上 下
61 / 80

61

しおりを挟む
 



「ツーツェイ様? あのー、ちょっとまた作りすぎかと……」
「美味しいんですけど、また食べきれないっていうか……」
「あー……今回も冷凍するか」

 ――――ダンッ!!

 無言でパン生地を捏ねるツーツェイ。思いっきりパン生地を机に打ち付ければ使用人たちがすすっと離れていった。
 ツーツェイは悩んでいた。その悩みがまたパン作りに現れる。その悩みとは……。

(テオドール様がまったく触れてくれないッ!!)

 というなんとも破廉恥な悩みだった。そのため誰にも言えずに生地を捏ねてパンを作るしかなかった。

 モーガンとセリニアが屋敷にいたときはよかった。義両親がいる部屋の近くで、そんなことをする勇気はツーツェイにはなかった。ましてや初めてだ。そういうのを気にせずしたかった。

『じゃあ、ツーツェイ、テオドール。また行ってくるよ』
『数カ月したらまた戻ってきますからね』

 数週間かしてモーガンとセリニアは何人かの使用人を連れてまた遠い他国へ旅行へ行くことになった。屋敷の玄関で二人を見送る。

『はい、でもあまりご無理はなさらないでくださいね? 疲れたらすぐに屋敷に戻ってください。あと手紙も毎週書いて送ってくださいね、あとは……』
『ふふ、心配してくれてるのかしら? 私たちの可愛い息子は』
『っ! そ、そんなことは……なくはないですが……』
『ははは、私たちは幸せ者だなぁ』

 テオドールが耳を赤くして目線を逸らせば、二人が嬉しそうに背中を叩く。前より他人行儀ではなくなった親子をみてツーツェイも嬉しくなった。
 にこにこと笑っていれば、こっそりとセリニアが手招きしてくる。なんだろうとツーツェイが顔を近づけると……。

『女は度胸ですよ、ツーツェイ。奥手な男性にはこちらから攻めるのですよ?』
『ッ!?』

 まさかのご指南。真っ赤に顔を染めたツーツェイに微笑んでから二人は颯爽と屋敷を出ていってしまった。

(お、お義母様はなんでもお見通しなのね)

 テオドールとツーツェイがまだ清い関係なのを見越した指南に恥ずかしく頬に手をあてて悶えた。

『ツェイ?』
『な、なんでもありません!!』
『えっ?  うん?』

(でもそれは……お二人がいたからで。さすがにこれからはすぐに触れてきて……)

 なんて甘い想像をしてまた身悶えた。テオドールが魔術省に行ったあと、夜に備えてすぐに準備をしなければとツーツェイはいつもより入念に身体を洗って髪を整えた。

 その夜、帰りが遅かったテオドールをベッドのうえで正座して待つ。

『ツェイ? まだ眠っていなかったの?』
  
 扉が開かれれば、お風呂に入ったあとだったのか髪から水の雫が落ちるのをタオルで拭きながら部屋に入ってきたテオドール。少しだけ大きなシャツを軽く羽織ってボタンを二、三個だけとめているだけなので綺麗な鎖骨と胸板が見えて硬直する。

 今まではツーツェイにも一線を超えない壁があったので、あまりこのようなラフな姿を見せることはなかった。けれど、いまは気を許してくれているのかそういった気楽な姿を見せてくれるようになってきていた。そんなテオドールの姿にツーツェイの目が開く。

(の、ののの脳内保存しなければ!! 私の婚約者様は美しすぎるわ!!)

 目をかっぴらいて見つめてくるツーツェイにテオドールの耳が少しずつ赤くなっていく。

『そんな見つめられたら、穴が空いちゃうから』
『ッ!!』

 赤らむ顔を隠すように手で覆って目線を逸らす。ドキュンと心臓を走る痛みに胸を抑えて見悶える。

『ツェイ? えっ、大丈夫!?』
『……だ、大丈夫です。お気になさらず』

 慌てて駆け寄ってきたテオドールからふわりと石鹸のいい香りがして頭がクラクラする。

(こ、この人は私を殺しにかかってるのか?)

 むっと口を尖らせて睨めば可笑しそうに笑われる。笑われたことにさらに口を尖らせると……。

 ――――ちゅ

 軽く触れる唇。ツーツェイの目がまん丸と開いてポカーンと口を開いて固まってしまう。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

平凡令嬢の婚活事情〜あの人だけは、絶対ナイから!〜

本見りん
恋愛
「……だから、ミランダは無理だって!!」  王立学園に通う、ミランダ シュミット伯爵令嬢17歳。  偶然通りかかった学園の裏庭でミランダ本人がここにいるとも知らず噂しているのはこの学園の貴族令息たち。  ……彼らは、決して『高嶺の花ミランダ』として噂している訳ではない。  それは、ミランダが『平凡令嬢』だから。  いつからか『平凡令嬢』と噂されるようになっていたミランダ。『絶賛婚約者募集中』の彼女にはかなり不利な状況。  チラリと向こうを見てみれば、1人の女子生徒に3人の男子学生が。あちらも良くない噂の方々。  ……ミランダは、『あの人達だけはナイ!』と思っていだのだが……。 3万字少しの短編です。『完結保証』『ハッピーエンド』です!

伯爵は年下の妻に振り回される 記憶喪失の奥様は今日も元気に旦那様の心を抉る

新高
恋愛
※第15回恋愛小説大賞で奨励賞をいただきました!ありがとうございます! ※※2023/10/16書籍化しますーー!!!!!応援してくださったみなさま、ありがとうございます!! 契約結婚三年目の若き伯爵夫人であるフェリシアはある日記憶喪失となってしまう。失った記憶はちょうどこの三年分。記憶は失ったものの、性格は逆に明るく快活ーーぶっちゃけ大雑把になり、軽率に契約結婚相手の伯爵の心を抉りつつ、流石に申し訳ないとお詫びの品を探し出せばそれがとんだ騒ぎとなり、結果的に契約が取れて仲睦まじい夫婦となるまでの、そんな二人のドタバタ劇。 ※本編完結しました。コネタを随時更新していきます。 ※R要素の話には「※」マークを付けています。 ※勢いとテンション高めのコメディーなのでふわっとした感じで読んでいただけたら嬉しいです。 ※他サイト様でも公開しています

散りきらない愛に抱かれて

泉野ジュール
恋愛
 傷心の放浪からひと月ぶりに屋敷へ帰ってきたウィンドハースト伯爵ゴードンは一通の手紙を受け取る。 「君は思う存分、奥方を傷つけただろう。これがわたしの叶わぬ愛への復讐だったとも知らずに──」 不貞の疑いをかけ残酷に傷つけ抱きつぶした妻・オフェーリアは無実だった。しかし、心身ともに深く傷を負ったオフェーリアはすでにゴードンの元を去り、行方をくらましていた。 ゴードンは再び彼女を見つけ、愛を取り戻すことができるのか。

身代わり婚~暴君と呼ばれる辺境伯に拒絶された仮初の花嫁

結城芙由奈 
恋愛
【決してご迷惑はお掛けしません。どうか私をここに置いて頂けませんか?】 妾腹の娘として厄介者扱いを受けていたアリアドネは姉の身代わりとして暴君として名高い辺境伯に嫁がされる。結婚すれば幸せになれるかもしれないと淡い期待を抱いていたのも束の間。望まぬ花嫁を押し付けられたとして夫となるべく辺境伯に初対面で冷たい言葉を投げつけらた。さらに城から追い出されそうになるものの、ある人物に救われて下働きとして置いてもらえる事になるのだった―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

大好きな幼馴染と結婚した夜

clayclay
恋愛
架空の国、アーケディア国でのお話。幼馴染との初めての夜。 前作の両親から生まれたエイミーと、その幼馴染のお話です。

処理中です...