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「ふふ、やっぱりあのときお前を買ったのは正解だったわ。あのときのようにたっぷり可愛がってあげるわ」

 ぞっと凍りつく背筋。

(買った……)

 テオドールは養子だと言った。セオドア侯爵に拾われたと。それにこの帝国では手に入らないリンドワールの歴史書が書斎にあったこと。それはつまり……。


 ――――『僕は汚いから』


 そう哀しそうに白魔術を使って身体を照らしていた。

(この女に……)

 感じたことのない怒りを覚える。ツーツェイの暗く重く絡みつくような湧き上がる怒り。

 ――――バンッ!!

 怒りで震える手で扉を開ける。その中にはローブを脱いで詰襟のボタンを外すテオドールとその身体に絡みつくエリオット。

「つ、ツェイなぜっ…」

 テオドールが驚いたように目を開いている。その光景にツーツェイの身体が震えて止まらない。口を少し開いたのにテオドールがはっとする。

「許さない……」

 か細く放たれた震える声。

「あなただけは許さない!!」

 ――――全て燃えてしまえ!

 蝋燭に灯すように「燃えろ!!」と叫べば部屋の中のものが一瞬で赤く照らされて燃えていく。

「ひっ!! 化け物! っあ!?」

 強い炎にエリオットが逃げ出そうとしたのを『動くな』と声を出せば、すぐに身体を動かせなくなったのに薄ら笑みを浮かべる。その髪を掴んで顔を持ち上げる。

「あら、失礼ね。私はあなたの国の誇りなのじゃなくて?」
「や、やめ……」

 上から睨みつければエリオットの身体がガタガタと震え始める。それを冷たく恐ろしい目で蔑むように見下ろす。

(この人はテオドール様を好きなようにいたぶった……絶対に許さない)


 ――――お前なんか死んでしまえ


 心の中で渦巻く憎悪。強く重い憎悪が支配する。


 ――――死ね


 その願いを声に出そうと口を開いたとき……。


「ツェイだめだ!!」

 その口を大きな手で塞がれる。それによって声が出せなくなる。

「ツェイ、怒りに飲まれてはだめだ」
「ッ!!」
「君の声はこんなことを言うためのものじゃない」

 見上げればテオドールが哀しそうに手を震わせている。その表情と言葉に愕然としてしまう。

(私はなにを……)

 気がつけば赤い炎に部屋が包まれている。自分から出した憎悪の炎。黒い煙を放って熱く息苦しく、ガタガタと身体が震えて汗が止まらない。

「大丈夫。ツェイ、大丈夫だから」

 ぎゅっと抱き締めてくれるテオドールに震えていた身体が温かさに包まれて落ち着いていく。温かな体温にツーツェイの瞳から溢れる涙。その涙を唇で掬ってくれる。

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