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私の職業は回復術師。
強制的に王宮に仕えさせられている。

まぁ、給料は結構高いしちょっと目を瞑れば問題はないんだけどね?

殆どの先輩、同僚が変人だってことや偶に爆発的に仕事が増えたり王子の相手をしたりすることさえ目を瞑れば、ね。


この世界では回復術師の適正を持つ者が少ないことと、適正を持っていても発動しない場合がある事から発動出来る者は必ずと言っていいほど親から離され、回復術師の教育を受け、王宮や教会で専属の回復術師となる。

そして、私もその被害者のうちの1人であった。

ただ私が他の皆とは違うのは、幼馴染が一緒に着いてきたことだろう。
そして何より、私には前世の記憶というものがあるってことだ。

そのおかげというべきなのか、私は特に回復術師としての適正が高く、回復魔法の効果も強かった。


「ルーディア、荷物はそれだけか?」

「うん、これだけだよ」

「そうか。
……よし、じゃあ帰るか」

「……うん」


ここに連れてこられて早、5年目にして、ようやく私達の故郷であるアルスフェルトとよばれる小さな村に帰ることができる日だった。
とは言っても、適正検査という名目であり、私が外に出るだけでかなりの護衛が着いてしまうのだが。

それでも、故郷に帰れるという期待、そして両親に忘れられていないかという不安から私の気持ちは浮き沈みしていた。


「ルーディアの髪も目も、特別な色をしてるんだから絶対気付くさ」

「……そう、かな。
そうだといいな……」


この幼馴染、カーフィスが言うように私の髪と瞳の色は特別だ。
銀糸のように輝く髪に、優しげで人を落ち着かせるような…自然を思い浮かばせる緑と暖かな海のような蒼い瞳。
銀髪に緑と蒼オッドアイという珍しい組み合わせである私の容姿は人の記憶によく残りやすい。

その中でも特に、銀は神聖視されていて珍しい髪色でもあった。


「回復術師様、今回より護衛に選ばれました、アルトと……」

「同じく、今回より護衛に選ばれました、ユリアと申します」


驚いた。
今までの護衛といえば男ばかりだったのに…。
今回ようやく同性の人が護衛になったのだ。


「よろしくお願いします、アルトさん、ユリアさん」

「はっ…」

「はい」


回復術師として優遇されているからにはそれらしい行動を取らなければならない…ということで外向きの表情と言葉使いにすると2人は何故か顔を赤くした。


「2人はアルスフェルトに行くのは初めてなのですか?」

「はい」

「私は1度訪れた事がありますが……」

「ふふっ、何も無い、小さな村でしょう?
ですが、その分皆優しくていい村なんですよ?」


私は故郷を思い浮かべながらそう口にした。
カーフィスも私に付き合ってなのか村に帰ることは無かったので私と同じように帰郷を楽しみにしているようで少しだけ頬が緩んでいた。



片道2日をかけて村に着くと私の護衛ではない者が村に入るなり叫んだ。


「回復術師様がいらしたぞ!」

「さっさともてなさぬか!」


などという馬鹿どもだ。
……一瞬、手か足が滑りそうになった。


「やめなさい。
ここは私の故郷です。
今回の仕事は私にとって帰省の意味も含んでいるのです。
それとも、あなたがたは私をこの村に二度と来れないようにしたいのですか?」


非常に冷たい声だったせいか2人は申しわけありません、と言って後ろに下がった。
そんな騒ぎを聞きつけて村の人達がやって来る。
見慣れた顔ぶれの中に、何人か知らない人達が混ざっているので移住者がいるのだろう。


「こ、これは……」

「村長、お久しぶりです」

「じじい、また老いた……」

「うっさいわ!
この馬鹿が!!」


村長の華麗な蹴りがカーフィスを吹き飛ばした。
……相変わらずの後継に懐かしさやらが溢れ出し、涙がこぼれてしまう。

ようやく帰って来たんだ……その思いがさらに私へ拍車をかけている。


「おい、誰かターズ達を呼んでこい!」


ターズというのは私のお父さんだ。
ということは、私を覚えていてくれたのだろう。


「ルーディア…すまんかったな…。
儂等に力があればお前を連れていかれんくて済んだものを……」

「それは…仕方ありません。
もし、逆らっていたのなら逆賊とされていましたし、今の職場の人達も(変人だけど)優しい人達ですから」


私が微笑むと村長はまだ、申しわけなさそうではあったものの安堵したように息を吐いた。


「村長、何の用……ルー、ディア?」

「ルーディア…ルーディアなの!?」

「お父さん、お母さん、久しぶり」


私は呆然としているお父さんとお母さんに微笑むとゆったりと歩き出した。
久しぶりに見た2人は私の記憶に残っている2人よりもやせ細っているように感じた。


「ルーディア!
良かった……元気にやっているようで…」

「あなたの仕事場にあの戦場の回復術師様が居ると聞いて心配で……」


……一体、戦場の回復術師という2つ名はどのように伝わっているのだろうか?

…どう伝わっていたとしてもその戦場の回復術師が私だという事は絶対に言えない。


「それにしても、よく来れたな…」

「大きな仕事が1つ片付いたからね。
それに、ここへ来たのは仕事も兼ねているんだ。
本当は休暇届けを出していたんだけど…却下されてかなり遅くなっちゃったんだけど…」

「仕事?」

「うん。
適正検査とこの村の人達の治療」


適正検査、という言葉に村長やお父さん、お母さんが嫌な顔をした。
まぁ、そこで回復術師の適正が出てしまえば終わりだからだろう。
それとも私の時の事を思い出したのか。


「治療…というのは普通、3人程でくるものじゃないの?」

「普通ならね。
でも……」

「回復術師様……ルーディア様は特別です。
ルーディア様はかの有名な『戦場の回復術師』様ですから。
1人でも大丈夫だろう、そう判断されました」


アルトが説明してくれるのは有難いのだが……2つ名を口にするのはやめて欲しかった。
案の定……


「……うん?
ルーディアが、あの戦場の回復術師様なのか!?」

「嘘……」

「あ、あんな子が…」

「流石俺等のルーディア!」


などと皆が騒ぎ出す。
それに顔色を変えたのは私の両親だった。


「ルーディア、危なくはないのか!?」

「そうよ…戦争なんかに行ったら…」

「大丈夫、私には護衛がいるから」

「ルーディアは俺が守るから安心してくれ。
その為にルーディアと王都まで行って騎士になったんだからな」


カーフィスは私1人じゃあ不安だと一緒に着いてきてくれたうえ、私の護衛になるまでの実績を残したのだ。
そんなカーフィスの頑張りをよく知っているからこそ、私はカーフィスを信頼できる。

誰よりも信頼しているからこそ、私は自分の専属護衛として傍に置いているのだ。
まぁ、最初は専属にする気は無かったんだけど。


回復術師には専属護衛が必ず1人は着く。
その中でも強いものや信頼の置けるものを契約者という立場に置く事がある。


『この命尽きるまで例え地の果てに行こうともあなたを守り抜くと誓おう』

という騎士の言葉に対し、私達回復術師は

『この命尽きるまで、私はあなたと共に戦い続けることを誓います。
あなたがこの誓いを破るまで、私はあなたに絶対の信頼を寄せましょう』


と返す。
これが契約となり、生涯離れられなくなるのだ。
まぁ、つまりのところこの契約をしてしまえばその相手とは一蓮托生なのだ。


「カーフィス、そろそろ仕事に入りましょう」

「あぁ」

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