死神の猫

十三番目

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第一生 First Death ちっぽけな少年

ep.1 人間に満たない人間

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 太陽はとっくにその姿を沈ませ、空には月が昇りきっている。

 居住地より少し離れたこの場所は、物静かで、都心部では届かない星の光を目にすることができた。

 住宅地というにはいささか寂し気だが、近くを流れる川と、ちらほら見える住人たちの明かりが、逆におもむきを感じさせるような場所にしている。

 ふと、夜闇よやみの中に二つの人影が浮かび上がった。
 真っ黒なローブに身を包んだ二人組は、目を凝らさなければ夜に溶け込んでしまいそうだ。

「ここが回収地点? 人影は見当たらないけど……」

「あのく……上司が指定した座標は、ここで間違いないみたいだ。時間も遅いし、家で休んでる可能性が高い」

「なら家の中とかにしたらいいのにね。保護案件だから仕方ないのかな」

 声からして、二人組はまだ若い男女のようだ。

 女の方はきょろきょろと辺りを見回し、不思議そうに首をかしげている。

「ここって……」

「うん。実践で使用した場所から、かなり近い地点みたいだ」

 以前来たことのある場所だったのか、男が頷いたのを見ると、女は「奇遇だね」などと話しながら、辺りを眺めている。

 男の方はそんな女の行動を優しく見守っていたが、ふと何かに気づいたように顔を上げると女を呼び止めた。

「睦月、対象が移動した。少し早いけど向かった方がいい」

「ほんとだ、位置が動いてる。これって……外に行こうとしてる?」

「おそらく。いま家から出られるのは少し厄介やっかいだ。ここからなら、対象の位置まで直接飛べる。行こう睦月」

 睦月と呼ばれた女性は、差し出された手を取ると、「頼りにしてます、霜月先輩」と悪戯いたずらっぽく返事をした。


 睦月と霜月。

 彼らは現れた時と同じように、再びその姿を夜へと溶け込ませていった。



 ◆  ◆  ◇  ◇



 睦月は悩んでいた。

 悩むことすら悩ましいと言わんばかりの状況に、軽く頭痛までしてきたくらいである。

 睦月の荒れ狂う内面に対して、外見の様子は至って冷静だ。
 とても悩んでるようには見えないだろう。

 今までこの些細ささい過ぎる変化に気づけた者は、身内を除けばほぼ居ないに等しかった。
 しかし、どうやら隣の少年にはそれが当てはまらなかったらしい。

「睦月、気に入るのがなければ選ばなくてもいい。元から何を着ても良い決まりだ。万が一文句を言う奴がいたら、きちんと処理しておくから安心して」

 ──いったいどこら辺に安心すれば良いのだろう。

 睦月への配慮はいりょは完璧なのに、その他への配慮がちりほどもない。

 一瞬頭が混乱するも、霜月が言うならそれで良いのかも……という結論に終わる辺り、睦月も大概のようだった。

「でも、さすがに部屋着は気になるから、今度買いに行こうかな」

「なら、今回の仕事が終わったら、オーダーメイドで作ってみるのは?」

「オーダーメイド?」

 そんなことが出来るのかと驚く睦月に、霜月は目線を一時どこかへ流すようにした。

 おそらく、目の前に出ている自分専用の画面モニターを見ているのだろう。
 軽く頷くと、「予備も含めて二着。問題なさそうだ」なんて呟いている。

「この仕事の報酬ほうしゅうが貰えたら作りに行こう。知り合いの店がオーダーメイドをしてるから、前もって話しておく」

「知り合い? 死神の?」

 霜月に死神の知り合いが? それも上司以外の?

 そんな睦月の心情を読み取った霜月は、どこか困ったような顔をしている。

「まあ……うん。ただの知り合いだけど」

「ぜひそこでお願いしたいかな。いや、もうそこしか考えられない」

 珍しく前のめりで話す睦月に、霜月の眉が下がっていく。

「……睦月、もしかして面白がってる?」

「えっ、そんなことは……うん」

 正直に頷き「ごめんね」と謝る睦月に、霜月は慌てて首を振った。

「睦月が楽しめるならそれで良い。謝る必要はない」

 霜月の言動を見ていると、まるで自分の感情が読み取られているようで、睦月は不思議な気持ちで口を開いた。

「私ね、あんまり顔にも態度にも出ないから、今まで会った人にはよく人形みたいって言われてたんだけど……。もしかして霜月は、けっこう読めてたりする?」

 睦月からの問いかけに、霜月は少し驚いたようだった。

 しかし、すぐに真剣な様子に変わると、真っ直ぐ睦月の方を見つめている。

「それは……今まで会った奴らに、見る目がなかっただけじゃないのか?」

 死神に嘘がつけない事を除いても、霜月を見る限り嘘だとは到底思えなかっただろう。

 そのくらい、霜月の顔は真剣そのものだった。

「睦月の考えてる事を正確に読む、とかは難しいけど、何となく考えてることくらいは分かってる……と思う」

 睦月の宙色そらいろの瞳が大きく開かれ、中で輝く金の星が一際ひときわ色彩を放っている。

 人形みたいと言う表現は、あながち間違いでもないだろう。
 あくまで、と言うのが条件にはなってしまうが。

 白い肌に夜空のような髪が垂れる。

 サイドの三つ編みに使われた金色のリボンがけかけているのさえ、睦月の人間離れした容貌ようぼうを表しているかのようだった。



 ◆  ◆  ◆  ◇



 光に集まるの習性みたいなものだろうか。

 自分から寄ったくせに、望んだ反応が貰えないと勝手に落胆して、それを相手のせいにまでする。
 くだらない人間のすることなんて、間に受ける必要はないのに。

 睦月には、睦月を分かってくれる存在が必ず居るのだ。
 そう言いかけた言葉を飲み込み、ゆっくりと立ち上がった。

「そろそろ時間だ。準備は終わりそう?」

「あ、うん。もう終わるから待ってて」 

 少し慌てた様子で、睦月は服の見本を片付けていく。

 何度見てもセンスが独特すぎる見本品の羅列られつに、どんな奴を雇ったらこんなものばかりが出来るのかと、ため息をきたくなった。

 今までは、一方的に眺めることしかできなかった。
 側にいても気づかれない。
 隣にいても届かない。
 そんな、もどかしく苦しい距離感。

 でももう、そんな日は来ない。

 睦月のために、俺が出来ることは何だってしよう。
 服を引っ掛けたのか、少し焦ったような顔をする睦月が見えた。

 こんなにも分かりやすいのに。


 本当に見る目のない……人間以下共め。



 ◆  ◇  ◆  ◇



      これがほんとの一章目

   第一生 First Death ちっぽけな少年

      一生、始まりました。

 
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