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しおりを挟む裏口から外に出たツーツェイは木の影から周囲を確認する。さすが侯爵邸、広い庭があり多くの庭師や使用人たちが庭の手入れをしている。
その先にある屋敷の外に繋がる門まで見つからずに行くことは不可能だろう。ただし、それは普通の人であればの話だが……。
ふぅと息を吐いてタイミングを見計らう。
――――「止まれ」
強く願いながら声を出す。するとその場にいた使用人たちの動きが止まり、時も止まったように身体が固まっている。
ツーツェイはこの屋敷に来てから初めてこの能力を使った。知られたときに追い出されることを物凄く恐れていたからだ。
(止まっている間は記憶を無くすから大丈夫なはず)
そうは思うが申し訳ない感情はあるので、そそくさと駆け足で門から屋敷の外へ出る。
――――「動け」
屋敷から少し離れた先でそう呟けば、停止していた使用人たちが動き始めた。何事もなかったかのようなその姿に安心して屋敷から離れる。
城下は何度かリチャードと訪れていたので少し勝手はわかっていた。城下の街中で客待ちをしている馬車の御者に『魔術省まで』と書いたボードを差し出すと不審そうに見つめられたので、慌てて鞄に入っていた金貨を多めに出せば快く乗せてくれた。
この金貨は前にテオドールからお小遣いだと貰っていたもの。いらないと伝えても、普段の掃除などの給金だと思ってほしいと言われ渋々受け取っていた。物欲がないツーツェイには使い所がなかったので鞄にしまいこんでいたのがここで功を奏した。
(わぁ、これが魔術省!!)
しばらくして馬車が停まって、降りれば赤いレンガ調の大きな建物。さすが帝国の中枢を担う魔術師たちが働くところなだけあって目を丸くしてしまうほどの立派さだった。
ぴょんぴょんと跳ねて門の中を覗こうとしていれば、門の両脇に立つ門番がツーツェイを警戒しているのに気がつく。
(ご、ごほん。せめてテオドール様が恥ずかしくならないようにしっかりしないと。仮にも婚約者なのだから!)
ふふんと鼻息を漏らしてボードを鞄から取り出した。
『テオドール・セオドア様の婚約者のツーツェイです。中に入れて貰えませんか?』
恥ずかしげに、だけど胸を張って門番にボードを差し出す。だけれど門番たちの警戒はとけない。
「テオドール様に婚約者などいたか?」
「いや、聞いたことがない」
(――――え?)
ヒソヒソと話す門番の会話に微かに震えるツーツェイのボードを持つ指先。
「どうせいつもの出待ちだろう。それに声を出さないなんて怪しすぎる。早く追い返せ」
(なんで……)
「あー……お嬢さん? とっても綺麗な顔してるけどこういうのは良くないよ?」
「そうそう、なんにも言わないからお家に帰りな?」
(ち、違っ……)
『私は婚約者です。テオドール様も魔術省にお伝えしてあるとおっしゃっていました』
慌ててペンを走らせるけれど門番たちが可哀想なものを見る目でツーツェイを見つめてくる。それは見慣れた視線だった。同情のような下に見るような目。
「あ~、えっと……君、俺たちの声は聞こえてる?」
コクコクと頷いて『取り次いでください、お願いします』と空いたところに追記したボード出せば、なおさら困ったような顔をされてしまう。
「はぁ、そういう女の子たくさんいるんだよねぇ」
「あー、帰った帰った。ここは遊びの場じゃないんだ。早く病院に帰りな」
「ッ……」
向こうに行くように、しっしっと手をはたかれるのに胸がギリギリと締め付けられる。その冷たい発言には慣れていた。それよりもテオドールがなぜ魔術省に自分の存在を話してないのかが胸を痛く重く締め付けてくる。
(どうして……話したと言っていたのに……)
ボードを強く握っていれば、笑い声が聞こえる。女性たちが集まってツーツェイを怪訝そうに眺めている。
「やだぁ、またテオドール様の追っかけ? 恥ずかしいわね」
「見て、あのボード。病院から抜け出してきたのかもよ」
「あれほど言われても引き下がらないなんてよっぽどねぇ、治療してるのは声だけじゃないのかしら?」
同情とからかいの声が辺りに響く。
(やっぱり私は恥ずかしい存在……だから伝えたと嘘をついたの……)
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