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初仕事はおなじみの場所でした(8)
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それを見ていると、勝手にランドセルが開く。頭の後ろにかぶせの部分が当たった。驚く間もなく、しゅるりと踊るような動きを見せた光の玉は、私のランドセルの中に飛び込んだ。それを合図にランドセルのかぶせが元に戻る。
「俺にはずっと光の玉に見えてたけどな。ともかくこれで案内完了だ」
「案内っ?」
「いいから、案内完了って言え」
「あ、案内完了っ!」
私の声に反応するように、ランドセルの留め具がぱちんとしまった。
さっきまでの光が嘘のように、月明かりだけが廊下を照らしている。
先に立ち上がったクロノさんが、大きな手で私の髪をかき乱した。
「できたじゃん、タマジョとしての初仕事」
「これが、タマジョ……」
「そう、たましい案内所。さまよっている魂を閻魔大王様のもとに送る仕事だ」
「仕事……」
「上から大体の魂の情報をもらって、俺が探す。怪しいところに実際に行って案内するのがタマジョの役目。あ、魂ってわかるか? 人間の中に入っている、うーん、中身だな、そう、中身」
おおざっぱな説明をされ、首を傾げているとクロノさんが組織について説明し始める。
「上って言っても、閻魔大王様から直接じゃなくてだな、なんつーか、その間にもう一つ組織があって……」
廊下の暗さは変わらないのに、さっきまでと違って怖さは少しも感じない。クロノさんの説明があまりにも下手で、内容はまったく耳に入ってこなかった。
「たましいを、案内する……」
「あー、そこだけ理解してればいいわ。あの子はただの迷子じゃなくて、何か未練があってさまよってたのかもな」
「未練? 遊んで欲しかったとか……かな?」
思い返してみると、絵里奈ちゃんは危害を加えようとはしてこなかった。もちろん、怖かったけどね。
「それがわかれば上出来だ。無理やり案内することもできるが、どうせならすっきりしてほしい」
「すっきりですか。でも、それってクロノさん一人じゃダメなの?」
「ダメなんだ。俺はあくまで調査とか、管理をする役目。俺にはあの子がずっと光の玉にしか見えていなかったし、声も聞こえていなかった。言いたいことは何となく伝わるけどな」
言いたいことが何となく伝わるってテレパシーみたいなものでしょうか。
「それができるのは、タマジョの素質があるやつだけなんだ。お前は才能がある。どうだ? タマジョ、やってみないか?」
少し先を歩いていたクロノさんが、振り返ってにいっと笑う。今まで見たどの笑顔よりも悪そうで、目が離せない。月明かりのせいで、少し素敵に見えるのが憎らしい。本当は、一刻も早く家に帰りたいのに。才能がある、ってそんな言葉が胸を躍らせる。
「まあ、少し、なら……」
絵里奈ちゃんの可愛らしい笑顔と、感謝を思い出して、思わずそう口にしてしまった。
「ヨミにもメリットがある。言ったろ? 唯一の助かる方法はタマジョになることだって」
「あ……」
こんな大事なことを忘れていたわけではないけれど、今は絵里奈ちゃんのことに必死で頭からすっぽりと抜けていた。
「タマジョとして仕事をすれば働きぶりに見合った給料がもらえる。それであっちへの通行証を買えばいい」
「ええっと、でも、私が死んでからすごい時間が経っちゃうんじゃ……」
「ややこしいから説明を省いたが、厳密に言うとヨミはまだ死んでない。閻魔大王様の奥に扉があっただろ? あれを通ったらあっちの世界で死んだことになるってわけだ」
なるほど、つまりあそこに並んでいた人たちはまだ死んだことにはなっていない人たちで、家に行ったときに見た私の透明人間みたいな状態なのか。
うーん、またまた混乱してきたよ。
「とにかく、通行証がないと戻るのは無理。だから、タマジョとして働けよ」
「そっちの手違いなのに?」
「俺が決められることじゃないからな」
自分の責任なんてないみたいにクロノさんは口笛を吹く。
でも、他に方法がないというのならやるしかない。何事も自分から行動しないと。
ぎゅっとこぶしを握る。絵里奈ちゃんみたいに、迷子の人がきっとたくさんいるんだ。自分が死んでいることにも気づかないで、困っている人がいる。
たましいを案内したらその人は助かって、私もお給料をもらえるなんてまさに一石二鳥ってやつじゃないっ?
「やります。私、たましい案内所、やってみせます」
クロノさんは私のその言葉を待っていたように右手を差し出してきた。おずおずとそれを握る。ごつごつしていて、大人の男の人の手。でも、びっくりするほど冷たい手だった。
「そうと決まれば帰って明日に備えるかな。明日は廃トンネルな」
「えっ、そんな怖いとこばっかり行くのっ?」
廃トンネルって、あの富田兄弟でも近寄らないほどの場所なのに。
「心霊スポットって言うからには誰かいるんだろ」
「も、もしかしてタマジョって怖いとこばっか行くんじゃ……」
「今さら撤回はさせねえからな」
「聞いてないよ!」
「言ってないからな」
クロノさんが笑いながら歩き出す。
なんてこと。そういうのって、ずるじゃないの?
「えー! 鬼! 悪魔!」
「閻魔だよ、見習いだけど」
「ちょっと、それってどういう」
「さあなっ」
クロノさんが昇降口の扉を開ける。外には繋がっていなくて、黒い穴がぽっかりと口を開けている。
「さあ、お先にどうぞ、お嬢さん」
わざとらしく礼をするクロノさんは相変わらず嫌な笑いを浮かべていた。
タマジョになったはいいけれど、私にはまだまだ知らないといけないことがあるみたい。
「俺にはずっと光の玉に見えてたけどな。ともかくこれで案内完了だ」
「案内っ?」
「いいから、案内完了って言え」
「あ、案内完了っ!」
私の声に反応するように、ランドセルの留め具がぱちんとしまった。
さっきまでの光が嘘のように、月明かりだけが廊下を照らしている。
先に立ち上がったクロノさんが、大きな手で私の髪をかき乱した。
「できたじゃん、タマジョとしての初仕事」
「これが、タマジョ……」
「そう、たましい案内所。さまよっている魂を閻魔大王様のもとに送る仕事だ」
「仕事……」
「上から大体の魂の情報をもらって、俺が探す。怪しいところに実際に行って案内するのがタマジョの役目。あ、魂ってわかるか? 人間の中に入っている、うーん、中身だな、そう、中身」
おおざっぱな説明をされ、首を傾げているとクロノさんが組織について説明し始める。
「上って言っても、閻魔大王様から直接じゃなくてだな、なんつーか、その間にもう一つ組織があって……」
廊下の暗さは変わらないのに、さっきまでと違って怖さは少しも感じない。クロノさんの説明があまりにも下手で、内容はまったく耳に入ってこなかった。
「たましいを、案内する……」
「あー、そこだけ理解してればいいわ。あの子はただの迷子じゃなくて、何か未練があってさまよってたのかもな」
「未練? 遊んで欲しかったとか……かな?」
思い返してみると、絵里奈ちゃんは危害を加えようとはしてこなかった。もちろん、怖かったけどね。
「それがわかれば上出来だ。無理やり案内することもできるが、どうせならすっきりしてほしい」
「すっきりですか。でも、それってクロノさん一人じゃダメなの?」
「ダメなんだ。俺はあくまで調査とか、管理をする役目。俺にはあの子がずっと光の玉にしか見えていなかったし、声も聞こえていなかった。言いたいことは何となく伝わるけどな」
言いたいことが何となく伝わるってテレパシーみたいなものでしょうか。
「それができるのは、タマジョの素質があるやつだけなんだ。お前は才能がある。どうだ? タマジョ、やってみないか?」
少し先を歩いていたクロノさんが、振り返ってにいっと笑う。今まで見たどの笑顔よりも悪そうで、目が離せない。月明かりのせいで、少し素敵に見えるのが憎らしい。本当は、一刻も早く家に帰りたいのに。才能がある、ってそんな言葉が胸を躍らせる。
「まあ、少し、なら……」
絵里奈ちゃんの可愛らしい笑顔と、感謝を思い出して、思わずそう口にしてしまった。
「ヨミにもメリットがある。言ったろ? 唯一の助かる方法はタマジョになることだって」
「あ……」
こんな大事なことを忘れていたわけではないけれど、今は絵里奈ちゃんのことに必死で頭からすっぽりと抜けていた。
「タマジョとして仕事をすれば働きぶりに見合った給料がもらえる。それであっちへの通行証を買えばいい」
「ええっと、でも、私が死んでからすごい時間が経っちゃうんじゃ……」
「ややこしいから説明を省いたが、厳密に言うとヨミはまだ死んでない。閻魔大王様の奥に扉があっただろ? あれを通ったらあっちの世界で死んだことになるってわけだ」
なるほど、つまりあそこに並んでいた人たちはまだ死んだことにはなっていない人たちで、家に行ったときに見た私の透明人間みたいな状態なのか。
うーん、またまた混乱してきたよ。
「とにかく、通行証がないと戻るのは無理。だから、タマジョとして働けよ」
「そっちの手違いなのに?」
「俺が決められることじゃないからな」
自分の責任なんてないみたいにクロノさんは口笛を吹く。
でも、他に方法がないというのならやるしかない。何事も自分から行動しないと。
ぎゅっとこぶしを握る。絵里奈ちゃんみたいに、迷子の人がきっとたくさんいるんだ。自分が死んでいることにも気づかないで、困っている人がいる。
たましいを案内したらその人は助かって、私もお給料をもらえるなんてまさに一石二鳥ってやつじゃないっ?
「やります。私、たましい案内所、やってみせます」
クロノさんは私のその言葉を待っていたように右手を差し出してきた。おずおずとそれを握る。ごつごつしていて、大人の男の人の手。でも、びっくりするほど冷たい手だった。
「そうと決まれば帰って明日に備えるかな。明日は廃トンネルな」
「えっ、そんな怖いとこばっかり行くのっ?」
廃トンネルって、あの富田兄弟でも近寄らないほどの場所なのに。
「心霊スポットって言うからには誰かいるんだろ」
「も、もしかしてタマジョって怖いとこばっか行くんじゃ……」
「今さら撤回はさせねえからな」
「聞いてないよ!」
「言ってないからな」
クロノさんが笑いながら歩き出す。
なんてこと。そういうのって、ずるじゃないの?
「えー! 鬼! 悪魔!」
「閻魔だよ、見習いだけど」
「ちょっと、それってどういう」
「さあなっ」
クロノさんが昇降口の扉を開ける。外には繋がっていなくて、黒い穴がぽっかりと口を開けている。
「さあ、お先にどうぞ、お嬢さん」
わざとらしく礼をするクロノさんは相変わらず嫌な笑いを浮かべていた。
タマジョになったはいいけれど、私にはまだまだ知らないといけないことがあるみたい。
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