上 下
15 / 31

真夜中にだってお仕事です(3)

しおりを挟む
「富田くんたちがいるってことは、やっぱりここって心霊スポットだよね」


 心霊スポットの大きな病院だなんて、一つしか思いつきません。


「木ノ坂総合病院、だったりして……」


 当たってほしくない。そう思いながらクロノさんのほうを見ると、彼はいつものようににぃっと口角を吊り上げた。どうやったらそんな笑い方ができるのって聞きたくなるくらい悪そうな顔。


「よくわかったな、ヨミにしては上出来だ。やっぱり有名なスポットなんだな」


 私の名前はこよみ……ってもう言うのも疲れちゃった。


「この辺りの人で木ノ坂総合病院を知らない人なんていないよ」


 仕事をする場所は私の家の近所が多いのだが、クロノさんは場所を知っていてもその事情とかには詳しくないらしい。私が何気なく言った言葉の続きを促すように、ほう。と呟いた。

 仕方ないなあ、何も知らないクロノさんに私が教えてあげる。よく聞いてね。


「木ノ坂総合病院はね……」

「それにしても真っ暗だなあ」

 もうっ、今日は喋るなって言うことですか!

 私の説明にかぶせるように、富田くんのお兄ちゃんの声が響いた。

 どっちも富田くんでややこしいから、お兄ちゃんは敦くんって呼ぶことにしよう。弟のほうは相変わらず富田くん。だって、本人には聞こえないしね。

 今日は運が悪いみたいで、こうやって遮られるのは三回目だ。敦くんにはもう二回も邪魔されている。


「夜中だもんなあ。廊下は窓もないし」

「診察室にはいれば月明かりとかあるかもな!」


 丁度、私たちの目の前で足を止めた二人が、あたりを見回しながらそう言った。

 確かに暗いけど、私は懐中電灯無しでも見えるし真っ暗って程ではないと思うなあ。ん? でも確かに、窓はないね……じゃあこの光はどこから。


「それはお前が死んでるからだろ」

「え、そう言うのって関係あるの?」

「幽霊はいちいち懐中電灯で周りを照らしてられないからな」


 自分の知識を見せることができて嬉しいのか、クロノさんが少し胸をそらせる。


「木ノ坂総合病院っていったら幽霊の宝庫だからな! 今日こそ本物に会えるはずだ!」


 宝庫って、使い方がちょっと違うと思います。

 富田くんたちには本当に私たちのことは見えていないようで、少ししてまた廊下を歩きだした。


「幽霊の宝庫なのか」

「そんなことはないと思いたいけど……でも、確かに、見たって噂は多い場所だよ。取り壊されないで放置されてるのも、幽霊の仕業だとか」


 ああ、いやだいやだ。そんなこと言ってたらまた背筋が冷たくなってきたよ。

 なんで男の子ってこういう話が好きなんだろう。クロノさんはお仕事だけど。


「ぎゃああああああああっ!」

「人魂! 本物だああああっ!」


 廊下の奥から聞こえてきた悲鳴にクロノさんと顔を見合わせた。

 向こうから懐中電灯の光がチラチラと見えて、敦くんと富田くんが走ってくる。


「行くぞ、ヨミ!」

「こよみだってば」

「しつこいなあお前も」

「しつこいのはどっちですかっ」


 クロノさんに続いて私も走り出す。クロノさんがいうように、幽霊の視点から見た廊下は薄暗い感じになっていて、懐中電灯がなくても問題なく走れる。

 富田くんたちは足元を照らしながら全力でこちらに突っ込んできた。クロノさんの身体が敦くんにぶつかった部分だけ霧みたいになってすぐに元に戻った。それに続いて富田くんもクロノさんを引き裂く。

 一瞬ブルリと身震いした二人が立ち止まってクロノさんのほうを見た。何も見えていないはずだけれど、さすがに身体を通り抜けたら何かを感じるらしい。少し首を傾げて、また走り出した。

 もちろん、私は身体をぴとっと壁に付けて二人が通り過ぎるのを待つ。いくら死んでいるからって、男の子が自分の体の中を通るだなんてゾッとします。


「何やってんだ、急ぐぞ!」

「私はまだこの体に慣れてないのっ」


 呆れたように言うクロノさんが私の手を引っ張る。幽霊同士なら触れられるって言うのも、なんだか変な話だよね。

 廊下の突き当りには他のものよりもずっと大きい、両開きの扉があった。私の嫌な予感レーダーがビンビン。絶対あの部屋に何かある。


「この先だなっ」

「ちょっと待って心の準備が!」

「五秒でしろ! はい、ごー、よん、ぜろ!」

「それは三秒です!」


 クロノさんが私の制止を聞くなんてことするわけなくて、まだ準備ができないままにその部屋に飛び込んだ。


「お! あれかあ」


 クロノさんが指さした先にいたのは、お母さんと同じ年くらいの女の人だった。多分、三十代だと思う。


「女の人?」

「女? もっと特徴は?」

「ええと……」


 クロノさんに言われて、その女の人をじいっと観察した。

 私たちが入ってきたことに興味がないのか、ぼうっと空中を見つめている。肩までの茶髪はすごく綺麗だし、少しふくよかな体は健康的で、とても幽霊には思えない。膝下くらいの紺のスカートが闇に紛れているけれど、白いブラウスはこの中でもよく見える。


「ほう、裕福だったのかもしれないな」

「未練とか、あるのかな?」

「あるから迷子になってるんだろ」


 それなら、なんとかして未練を晴らしてあげたい。


「何見てんのよ」


 さっきまでこちらを気にしていなかった女の人が、顔の方向だけを変えてぼそっとそう言った。


「あ、あの、おばさん、私たちは怪しい人じゃなくて」

「おばさん?」

「お姉さん!」


 女の人の目が、これでもかというくらいつり上がった。慌てて言い直すと、満足したようにフンと鼻をならす。


「お姉さんは、どうしてここにいるの? もう亡くなってるんだよね」

「余計なお世話ね。それならあんたたちはどうしてここにいるのよ」

「私達は仕事で、その……」


 うまく説明できずに言葉を止めると、ここぞとばかりにクロノさんが口を開いた。


「どうも、たましい案内所です。以後お見知りおきを……ってえ言っても、今だけか」

「たましい、案内所?」


 女の人が怪訝そうに眉をひそめる。クロノさんからはその表情が見えてはいないだろうが、怪しまれていることが声音でわかったのだろう。


「その名の通り、迷ってしまった魂ご案内してるんですよ」


 笑顔を崩さずにそう言った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

イケメン男子とドキドキ同居!? ~ぽっちゃりさんの学園リデビュー計画~

友野紅子
児童書・童話
ぽっちゃりヒロインがイケメン男子と同居しながらダイエットして綺麗になって、学園リデビューと恋、さらには将来の夢までゲットする成長の物語。 全編通し、基本的にドタバタのラブコメディ。時々、シリアス。

湖の民

影燈
児童書・童話
 沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。  そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。  優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。  だがそんなある日。  里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。  母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

鳥の詩

恋下うらら
児童書・童話
小学生、名探偵ソラくん、クラスで起こった事件を次々と解決していくお話。

見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】 「……襲われてる! 助けなきゃ!」  錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。  人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。 「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」  少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。 「……この手紙、私宛てなの?」  少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。  ――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。  新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。 「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」  見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。 《この小説の見どころ》 ①可愛いらしい登場人物 見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎ ②ほのぼのほんわか世界観 可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。 ③時々スパイスきいてます! ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。 ④魅力ある錬成アイテム 錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。 ◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。 ◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 ◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。 ◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

白いきりんの子

青井青/堀由美(drop_glass)
児童書・童話
憧れのあの子の声を聴きながら、『僕』が人として生きていた中学三年の春、世界は崩壊した。この世から生き物はいなくなったのだ。 神様は、新しい世を創造した。次の世の支配者は人ではない。動物だ。 『僕』は人間だったころの記憶を僅かに持ち、奇妙な生き物に生まれ変わっていた。 しかしほかの動物とは違う見た目を授かって生まれたことにより、生まれてすぐにバケモノだと罵られた。 動物は、『僕』を受け入れてはくれない。 神様は、心無い動物たちの言葉に一粒の涙を流した。そして動物の世には、終わらない冬が訪れるのだった。 『僕』は知っている。 神様を悲しませたとき、この世は崩壊する。雪が大地を覆い、この世は再び崩壊へと歩んでしまった。 そんな時、動物に生まれ変わった『僕』が出会ったのは、人間の女の子だった。そして『僕』はかけがえのない小さな恋をした。 動物の世でバケモノと呼ばれた世界崩壊世代の『僕』は、あの子のために、この世の崩壊を止めることを決意する。 方法は、ただひとつだけある。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

処理中です...