死神の猫

十三番目

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第一生 First Death ちっぽけな少年

ep.20 地獄の有様

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「地獄……?」

 閻魔の言う地獄とは、選別所ここの事を言っているのだろうか。

 銀の籠を抱えるように持ち直す。
 もし選別所と地獄がイコールで繋がるのだとすれば、クリスティーナの魂は今から……。

「ああ、すまない。ちょっとした洒落しゃれのつもりだったんだが」

 私の様子を見て、閻魔はどこか困ったような顔をした。

「最近は閻魔と呼ばれる事さえ少なかったからね。どうやらいらぬ誤解を与えてしまったらしい」

 気遣うようにこちらを見る閻魔に、強張っていた身体の力が少しずつ緩んでくる。

 後ろを向くと、思ったより上司と距離が空いている事に気づいた。

「常闇。ここに連れて来たということは、そういう意味として受け取ってもいいのかな?」

「構いませんよ。貴方も確かめたかったから、こうして姿を現したのでしょう?」

 常闇からの返事に、閻魔は手の袖で口元を隠すと、小さく笑い声を立てている。

「そうだね。なら、その言葉に甘えるとしよう」

 白くしなやかな手がこちらを指し示す。

 それと同時に、周りを浮かんでいたぼんぼりが、私の方に向かって一斉に飛んで来るのが見えた。
 丸い形のぼんぼりは、まるで埋め尽くすかのように私の周りを取り囲んでいく。

「えっ、あの」

 思わず上司の方を見ると、上司は私に向かってニッコリと笑いかけてきた。

「では後ほど」

 あ、こいつらグルだ。

 悟ったような顔で大人しくなった私を囲み終わると、ぼんぼりはその場でふわりと浮かび上がっていく。

 そしてそのまま、何処かに向かってゆらゆらと飛び去って行った。



 ◆  ◆  ◇  ◇



 ぼんぼりのような丸い灯りに乗せられ、ふわふわと宙を浮かんでいる。

 ぼんぼりとは言ったものの、持ち手の部分などは特に付いていない。
 上の部分だけが独立して、ほわほわと浮かんでいる感じ……と言った方が近いだろうか。

 幼い頃、母が鬼灯ほおずきの中に明かりを入れて、綺麗だと喜ぶ私にプレゼントしてくれた事があった。
 何となくそれと似ている。

 随分と懐かしい日の記憶だ。

「緊張は解けたかな?」

 隣からかけられた声に、意識が引き戻されていく。

 こちらを見て微笑む閻魔は、中性的な見た目も相まって、どこか神秘的な雰囲気の持ち主だ。

 白い面布には金色で何かの模様が描かれており、服に施された金の刺繍は、一見すると死装束にも近い白ばかりの服を上品に、けれど派手とは程遠い見た目に仕上げている。

 腕から垂らしたストールが黒でなければ、死神とは思えない配色の服装ばかりになっていたはずだ。
 長い髪が揺れて、思わずそちらに目を奪われた。

「おや。まだ早かっただろうか」

 返事をしない私に、閻魔は少し慌てたような仕草をしている。

「いえ、違うんです。髪が……、綺麗だなと思ってました」

「ああ、これかい?」

 手ですくって見せてくれた髪は、癖一つ見当たらない。

 白と黒の髪色は、それぞれが邪魔し合うことなく、綺麗に存在を主張し合っている。

「ふふ、嬉しいね。髪を褒められたのはいつぶりだろう」

「誰かと会ったりはしてないんですか?」

 今までの話を聞く限り、そもそも閻魔の元にはあまり来訪者が来ていないように感じていた。

 もしかすると、こうして私と会っている事自体、ここではまれな出来事になるのかもしれない。

「そうだね。基本的に魂は輸送されてくるし、好き好んでここにやって来る者もいない。それに、私はあまり誰かの前に姿を現すことをしないからね」

「それって、私が上司の……常闇の部下だから、こうして会ってくれてるってことですか?」

 閻魔は私からの問いに、すぐさま首を振った。

「少なくとも、君が常闇の部下だから会っているのではないよ。私はね、君だから会うことを選んだんだ」

 ……私が私だと言うだけで、果たして会う理由になるのだろうか。

 死界に来てからと言うもの、理由の分からない好意に触れる事が多くあったように思う。
 けれど、その感情は私にとって、いつだって悪くないものばかりなのだ。

 静かな空間を閻魔と二人、何処かへ向かって揺られていく。

「寂しかったりは、しないんですか?」

 優しく微笑む閻魔の顔に、時折ほんの少しだけにじむ感情がやけに気になって、思わず聞いてしまっていた。

「おや、君にはそう見えるのか。それとも、のかな?」

 その言葉が、やけに頭の中で絡まっていく。

 何かがおかしい。

 そもそも私はなぜ、閻魔の表情が分かっているのだろうか。
 優しそうな表情かおも、困ったような表情も、どこか寂しそうな表情も。
 普通なら全部、分かるはずの無いことだ。

 今だってずっと、閻魔の顔は面布で覆われている。
 かろうじて見える口元も、それだけで表情を読み取ることは難しいだろう。
 それなら……私はいったい、何を視て──?

「よしよし。落ち着きなさい」

 頭を撫でられる感覚。

 目を押さえ込んでいた手を、ゆっくりと外される。

「そう恐れなくてもいい。視る力を持つ者は珍しいんだ。きっとこの先、君の大きな助けになる」

「……視る、力……」

 にこりと微笑んだ閻魔は、もう一度私の頭をそっと撫でると立ち上がった。

「さあ、着いたよ。ここが選別所の中枢だ。そして、私が閻魔と呼ばれる所以ゆえんの場所でもある」

 私と閻魔を地に降ろすと、ぼんぼりはまた周りを照らすように宙へと浮かんでいく。

 足を下ろした場所から見渡した景色。

 そこに広がっていたのは、辺り一面に広がる星の海だった。

 
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