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45 テオドールside⑧
しおりを挟むだが、健康になっていくにつれてツーツェイが美しく変わっていく。髪の毛も本来の艷のある橙色に変わり、肌も白く滑らかなものになった。
(もしかして……この子は……)
記憶の中の歴史書の写真。本棚に隠してあったその歴史書を久しぶりに開く。
「やっぱり……」
そこに写る今の女王陛下とそっくりの見た目。それに、喉の確認をしたときに感じた強い力。
(まさか……彼女がリンドワールの聖なる力を使える王族だったのか……)
どんな理由で遠く離れたミレイア国にいたのかは分からない。けれども彼女がリンドワール国の王女殿下であることには間違いはない。
それにどのような力を使えるのかも分からない。声が出せないのではなく、あえて出さないところをみるとツーツェイ自身もその力を自覚していることだけはわかった。
歴史書を閉じて棚に戻す。指先を見つめて、ふっと息を吐いた。
記憶にある腕に残る汚い痕。身体に絡みつく舌と腕。いまはなにも残っていないはずなのに目の裏に焼き付いて離れない。
(ツェイが王女殿下なら……なおさら……)
「汚れきった僕が触れていい子ではない」
そう口にすれば悲しみが襲ってくる。この気持ちを抑えなければ。そうなぜかそう感じる。人を愛することができないはずなのに。
『私もテオドール様とならどこでも』
少し赤らむツーツェイの微笑み、芯の深い強く温かい心。冷たく凍てついた心をゆっくりと溶かすように染み込んでいく。
温かく、けれど強く焦がれるような初めての感情。
(あぁ……そうか僕は……)
抑えきれない気持ちが溢れてくる。
――――愛おしい。
(好き。僕はツェイが好きなんだ)
抑えきれずにそう零れるように溢れてくる。『愛せない』と伝えて結婚を承諾したのに。
「なにもできやしないのならその優しさは捨てろ、酷だ」
胸に響くルイの忠告。
(ツェイにいままでの生い立ちを伝えたら、どんな反応をするのだろう)
眉を歪めて蔑むのか、それともあの優しい微笑みで受け入れてくれるのか……。
ツェイの耳に飾られた金木犀の宝石の髪飾りが太陽の光に当たって輝く。その輝きに導かれて全てを話してしまおうとした。
けれどそれはエリオットがまた目の前に現れたことで全てが流れるように暗く沈みこんだ――……。
「お前がリンドワール国民であることを周りは知っているのかしら」
魔術省にまた訪れたエリオットが誰もいない室内で耳元で囁く。甘い香水の強い匂いに吐き気と冷や汗が流れ落ちる。
「あと……あれは死んだとされた王女殿下でしょう?」
「っ……」
「あれがリンドワールの王女だとこの帝国内で知られれば、憎しみを持つ国民があの子を殺してしまわないかしら?」
その言葉に強く睨んで怒りから手をかざすと、扇子を開いてニヤリと口の端をあげて笑う。
「あぁ、私を殺す? 殺してもいいわよ。それがまた戦争のきっかけにならなければいいけれど……」
(この人は……)
どこまで人を貶めるのが好きなのだろうかとテオドールは顔を青ざめさせる。
「セオドア侯爵には感謝していないの? あなたの正体を隠してまでこの帝国で高位白魔術師にさせたのでしょう」
「……ッ! 父と母は関係ありません!」
「ふっ、父と母?」
『お前はわたくしのものでしょう?』と首に絡みつく腕。その腕の先の手が身体に触れる。その手が胸につく帝国のエンブレムブローチを外して床に投げ捨てて、足で強く踏みつけた。
「忌々しい。祖国の誇りを忘れて帝国の犬になっているなんて……」
テオドールがすぐに跪いて踏みつけられたエンブレムブローチを隠すように手に包んだのに、エリオットが蔑むように見下ろす。
「お前の大事な大事な義両親と王女殿下が殺されたくなければわたくしの言うことを聞きなさい」
「ッ……」
「少しだけ時間をあげる。いつでもわたくしはお前のことを待っているわ」
頬を撫でて汚い笑い声をあげて部屋から出ていった。
「ッく……」
汚れた帝国のブローチ。テオドールはそれを胸に抱えて蹲った。
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