違いない。

 ひょっとしたら命を狙われるかも知れない、そういう現実からは離れたいのだが...

「私はただの隠居だ、時が過ぎるのをゆっくりと見ながら余生を過ごしたいだけのな」

「そうですか、我が領もご隠居様の...」

「断る」

「まだ何も言って無いのですが?」

「以後私がまつりごとに関わる気は無い」

 いや、本当に駄目だろう。

 この旅は私の個人的なものだ、頼まれたからとは言え、他家の事情に首を突っ込んだなど許されることでは無いのだ。

 戦乱の世は終結せり、帝が仰せられた天下泰平の世を願うフレーズだ。

 その言葉通り、私は生きていく。

 今までも、これからもだ。


◇◇◇◇


「父上、これは...」

「わかっている」

 3人の男が、1枚のふみを見ている。

 親子である2人と、その家臣である1人は全員が揃いも揃って眉間に皺を寄せていた。

 奥州、極寒の地、今で言えば青森、秋田、岩手あたりに位置するこの場所は人には暮らし辛い場所だ。

 気候と言う壁が戦を阻み、史実ならばそこまで大きな争いも無く豊臣秀吉の天下統一に従い彼らの戦国時代は終結する。

 しかしそうはならなかった、上方では今川氏が幅を利かせているが、ここは奥州、奥州人は自分たちの意思でこの地を収めようとしている。

 その筆頭こそが彼らであった。

「父上、どういう意図で今川はこれを持って来たのでしょうか」

 1人は、童だ、数え年にてまだ3つ、本来ならば保育園などに厄介になっている歳だろう。

 だがこのように、非公式ではあるが会議に参加し、自分の意見を言える。

「若様、書状を文面通りに受け取ってはいけませぬ。裏の裏を見通すことこそが寛容でございます、事実殿はこれの裏を既に読んでおられる」

 もう1人は端正な顔をした青年だ、中々の美男子であり、童の懐刀でもある。

「うむ、今川輝宗殿が奥州に参られる。その世話をせよというお達しだ」

 中央に座るのは、1人の男だった。

 平凡では無い、これが平凡である筈が無い。

 毒、この男を見た際に皆が思うことは1つだろう。

 蛇を身体に巻きつけさせ楽しむその様子は、まさにマムシと言わざるを得ない。

「ククク、政宗、意味はわからぬか」

「はい、ご隠居様は観光の為に来るのでは無いですか?」

「違うな」

 パチリと、男は持っていた扇子を閉じる。

「視察よ、奥州は遠い。今川の権力も奥州までは届かん、我々が本当に臣従を誓っているか測りかねているのよ」

 奥州は遠い、これは仕方が無いことだ。故に文で臣従は誓っているものの、実際にはどうかわからない、そんなことはざらにあることだ。

「とはいえ、我らにできることは手厚く歓待することだけではあるがな。輝宗様にはお前を紹介する、励めよ。」

「はい!」
 
「景綱、梵天を頼むぞ」

「はっ!」

 「以上だ、下がれ」

 童と青年を下がらせると、男は大きな部屋に、1人きりとなった。
















 時は来た。

 奥州、その奥地で私は生まれた。

 のは幸運だったとしか言いようが無い、あっという間に私は、奥州のほぼ全てを手中に治め大大名として名を連ねた。

 こここそ、私の居場所だ。

 この腐った血の匂いのする世界は、にこそ相応しい!

 伊達輝宗、奥州藤原氏を彷彿とさせるほどの勢力を築きあげた奥州の王。

 彼は、今川から届いた書状をじろりと睨む。

 彼は戦乱を望んでいた、奥州の大部分を手中に収めながらも彼の野望は止まらない。

 まだ続く筈だった乱世、しかしこの世界では不思議なことだが予想以上に早くその世は終結した。

 やはりあの時こそが分岐点ターニングポイントだったのだ、そう彼は懐古する。

 桶狭間の戦い、あれが起こらなかったことの影響力は凄まじいものがある。

 あれさえ起これば、日本は秀吉が天下統一を果たすまで戦乱の世が続いた筈だ。

 それだけ時があれは十分だ、自分は天下を握っただろう。

 だが、そうはならなかった。

 全ては、全てはこの男が原因だ。

 脇差を抜き、今川から届いた書状をグサリと突き刺す。

 今川輝宗、名の似たもう1人のこの時代の勝者だ。同類でもある。

 「久しぶりだ...」

 彼は刺した文から脇差を抜いて、くしゃくしゃになるほどに抱きつく。

 ぐしゃり

 歪な音を立てながら紙が歪んで行く、だが彼は力を緩めない。

 それどころかその力は段々と強まっていき、ついに紙は破れてしまった。

「こんなんじゃ、全然足らないよ!今川輝宗、いや、桃ちゃん!!!!」

 狂気を帯びた声で彼は叫ぶ、その形相は死神を裸足で逃げ出すだろう。

 今川輝宗が奥州に来るまで、あと少し。
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