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番外編

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「雨……やみませんね」

 窓の外を見れば荒々しい雨が吹き荒れている。強い風にあてられて窓が音を立てている。

「あぁ、これはセルティル花も駄目になってるかもしれないわね」
「お母様……」
「リンドワールは気候が変わりやすいの。だからそのせいで花が咲かない年も多いのよ」

(咲かない……)

 しゅんと落ち込むツーツェイにエミール女王が頭を優しく撫でてくれる。

「国民にセルティル花の造花が行き渡るように準備しておいて。代金はもらわないように」
「はっ、すぐに用意いたします」

 女王が慌ただしく指示を出す。どうやらやはり国民たちも楽しみにしていることらしく、花を互いに贈りあい、花を咲かす三日間を愛する者と過ごすのがセオリーになってるらしい。

「ツェイ。明日は晴れるらしいから、湖には明日行ってみよう」
「はい……」

 今度はテオドールがツーツェイの頭を撫でてくれる。これ以上、心配をかけさせても申し訳ないと笑顔を返す。

 ――――バシッ!

「わっ!? い、イリナ?」
「お姉様! 僕の部屋で本でも読みましょう!?」
「え!? う、うん」

 イリナが撫でていたテオドールの手を弾いてから、ツーツェイの手を掴んで無理やり部屋を出ていく。それを冷ややかな笑顔でテオドールが眺めているのに隣に立つライトが震える。

「テオドール様……子供に変なことしないでくださいね?」
「変なこと? どういうこと、ライト?」
「いや、よく言う!! 昨日、俺を殺そうとしたの忘れたんですか!?」
「殺す? よく分からないな……でもなんで生きてるの?」
「は? な、なんでって……」
「ふふ。君、しぶといね? やっぱり高位黒魔術師になれるよ。あぁ、もったいないなぁ」
「褒められてるのか貶されてるのかわかんないし、てか怖い! なにこの人!? ルイ以上に怖いんだけど!!」

 ぎゃあぎゃあと言い合う二人にそんな恐ろしい会話がされているとは知る由もない女性使用人たちが『あの二人が並ぶと目の保養だわぁ』とうっとりと眺めたのだった。


◇◇◇


「あぁ、やっぱり……」

 翌日、天気はすぐに快調し晴天が広がっているけれど向かったサウストーレ湖は茶色く濁ってしまっている。それに蕾のまま頭を下げて湖面の上で萎んでいる花々。

 何人か花の行商らしき人々がこの光景をみてため息をついて去っていった。すでに花が咲かないことを伝えられていたのか、湖の周りには誰も居ない。本当であれば恋人たちや家族連れが美しい花々の咲く光景を見に来て賑わうらしい。

 何十船ものボートが寂しく誰も乗せずに湖に浮いているのに悲しくなる。それにここに向かう道中でも国民たちが『今年は造花か』と落ち込んでいるのを度々見かけた。

「テオドール様、白魔術でもなおせないものですか?」
「うーん……そうだね。白魔術っていうのは元の姿に戻したりとかは出来るんだけど。これは咲く前に枯れてしまってるから」
「そうですよね……ごめんなさい」
「ううん。僕こそ何も出来なくてごめんね」

(テオドール様は悪くないのに……)

 悲しそうな表情をさせてしまったのに申し訳なくなる。喉が熱く苦しい。

(自分でも……なにか出来たら……)

 なにか……。

「ツェイ?」

 思い詰めるようにツーツェイが喉に触れたのにテオドールが不安そうに見つめる。

「なぜ私の使える力が聖なる力と言われるんでしょうか。深く考えたことはなかったんですけど」
「え……」
「人を傷つけることしか出来ないからと、あまり力を使わないようにしてたので、どこまで出来るのか憶測でしかないんです……だから……」

 首に手を回してネックレスの金具を外し始めたのに、テオドールが慌ててツーツェイの手を掴む。不安そうに歪む瞳からなにをしようとしているのかを気づいているようだった。

「ツェイ、だめだ。力を使いすぎて倒れたらどうするの」
「でも……」
「代償がなにかも分からないのに使わないで。お願いだから」
「テオドール様……」

(代償……今しようとしていることの代償はなにになるのかな)

 ――――死に生を。生を死に。

 そう考えれば金具に触れる手が震えてくる。

「花なんていらないから、傍にいて。お願い」

 ぎゅっと抱きしめられて苦しい。温かく優しいテオドールのぬくもり。

(けど……)

 そっと抱き寄せられる身体を手で離す。

「私が力を持って生まれた意味を知りたいんです」
「ツェイ……」
「それに、もし私が倒れてもテオドール様が治してくれますよね」

 悲しそうに歪む瞳に微笑みかけて立ち上がる。湖に近づいて首からネックレスを外して地面に置く。
 澱んで濁る湖と頭を下げる蕾に優しく触れてから、ゆっくりと口を開く。

 ――――「蘇って、花を咲かせて」

 その瞬間、眩い青い光に包まれる。濁った色が透き通るように輝きを取り戻していく湖。それに萎れていた花々がゆっくりと起き上がって一輪ずつ花を開かせていく。

 その美しい光景に目を開いて眺めてしまう。

(私の声が……)

 ずっと誰かを傷つけることしかできないと思っていた声が、美しく輝きと生を与えている。そのことに瞳から涙が溢れてくる。

「ツェイ!」

 はっと意識を戻せば、力が抜けて地面に倒れそうになったのをテオドールが抱えてくれる。全身が鉛のように重く息も苦しい。力を使いすぎているのがわかる。辛うじて残る力で地面に置いていた封印石に触れて手に包む。

「ツェイ、しっかりして! すぐに治してあげるから」

 身体の周りに魔術陣をひいて魔唱を唱える。二重で魔術をかけていることから強い白魔術を発動してるのがわかって朦朧とする意識の中、申し訳なくなる。

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