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「あ、あの、ツーツェイ様~? ちょっとここまで焼かれるとお店開くレベルなんですけど……」
「たしかに美味しいんですけど、ちょっと作りすぎっていうか……」
「はぁ、だめか……」

 ――――ぐにぐに……。

 恐る恐る使用人が声をかけるが、ツーツェイのパンの生地を捏ねる手は止まらない。ひたすらに延々と小麦粉を出して生地を作り、捏ねて成型し、焼き続けている。

 屋敷からこっそりと抜け出したツーツェイ。すぐに部屋がもぬけの殻であることは気づかれたようで、屋敷の門の前は大騒動になっていた。
   そんな屋敷に戻ってきたツーツェイに珍しく怒ったような表情をしたリチャードが『勝手な行動はしないでください』と忠告したが……。

『魔術省に行っていました』

 そう書いたボードをリチャードに差し出せば、なにかを悟ったようでそれ以上は責めずに屋敷に入れられたのだった。
 そこから現在まで延々とパンを作り続けている。ボードを居間のテーブルに置きっぱなしにしていることから、誰とも話さないという意志を示していて、困った使用人たちは見守ることしか出来なかった。

 屋敷に帰る途中の馬車の中、ツーツェイは悲しみと絶望しかなかった。『テオドールを怒らせてしまった』と。けれどあとから徐々に湧いてくる気持ち。

(テオドール様だって悪い!!)

 という怒りの気持ち。

(体調が悪いのに放っておけるわけもないのに……それに私に嘘ついた!!)

 テオドールの気持ちは痛いくらいわかった。だけども少しくらい相談があってもよかったのではないかと思う。良かれと思って向かった魔術省で『出待ちをする頭のおかしい女』認定され、さらにはそれが私のためだと押し付けられ、急に『帰れ』と追い出された。

 それにやはりテオドールの仕事部屋には女性の白魔術師しかいなかった。それもまたモヤモヤする。
 婚約者だとあの恐ろしい黒魔術師に言われたときも、その場にいる女性白魔術師たちの悲しみの叫び声が聞こえた。


 ――――ダンッ!!

「ひっ!?」

 パンの生地に思いっきり正拳突きすると同時に響く使用人たちの悲鳴。

 ツーツェイはあまり怒りの感情を出すことはなかった。怒っても仕方がない、どうにもならないことがわかっていたから。だけども今回は無性に腹が立って仕方がない。

(テオドール様の馬鹿っ! 女たらし! 勘違い製造機!!)

 生地に何度も正拳突きを食らわせながら、そう心の中で罵ったのだった――……。




「なんでこんなにパンがあるの?」

 夕食の時間、長い食卓テーブルの中央に置かれたパンの山に帰ってきたテオドールが固まっている。使用人たちが一斉に『あなたのせいでしょう』と言いたげに睨みつけてきたのですぐに口を噤んだ。


「つ、ツェイ?   美味しいよ」
『それは良かったです』
「う、うん。ツェイのパンはいつも美味しいけどなにか隠し味でもあるの?」
『気持ちがたくさん篭ってますから』

 ボードに荒々しい文字でそう書いてテーブルに出せば、テオドールがそれ以上はなにも話しかけてくることはなくなった。



「ツェイ……怒ってる? 怒ってるよね」

 その夜、ベッドのシーツにくるまって丸まっていたツーツェイの頭上から聞こえるテオドールの声。

「ごめんね。僕が悪かった。許して」

 あまりに切なく悲しそうな声にツーツェイの心が揺らぐ。それに時間がたっていたこともあり、怒りの気持ちも段々と治まってきていた。

(もう……いいか)

 のそのそとゆっくりシーツから顔だけを出せば……。

「やっと顔出してくれた」

 ベッドに腰掛けて、ふわりと安心したように笑うテオドールがいる。罪な人だとツーツェイは思うけど、その笑顔に怒っていた感情が一瞬で消えてしまう。少しだけ悔しいから、口を尖らせて抵抗をしてみる。

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