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番外 悠人
しおりを挟む全てが変わったのは咲夜が6歳の時だった。
咲夜が階段から落ち、寝込んだ後の事だ。
あの時まで、僕は咲夜の事が嫌いだった。
今思うと、アレは嫉妬や妬みといったものだったのだろうと思う。
咲夜が産まれてから、皆僕の事を見なくなってしまった、そう思ってしまうほどに咲夜は愛されていたから。
父さんや母さんも口を開けば咲夜の話ばかりで、まだ幼かった僕はそれが気に入らなかったのだ。
咲夜も、そんな僕の心の内を知ってか僕に話しかけては来なかった。
そう、あの時までは。
僕は、何を思ったのかあの時、咲夜の見舞いと称して部屋に行った。
だが、何を話していいのか分からず、こう言ったのだ。
「忘れてはいないと思うけど…明日は光隆桜学園の試験の日だから」
と。
いつもよりも数段低い声になってしまったのを覚えている。
久しぶりに交わした兄妹の会話がこれなのはどうなのだろうか。
だが、咲夜はそんな僕に笑顔を向けてきた。
可愛らしい笑顔を。
まるで、天使かと錯覚するようなその笑顔に僕は心を掴まれた気がした。
「お兄様、私、学園のお話をお聞きしたいです!」
などと可愛らしい声で口にした咲夜に、僕はつい、冷たい声で返してしまった。
「…そんな事言うなんて珍しいね?」
何を言っているのだろうか。
僕が咲夜を避けてきたくせに珍しい?
当然だろう。
なのに、咲夜は上目遣いで僕を見つめてきた。
その瞳は海のように深く、暖かな色で、真っ直ぐな瞳だった。
綺麗だと思った。
真っ白な肌に薄紅色の頬や唇も。
金糸のようなキラキラと輝くその髪も。
まるで、咲夜だけが別世界にいるかのように浮き出ているような、そんな風に見えた。
まるで天使のような妹を目の前にして、僕がシスコンと言われるようになるのは時間の問題だった。
そんな、過去の事を思い出し、僕は懐かしさに目を細めた。
まぁ、今の咲夜の方が可愛いけどね。
さて……じゃあ僕は僕の仕事をするとしようか。
僕の天使に手を出そうとする奴等を片付けておかないとね。
「燈弥、 放課後に手伝って欲しい事があるんだけど……」
初等部からの友人は僕の発言に驚いたらしく、燈弥は信じられないものを見るような表情をしていた。
「へぇ……咲夜ちゃんの事?」
しばらくして、などと試すような視線を投げかけてくる。
「当たり前でしょ?
あの可愛い可愛い僕の妹にまとわりつく害ちゅ……輩を排除……潰さなきゃいけないからね。
僕だけでやってもいいんだけどさすがに時間がかかりそうだから。
咲夜が待っているのにそんな事出来ないでしょ?
だから、友人として、手伝って欲しいんだ」
「いや……。
言い直しても意味は同じでしょ……。
確かに咲夜ちゃん可愛いし気持ちは分かるけ……」
燈弥も敵かな?
僕から咲夜を取り上げようとする敵って事かな?
咲夜が可愛いすぎるからこういう奴が出てくるんだ。
だが、いくら親友の燈弥であろうと許せない事もある。
「さすがの燈弥でも…咲夜は渡さないよ?
せめてあと30年後にならないとね」
「いや、それ行き遅れ……」
「うん?
何か言った?」
「…ナンデモナイ。
というか、都合のいい時ばかり友人として見てない?」
「気の所為だよ」
燈弥への牽制は大丈夫そうだね。
…でも、咲夜の嫁ぎ先か。
僕と咲夜が兄妹じゃなければいいものを。
いや、それだとあの天使の様な咲夜の笑顔が……。
……悠人は今日も安定のシスコンであった。
「…燈弥は婚約者っていなかったよね?」
それは深く考えての発言だった。
咲夜は令嬢である以上、何処かの家に嫁がなければならない。
それが海野グループの令嬢であるなら尚更だ。
だが、僕としてはあの可愛い咲夜を天野や神崎の家に嫁がせるのだけは反対だった。
それが咲夜の望みだと言うのなら仕方ないがそうではないのならもっと他の家に嫁がせたかったのだ。
何故か。
それはただ天野や神崎の家だと会えなくなる事の方が多くなってしまうと判断したからだ。
その点、燈弥であれば友人という事で咲夜に会いに行ける口実も増えるし家としてもそこそこ繋がりがある。
まぁ、咲夜より年上ではあるが人格については僕が良く知っている。
そう考えると燈弥であれば許容範囲内であるのだ。
「いないけど……それがどうかした?」
ならば…いいだろうか?
だが……あの可愛い咲夜に婚約者……やっぱり嫌だ。
辞めにしよう。
「…何でもないよ」
「……もしかしてあれ?
咲夜ちゃんの婚約者が僕なら友人として会う口実も増える…けど咲夜ちゃんに婚約者が出来るのは嫌だって感じ?」
自分の考えを言い当てられなんとも言えない感情がこみ上げてくる。
…それだけ燈弥との仲が良いという事なのだろうが。
「……悪いかな?」
「いいや、悠人らしくていいと思うよ?
あ、でもあの天也君、だっけ。
彼、咲夜ちゃんに対して恋愛感情抱いてるよね~。
それに、咲夜ちゃんの周りって案外……」
燈弥の最後の一言で僕は苦虫を噛み締めたような表情になる。
……あの可愛い可愛い僕の妹であり天使の化身であるかのような咲夜をあんな奴に取られてたまるか……。
というのが本音ではあるが燈弥の手前、それは言わないでおく。
これで分かったとは思うが悠人が天也と奏橙に敵意を見せているのは咲夜に対する独占欲からである。
燈弥が
「うわぁ……言わない方が良かったかも……」
などと後悔していたのを悠人は知る由もなかった。
燈弥は、シスコンにも限度というものがあるだろう…などとも思っていたが口に出すことはしなかった。
……そんな命知らずな人物では無かったのだ。
閑話休題
「さて……燈弥、リストを渡しておくよ」
そう言って僕が鞄から出したのは何10枚もの厚いプリントだった。
そこには何人もの名前が書いてありその横にはファンクラブに所属している…や、天使に色目を使ったなどといった情報までのっている。
これは僕が寝る間を惜しんで作り上げた『敵』の表である。
そして放課後、ようやく僕達は動き出した。
まずはファンクラブからいこうじゃないか。
集まる場所は高等部の西棟の教室だったよね。
という事で、僕は教室に向かうともう既に何人かの害ちゅ……敵がいた。
「やぁ、僕の可愛い天使である妹の咲夜にまとわりつかないでくれるかな?」
「なっ!?
誰だ!!」
「お、俺、知ってる!
咲夜様のお兄さんだ!」
「あ、あのシスコンの!?」
そこでようやく気付いたが男だけではなく女もいた。
……咲夜の可愛さは男だけではなく女も虜にしてしまったらしい。
流石は僕の天使。
「咲夜は僕の天使だよ?
勝手に僕の持ってない咲夜の写真や、咲夜のグッズなんて……!!」
僕だってそんなの持ってないんだ。
ズルいじゃないか。
僕の天使の写真やグッズなら僕だって欲しい。
「え……あ、あの…会員になれば写真やグッズを買い放題ですよ?」
「……分かった、なら会員になろう。
って事で写真を……」
「悠人……お前、それでいいのか……」
潰すつもりだったがまぁ僕にも得があるしいいとしよう……。
教室を出ていく時、僕の手には20枚以上もの天使の写真があった。
……そうして今日の光隆会の仕事を放棄したまま僕は上機嫌で咲夜を迎えに行った。
それから毎日、咲夜のファンクラブへと行き、写真かグッズを買って帰るのだった。
それが咲夜にバレるのも時間の問題とは知らぬまま……。
そして、その日の夜、それは起こった。
父さんの部屋から出てきた咲夜に僕が声をかけてもそのまま通りすぎてしまう。
それが気になり咲夜を追いかけ、咲夜の部屋に行くと咲夜の泣き声が微かに扉の向こうから聞こえてきた。
……初めてだった。
咲夜が泣いているところなんて見たことがなく、困惑した。
それと同時に泣かせた奴に対して怒りが湧いてきた。
そして、咲夜が泣いているのに何も出来ない自分自身にも……。
咲夜がこうなった原因であろう父さんの部屋に向かおうとするが…咲夜の事が気がかりだった。
だから、母さんに相談し、咲夜を見てて貰えないか頼もうとしたのだが、その途中で怒ったように父さんの部屋へ行ってしまった。
こうなった母さんは止められないという事はよく知っている。
これはしばらくかかるだろうと、僕は咲夜のもとへいき、声をかける。
「咲夜、出てきてくれないかい?」
僕にはこんな事しか出来ないのが辛かった。
こうしてただ声をかける事しか出来ない非力さが辛い。
咲夜のそばで慰めてやりたかった。
咲夜を泣かせたく無かった。
咲夜に笑っていて欲しかった。
こうなる前に咲夜の敵を全て排除するべきだった。
可愛くて、優しい僕の天使。
その天使が泣いている……。
「咲夜…何があったのかは知らないけど…僕は咲夜の味方だから。
何があっても咲夜の味方だから……」
だから、出てきてくれ。
そして、僕を頼って欲しい…。
僕は、咲夜の味方だから。
何があろうと、何をしようと…それは変わらない。
だから、お願いだ。
泣き止んでくれ……。
いつものように、お兄様、と微笑んでいてくれ…。
そんな思いから僕は咲夜に語りかけるが、以前として泣きやむ様子は無かった。
そのため、清水さんに咲夜の部屋のそばで待機してもらうと僕は父さんの部屋へと向かう。
軽くノックをして中へはいるとやはり母さんがいた。
僕は父さんを真っ直ぐに見据えると質問をした。
「…父さん、咲夜に何をしたんですか?
咲夜が泣いているところなんて今まで見たことも無かったのですが」
その声は自然と低くなっていた。
そんな僕に対し、父さんはあった事をそのまま伝えてくれた。
直訳するとこうだ。
松江愛梨が僕の天使に虐められたという嘘を吐いた。
それを向こうの親が父さんに文句をいい、父さんはそれを信じ咲夜を呼び出した。
咲夜はやっていないといい、自覚が無いのかと父さんが怒った。
そして咲夜はそのまま自室に戻り泣いてしまったと。
咲夜としては何もやっていないのにも関わらず信用してもらえなかったという事か。
父さんのやった事は咲夜の今までの行動を全て否定したのと道理だ。
咲夜が今まで積み上げてきたことの全てを否定したのだ。
僕はグッと拳を握りしめると笑みを浮かべた。
それよりも…松江愛梨…か。
ふふ……よくも咲夜を泣かせる理由を作ってくれたな?
「…僕の大切な妹であり、父さんの娘である咲夜よりも松江愛梨を信じたんですか?
それに、咲夜が虐めた?
咲夜はそんな事はしません。
咲夜ならば虐められている者を助けはしても虐める事はありません」
それに、松江愛梨と言えば大学まで悪評が来るほどの人物だ。
その人物を咲夜が虐める?
注意の間違いに決まっている。
それか、咲夜のことだ。
虐められている人物を庇ったのだろう。
「あぁ、分かっている。
悠人、それを証明出来るか?」
それは松江愛梨を徹底的に潰すという事だろうか?
ならば、やる理由はあってもやらない理由は無いな。
そう思うと自然と笑みが零れた。
咲夜に対してやった事の恨み、思い切り晴らしてやろう。
そんな思いで父さんに答える。
「勿論です。
咲夜を傷付けた原因の1つですから……やるなら徹底的にやります」
すると、父さんも笑みを浮かべた。
「頼む」
「はい。
失礼しました」
やることは多い。
まずは松江愛梨と松江家について調べ無ければならない。
そう思い、行動を起こした。
全ては咲夜のために。
あぁ、それと…父さんも咲夜を泣かせたんだからそれ相応の報いは受けて貰わないとね。
それを含めて燈弥にも協力をしてもらうとしようか。
ふふっ……咲夜の敵を僕が見逃さないって事をちゃんと思い知らせてやらないとね。
そうして僕はこれからやる事に思いを馳せていた。
天使が笑ってくれるように。
咲夜が泣かなくていいように。
ただそれだけを祈って行動を始めた。
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