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6日目 午前
しおりを挟む温泉から上がり、愛音と2人で集合の場所へと向かう途中、何を思ったのか愛音はこんな事を口にしてきた。
「咲夜、残り1時間は天也と二人きりで過ごしてください。
皆には私から伝えておきますから!」
私は目を見開き何故その様な考えに至ったのかを逡巡する。
とはいえ、理由は既に分かりきっているようなもの。
どうせ、会える時間がもう少ないから……などといった理由だろう。
だが、私は愛音や紫月とも話したいのだ。
2人きりは確かに嬉しいが……。
それでも、天也とはまだ何もないのだ。
告白すると決めてはいたものの……その時になると逃してしまうのだ。
「愛音、私は紫月や愛音とももっと話していたいですわ。
それとも、愛音は私が邪魔だと言うのですか?」
「い、いえ!
そういう事じゃないです!
で、ですが……」
「天也とは明後日も話す時間はあるのですから問題ありませんわ」
すると、渋りながらも勧めるのをやめた。
ほんの少しだけ後悔しながらも紫月と愛音との時間を大切にしようと思うのだが……。
部屋に入る時、愛音が天也を手招きした。
そして天也が部屋の外へ出たところで愛音は私を天也へと押し付け自分だけ中に入る。
そして、カチッと鍵のかかる音がした。
……どうやらスタッフの誰かが関わっているらしい。
要らない気を回しすぎだと思う。
何故、そうも私と天也をくっつけたがるのか。
だが、それよりも…だ。
私は今、天也の胸にいる。
それも仕方ないだろう。
何せ、愛音が押し付けて行ったのだから。
それでも、だ。
この状況に思うところがないわけがなく……。
好きな人の胸の中にいる、それだけで私は今、冷静さを失っている。
自然と体温が上がっていくのを感じる。
初等部の頃とは見違えほどの天也の男らしさに私は思わず硬直してしまう。
だが流石にずっとこの体勢でいるわけにもいかないだろう。
そう思いながらも私はただ天也を見上げる形で顔をあげた。
「天也、どういたしますか?」
ほんのり朱色に染まる頬を見るに一応は私のことを魅力的に考えてくれているはずだ。
……死ぬほど恥ずかしいが。
「あ、あぁ……そうだな、中に入るか?」
「そうしたいのですが……鍵がかかっていますの……」
天也は気付かなかったのだろうかと首を傾げる。
まぁ、確かに気付きにくいかと思い、1人で納得するとどうしようか少しだけ考えるのであった。
~天也~
今、俺は一歩も動けない状態にいる。
その原因を作ったのは愛音だが、迷惑というわけではない。
何故なら、動けない状態にいる理由が咲夜なのだから。
咲夜にかけられる迷惑であれば俺はどんなに大変な事であれ嬉しいと感じる。
いや、別にこの状況が迷惑というわけではないのだが……。
迷惑というよりも嬉しいくらいだ。
だが、咲夜が俺の胸にいるというのは嬉しいが、それにより硬直してしまっているだけなのだ。
愛音が俺の方へと咲夜を押した時、俺の体は咄嗟に咲夜を抱えたのだが……その際ふわりと香ったシャンプーの匂いに硬直してしまっただけなのだ。
なんと情けないことだろうか。
だが仕方ないと思う。
温泉に入ってきたばかりなのが分かるほんのりと香るシャンプー、それに柔らかくサラサラな髪。
それが好きでもない者ならばこんな状況にはならなかっただろうが……それどころか冷たく突き放しただろう。
だが、相手は咲夜なのだ。
思わず硬直してしまうのも無理はない。
本人はその破壊力を知らないのだから本当にタチが悪い。
そして、何を思ったのか咲夜は俺を見上げるように顔を上げた。
その少し赤みがかった頬が余計に俺の鼓動を早くさせる。
この音が聞こえていない事を祈りながら咲夜の話に耳を傾ける。
「天也、どういたしますか?」
その凛とした可愛らしい声に俺はまたドキッとする。
最近はこんな事が多い。
そんなことを思いながらも咲夜の問に答える。
「あ、あぁ……中に入るか?」
そのあとに小さく反則だろう……と呟くと咲夜は首をコテンと傾げた。
その仕草のせいで可愛らしさが倍増される。
咲夜はこういった事を無意識にやるから怖いのだ。
「そうしたいのですが……鍵がかかっていますの……」
咲夜は少しすると何かを納得したのか…それとも疲れたのか首をもどした。
そして、鍵のしめられた扉を見て、頷くと咲夜は俺から離れてしまった。
ほんの少しだけ名残惜しさを感じながらも今は諦める事にした。
早く咲夜の婚約者と言えるようになりたい。
そんなことを思いながら、俺は咲夜をどう口説こうか考え始める。
「天童さんにお願いして開けてもらいましょう。
それか、スタッフルームからつながっていたはずですからそちらから行きましょう」
「……俺といるって選択肢は無いのか……」
残念だと感じながらも俺は諦める。
咲夜が奏橙や結城、愛音といれるのはもう1日もないのだから。
「そうと決まれば天童さんを探しに行きましょう!」
咲夜が笑顔を俺に向ける。
その笑顔は眩しくて、正しく天使のような笑みだった。
咲夜のファンクラブに所属している者達や悠人先輩が天使や天使様と呼ぶのが少しだけ分かる気がした。
まぁ、俺から言わせれば咲夜は天使以上に……。
「申し訳ありませんが……天童さんはいらっしゃいませんか?」
早速咲夜が近くにいたスタッフに話しかける。
その行動力は見習うべきところなのだろうが……時々行動力がありすぎて困る。
俺は苦笑しながら咲夜を追うのだった。
~咲夜~
「うぅ……恥ずかしい、ですわ……。
あぁ、もう…何故すぐに離れなかったのでしょう……?
離れておくべきでしたわ……」
私は1人悶えていた。
と言っても表情には出ていないが。
天也にバレないようにする事だけを意識しているからだ。
バレると恥ずかしすぎて顔も合わせられなくなるのだ。
そのためバレないようにする必要があった。
……何より、私自身のためにも。
「咲夜、どうかしたのか?
そんな急ぐなんて珍しい……。
そんな急ぐと転ぶぞ」
「っ……何でもありませんわ!」
私は思わず足を止めた。
天也に心の内を見透かされたようでドキッとしたがすぐに冷静になる。
深呼吸をすると私は再び歩き出す。
「いいから行きますっ……キャッ……!?」
急ぎ足になっていたからなのか体勢を崩してしまい転びそうになる。
そこを天也が寸前で私の手を引きその結果、最初の状況と同じ様な状況へと陥ってしまった。
「大丈夫か?」
「っ……は、はい……。
大丈夫、ですわ。
ありがとうございます」
天也が助けてくださりましたから…。
そう口にしようとしていたのに私の口から出たのは全く別の言葉だった。
だが、天也の吐息が耳にかかり私は天也の尋ねた意味とはまた違う意味で大丈夫では無くなってくるのだから仕方ないのだ。
まぁ、当たり前ではあるのだが、そんな事に気付きもしない天也はホッとため息をつくと私を離した。
そして、仕方ないというように眉を動かすと安堵の交じったような声で話し出す。
「ほらみろ、だから急ぎすぎだと言ったんだ。
怪我でもしたらどうする。
ゆっくり行けばいいだろう」
ウッと言葉に詰まるが私は意趣返しのような気持ちで、いつもは言えないような言葉を口にした。
「怪我なんてしませんわ。
だって、天也が助けてくださるでしょう?」
すると天也は目を見開いた後に嬉しそうに、だがそれでいて心配そうな表情をした。
「出来る限りはするつもりだが……俺がいなかったらどうするつもりなんだ?」
「あら、その時は素直に転びますわ」
「おい……それは駄目じゃないのか?」
ククッと笑って天也は私に軽口を返す。
「というか……私はそんなに転びませんわ……。
何故、転ぶ前提で話すんですか」
呆れ半分だったが天也は悪いと言って笑っただけだった。
仕方ないとばかりに私も笑うのであった。
「天童さんがいませんわね……仕方ありませんわ……。
真城、いますの?」
「はいはい、全く……人使いの荒い主だ。
お嬢、スタッフルームの鍵は開けといたぜ」
「流石は情報屋ですわね……。
ありがとうございます、真城」
内心で関心しつつも私と天也は真城の開けたというスタッフルームへ向かう。
スタッフルームは確かに真城が言っていたように鍵が空いていた。
だが、誰もが慌ただしく動いている。
そんな中を通って行くのは私達には無理だった。
「真城にやられましたわね……。
まさか真城まで一緒になっていたとは……。
……ですが、真城はいつ愛音と……?」
色々と疑問はあったが取り敢えず分かった事は真城までグルだったという事だ。
いや、あの真城のことだ。
愛音が相手であろうと姿を見せるようなことはしないだろう。
と、いうことは、だ。
「本当、要らない気を回しすぎですわ……」
「咲夜?」
私の呟きが聞き取れなかったのか天也が名前を呼んでくる。
ドキッとしてしまうがまぁそれはそろそろ慣れたので上手く冷静を装うことが出来た………はず。
「何でもありませんわ。
……真城を頼るのは無理そうですから仕方ありませんわね。
あまり……1番行きたくない相手なのですが……磯長さんのところに行きますか……」
あの暑苦しい人というか、話を聞かない人というか……そんな人が多い場所なので行くのが嫌になってくるのだ。
だが、磯長さんであれば巻き込まれているような事はないだろう。
「あ、あぁ……。
……あの人か…悠人先輩と同類のような気がするんだが……」
「お兄様と同類だなんて……有り得ませんわ。
磯長さんはそんなシスコン……?などではありませんし、お兄様は話を……聞きませんわね…」
私は思わず視線を逸らすのであった。
「……磯な……」
「お嬢!!
どうかしましたか!?
この磯長、お嬢のためならば何でも致します!!
おいお前ら!
急いでマカロンを……」
「いいですわ!
磯長さん、中央ホールの鍵を持っていましたら開けていただきたいのですが……」
「……ちゅ、中央ホール…ですか……。
申し訳ありません、お嬢。
奥方様から中央ホールの鍵を開けるなと言われておりますので……」
なんということだろうか?
まさかの母もグルだったようだ。
いや、きっとこの計画を立てたのが母だったのだろう。
それならば、真城のことも理解出来るしこの皆の手際の良さにも納得がいく。
何故なら、元より計画を立てていたのだから。
これはもう諦めた方がいいだろう。
「……分かりましたわ。
お仕事中、申し訳ありませんでした。
では、失礼致します」
「お、お嬢…力になれず……。
……いや、奥方様に内密になら……?」
「いえ、そこまでしていただくわけには行きませんもの。
それに……どうやら真城もお母様の協力者のようですし……今回は諦めますわ」
そう、真城がいるからこそ下手に行動できないのだ。
真城ならばきっと母に言ってしまうだろうから。
敵に回ると厄介な事この上ない。
「真城……?」
「いえ、何でもありませんわ」
真城の事は昔から仕えている者と私達家族しか知らない。
情報屋ということもありその方がいいだろうという配慮である。
情報屋という立場故に色々とやってもらうことがあるからだ。
磯長さんは比較的新しい方の人だ。
そのため知らされていないのだ。
……まぁ、屋敷で知っている者と言えば清水の他には面接をした人物のみなのだが。
そのため真城には偶に契約違反者がいないか確かめて貰っている。
例えば、守秘義務や職務怠慢などという検査だ。
それもあり知らない方がいいのだ。
「……どうしましょうか?」
「……取り敢えず移動するか」
私達はまんまと母の思惑通りに2人きりの時間を過ごしたのだった。
ちなみに、それでもやはり、私は告白出来なかった。
……この自分のヘタレ具合をどうにかしたいものだと思う。
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