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土曜日

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買い出しに行った日の夜、天也から電話がかかってきた。


『咲夜、その夜に済まない。
土曜日のことなんだが……』


土曜、と聞いて私は少しだけ後悔する。

なんであの時、土曜1日あける、なんて言ってしまったのか。
いや、天也とデートするのは嬉しい、嬉しいけど……!
でも、嬉しさよりも恥ずかしさの方が勝る。


「うぅぅ……」


思わずそんな声を漏らすと、電話の向こうから天也の少し慌てたような声がする。


『さ、咲夜!?
どうしたんだ、苦しいのか?
ならすぐに医者を!』

「なんでもありませんわ。
それより、土曜のことでしょう?」


慌てている天也はちょっと可愛いと思うが、やろうとしていることは全然可愛くはない。
というより、やめてほしい。

恥ずかしくて悶えてただけなのに……。
まぁ、それを天也にバレなくて良かったとは思うけど。


『あ、あぁ!
その、せっかくあけてもらって申し訳ないんだが……。
勿論、咲夜が行きたいところがなければなんだが……』


その迷っているような天也の声に、そういえばもうすぐだった、と思い出す。
となれば、私も用意した方がいいだろう。


「天也のお父様のお誕生日が近くなってきましたし、今年は私もなにか贈りたいと思っていますの。
ですから、一緒に買いに行きませんか?」

『あぁ!
ありがとう、咲夜。
じゃあ、土曜の10時頃でいいか?
場所はいつものところで』

「えぇ、承知致しましたわ」


天也からのお礼の言葉はきっと、私が気付いたことと、自分の父を祝ってくれることからきたものだろう。


「お話中申し訳ありません、咲夜様。
先程奥様から連絡がございまして、奥様と旦那様が来月の頭にお戻りになられるそうです」


清水が少し疲れたような表情で私の部屋へと入ってきた。


「お母様とお父様が!
そう、ありがとう、清水」

「その、申し上げにくいのですが、悠人様が……」


その言葉で、何故清水が疲れたような表情をしているのかが分かった。
また、いつものだろう。

お兄様も婚約したのだからそろそろ落ち着いてほしい。


「申し訳ありません、天也。
お兄様の暴走が始まってしまったようなので……」

『……いや、気にするな。
まだ少し早いが、おやすみ、咲夜』

「はい、おやすみなさい、天也」


天也も少し呆れたような声をしていたが、それも仕方ないだろう。
これでお兄様に電話を邪魔されるのは何度目かになるかは分からないのだから。


「さて、清水、お兄様はどちらに?」

「リビングルームにいらっしゃいます」


ということは、今は真城が対応しているのだろう。
ならばすぐに行かなければならない。


「では、着替えてからすぐに向かいます。
清水、あなたは少し休むようにしてください」

「申し訳ありません、ありがとうございます」


清水が私の部屋を出ていった後、リボン付きのチュール袖の白いワンピースに着替え、リビングルームに向かった。


「お兄様……いらっしゃいますか?
その、お話をしたいと思ったのですが……」

「咲夜!
あぁ、いいよ。
おいで」


何があったのかは知らないがリビングルームに入って早々笑顔の兄と疲れ果てた様子の真城がいた。


「お兄様、真城は下がらせても?」

「あぁ、いいよ」

「真城、清水が休んでいるはずですからついてあげてください」

「了解だ、お嬢」


いつもより、力が入っていないような声で返事をすると、真城はそのままリビングルームをあとにした。


「さて、咲夜。
話はなにかな?」


……忘れてた。
そういえばさっき話をしたいと言って入ったんだ……。
正直面倒だし、もういいだろう。


「えっと、すいません、お兄様。
本当はお話なんてないんです……。
ただ、お兄様と一緒にいたかったので……。
ダメ、ですか?」


私がシスコンの兄と何年一緒にいたと思っている。
このくらいでこの兄には十分効くというのはよく分かっている。


「さ、咲夜……ダメなんかじゃないよ。
あぁ、もう可愛いなぁ……」

「もう、冗談はやめてください!
お茶を用意してきますね。
いつものでいいですか?」

「あぁ、お願いするよ」

「はい!」


私がお茶の準備に向かうと、いつだったか真城からもらった睡眠薬を少量まぜた。
いつもならばこんなことはしないが、今日は早めに寝たいので許して欲しい。

最悪、あの兄にバレても
『お兄様がお疲れのようでしたので、早めに眠って欲しかったんです』
とでも言っておけば問題ないだろうし。


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